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第三十六幕 緑の魔女(3)

 さて、手渡されたされた本を読もう。

 そう思ったコーデリアだが、まずジルやヴェルノーの様子を伺った。先ほど魔女に課題を見てもらっていた二人は、すでに新しい課題を与えられているようだ。


「二人はどういう課題をしているの?」

「これ」


 コーデリアの問いにヴェルノーは自らが読んでいた本をコーデリアの方に見せた。

 本には薬草の絵がいくつか描かれていた。ただし薬草の名前は記されていない。


「これはどういう課題なの?」

「薬草の名前を当てる。そしてその薬草だと判断できる特徴をノートに書いていくんだ。そこの本棚の本は自由に見てもいいと言われているから」


 本以外にもメモを示しながらヴェルノーは続ける。

 ノートは恐らく私物なのだろう。自身も用意しておけばよかったとコーデリアは思ったが、今は仕方がない。次の機会には絶対忘れないようにしなければ。


(そうだわ、次の時にもしもララの鉛筆があるていど完成するようだったら持って来よう。ペンより持ち運びやすいし、ヴェルノー様も興味を持っていたし)


 ぜひとも見せびらか……ではなく、完成具合を見てもらおうと思う。意識していないと忘れそうになるが、彼は侯爵家の嫡男だ。仮に彼が人目のあるところで使ってくれればいい宣伝にもなるだろう。


(もちろん前提は村の子供たちの学習用だけど、売れれば資金にもなる。幸いパメラディアには間伐材も豊富だし、新たな特産品に……なんて贅沢な望みかしら)


 しかし何にせよ収入ができることは良いことだ。

 さすがにニホンで使っていたような消しゴムまで作る自信はないが、消しゴム用のパンなら用意できないこともないだろう。それも一緒に売りだせばいい商売になるかもしれない。


(ま、今はそれは置いておくとして……確かに似た草花の見分けは大事よね。よく似たもので事故になるなんて話、ニホンでもよくニュースになってたもの)


 ニラとスイセンを間違えたとか、食用キノコと毒キノコを間違えただとか、時々そんな記事をみた覚えはある。


(口にするなら命にも関わることだわ。しっかりと覚えないと。そもそも特徴を覚えられないようじゃ、到底自分でつかいこなすなんてことできないんだから)


 そしてコーデリアは改めて与えられた本と向き合い、緊張しながら表紙をめくった。本には前書きはなく、最初から植物に関することで埋め尽くされていた。


 コーデリアが与えられた本はヴェルノーが見ている本とは違い、植物の名前が詳細な情報と共に記載されている。まず左側のページにはには紹介する植物の絵が多方向から描かれている。そして右側のページには植物の名前、特徴、それから育て方や利用方法が載っていた。


(家にある本と、ここが違うわね。書庫の本には育て方はあまり載っていなかった。それから植物の描かれ方も、こんなに何カットも載っていなかったわ)


 おそらく掲載量の差もあるのだろう。

 パメラディア家の蔵書はとにかく広域の植物が記載されていた。あまり育て方について記載がなかったのは毒草も含めた本だったからかもしれない。

 それに対してこの本は王都周辺もしくは街道で見つけることができ、なおかつ育てることが容易な薬草だけを厳選しているようだった。掲載数が少なければ詳細まで載せられるということなのだろう。だがそれを差し引いてもこの本には入門書として十分すぎる情報が載っている。特にコンパニオンプランツとしての扱いが掲載されていたことにはコーデリアも驚いた。


 コンパニオンプランツとは野菜などの作物を育てる際、他の植物を一緒に植えることで良い影響を与える――例えば害虫を寄せ付けないなどのプラスの効果を与える植物のことだ。

 代表例はカレンデュラと同じキク科で、見た目もよく似ているコウオウソウ属の観賞用のマリーゴールド。これはあくまで観賞用でしかないのでカレンデュラの代用として使うことはできないが、多くの植物との相性もよく、害虫を遠ざけたり病気を防いだり、さらには育成を助けるなどの効果がある。前世ではトウモロコシを育てるときには一緒に植えたこともあった。


(もっとも、ここにはマリーゴールドは載ってないわね。それにハーブにもコンパニオンプランツとして使えるものもあるのに、載ってない。この世界独自のものばかりに見えるわ)


 マリーゴールドの生育地についても今後調べようと思いつつ、ぱらぱらと先のページも軽く見てみたのだが、ここにはコーデリアが扱うようなハーブも掲載されてはになかった。載っている薬草が王都周辺か街道に限られているのならそれも当然だろう。しかしだったら逆にハーブをコンパニオンプランツとして広めていくことも可能ではないか……と頭の隅に書きこんでおく。だがその子細は今は考えない。もと見ていたページに戻したコーデリアは今度はその利用法について目を通した。

 だが……その続きに書かれていた薬草の使い方が、コーデリアにとっては斜め上のものであった。


(ええっと……レィル草でアカガエルの股肉を漬けるとより…………って、え、カエル?)


 一瞬見間違いかと思ったが、アカガエルと堂々と書いてある。

 アカガエル自体は江戸時代に夜泣きや癇癪のような乳児の行動……いわゆる疳の虫を治める為に商人が売っていたという話を聞いたことがある。実際にその効果があるかどうかはともかく……正直に言えば、カエルはあまり得意では無い。素手で触ることができないほどには苦手だ。だからましてや皮を剥ぎ、その股肉を使うのは抵抗がある。この国の食卓にカエルが上るなど、少なくともコーデリアは知らない。いや、前世を考えればウシガエルのような食用ガエルが存在する可能性はあるが……コーデリアとしての人生でもニホン人としての人生でも、未だ食べたことのないカエルに対し抵抗を無くすことは難しい。そもそもこの本の中に示されているカエルはウシガエルのサイズでは無く、本当にどこにでもいそうなカエルのサイズだ。


(……っていっても、こっちのアカガエルの効用が江戸と同じ目的とは限らないし、このレィル草の効果で何か別の病気を治すことになってるのかもしれないし)


 苦手な項目だが、今すぐカエルに触らねばならない訳では無い。

 そう思いながらコーデリアは続きに目を通した。


(使い方は塩ゆでをしてからすり潰したティル草を塗り食べる……やっぱり食べるのね。効用は子供のお腹の調子を整える、か。アカガエルはカエルの中でも水の魔力を含んでいて、ティル草の能力を伸ばしやすい……ね)


 効果は覚えたけれど、やっぱり食べたくない。大体水の魔力というだけなら魚だって代用できそうなのだが、カエルでなければならない理由があるのだろうか。しかしここにはそれ以上の記述はない。入門書だからだろうか? そう思いながらコーデリアはさっとページをめくった。そしてその後もなかなか刺激的な組み合わせが続き、なかなか勇気の必要な薬が続いていた。セミ、ハチノコ、バッタ……食べられない訳では無く、むしろ伝統的食文化だと尊重しなければならないだろう。


(けど……ハードル、高いわ。ううん、必要なら頑張れるけど……!)


 これが初級だというのなら、基本的に魔女は動植物を合わせた薬を作るという事なのだろうか? けれど部屋の中の瓶は植物ばかりだった。きっとこの記述たちが例外なのだろう。次のページこそは、別のものが載ってるはず……そう信じながらコーデリアはまた新たなページを開いた。


「あ、水草……」


 思わず安堵の声を出してしまいながら、コーデリアは肩の力を抜いた。

 どうやら章がかわったようだ。ここに書かれているのは淡水で育つ水草のようで、王都近郊でとれる薬草と合わせられるものが書かれているようだった。


(これはとても興味深いわ……って、え? 紅藻類、載ってるの?)


 確かにほとんどが海水で育つものだが、淡水で育つものもあるとは聞いたことがある。

 しかしそれとこんなところで出会えるとは思っていなかった。


 建国祭の時期に作りたいと思ったオブラートの材料になるだろう紅藻類。

 海産物にも詳しいと思われるクリフトンとマルイズには既にその手紙を出しており、その返事ももらっている。彼らの手紙にはそれぞれ肥料としての扱っているテングサ科の海草について記述があった。手紙の雰囲気から察するに彼らはコーデリアが草花を育てているということは知っているので、その肥料を求めているのだろうと思ったらしい。彼らは必要があれば手配する旨を書いてくれていた。用途は違うが、あるならありがたい。


 だが既にテングサ草が入手ができるとわかっていても、もしかしたらこの水草も材料になり得るのではないかと興味が湧く。


(……正直、わからないわ。元々海草なんてほとんど雑学レベルでしか知らないし、ここに載っているものがテングサ科と同じように使えるかどうかなんて、わからない)


 けれどもしもここに記載されているような水草でも作れるなら、内陸のパメラディアの領地でも材料を調達しやすくなるかもしれない。オブラートはきっと重宝される。薬を飲むのはもちろん、菓子にだって利用できる。食べられる紙をつくりだしたとなれば一目置かれることにもなるだろう。ならば……情報を外に出さないためにも、可能な限り領内で完結させたい。


(……両方やって損なことはないはずよね。そもそも作り方だって曖昧な知識しかないんだし、十回失敗しても二十回失敗しても、最後に出来上がれば何の問題もないわ)


 よし、水草の記述についてまずは頭に叩き込もう。

 そうコーデリアは心に決めた。


 そしてその後、本を読み進めているとあっという間に時間は立ってしまっていたらしい。


「そろそろお茶にしましょうか。用意してくるから、ちょっと待っててね」


 そんな魔女の声に顔を上げると、ちょうど外から朗らかな歌声が聞こえてきた。

 なんだろう? そうコーデリア思っていると、ヴェルノーが「ああ、あれか」と口を開いた。


「あれはこの辺のおやつ時を示す歌唱隊だ」

「違うよ。あれは聖女をたたえる聖歌隊の歌だよ」

「……あのな、俺、今ボケたんだからな」


 そんなジルとヴェルノーのやりとりを聞きながら、思わぬワードにコーデリアは驚いた。聖女。もちろん今ジルが口にした聖女はコーデリアが危惧する相手ではないだろう。だがコーデリアの頭にはヒロインが思い浮かんでしまったのだ。だから思い切って尋ねてみた。


「二人の耳にはもう夢見の少女のお話はもうはいっているかしら?」


 そんなコーデリアの問いに二人は目を丸くして何度か瞬いた。それからヴェルノーは「夢見の?」とうさん臭そうに言葉を発したが、やがて合点がいったらしい。


「ああ。そういえば聖女の再来とかなんとかいわれてるらしいな。俺は占いは信じないほうだが、俺に害が出ないなら信じたい奴は信じればいいと思う」

「ジルはどうかしら?」

「うーん……会ってみたことないから、わからないな」

「……それもそうですわね」


 どうやら二人とも深い興味は抱いていないらしい。その事に……特にヴェルノーが深い興味を持っていないことにコーデリアは安堵した。彼の性格を考えれば無条件で聖女至上主義なんてならないだろうが、直接聞けたことはやはり大きい。ジルはどうだかわからないがヴェルノーは少なくとも将来的にヒロインに出会う可能性が非常に高いのだから。


「しかし珍しいな。ディリィがこの手の噂を気にするなんて」

「この間、ヘーゼル様からお聞きしましたから」


 コーデリアの答えにヴェルノーは少しむせこんだ。

 どうやら思いもよらぬ名前だったらしい。ジルが苦笑しながら「大丈夫かい?」と声をかけている。どうやらジルもヘーゼルのことは知っているようだ。しかしヘーゼルの名前が効いたのか、ヴェルノーはそれ以上コーデリアに質問を重ねることはなかった。


「あら、そういえばロニーは……」

「ああ、ここにいますよ」


 コーデリアに返事をしたロニーは店の端のカウンターのところにいた。

 背もたれのない椅子に座り、壁にもたれ掛っている。


「何をしてるの?」

「いえ、皆勉強してるので、俺はさっきまで客で来てたご婦人の話相手になってました。なんでも、俺が孫に似ていたらしいので」

「……そう」

「俺も職場のお姉様方が好きそうなお菓子とか聞けてよかったです」


 店番、してたのか。

 放ってしまって申し訳ないと思ったが、ロニーもなかなか有意義な時間を過ごしていたというならそれもそれで素晴らしいことだ。良かったという事にしよう。それからおいしそうなお菓子というのは後で聞こう。

 そうコーデリアが思っているうちに魔女が木のトレイをもって戻ってきた。


「さ、今日はココアカスタードのマフィンを焼いてみたのよ。薬草茶と一緒にどうぞ召し上がってくださいな」


 そう言いながら彼女は皆にマフィンと茶を振る舞った。ココアの生地とカスタードが折り重なったマフィンは甘く、そしてほろ苦い。


「新作なの。最近の子供たちは果物のものよりこっちのほうが好きっていう話を市場で聞いたの。どうかしら?」

「おいしいです、とても。もちろん果物のものも好きですが、とてもおいしいです」

「ふふ、よかったわ」


 魔女の問いかけにコーデリアは一番に答えた。本当に作り方を教えてほしいと思うほどにはおいしかったからだ。おそらく屋敷で頼んでも似たものは作ってもらえると思う。だが、家の菓子が店のもののようであれば、この菓子は本当に家庭のほっとする味だった。それにどこか懐かしさも感じた。食べてなくなるのがもったいないな、とも思ってしまうほどに。


「ディリィちゃん、その本はどうかしら? わからないことはある?」

「ええっと……凄く驚きました。その……薬草とカエル、組み合わせとして考えたことがなかったので」


 食べながらカエルの話を出すのはどうかとも思ったが、やはり一番衝撃があったことは隠せなかった。魔女は笑った。


「香りが好きなら関係ないかもしれないけれど、こっちも面白いでしょう? でも、意外ね。あまり興味のない項目かと思ったから、前の方は読み飛ばしてるかと思ったんだけど……真面目なのね」

「あの……カエルが水の魔力を含むので薬に使っているということは分かったのですが……お魚じゃだめなんでしょうか」

「お魚だとあまり意味がないわね。それならレィル草を単独でお薬にしてしまってかまわないと思うわ。もともとレィル草には下痢止めの役割があるから、すり潰しても飲んでも有効なの。ただ、効果の上乗せを期待するなら相性のいいカエルを使う感じね。カエルはオタマジャクシの時は水の中、成長すれば草にひっついてることも多いかあら両方の魔力と相性がいいのよ」


 そう魔女は言って、一呼吸おいてから「やっぱりカエルは苦手かしら?」と笑った。コーデリアも苦笑で応えた。


「他の項目はどうだった?」

「そうですね、水辺の生物……とくに水中の植物にとても魅かれました」

「水草の関係の本ならほかにもあるわ。あとで貸してあげる」

「ありがとうございます」

「じゃあ、次はジルくんたちの質問を受けようかしら」


 そう、魔女が言ったときだった。

 店のドアが開き「魔女せんせー!」と元気な子供の声が響きわたった。

 その声に魔女は「あら」と立ち上がり、すぐに入り口の方へ足を運ぶ。


「お使いの日は明日じゃなかったかしら?」

「うん、でも明日みんなで遊ぶ約束したから今日きたんだ!」

「そうなのね。じゃあ、ちょっと待っててね。お薬はあるんだけど、紙袋を用意してくるわ」


 客なのか。そう思いながらコーデリアが遠目で見ていると、その子供も魔女の姿が消えた後にコーデリアたちの姿を認めたらしく、テーブルに近づいてきた。


「おまえら何してんの?」


 子供はコーデリアたちより小柄で、おそらく十に満たないが、初対面の相手にも全く臆することがない様子であった。それはコーデリアの方が一瞬驚いたくらいだ。

 しかしその一瞬は大きな隙になったらしい。


「もーらい!」

「っ?!」


 元気の良い声がしたと思ったら次の瞬間にはコーデリアのマフィンが子供の手の中に納まっていた。実に素早い動きでマフィンを奪取した子供はそれをあっという間にそれを平らげる。


(私のマフィン……!)


 そう叫びそうになったのをコーデリアはぐっとこらえた。

 だめだ、叫んでは。大人げがない。いや、子供だが。確かに子供だが、自分より小さい子に叫ぶほど幼くはないはずだ。

 しかし食べてしまうのがもったいないと思ったマフィンを掻っ攫われてコーデリアの笑顔も引き攣らない訳がなかった。

 そんなコーデリアに対し、子供はコーデリアが口を開く前に悪びれずに堂々と言ってみせた。


「ボーっとしてる方が悪いんだぜ」

「なっ、」

「とられたくなかったら胃の中に入れときゃ良いんだ」


 流石にその態度はないだろう。

 そう思ってコーデリアが「あなた」と今度こそ口を開いたのだが、今度は「お待たせ」という魔女の声にそれは阻まれた。

 魔女はにこやかに紙袋を持って現れたが、子供の顔を見て首を傾げた。


「あら、ミック。マフィン、誰かからもらったの?」

「く、食ってないぞ」

「それだと不思議ね。口にお菓子のくずがついてるわ」


 そう魔女に指摘された子供……ミックは慌てて口元をぬぐった。すると魔女は苦笑しながら「じゃあミックは嘘をついたから次のお菓子の日はお菓子抜きね」とさらりと言う。優しい雰囲気ではあるのだが怒っているのはしっかりと分かる。それはお調子者らしいミックにも充分伝わったようで、「ごめんなさい」と不本意丸出しでだが謝罪を述べた。


「ミック、それは私に言う事では無いでしょう? お菓子をとった相手に言わなければいけないことなのよ」

「……悪かった」


 魔女に指摘されたミックはコーデリアの方に身体を向け、目は反らしながら早口の小声でそう言った。だがその様子を見ているうちにコーデリアの中の言葉は消えてしまった。

 不満はあるだろうし反省はしていないかもしれないが、悪いことをした理解はミックの中にある。そう思えば諭すことも追及することも蛇足だとしか思えなかった。だからコーデリアは「気にしていませんわ」と言った。もちろんマフィンのことは惜しいとは思っているが。

 コーデリアの言葉を聞いた魔女はミックに紙袋を渡した。そして優しく「気を付けて帰るのよ」と彼の頭をひと撫でした。ミックは紙袋で顔を隠し、そのままダッと駆けだした。


「ごめんなさいね、あの子も根は良い子なの」

「いえ」


 ミックが開けっ放しにしたドアを閉めながら魔女が眉を下げた。コーデリアはそんな魔女に否定の言葉を入れたが、そのあとを続けることはできなかった。そうですね……というには確かに彼は腕白だった。

 そんな微妙な胸中は魔女にも伝わったらしい。彼女は苦笑していた。


「素直になることが苦手な子なの。本当はお話がしたいだけなのよ」


 そう言いながら魔女は「これ、どうぞ」とまだ手を付けていなかった彼女の分のマフィンをコーデリアに手渡した。


「お花や薬草にはあの子も上手に気持ちをぶつけられるんだけどね。とても育てるのが上手なのよ」

「そうなんですか?」

「ええ。王都から馬車で少しかかるところなんだけれど、オウル村で育ててるの」


 オウル村はコーデリアも遠乗りの際に横を通ったことはある。

 長閑に見える村だが、街道からは分岐するところに存在することからあまり外部の人間が近づくところでは無い。ただ村も外部を排除している訳では無く、王都への馬車も定期的に行き来している。


「オウルの村……ひょっとして、彼は孤児院の?」

「あら、ジルくんはオウルの孤児院を知っているの?」

「ええ。王都の市に時々良質な作物や加工品を出していますよね。野菜が美味しいこともあってか、ピクルスも美味しいです」

「そこまで知ってくれているということはお客様かしら? 私も時々お手伝いをしに行っているの。このマフィンも、あの子たちに振る舞おうと思っての練習なのよ」


 そう魔女は言いながら魔女は「これがさっきジル君がいってた市のピクルスね」と引き出しから取り出した。


「もし興味があるなら、いつでもオウルの村はご案内するわ。その時は一緒にマフィンを焼いて持っていきましょう」


 そう魔女は冗談のように言った。おそらく本当に冗談だったとは思う。

 けれどコーデリアは「それは、是非お願い致します」と答えた。魔女は目を丸くした。


「少し離れているけど大丈夫?」

「父にお願いしてみます」

「そう……じゃあ、もし大丈夫だったら、という事にしましょうか」


 そう魔女は笑うと「お茶のお代わりいかがかしら」と言い、そして中断させてしまっていたジルとヴェルノーに対して学習の進捗具合の話を再開させた。


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