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第四十四幕 緑の魔女(11)

2017年1月、2巻がアリアンローズ様より発売されます。

詳細は活動報告にて。

 二人の都合が合ったのはそれから五日後のことだった。

 客人であるフルビアを屋敷に招くため、顔合わせは昼間にしか行えないのだが、普段から予定を詰め込みすぎるエルヴィスの都合のよい日程はもう少し先になるのではないかと思っていたコーデリアには朗報だった。

(早くお会いになっていただけるのはいいことだと思うし、お父様がそれだけ予定を変更する価値があることだと思ってくださっているのは嬉しいわ)

 きちんと予定通りの話もするつもりだが、エルヴィスとフルビアには是非互いの状況を目で確認してほしいという思いがある。そして、互いに話したいと思ってもらえれば……そう願いながら、温室でエミーナの手を借り、テーブルクロスを準備していた。

 すでに料理長の指導を仰ぎながらコーデリアが作成した茶菓子も準備万端だ。

 エミーナがテーブルの上に花を配置し、温室の準備も整ったとき、ロニーがコーデリアを呼びにやってきた。


「お嬢様、先生がお見えですよ」

「行くわ。エミーナ、残りの準備もお願いね」

「はい、お嬢様」


 そしてコーデリアはロニーとともに本館のエントランスへと向かった。

 ロニーにもフルビアが来ることは伝えているが、あくまで「先生にもお話を聞いていただくことになったの」と、皆に説明するのと変わらないことしか伝えていない。


「お待たせいたしました、先生」

「いえ、お招きに預かりまして光栄です」

「さっそくですが、温室に参りませんか?」


 いつもの調子と違うのは、ここがパメラディア邸であるからだろう。

 人目が気になっていてはなにも話もできやしない。


(いえ、人目だけの問題ではないのだけど)


 勢いをそのままにここまでことを運んだが、フルビアの緊張を見ているとコーデリアも徐々に不安が募ってくる。

 大丈夫だ、大丈夫。ここで私が不安になってどうする。

 そう自分に言い聞かせながらコーデリアは温室までの道を案内する。


「……明るい色の花が多いですね」


 フルビアの言葉にコーデリアは小さく微笑んだ。


「誰もいませんので、かしこまらないでくださいませ。先生がそのような言葉遣いでお話されますと、なんだか私も緊張してしまいます」


 実際にはそれ以前から緊張しているのだが、自分の表情をごまかすにはそう言うしかなかった。それにフルビアが自分に対しかしこまっているのも落ち着かない。


「けれど……」

「せめてお父様がいらっしゃるまではお願いいたします」


 さすがに万が一のことを考えればコーデリアが「おばあさま」と呼ぶのは道中でははばかられる。だが、少しでもいつも通り振る舞っていてほしい。そう、せめてエルヴィスに会うまでは。


「こちらが温室です。いただいたアロエベラもこちらで育てているんです」

「……立派ね、すごいわ」

「お父様の設計なんです。温室内でもガラスの仕切で温度や湿度が変えたりできるよう、改修してくださったりもしているんです」


 コーデリアはどうぞ、と、フルビアに自由に見てもらえるよう軽く手の平を上向け、先を示し、そのままフルビアの斜め後ろに立った。

 エミーナには事前に準備が終わり次第下がってほしいとのことを伝えていたので、ここには二人きりだ。


 フルビアは一歩、二歩とゆっくり温室内を歩き始めた。


「いろいろな薬草を植えているのね」

「はい。ただ、薬草の生命力の強さから予想外の方向に広がってしまわないよう、土に含まれる魔力は調節しています」

「それでなのね。山林に自生しているものと同じくらい、元気がいい草花だわ」


 膝を折り、草花に目線を近くするフルビアをコーデリアは静かに見つめた。

 やがて温室の入り口が開いた。


「お嬢様、旦那様がお越しです」


 ロニーの後ろに立つエルヴィスには、いつも通り表情らしい表情はなかった。ロニーはそのまま「では、失礼いたします」とその場から去った。


 エルヴィス、フルビア、そしてコーデリアと三人になったところで、一番最初に口を開いたのはエルヴィスだった。


「……娘のわがままで、呼び立てることになり申し訳ない」

「いいえ、とんでもございません」


 空気は非常に固かった。

 そして重い。それ以上に言葉も続かない。

 予想の範疇ではあるが、両者顔を会わせた瞬間に感動的な再会……とはならなかった。

 だが想定内であるのだから、それ自体にはコーデリアも驚かなかった。

 むしろフルビアの視線こそ下がっているっものの、エルヴィスの視線がいつも通り相手からはずれないことに安堵した。


(……どんな状況であれ、お父様が目をそらすなんてらしくない、か)


 しかしあまりにいつも通りの伯爵らしいその様子では、本当に伯爵と来客の対応で終わってしまう。

 そもそもエルヴィスはフルビアがどう思うかということを一番気にしていた。フルビアがこの様子であれば、最低限の会話でとどめるように今の状況を維持するかもしれない。


(それじゃ意味がないわ)


 そう思ったコーデリアはにこりと微笑んだ。


「こちらへどうぞ。お茶の準備をさせていただいております」


 そうして二人をテーブルに案内したコーデリアはなれた様子で茶器の準備を行った。そして茶菓子とともにそれぞれの前に出した。

 そして続けて用意した資料も配布する。


「こちら、本日お呼び立てした本題でございます。今、フラントヘイム家のご子息であるヴェルノー様をはじめ、賛同してくださる方々とともに王都から離れた山村の子供たちに書物を届ける移動図書館の事業を計画いたしております」

「……移動図書館だと?」

「はい。王都から離れた村には少し本が届きにくい現状があります。ですので、計画書に記している村へ馬車で図書を運ぼうと思っております。また本が身近ではない現状から察するに、有料では敬遠されかねないと思います。ですので現在のところ利用料については考えておりません」


 仮に特殊な本を望まれれば斡旋も考えるが、それは計画の主題ではない。

 エルヴィスもそのことについては触れなかった。


「資金はどうするつもりだ」

「基本的には賛同者から年毎に寄付を募り、法人団体の設立を考えております。賛同者の一覧および寄付額の予定については三枚目に記載させていただいております」

「……ずいぶんな人数が集まったものだな」

「ヴェルノー様がお声かけくださったこともありますが、シルヴェスター殿下にご興味をお持ちいただいたこともあると伺っております」


 しれっとコーデリアが言葉を追加するとエルヴィスは軽く頷いた。

 フルビアに至っては「王家の……?」と、目を見開いている。

 コーデリアは言葉を続けた。


「本は寄付金から購入する、もしくは寄贈本で収集しようと思っています。王都には拠点としてアンテナショップを兼ねた事務所を設置し、巡回する村の特産品を販売し、予算に組み込む構想があります。また、村と王都の双方で活用できる情報の発信源になればいいとの意見もあります。……この計画について、いかが思われるかお伺いいたしたく存じます」


 コーデリアの言葉にエルヴィスは書類に目を落とした。

 そしてしばらく間をおき、口を開いた。


「もう少し企画を詰め、事前の打ち合わせさえ行えば、実現不可というものではないだろう」

「……私もそう思います。村の損になることは、何もありませんから」


 エルヴィスの言葉にフルビアも続いた。

 コーデリアは二人から否定的な言葉が出なかったことにほっとした。


「私たち子供のみでは王都で事務所を借りることができません。お父様、お力をお貸しいただけますか」

「それくらいなら問題ない」

「ありがとうございます。では、次はご相談をさせていただきたく思います。本の内容についてですが、基本的に、私たちは子供向けの絵本や童話、歴史書物などを考えております。一部は大人の方の読み物をもとも思いますが、何を中心に据えればより効果的か、知りたく思っております」


 コーデリアがそういうと、エルヴィスは眉間のしわを深くした。


「…………」

「お父様……?」

「絵本や童話を求めるならフラントヘイム侯爵に尋ねればいい。あれは相当その方面を好んでいる」

(お父様、それ、丸投げというやつではないですよね……? 適任だからとの推薦ですよね……?)


 しかしそうであってもヴェルノーが言っていたフラントヘイム侯爵とは違う答えであるように思う。これは侯爵からブーイングを受けかねないなと思いつつ、コーデリアは内心苦笑した。


(……いえ、これはこれで侯爵様はお喜びになるかもしれないけれど)


 そもそも侯爵なら「あのエルヴィスが頼りにしてくれたのか!」とでも笑顔で言うかもしれない。お父様、申し訳ございません。どう転んでも侯爵様がお喜びになる姿しか想像しか想像できません。

 しかしエルヴィスの言葉はそれで留まるわけではなかった。


「ほかに何かというのであれば、国内や世界の地図を混ぜるのもいいだろう。自分の知る世界が狭いということを知る機会にもなる」

「地図ですか」


 そういえば前世では地球儀にあこがれた時代もあったな、とコーデリアは自身のことを思い出した。

 確かに自分の知らない世界が少しでも広がるような気がした覚えがある。


「先生はどう思われますか?」

「地図を取り入れるのであれば、旅行記のようなものもいいかもしれませんね。あとは……本ではありませんが、動物や鳥、昆虫やは虫類など、生き物が好きな子は多いです。少々高価になりますが、図鑑も需要があるかもしれません」

「図鑑ですか」

「はい」


 普通の書物に比べて地図や図鑑の価格は高い。だが、それ故に村には存在せず、需要が高い可能性もある。そう考えれば折り合いをつけていきたいとも思う。


「先生はオウルの村でも、この取り組みは受け入れられると思われますか?」

「可能性は高いと思います。……最近、院長から相談を受けたこともあります」


 コーデリアが聞いた院長からの相談は、すでにフルビアにもなされていたらしい。おそらく大丈夫だろうとは思っていたが、これでより安心を得ることができる。


「ほかに、子供たちが興味を持ちそうなものは何かご存じでしょうか?」

「そうですね……」


 フルビアはそうして何かを口にしようとしたが、急に口を引き結んだ。

 コーデリアと同じくエルヴィスも不思議におもったらしく、少し眉を動かした。


「……何か、おありなのですね?」

「ないことはないのですが……少しこの場にはそぐわないかもしれません」

「本に関わることですよね?」

「そうなのですが……本当に申し上げてもいいのですか」


 妙に口ごもるフルビアに、コーデリアはますます疑問を深めた。

 なにを言おうとしているのだろう。そうコーデリアが思っている前でフルビアは意を決した様子でコーデリアと、そしてエルヴィスを見据えた。


「……子供たち、特に男の子は排泄物……いわゆるうんちが好きな子が多いですね」


 フルビアの声はどこまでも真面目だった。

 だからコーデリアも反応が一拍遅れてしまったが、言葉の意味を理解した瞬間、思いきりむせてしまった。

 そして同時にエルヴィスも盛大にむせていた。


 コーデリアがエルビスのこれほど大きく反応を示すところなど見るのは初めてだ。そして同時に思う。 まさかこのお父様でさえそのような時期があったのか。 このお父様で、さえ!!

 そうまじまじと見てしまうコーデリアとは目を合わせる様子もないエルヴィスは、わざとらしい咳払いで呼吸を整えていた。


(……もしかして、お父様にも身に覚えがあるの?)


 全く想像できはしないが、パメラディア家に入る前であれば言っていてもおかしくは……ないのかもしれない。やんちゃ坊主だったらしいことをフルビアが言っていたことを考えるとなおさらだ。


「身体の仕組みをしるためにも、あまり上品ではありませんが排泄物の登場するものも、興味を惹くかもしれません。子供たちにとって排泄物は老廃物ではなく、生産物でありますので」


 しかしフルビアはあくまでコーデリアやエルヴィスの状態につれることはなかった。とてもまじめで真剣な様子だ。それがかえってコーデリアにはおかしくてしょうがないとさえ思えてしまった。

 そして、ついに吹き出した。


「ど、どうなさいましたか」

「どうもこうも……お父様がここまで動揺されたのを拝見したのは初めてだったのですもの。さすがおばあさまだって思ってしまったのです」

「ディリ……お嬢様」


 一瞬フルビアがいつも通りコーデリアに呼びかけかけたのは、コーデリアの様子に焦ったからだろう。

 だが、むしろそう呼んで欲しいとコーデリアはずっと言っているのだ。


「おばあさま、いつも通りディリィとお呼びください。そしてお父様、このままでは無駄な抵抗にしかなりませんよ?」

「…………」


 フルビアの態度だけではない、エルヴィスの態度だってコーデリアには歯がゆいものだったのだ。コーデリアはここぞとばかりにエルヴィスにも言葉を投げる。

 エルヴィスだって自身がそこまで動揺してしまう理由も、わかっているはずなのだ。

 コーデリアは返事をせかさなかった。けれどそれ以上言葉を続けることもしなかった。

 やがてエルヴィスが口を開いた。


「ずっと、謝らねばならないと思っておりました」


 それは決して大きな声ではなかった。

 しかし聞き逃したりはできない声だった。


「私が貴族に迎えられると決まった際、私はその立場を利用し、私が私たち平民の暮らしを守ると決めました。そのために使えるものは何でも使うと決め、事実その通りにしてきたつもりです。しかし……いくら私がそうしたところで、貴女が負った苦労が消えることはありません。……私が生まれたばかりに母上は苦労をする羽目になった。申し訳ありませんでした」


 エルヴィスの言葉は淡々としていた。

 しかし、むしろ意識的にそうしているようにコーデリアには聞こえた。

 一方フルビアはあわてた。


「それは違うわ、エルヴィス。貴方はなにも悪くない、大人の事情に巻き込まれただけじゃないの。……無理も、たくさんしたのでしょう。本当に、ごめんなさい」


 そして二人の間に沈黙が流れようとしたため、コーデリアは割って入った。


「お父様、おばあさま。それではいつまでたっても平行線ですよ。互いに譲るわけないんですもの」


 両方が自分が悪いと言い続ければ、互いの謝罪など全くの無意味なのだ。

 そもそもコーデリアも、どちらが悪いという話に加わるつもりはない。


「互いの顔を見てください。私がいくらお伝えしても信じ難いとは思いますが……一目瞭然でしょう? もっと一緒に居たかった、そう言っていませんか? そして、それだけではいけませんか?」

「「…………」」


 コーデリアの問いに、両者は答えなかった。

 ただただ互いの目を見ていた。


「移動図書館のお話の続きは、後日にしましょうか」


 少し肩の力を抜いてコーデリアは二人に声をかけた。


「お手元のお菓子、召し上がっていただけませんか? 私が焼いたんです」


 せっかく懐かしんでもらえるかもしれないものを選んで焼いたのだ。

 十分に味わってほしいーーそう思いながら、コーデリアは自ら率先してバターケーキを口にした。うん、おいしい。

 家長が食べる前に手を伸ばすという行為は誉められたものではないが、こうでもしないと二人は動かないと思ったのだ。


「……ずいぶんかわいらしい娘を持ちましたね」

「少々お転婆が過ぎるところもあるがな。いったい誰に似たのやら」


 固まっていた二人はそんなコーデリアをみて口々にそう言った。

 しかしエルヴィスの言った少々のお転婆とは、いったいどこまで知られているのか少し気になる。尋ねたい気持ちも山々だが、それでは墓穴を掘ってしまう気もするーーそうコーデリアが思っていると、助け船がフルビアから出された。


「あら、それならきっと貴方に似たのだと思うわ。ずいぶんなやんちゃさんでしたから」

「……」


 反論しないのかできないのか、エルヴィスはなにも答えなかった。

 フルビアは沈黙するエルヴィスを微笑みながら見つめていたが、やがて頭を垂れた。


「ありがとうございます」

「なにを……」

「あなたが領民に慕われているお話をきくだけで十分だと思っていました。けれど、再び言葉を交わすことができている今が、とても嬉しいのです」


 少し砕けた空気になりかけた後の、再びかしこまった様子のフルビアをエルヴィスは静かに見ていた。


「私も母上と直接言葉を交わせる機会に恵まれるとは、思ってもいませんでした。……話せて、よかった」


 長い沈黙を経て放たれたエルヴィスの発言は単なる当たり障りのない言葉にも聞こえる。

 けれどエルヴィスにとっては精一杯の素直な言葉なのだろう。エルヴィスは相手に合わせて言葉を選ぶ性格ではないし、そもそも会いたいと思ったからこそ、この場を設けることに異論を挟まなかったのだろうから。


 そしてその後はバターケーキの試食を挟み、互いの近況を……なんてことは残念ながら起こらなかった。

 レモン味のバターケーキにエルヴィスは「懐かしい味だ」と口にしたが、結局すぐに話題は移動図書館計画に戻ってしまった。

 せっかくだから脱線してくれてもいいのに……とコーデリアは思ったが、互いの間から気の張った様子は消えていたので、何らかの効果はあったのだろうと思うことにした。そしてこの親子はどうも根っからの働き者であるらしい。


 しかしそれからしばらくすると城からの使いがきたということでエルヴィスは急遽登城することになってしまった。

 眉間のしわがフラントヘイム侯爵の相手をするときよりも深く刻まれていたのは見間違いではなかっただろう。


 それでもエルヴィスは名残惜しそうにする様子もなく温室を後にした。

 ただ、「話の続きはいずれ」との言葉を残していった。


 エルヴィスが去ったあと、コーデリアはフルビアと話の要点整理だけを行い、彼女を見送った。もちろん話そうと思えば話すこともできるが、どうせならまたエルヴィスを交えて話す場所を設けたい。


(それに一度お会いしていただいていれば、薬草の先生としてお招きもしやすくなるし……)


 もちろん周囲に不審に思われない距離感を保つ必要はあるし、立場のことも十分に考えなければいけないのはわかっている。

 自分が好きな二人の間の気持ちの溝が埋まることは想像しているより嬉しかった。


(あとは……)


 そして、もう一つだけコーデリアが思ったことがある。


 来客のいなくなった温室で片づけるエミーナに、コーデリアは近くの花を見つめながら声をかけた。


「ねえ、エミーナ。相談があるのだけれど」

「はい、お嬢様」

「このお花を、お母様に届けてくれないかしら?」


 そんなコーデリアの言葉にエミーナは表情を凍らせた。

 コーデリアが母親のことを口にするなど、ここ数年なかったことだ。二人の関係が何一つ昔から変わっていないので、コーデリアがそんなことを言い出すなど予想もしていなかったのだろう。

 それでもコーデリアは笑んでいた。


「お母様は白いお花がお好きでしょう? このお花の球根はニルパマ叔母様からの領地のおみやげとしていただいたものだから、きっとお母様も懐かしく思われるわ」


 母親が侍女に命じて白い花を部屋に飾っていることは知っている。

 しかしそんなコーデリアの言葉にもエミーナの表情は晴れなかった。

 コーデリアは苦笑した。


「そんな顔はしないでちょうだいな。別に、無理してお会いしたいと思ってる訳じゃないの。ただ、元々嫌われているならこれ以上嫌われることもないだろうし、花には罪はないと受け取ってくださるかもしれないわ」


 その上で、もしかしたら……と、わずかに思う気持ちもあるのだ。

 コーデリアが早々に母親と会話することをあきらめたのは、もちろん自分の将来の不安につながるものではなかったからというところが大きい。しかし……同じくらい、嫌われたくないという思いもあったのだ。

 まだまともに会話したこともない母親から、否定的な言葉を聞くのを恐れたからこそ、避けたということもある。

 しかしそれを回避していたからといって、嫌われていないなんて微塵も思ってはいない。当たって砕ける……というより、元々砕けているならどんな結果でも失うものはないのだから。


「もちろん私との接触が本当にお母様のストレスになるようなら、お贈りはしないわ。嫌がらせをしたいわけじゃないもの。だから、ね?」

「……かしこまりました」


 エミーナの表情からもそれがうまくいく率が低いことはコーデリアにもわかっている。そもそも母親との関係がよくないのは、自分と母親の間の問題だけではないのだから。

 それでも肩を落としたりはしない。

 関係が改善せずとも、たとえば花だけでも気に入ってもらえればまた贈ってみよう、そんなつもりでいるだけだ。


 望みがすべて叶うだなんて思っていない。

 けれど望みを叶えるための努力をしなければ、叶うものだって叶わない。早々にあきらめてしまえばわずかに掛け違えたボタンだって戻らなくなる。


「当たって砕ける方が、私の性根に合ってるわ」


 だめだったらだめだったときに考えよう。

 そう思いながらコーデリアは白い花弁を指先で撫でた。


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ドロップ!! ~香りの令嬢物語~ 書籍版 (全6巻発売中)コミカライズ版
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