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第三十九幕 緑の魔女(6)

 そうしてさらに数日の後、コーデリアはトトへのものとラナたちへと考えた二冊の本と共に再び孤児院を訪ねることにした。もちろん今回も魔女とロニーと一緒である。残念ながらヴェルノーとジルは日程が合わないとのことで今回の参加は見送りだ。


 コーデリアが今回トトへと選んだのは百年ほど前の姫君の話だった。トトが『お姫様』に興味を持っているなら楽しんでもらえるだろう。内容は当時の国王の末娘だった姫君が、姫君としては珍しいことに医学を修め、多くの療養施設を作ったというお話だ。

 そしてもう一冊の、ラナたちへと選んだのは女官の日記だ。少し古いものになるのだが、国外から王妃の輿入れの際にやってきた女官がこの国のしきたりや成り立ち、そして歴史などを驚きと共に記している。難しい言葉は少なく、ラナたちのように予備知識のない子供でも読みやすいだろう。


「ディリィちゃんはもうトトとも仲良しなのね。私、今日までの間に一度村に行ってるのだけど、今日はディリィちゃんいないのって何度も聞いててきたのよ」


 馬車の中で魔女から受けたそんな言葉にコーデリアは申し訳なくなりつつ眉を下げた。


「先生はどれほどの頻度で村を訪ねてらっしゃるのですか?」

「季節によるわね。薬草を村の畑で育ててもらってるの。もちろん育て方が難しいものや数が少ないものは店の裏の庭で育てたり、購入したりしているんだけどね。でも冬も風邪を引く子供が多いから、それなりの頻度では訪ねてるわね」


 結局年中あまりかわらないのかしら、と魔女は笑う。


「王都も便利なところだし、いろいろな人に出会える良いところだと思うわ。でも、田舎の空気も私は好きよ。風に揺れる木々の音も鳥の歌声も、王都とは違うでしょう?」

「ええ。私も好きです」

「ディリィちゃんも普段から王都を出ることがあるの?」

「遠方にはあまり行きませんが、森にはしばしば。特にシーヴェルフの森には昔からよく足を運んでいます」

「森に? 案外ディリィちゃんはお転婆さんなのね」


 少し驚いた魔女に「あまり危ないことをしてはだめよ」と心配され、ロニーに「そうですよ」と追撃を受けているうちに馬車は村へとたどり着いた。

 早朝に小雨が降った影響だろう、村は全体的にしっとりとした空気を纏っていた。そして木々や花々に残る水滴は光を受けてきらきらと輝いていた。

 そんな眩しさの中、コーデリアたちは前回と同じ、孤児院までの道をたどった。


「ディリィちゃんだ!」


 コーデリアの到着と同時に嬉しそうな叫び声を上げて駆け寄ってきたのはトトだった。


「こんにちは、トトちゃん」

「こんにちは!」


 元気いっぱいの挨拶はその後魔女とロニーにも向けられた。初対面の時におどおどしていた様子とは大違いだ。そして挨拶を終えたトトはコーデリアの持つ布袋をじっと見た。


「お約束の絵本はいってるの?」

「ええ。一緒に読みましょう」

「うん! あのね、トト、今日ディリィちゃんとお話するから、お手伝い一杯頑張ったんだよ」


 そう誇らしげなトトに「ありがとう」とコーデリアは伝えた。どんな言葉が適切なのか少し悩んだが、それほど楽しみにしていてくれたのならやはり嬉しい。

 トトに手を引かれコーデリアは部屋の端にあるやや小さめのローテーブルまで移動した。するとコーデリアのもとに三人の女の子が近づいた。その中の一人はラナだった。


「ディリィちゃん、この間は匂い袋ありがとう。とてもお花が咲いてるみたいに良い匂いでびっくりしちゃった」

「こんにちは、ラナちゃん」

「これは王都の絵本?」

「ええ、トトちゃんと約束したの。ラナちゃんも一緒によむ?」

「私は絵本は卒業したもの。でも……なんかきれいな絵本ね」


 ちらちらと伺いながら言うラナはどうやら興味はあるらしい。ただ、見る限り最年少らしいトトの前ではどうやらお姉さんぶりたい様子でもある。


「もしよければ一緒にどうかしら。私、あまり読み聞かせは慣れていないの。ラナちゃんはどうかしら?」

「私は得意よ!」


 そういうとラナは待っていたとばかりにトトの隣に回り込んだ。そして他の子たちも「ラナが疲れたら交代してあげる」と言いながらそれを取り囲む。その様子をほっとしながらコーデリアは見守った。やがて少し芝居めいたラナの音読が始まった。

 絵本のチョイスはどうやら正解だったらしい。絵本が最後までたどり着いた時、トトが叫んだ。


「トトお医者さんなりたい!」

「バカね、お医者さんは賢くないとなれないのよ」

「じゃあトト賢くなる!」


 そんな子供同士のやり取りを聞きつつ、コーデリアはラナから絵本を返却される……と思われたのだが、差し出された絵本は手に取る直前に引っ込んでしまった。


「あの、これ、もう一回よんでもいいかしら?」

「ええ、それはもちろん。ああ、でも、もう一冊あるの」

「え?」

「実はラナちゃんにも本は持ってきたのよ。王都や王宮のことに興味があったみたいだから……」

「えっ、貸して!ディリィちゃんが帰るまでに読むから!」


 その声につられた子供たちはトトからラナへ視線を移した。


「ラナずるい、私も読む!」

「私も!」


 そうしてあっという間に本を囲んだ少女たちは頭を寄せ合い、交互に音読しながら本を読み進めていた。その間コーデリアもトトにせがまれ初めての読み聞かせを行った。上手にできたかどうか、たどたどしくないかという心配はあったが、トトは非常に満足した様子で「もう一回」をその後二回続けることとなった。

 その二回が終わってもトトはもう一度と言いたげだったが、終わった瞬間ラナにコーデリアは腕を引かれた。


「ねえ、ディリィちゃん。ディリィちゃん、お勉強得意なの?」

「え?」

「この本、とてもおもしろいわ。ディリィちゃん普段からこういう本を読んでるなら、私にも教えてほしいの。本の中の女官って外国の出身なんでしょ? この人が驚いてること、私しらないんだもん」

「お勉強がしたい、ということかしら?」

「うん。だってこんなこと知る機会なんてないし。できればもっと最近のお話のものでもいいんだけど、でも、昔のお話にも興味あるなあ」

「あ、私も聞きたい! 先生たちの授業みたいに、ディリィちゃんも授業してくれたら楽しそう!」


 ラナに続いて周囲の子もコーデリアにそう希望を伝える。そしてどんなふうな話がいいか三人で盛り上がり始めてしまった。だがコーデリアとしては良いも悪いも、授業を勝手にしていいものかわからない。

 それをどう伝えていいか悩んでいた所に「あまり無理を言ってはいけませんよ」と優しい声を挟んだのは院長だった。


「ディリィちゃんは王都にすんでるのよ。ここまで距離があるし、あなた達より少しお姉さんで、大人ではないのよ」


 その院長の言葉にラナたちの落ち込みは目に明らかだった。だからコーデリアは焦った。


「もし院長先生がかまわないとおっしゃるなら、私は構わないです。もちろん、頻繁にお邪魔することはできませんが、お許しいただけるならご都合をお伺いしたいと思います」


 そう、別に断るつもりでは無かったのだ。だから少し早口でコーデリアが言うと、院長は驚いた様子だった。


「本当にいいの?」

「はい。私自身は復習になりますし、ラナちゃん達が不利益を被るようなことはいたしません」


 知は力になる。知っていることで物事に対する考えの幅を広げることもできる。彼女らが求めてるならなおさらだ。だからできる範囲でなら彼女らの力になれたらとも思う。そう考えるコーデリアに院長は「そう」と軽く目を伏せ、それからコーデリアと視線を合わせた。


「奥の部屋に黒板があるの。文字や計算の授業をしている部屋なの。よければ使ってくださいな」

「ありがとうございます。ただ、ひとつ心配事が」

「どうしたの?」

「私はまだ一度も授業を行ったことがありません。ですのであまり上手ではないとは思います」

「もしはじめから上手なら、私たちが教えてもらわなくちゃいけないわね」


 院長は笑いながら「こちらの予定を言っておかないとね」とコーデリアに孤児院の予定を教えてくれた。


 そこで知ったのは、孤児院のおおまかな一日の予定だ。

 大体掃除や洗濯、畑仕事は午前中に終わらせるらしい。小さい子も多いので、様子をみつつお昼寝の時間をとることもあるとのことだ。元気そうならその時間に文字や計算の勉強をしたり、遊びの時間をはさんだりする。

 そしてある程度の年齢の子供たちは二日に一回ほど、それぞれの希望に合わせて職業訓練の授業……もといアルバイトもどきをしているらしい。村人の畑の手伝いであったり、家畜の世話であったり、縫い物であったりとこまごましたものが多いらしい。手伝いがない日は当番制で王都の市へ野菜を売りに行く係もあるという。


「お野菜を売りに行く以外に王都へ行くのは、緑さんのところへのお使いね。村の人たちの誰かが行くついでだから、どちらかというと羽根を伸ばしに行っているみたいなものなのよ」

「じゃあ、私がミックくんに会ったのもそれなんですね」

「ええ。でも、そうね。でもディリィちゃんにせがんでいた三人は、実はまだ王都には行ったことがないのよ」

「そうなのですか?」

「機会はあったのだけど、あの子たち、三人一緒じゃないといざ行くとなると怖気付くみたいで」


 なかなか三人となると引率をお願いしにくくて、と、院長は笑っている。

 行ってみたいけど良く分からないところということに不安もあるのだろうとコーデリアは思った。なんとなくだが、気持ちはわからなくもない。


「こちらの都合は後日ご連絡させていただきます」

「ありがとう」


 もちろんコーデリア自身、自分の都合くらいは把握している。

 だが、父に了承を得ておいた方が良いだろう。授業と言っても一回、二回程度であれば了承を得る必要までもないとは思う。ダメだと言われる理由が思いつかない。それでも授業をするという約束は一応果たせたことにはなるだろう。


(ラナたちがそれでもういいってなれば、別だけど……)


 それらしい形にするとなれば、もう少し継続する必要も出てくるかもしれない。

 その辺りも含め、授業の進め方を考える必要があるためコーデリアは院長に返答を待ってもらうことにした。


 そうしてコーデリアは帰宅後エルヴィスに経緯を説明をしたのだが、エルヴィスはコーデリアの言葉を聞くなり眉間にしわを寄せた。


「孤児院に行くとは確かに聞いていた。だが元々お前は薬草を学ぶことを目的としていたのではないか?」


 エルヴィスの言葉はもっともだ。勉強をみることに対しては否定も肯定もない。

 だが目標がぶれること、もしくは当初の目的を放り出すことに疑問をもたれているのだろう。


「お前がなりたいのは教師か?」

「いいえ」

「気まぐれに差しのべた手など良い結果を招きはしまい」


 エルヴィスの言葉を聞き、コーデリアは何よりも意外だと感じてしまった。

 その言葉自体はもっともなものだとは思う。だがエルヴィスから概要を求められる前に否定的な見解を示された記憶は今までにない。予想ではエルヴィスから挙げられる疑問点について回答することが必要になるだろうと思っていたのだ。

 しかし想定外だからといってそのまま「はい、わかりました」とコーデリアも言う訳にはいかなかった。尋ねられずとも、納得を引き出さねばならない。


「もちろん私がずっと教鞭を執ることが叶わないことはわかっております。ですが、何かしらの支援の可能性を見つける為には、求められていることに身を投じてみるべきかと。私は彼女らと接したいのです。幸い、今の私には時間がございます。むろんこれらを理由に自らの学びを怠ることも致しません」


 行儀よく引き下がるわけにはいかない。

 許可を得る為にも言葉は一度に言いきった。否定的な言葉をひっくり返すには勢いも味方につけねばならない。


「……。長くとも季節が二つかわるまでだ」

「ありがとうございます」


 思ったよりも長い猶予だ。半年もある。

 何らかの成果を出すことができれば……もとい、トトやラナが喜べる状況を作ることができれば、きっとそれは前進できたという証拠にもなる。

 それに、別に一人ではないのだ。今回の件に関してはジルやヴェルノーを巻き込んだって構わない。二人ともコーデリアとは違った視点で良いアイデアやヒントをくれるかもしれないとコーデリアは考えた。


 そうしてエルヴィスの前を辞したコーデリアは一旦自室に戻った。

 そして「どういう先生になるのか」ということについて考え始めた。前世でキョウイクジッシュウでも行っていれば話は別だったかもしれないが、生憎コーデリアには教鞭をとった経験はない。だがいままで多くの講義を受講しているからこそ、授業には様々なタイプがあることは知っている。


「できるだけ余計なことは排除しつつ……でも息抜きに雑学もちょっとあったほうがいいわね」


 まず教科書代わりの本から選定しなければいけない。もちろんそれはコーデリアが習った歴史の本を中心に進めてもいい。けれどそれでは少々細かすぎる。コーデリアほど彼女らは頻繁に授業を受けることができないのだ。取捨選択はどうしても必要になる。そもそもすべてを詰め込もうとすれば資料がとんでもない量になりかねない。


 そう考えながらコーデリアは資料を作りつつ、同時にアイシャにも授業の進め方について相談した。歴史を教えていたわけではないが、カイナ村での、そしてララの教師役を勤める彼女はコーデリアが一番相談しやすい先生だ。


 コーデリアの相談にアイシャは嬉々として応じた。そして彼女からは「ある程度固まったらララを相手に模擬授業をしてみては?」との提案を受けた。

 コーデリアとしてはララに頼むのは非常に恥ずかしかったが、予行演習ができるのであればその機会を逃すわけにもいかない。そんな余裕などない。

 しかし実際授業という形に入るとララもコーデリアも互いを知っていることを忘れるほどには集中できた。そしてそのおかげでコーデリアは少しだけ不安を和らげることもできた。


 そうして少しづつ準備を重ねる中、コーデリアは菓子をつまみにやってきたヴェルノーにも授業のことを話した。


「……ホント、ディリィは物好きだよな」

「褒め言葉と受け取りますわ」


 少々行儀悪く、パウンドケーキを刺したフォークをくるくる回すヴェルノーにコーデリアは笑顔で返した。


「んで、ディリィは結局その授業の準備で魔女のところにはいってないのか?」

「いいえ、お邪魔させていただきましたよ。昨日、新しい本もお借りしました。それからすこし授業についてもご相談を」

「ふうん」


 昨日はアイシャを訪ねた帰りに魔女の家に寄り、そして新たな本を借りた。薬草の本と海草の本がそれぞれ一冊ずつだ。海草の本はロニーに渡した。外出のない時はロニーはずっとオブラートの研究にとりかかっている。いまいち溶けが悪い、これだと引っ掛かる、もうちょっと薄くならないか、そもそも乾燥させる機械ももっと改良が必要か……など、非常に頭を悩ませているようだ。コーデリアも無理はしないでと声をかけようとしたのだが、ララは「楽しんでるんだからオモチャとりあげちゃだめよ、お嬢様」とコーデリアに言った。確かに今のロニーは昼食のすら時間が惜しいようで、今日もサンドウィッチを片手に本とにらみ合いを続けていた。ロニーの琴線に触れるものであったのであればこちらも確かに嬉しいのだが、体を壊さないか少々心配でもある。いや、確かに楽しそうでもあるのだが。


「ま、そのうちオウル行きの日程が合う事もあるだろう。その時はディリィの奮闘を楽しんで見ることにするさ」

「見世物ではありませんよ。……でも、ご一緒した時のことは今でも衝撃的でした。まさかヴェルノー様が王子様だと言われるなんて……」


 思い出しただけでもうっかり笑ってしまいそうになる……とまでは言いはしないものの、コーデリアは極上の笑顔をヴェルノーに向けた。ヴェルノーはその笑顔をうさん臭そうに見た後、しかし満面の笑みをコーデリアに返した。


「王子様じゃなくて残念か?」

「それはヴェルノー様ではなくて? ヴェルノー様が王子様でしたら茶菓子を食べに城を抜け出したりはしませんでしょう?」

「はは、きっと王子様も残念がってるだろうなあ」


 互いに棒読みのようなやり取りをしつつも、主導権を譲らないという思いがバチバチと火花を散らすようだった。


「……まあ、いずれにしろ何かやる気なら適当に誘ってくれ」

「あら、いいんですの?」

「ああ。ジルも色々考えてるみたいだがな」

「ではヴェルノー様は?」

「俺は協力出来ることはするが、どうも主体にはなれそうにない。領内の話なら多少の無茶も聞いてもらえるだろうが、相手の要望を見極めるには少し時間が足りないな」


 それに関しちゃジルも同じはずなんだがな、と、ヴェルノーは多少苦笑いをこぼしている。


「ならばジル様にご無理をなさらないようお伝えくださいませ」

「ああ。伝えたらまた無理しそうだけど、伝えとく」


 それは果たして優しさなのだろうか。

 多少の疑問を抱いたままその日はヴェルノーと別れ、そして数日の後、再びオウル村へと向かった。一緒に持っていくのはお手製教科書がわりの解説用紙と緊張感だ。


 その日、オウルで待っていた受講生は女官の日記を読んだ三人組だった。

 正確に言えばトトも「いっしょに聞く!」といって教室にはいたのだが、早々に夢の世界へと旅だってしまっていた。やはりまだ授業を受けるには少し早かったらしい。

 それでも終わった時は満足そうだったので、少しお姉さんになった気分になったらしい。

 授業自体はおおむね「おおお」と驚かれることの連続だったようで、ひとまず興味は引くということには成功したらしい。


 その証拠に二度目の授業は受講生が一人増えていた。

 四人組の受講生は三人組のノートを見て興味をもった男の子だった。彼は三人組よりおっとりしていて、けれどミックと仲が良かったらしく途中でミックが乱入して男の子を連れ去ってしまった。が、結局男の子は戻ってきた。帰り際にコーデリアはミックに酷く睨まれた。


 その次に訪ねた時は、ヴェルノーとジルも一緒だった。

 二人に授業を見られるのは気恥ずかしいと思っていたが、その日は授業では無くお手伝いをすることになった。ジルが少し残念がっていたけれど、コーデリアとしてはサンカンビの気分になってしまうのでほっとした。

 お手伝いは市で使う道具の修繕と商品づくりだった。店を飾る布を繕ったり、商品を入れる箱を新しく作ったり。そして商品はリースの作成だった。隣の森で集めた枝から出来たリースは院長作で、そこにリボンやドライフラワーやドライフルーツ、もしくはウッドビーズやボタンで飾りつけをする。リボンやビーズ、そしてボタンは綿の布で草木染がされていた。これは野菜の横に並べるらしい。


「綺麗な色ですね」

「これはおやつのピーナッツの残りで染めてるの。少し明るいのが殻だけ、一番濃いのが皮だけで染めていて、それより少し明るいのが殻と皮を混ぜたものなの。他にはクローバーで染めたものがあるわ」


 コーデリアは子供たちから少し離れた所で院長と共に布をピンキングばさみで切り、リボンを作っていた。魔女は子供たちが考えたリースの構図に手を加え、見栄えをよくし、なおかつ子供が最初に描いただろうイメージを残しつつ商品へと形を整えていた。


「ディリィちゃんは何で染めると楽しいと思う?」


 そんな院長の問いかけにコーデリアは少し迷った。手元にあるの布は落ち着いた茶系のものだ。リースにも良く似合っている。その中で他の色を考えるなら、何色だろう?


「……ミントで染めると、染めてる時もいい香りで面白いですね。もう少し明るめのものならカモミール。でもリース用でしたら少し高いですが、赤いバラでピンクに染めるのも華やかになるかと。無媒染でしたらブドウの皮も落ち着いた薄紫で綺麗ですよね」


 ミントは茎と葉をミョウバンで染めると、少し黄色寄りの黄緑に布は染まる。カモミールならもう少し明るい黄色に染まる。フレッシュのものでも、ドライのものでも量を調節さえすれば構わないはずだ。現世では試したことはないが、ニホンジンだったときには夏休みの自由研究で行ったこともある。

 コーデリアの返答を聞いた院長は「うーん」と唸った。


「やっぱりもう少し華やかさがあってもいいと思うわよね?」

「いえ、そういう意味ではないのですが……これも素敵だと思います」

「残りもので始めたものだったから、ついこんな色になっちゃうんだけど……そうね、ちょっと考えてみましょう。ブドウの皮なら、季節によっては集められるとも思うし。でもディリィちゃんは急に染色のことを振られても答えられるのね」

「商業的なことまではわからないので、原価計算はできませんが、少しくらいなら」

「そうね……リースの値段を上げることはできないけど、ショールなら割高な感じにさせずに作ることもできるかもしれないし……」


 うんうんと頷きながら院長ははさみを動かした。


「ディリィちゃんと話してると、貴女がまだ子供だという事を忘れそうになるわ」

「確かに子供ですが、もう十三歳ですよ。トトちゃん達よりは、少しお姉さんです」

「確かにそうだけど……まだここにいる子たちと変わらないのよ。ヴェルノーくんやジルくんも、しっかりしてる。ここにいる子たちがお兄さんだと認識しているもの」


 そういいながらじゃれつく子供をあしらいつつペンキを塗る二人を院長は見る。


「そういえばディリィちゃんの授業、ラナたちが本当に楽しんでるわ。ありがとう」

「いえ、お役に立つことができていれば光栄です」

「本当は私たちがもっと教えてあげられればいいんだけど。お金も集めないと、ここが成り立たなくて」


 院長はそう言いながら小さく息をついた。


「……やはり援助を受けるのは、あまり好ましくないとお考えですか?」

「知ってるのね、ここの経緯」

「ええ」


 コーデリアは真っ直ぐと院長に目を向けて答えた。そんなコーデリアに院長はコーデリアの目を見つめ返し言葉を紡いだ。


「正直、あの時は意地でもあったから。あの時の私はまだ院長ではなくお手伝いの一人だったんだけどね。けど、今更援助を請うにしても、ね。なんとかやっていけてるし。村の皆も協力してくれて、とてもあったかい場所には出来てると思うの」

「ええ。それは私にも、子供たちの表情が教えてくれます」

「ただ、ああして喜ぶ子供の顔を見ると少し罪悪感も、ね。私自身村の外の人と話す機会は少ない。だから見えていないこともあるのかもしれないってずっと気掛かりで……。ここの子たちは親御さんから預かった大切な子たちだから、私がしっかりしないといけないのにね」


 院長の言葉はもうコーデリアに言っているというより自分自身に言い聞かせているようだった。言葉と共に落ちた院長の視線とは対照的にコーデリアは彼女を見つめたまま口を開いた。


「私が院長先生の葛藤を理解するのは難しいです。そんな経験が、まだ私にありません。だから想像でしかありませんが、時が経てば環境が変わり、考えが揺るぐというのは当たり前のことではないでしょうか。価値観の変化や世の移ろいは、歴史では常だと習っています。個人にも、同じことがいえるのではないかと」

「……」

「もちろん変わらないことが大切なこともありましょう。しかしもしも悩んでいらっしゃるなら、院長先生が信頼できる相手に相談なさるのはいかがでしょうか。援助を求めることも、今更では無く今だからこそと言えるのではないかと私は思います」


 さすがに『私に相談してください』とはコーデリアは言えなかった。それに院長の相談として一番適切なのは恐らく魔女だ。たぶん今だってコーデリアに相談したいわけじゃなかったのだと思う。多少なりとも状況を知っている人間の言葉が欲しかっただけなのだろう。


「……そうね。緑さんにもきちんとお話ししたことがなかったものね」


 そう院長が独り言のように言ったあと、そとから「魚屋がまわってきたよー」との声が聞こえてきた。その声に院長は顔を上げた。


「あら、行商の馬車がやってきたわね」

「魚の行商があるのですか?」

「ええ。川魚はここでも手に入るんだけど、海の魚介類はね。王都では売れにくい、小さいサイズの干物だから少し安く手に入るのよ」


 それを聞いたコーデリアは『そう言えば馬車の主も行商で儲けを出していると言っていたな』と思い出す。そして外に出て商人と話す院長を窓から眺め、コーデリアはふと思いついた。


「……そうか、移動させればいいんだ」


 そう、コーデリアは商人と値切る院長のやりとりを聞きながら小さくつぶやいた。


 ++



 帰路、馬車を降りてからコーデリアはジルとヴェルノーに問いかけた。


「今から少しお時間はございまして?」

「なんだよ」

「相談したいことがあるんですが」

「手短になら」


 ヴェルノーの返答にジルも頷く。コーデリアは少し声を落としながらも


「図書を運び、貸し出しを行うルート……移動図書館を構築しませんか。冊数は多くないかもしれないけれど、できれば本に記載されている事項について、子供たちからの質問に答えられる先生もつけたいです」

「……は?」

「他にももっと支援出来ることもあると思います。でも、少しでも支援ができるならって」


 学習時間を持たせてもらっている中、できる継続支援として思いついたこと。

 それをコーデリアは二人に聞いてほしかった。実行するとすれば、一人の力では少し難しい。


「もう少し聞かせてくれる?」


 そう、ジルの言葉に促されコーデリアは頷いた。


「オウルの子たちは最低限の読み書きは皆覚えてるけど、そもそも孤児院に読み物はあまりないわ。でも、知識に貪欲な子たちもいる。なら、知識に触れる機会があってもいいと思の。貸本屋ほど最新のものは集められなくても、できれば無料で、最低でも低価格で貸し出しができる環境を作りたいの」

「移動っていうことは、つまりあの孤児院限定ではないんだね?」

「ええ。可能な範囲で、いくつかの村を定期的に回って貸し出しをしてもいいかなって。範囲は本の調達具合や運行可能な距離によって変わってくるから、少し考えないといけないけれど。今日、行商人を見ていてふと思いついたの」

「確かに王都周辺であれば山村であっても最低限の読み書きは習うはずだ。けれど実践する機会は少ないから、喜ばれることではあるだろね」


 コーデリアの答えにヴェルノーは「なるほどな」と口を開いた。


「馬車に本を積んで農村を回る、か。孤児院ではなく村を対象に支援するなら、受けることを断っているオウルも利用しやすいだろうな。本の調達はどうするんだよ」

「馬車の管理や随時新しい本を追加していくとなると、私の手持ちだけじゃいつまで続くかわからないし、偏りもでるかもさそれない。だから継続して事業を行うためも、できれば賛同者から毎年協賛金と意見を得たいの」

「だから俺らに話したという訳か」

「ええ。もちろんどのくらいの予算が必要か、まだまだ分からないわ。でも、共同運営の組織を作ることができればいいと思ったの。ご協力いただけるかしら?」


 そうコーデリアが言うとヴェルノーは顎に手を当て少し考える様子を見せた。


「資金調達なら大人に提案するのが手っ取り早いが、領内ならともかく王都周辺で行う理由は説明しがたい。だが俺らが出せるのは小遣い程度だ。それなら……より多くの貴族の子供を巻き込み『共同立案』を盾に了承を得る方が無難かもしれないな。他の子供が福祉事業を行おうとしているのに、うちの子には参加させない……なんてこと、貴族のプライドは許さないだろう。ある程度構想が固まったら声かけくらい手伝っても良い」

「ありがとうございます」

「あとは……王都の商人の中には商会の名を上げる為に大々的に寄付をしたがる人間もいる。もちろん貴族との付き合うチャンスを得たいという思惑もなくはないだろうが……うまく使えば財団の職員を雇う金もなんとかなるだろ」

「お詳しいんですね」

「ディリィよりは人付き合いもあるんでね」

「お見合いの副産物ですか」

「……ホント、遠慮がなくなったよなあ……」


 若干ヴェルノーの頬がひきつったような気もしたが、それほど大きな声を出さなかったのはここが外だからということもあるだろう。


「ジルも協力してくれるよな? 俺に同意してくれるだけで凄い効力なんだが」


 にやりと笑うヴェルノーにジルは苦笑いを返す。


「それくらいしかできないとなると、ちょっと心苦しいなあ」

「そういえばジル様も何かお考えがあると、ヴェルノー様からお聞きいたしましたわ」


 そう言うと、ジルは勢いよくヴェルノーを見た。

 そしてヴェルノーも同じ速さでジルと同じ方向に顔を反らせた。その顔つきは口笛でも吹き出しそうだと思わせるものだった。これはジルは内緒にしておきたかった話なのだろうとコーデリアも流石に理解できた。しかしジルもじっと見ただけで文句を言う事無く、再びコーデリアに視線を戻した。


「……もし彼らが必要としているなら、王都での求人が伝わりやすいようになればと思って。逆に村から求人がある場合も、王都にその情報が届きやすくなる情報網の構築ができればと思ったんだ。調べたんだけど、今のところ村と王都どころか王都内でも広く伝える情報網はないらしいからね」

「そうだったんですね」

「でも巡回図書館の計画が実行できるなら、王都に財団の拠点ができるよね。そこに拠点をおけば、上手く行くかもしれない。職員の問題も……なんとか、考えてるんだ」


 最後の方は曖昧に、けれどしっかりというジルとコーデリアは顔を見合わせて笑った。

 けれどそれもヴェルノーの一言でそれは止まった。


「……まあ、それもおいといとしておくとして。どちらにしろこの話を片付けるなら王子にも一言告げておく方がいいだろうけど、問題ないよな」

「え」

「え、ってなんだよ。王子の側にいる俺が勝手に王都の側でなにかやるのに、黙ってるのは変な話だろう」

「それもそうですけど……殿下になんて、少し大げさになってしまわないかしら」

「別に協力を強要するわけじゃないし、ディリィが作った案を話すくらいだ。やりたいことをやりゃいいんだ」


 確かに王子なら手を貸すどころか一声で物事は進みやすくなるだろう。というか王子の一言だけで完結しそうな勢いだ。使える人脈と考えればむしろ乗るのが正解なのだろう。

 だが……そんなつもりは全くなかった。引き攣る頬を抑えるのが精一杯だ。


(……ううん、そんな、王子が嫌だからやめるとかそんなこというつもりはないけど)


 そうだ、ここは割り切ろう。

 直接頼み込むという訳でもない。ただ単にヴェルノーが話を振るだけだ。恐らくヴェルノーは『王子お墨付きの企画』という事実を作ろうとしているだけだ。


「なんならディリィも同席するか?」

「それはヴェルノー様にお任せしますわ。あまり人前にも出ていないのに殿下に謁見するなんて……あちらこちらのお偉い方やお嬢様方からいらぬ詮索をされてしまいますわ」

「了解。残念だが承るよ」


 両手を軽く上げ肩をすくめたヴェルノーに、コーデリアはそれ以上何も言わなかった。

 だいたい彼も想像がつくのだろう。浮かべている苦笑いがその証拠というものだ。

 しかしそんな顔を浮かべておきながら「まあ、話すのはおいおいだな」などと飄々と言っているのはあえて聞かないことにした。



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