幕間 きみがための贈りもの
建国祭が無事終わり、少し時間ができたので私は街に出掛けることにした。
約束通り建国祭の間は大人しくしていたのでクライヴにも多少は多めに見てほしい――と思いながらも、こっそりと抜け出したので恐らく後で叱られる。
けれどどうしても私は街に出たかった。
もちろん街の様子を見たいということもあったが、それ以上に目的があった。
もうすぐディリィの誕生日がやってくる。
だからどうしても贈り物を買いたかった。
ディリィの誕生日についてはヴェルノーも気にしたことがなかったらしく、正確な日付はわからない。けれどディリィの本名はコーデリア・エナ・パメラディア。エナの名がついているのなら三日後から二十日の間に誕生日がくるはずだ。二番目の名前はついていない人も多いが、ついている人は生まれた日に応じた守護神の名前だから間違いはないはずだ。
だから誕生日の贈り物をしたいと思い、店を色々回ってみたかったのだ。
(今までも送りたかったけど、どうしてもこの時期はばたついてしまっていたから今年こそは、なんだけどな)
そう思い街にやってきているのだが……なかなかいいものが思いつかない。
「便箋を送ってしまうと手紙を催促しているような気もするよな……」
「そんなことないだろ」
「かといってバースデーカードだけでは後々使い道がなくなってしまう」
「まぁ、基本的に一回見たら終わりだろうな」
「何か似合うものがあればいいんだが……」
「とりあえず、店、かえないか?」
私の相談に平坦な声で答えていたヴェルノーだが、最後は耐えかねたようにそう言った。
今滞在している店は文房具を多く取り扱う店だ。やや広めの店内は桃色や橙色など明るめの色合いが強く、女性が好みそうな印象がある。だからディリィが好みそうなものも見つかるかと思ったのだが、ヴェルノーはだいぶ居心地が悪そうな様子である。
「何かまずいことでもあるのか?」
「いや、この店で落ち着いて探せるお前が凄いと思うよ。すごい注目されてるだろ」
確かに多少視線を集めてしまっているような気もしなくはないが、王子として振る舞っている時に比べたら気になるほどのものではない。
けれどヴェルノーの居心地が悪そうだったことや、一通り商品を見てもピンとくるものがなかったので私も外に出ることに同意した。非常に残念だが、無い物は仕方がない。
「……ジル、お前、ほんとにあの空間大丈夫なのかよ」
「だから、何が不都合だったんだ?」
「不都合っていうか……ぬいぐるみとかレースとか溢れる空間で、よく平気でいられるな」
「うん?」
ディリィが好きそうなものを探すのだから、そう言うものが溢れる店は選択肢として間違いではないと思うのだけれど、ヴェルノーは「いや、やっぱりいい」と結局納得しないまま話を終えた。
「今日、角の店の焼き菓子、ジルのおごりだからな」
「ああ。今から行くか?」
「そうだな。俺も休憩したい」
付きあわせているのだからそれくらいどうってことはない。
通りの一番端にある店で紙袋半分くらいの焼き菓子を買い、広場の端のベンチで買い食いをする。これはいつもお忍びの時のパターンになっている。焼き菓子は城で出てくるものよりだいぶ素朴な味がするが、そのおかげでいくらでも食べれそうだと思ってしまい、意識しないとついつい食べ過ぎてしまう。
そしてこれを食べ終える頃には喉も渇くので、そのままバザーのほうに二人で歩く。
「なぁ、聞きたかったんだけど、その贈り物はどっちで送るつもりなんだ?」
「え?」
「ジルで贈るのか? それとも本名で贈るのか?」
「……それはわかりきった質問だよ。ジルで贈るさ。シルヴェスターだとディリィが困惑するのが目に見えている」
「大変だなぁ、お前も。いい加減言えばいいのに。もう四年くらいだろ?」
バザーで買ったジュースを飲み干しながらヴェルノーがさも簡単なことのように言う。
「せめてディリィが私を避けている理由が分かれば、こちらも態度を決められるんだけどな」
「ずいぶん消極的だな。惚れてるんだろ?」
「……多分」
「は? あ、え? 今更、それなのか?」
「いや、多分、そうだと思ってる。こうやって城を抜け出して贈り物を探すくらいには。けど、ほかにそう思ったことがないから、比較しようがないんだ」
だから、多分。
他に似合う言葉が思い浮かばないし、多分、彼女に見合うような大人になろうとしている自分がいることで、そうなんだとは思う。
「思った以上に甘ったるいっての。胸焼け起こさせるつもりか」
「……胃薬、処方させようか?」
「だから違うっての。まあ、お気持ちだけはありがたく頂きますよ、っと」
唐突な胸焼けの言葉に菓子を食べすぎたのかと思い私は尋ねたが、ヴェルノーはやれやれという調子だ。……何がなのか、はっきり言ってほしい。
しかし正直なところディリィが私を避ける理由がわかって、それを取り除けば万事解決……なんていうこともないとも思っている。だから一概にディリィに避けられているから、なんてものじゃない。
「でも、例えディリィが私を避けなかったとしても、私だと会いにくい部分も多いだろう。私の将来も情勢次第になる可能性も高い」
自分の立場で特定のご令嬢と交流を持つのはあまり望ましい物でないのは分かっている。
政略結婚だって珍しくもない立場であるし、そうなった際、近づきすぎたことにより巻き込むことになってはいけないと思う。国内の話だけでは無く、外国との付き合いからも何が起こるかわからない。
「何を言うかと思ったら……そんな下らないこと言ってどうするんだよ」
「何が」
「情勢をどうにかするのがお前であり、お前の父上だろう。多かれ少なかれ将来の不安なんて誰だって持ってるっての。平和な世で辛気臭い顔するな。お前は俺らをどう上手く使うか考えればいいんだよ」
そう言ったヴェルノーはもう一度「お前ホント馬鹿だな」と念押しのように告げてくる。
あまりにあっさり一蹴され、さすがに私も言葉を失った。
「……なんだよ、反論あるのか?」
「いや……ヴェルノーにもあるのか?」
「ああ、あるさ。戻った後、クレイにどれだけ長い説教を受けるかという不安がな」
「ははっ、それは重大な事案だな」
堂々と言ったヴェルノーに、私は思わず吹き出した。
そんな不安、いつも説教を聞いていないヴェルノーが抱いているわけもないだろうに。
けれど、有難かった。
「本音を言えば、例えジルとしてでも本当はもっと会えたらいいと思うよ。何通もの手紙より会って話す方が分かることだってある」
「……まあ、顔が見えないからこそ言える本音もあるかもしれないけどな。手紙も悪くはないだろう」
「珍しいな、ヴェルノーが慰めてくれるなんて」
「いや、それに関しては不憫だと思って」
「…………。せっかくだから露天商を尋ねてみないか。前、面白い物も買ったのもこっちだった」
「あー……そうだな。俺もそっちの方が良い」
そうしてたどり着いた露店は以前狐を象った面を買った店だ。
もちろんその前にもいくつか店を回ったが、結局いつもこの露店にたどり着く。
「やあ、おちびさんたち。またやって来たのかい?」
「ああ。またやって来てしまったよ」
「今日はガラス製品を大目に持ってきてるよ。壊さないでおくれよ」
日に良く焼けた店主は白い歯を見せ、にやっと笑った。
『壊したら壊したで買い取りだからな』と言っているのが良く分かる顔だ。
だがそんな店主の言葉を気にする前に私の目は一つの商品に釘付けになった。
「これは?」
「ああ、それはガラスペンだよ。この国では珍しい品物だぞ」
「ガラスペン?」
「名前の通りガラス製のペンだ。ペン先に溝があるだろ? インクにペン先を浸すとその溝にインクが流れ込むんだ。一度つければ、便箋半分から一枚くらいは書けるはずだよ。インテリアとしても悪くない」
「綺麗だな」
「小僧が桃色を手にとったという事は女性への贈り物か? そのガラスペンならペン置きも可愛いのがあるぜ。合わせるとお値段はそんなに可愛くないけどな」
そう言いながら店主は指を建てた。
なるほど、確かにそれなりの値段だ。しかしそれは羽根ペンと比べてという意味であり買えないような値段でもないし、受け取りを拒否される値段でもない。
「書き味はどんな感じなんだ?」
「試し書きしてみるか? ただこれは職人が手作りする品だ。同じ細字や太字の種類でも、ペンによって多少は変わってくる。もっとも、ウチのは熟練の職人から仕入れたからひっかかりもなく書きやすくはあるはずだがな」
そう言いながら店主はインクと紙を取り出した。ペン先をインクに落とすと勢いよくインクが溝にそって吸い上げられる。瓶の淵に少しペンを沿わせてから店主は私にペンを貸してくれた。
ペンは店主の言う通りするりと紙の上を滑り、軽い感覚で文字を綴ることができた。
「いいんじゃないか、それで。お前、気に入ったんだろ」
「うん」
様子を見ていたヴェルノーに言われ、私も頷いた。
「洒落たガキどもだな。……まあ、それに目を付けたならもう一つおすすめがあるぞ。インク壺だが、なかなか綺麗だと思うがな」
そう呆れたように言いながらも店主が薦めてくれたインク壺はガラスペンと同じく基本的にはうっすら桃色を帯びているがクリアな仕上がりだ。壺自体は厚めのガラスで、その中に花の模様が作り上げられていた。更に蓋の部分に花が象ってある。これはディリィにはとても似合うとは思う。しかし少し迷うところもある。
「……入れるインクは、恐らく青になるんじゃないかなと思う。何種類かインクは見ているが、彼女の場合青系が多い」
ガラスペンはペン先だけなのでインクが何色になっても似合わないとは思わない。そもそも選んだものは軸に色がついているだけでペン先は全く色のついていない透明なので気になるはずがなかった。
店主は唸った。
「ならピンクより青のベースの壺の方が合いそうだな。こっちはどうだ。海のイメージから生まれた逸品だが、中の魚や貝に赤や桃色が入っている。これなら悪くないだろう」
「確かに……でも、花も捨てがたいな」
「花が良いなら、ほかにもあるぞ。これは海の壺より少し薄めで、水色と白の組み合わせで、空のイメージだ」
「だが、これだとあまりペンと少しイメージが違う気もするな……」
そうして私たちが悩んでいると、隣でヴェルノーがひとつの商品を摘み上げた。
「いっそはクリアでシンプルな方がいいんじゃないか? これなんてシンプルだけどすりガラスで花が描かれていてなんにでも合いそうだけどな。金のラインも悪くない」
そうしてヴェルノーが選んだインク壺はとても上品だった。
「……確かにそれはかなり綺麗だな」
「複雑そうに納得するなって。自分で選びたかったって声に出てるぞ」
ヴェルノーに指摘されたが、それでも声は取り繕えなかった。実際悔しかったのだから。
けれどそれを見れば他のものは選ぶ気持ちにならなかった。だから店主に三つの品を購入する旨を告げた。ラッピングは持ち帰ってからでいい。
「小僧、プレゼントするならこの花の花言葉くらいは覚えておけ」
「どういう言葉なんだ?」
「花はキキョウ。誠実、永遠の愛だ」
言葉を確かに聞いたはずなのに、私の脳は一瞬処理ができなかった。
「おっちゃんが言うと似合わないな」
「何を言う、俺以上に似合うやつなんていないだろう?」
何かヴェルノーと店主がやりとりしているのはわかったが、そんなことは右から左に流れてしまった。ただ顔が火照るばかりで。
(……多分、言わなければ通じないはず。キキョウはこの国にない花だし、ディリィが詳しい花は香りが強い花だし……いや、ひょっとしてキキョウも香りが強いのか?)
けれど、やっぱり知っていない確率の方が高いとは思う。だから何ら問題もないはずだ。
だがそうは思うものの……知っていてほしいような、そんな気持ちも無いわけでもなく。
この状態で手紙を書くのに非常に難儀してしまいそうだと、私は思わず片手で顔を覆ってしまった。




