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第三十三幕 建国祭の季節(9)

 その夜、ぐっすり眠ることは難しい……とコーデリアは思っていた。

 しかし魔力の行使と緊張感で身体は思いのほか疲れていたらしい。どうしたら眠れるかということを考える前に眠りに落ちてしまっていた。


 そして夢だと自覚できる夢を見た。

 ペープサートで繰り広げられる物語を鑑賞するのはコーデリアただ一人。

 演目は『ゲームの世界のコーデリアの最期』。到底熟睡は出来なかった。


 当然目覚めたときの気分は最悪で、長い溜息しか出てこない。

 起き上がるのもおっくうになり、コーデリアは寝ころんだまま手首を額に当て、窓から差し込む光を遮った。本当に悪夢であった。


「……でも、可能性は思い出せたかもしれない」


 夢のおかげで『”幽霊”はコーデリアが事件を起こすよう、そそのかした人物かもしれない』という可能性にたどり着いた。ただしゲームの中では”幽霊”なんて単語は出てこなかった。だから赤目の幽霊と同一人物かどうかはわからない。

 ただ、ゲームの中でコーデリアをそそのかした人物もドゥラウズに本拠地を置く闇ギルドの人間だった。

 しかし判断材料はそれだけだ。だからもちろん否定できる材料もある。


(確か『コーデリア』をそそのかした人物は『コーデリア』の死後、割とあっさりやられてたはずなのよね)


 いくら悪運が強いといっても、サイラスから逃げ通せる相手としては描かれていなかったはずだ。ゲームとの差異か、それとも全くの別人か。


「……いずれにしても有益な情報はなしってことか」


 王子と同じように、出来れば二度と会いたくない相手ではある。

 けれどけれど王子に対する感情とは違い、幽霊には怒りも感じている。もちろん恐れもある。


(でも、逃げるだけじゃ他に被害がでてしまう。そんなことさせてたまるものですか)


 サイラスを含め騎士の間にも動きがあるというのなら、自分は邪魔をしてはいけない。けれど今、自分は相手の興味を引いている。それをチャンスととらえるなら迎え撃つ心積りと準備は必要だろう。


(もちろん今の私ははまだまだ頼りなさ過ぎて、エサ役もさせてもらえないかもしれない。お兄様はロニーをつれていれば大丈夫とは仰ってたけど……私自身も使えると思ってもらえるようにならなきゃ、か)


 今回の件で護身術もかなり思い切ったところまで習うこともできるだろう。

 前々から習いたいとは思っていた思っていたものであるが、この件で……となると少々複雑ではある。だが出来ることをするだけだ。


(掌でなんて踊ってやらないんだから)


 そう決意しながらコーデリアは着替えを済ませ、朝食を終えると書庫に足を向けた。

 温室に向かわなかったのは調べたいことがあったからだ。

 探しているのは平均寿命や病気の感染に関する書物である。


「この辺りにあったはずだけど……」


 そう言いながらコーデリアはいくつかの書物を手に取り、棚に戻すことを繰り返していた。

 なかなか見つからない。そう思っているうちにドアが開く音がした。

 顔をのぞかせたのはロニーだった。


「おはようございます、お嬢様。何してるんですか?」

「おはよう……というには少し遅い時間かもしれないけど、おはよう、ロニー。見ての通り、本を探しているわよ。ロニーはここで平均年齢や病気にかかるリスクに関する本をみたことはある?」

「平均寿命? ……今度は何のために探しているんですか?」


 ロニーはそう質問しつつコーデリアの近くの本棚まで移動た。そして「この本とか載ってた気がしますね」と、少し高い位置にある本を手に取った。そしてパラパラとめくり、コーデリアに本を開いた状態で手渡した。


「ありがとう。ちょっと新しい保険制度が出来ればいいなと思って、お父様にご相談したいと思ったの」

「保険制度?」

「ええ。簡単に言うと賛同者から少しずつお金を集めて、死亡するようなことがあれば給付金を支払う制度を考えているの。掛け金は年齢に応じて変更できれば良いなと思っているわ。まずは生命保険を考えているけど、いずれは病気にかかった際にも利用できるものになればいいと思っているの」


 医療を無料に……なんてことは、とてもいまの税収ではできないだろう。

 しかし今回のテッドの件も、もしも彼に金銭的余裕があれば……あるいは、彼に相談できる窓口があれば踏みとどまれたかもしれない。


(死亡率の計算からはじめるとなると、簡単に制度を考えられるなんて思っていないけど……それでも大事なことだわ)


 はじめは領内から始めれられればいいと思っている。

 どの程度の掛け金であれば重い負担だと感じないか、また、人数を集めることができるか。集めた金をどう運用していくか。問題は山積みだが、上手くいけば税あるいは社会保険を用いて公的医療の確率もできるかもしれない。


「手伝いますよ、数字の相手なら得意ですから」

「ありがとう。助かるわ」

「いいえ。大人しくしてくださるなら、これくらいなんてことないですよ」


 そう言いながら本を手に取るロニーをコーデリアは横目で見た。


「……お父様に見張りでも頼まれた? それともお兄様?」

「ご想像にお任せします」


 なるほど。実によくわかる回答だった。


「あ、あといろいろあってお忘れかもしれないですけど、俺の実家、そろそろ商談させてもらえないかと期待してるみたいです」

「……忘れてはいないわ、忘れては。でもそうね、そのための資料も集めないといけないから……、ロニー、しばらく肩が凝る仕事を手伝ってくださいな」

「わかりました。十日後くらいで返事しておくので、ひとまず商談のほうはそれまでに交渉をまとめましょう」


 てきぱきと物事を処理するロニーに、コーデリアはよくわかってらっしゃるとばかりに肩をすくめた。



 +++



 そうして資料を手に取り、考え、文章をまとめながら四日が過ぎたころ、コーデリアの元にはクリスティーナが来訪した。


「ごきげんよう、コーデリア様」

「いらっしゃいませ、クリスティーナお義姉様」

「ご報告と一緒に……こちら、一緒に味わいませんか?」


 クリスティーナから手土産として差し出されたのは、あの日甘味を買おうとしていた店のチョコレートだった。


「ありがとうございます。実は温室でお茶をご用意させていただいているのです」

「まぁ。素敵ですね」


 そうしてコーデリアはクリスティーナを温室に案内した。

 皿に盛られた土産物のチョコレートがエミーナによりテーブルに配置されると、雑談を挟む前にクリスティーナは本題を切り出した。


「結局、テッドは詐欺及び詐欺未遂で裁きを受けるはずでしたが……金銭を納め、事件は集結することになりました。既に納付は終えております」

「……どういうことでしょう?」


 恐らくその話だろうと思っていたが、コーデリアが思ったよりも軽い罰で済んでいる。

 クリスティーナは少し複雑そうな様子で言葉を続けた。


「テッドは皆を騙したと言ったようですが、購入者の皆が『例えフローラ・シルクでなくともこのドレスが欲しかった』と騙されたことを認めなかったのです。結果、『実害は出なかったが騙される者がでる恐れがあった』として詐欺未遂で処理されることになろうとしていましたが……またもや購入者が『きちんと別物である旨は説明された』と主張したのです」


 いや、そんなわけがないだろう。

 玄以クリスティーナは購入者である友人からシルク・フローラのドレスだと言われたのだ。それなのに……そう考えると、答えは一つしか浮かばなかった。


「……それは、貴族のプライドというものでしょうか」

「ええ。そう思われます」


 無理があると思いながらも尋ねた言葉は肯定されてしまった。

 良いのか悪いのか……いや、良くはないだろう。ただテッドがそれにより軽微な罰則で解放されるということは確かなことだ。そう思うと複雑だ。


「もちろん店には表記されている品物はありません。結果、例え説明を行っているという前提はあっても店は『取扱いのないものを表示し、類似品の販売を行っている』ことで、テッドは『店の表記に過失があると知りながら無視をし、代価品を治め続けた』ということで科料を納め、改善を行う警告を受け入れました」

「……そうですか」

「店にとっては寝耳に水だったらしく肩を落としていたと聞いていますが、正規のルートではないことは知っていたようで、反論はなかったと聞いています。もちろん罰則が軽かったことも関係するかもしれませんが」

「……」

「ただ、今回のことでシルク・フローラのイメージに打撃を与えたくはありません。幸いにも今回購入された方々は多くなく、父や私の知り合いでしたので……普段からのお礼として一点ずつドレスを贈らせていただくことで話がまとまりました」

「お礼と言われれば拒否することもためらわれるということですね」

「ええ。不幸中の幸いは、被害の範囲が狭かったことです」


 なかなかな出費になってしまいますけどね、と、クリスティーナは笑っていた。

 しかしその顔つきも次第に曇る。


「ただ……王都での処罰はあくまでも王都での話です。テッドの行為はフローラ地方の民に対する裏切りです。組合での立場を考えれば、彼の家族も彼を受け入れることは難しいでしょう。もちろんテッド自身も理解していると思いますが、私利の為だけでなかったことを考えると少し複雑です」


 領主の娘としても許せることではないことはない。それでも彼のことが心配だ。

 そんなクリスティーナを前に、コーデリアは一粒のチョコレートを口に含んだ。

 甘く溶けるチョコを堪能しつつ、クリスティーナの力になれることを考えた。

 そしてチョコがのどを通り抜けたと同時、口を開いた。


「彼の目利きが布全般に通じるなら、生活に困らない程度の仕事なら私も紹介できますわ。私も少し交易を致しておりますので、役立つ人材であれば欲していますから」

「ですが……」

「お義姉様としても、しばらくは目の届く位置にいていただく方が良いのではないでしょうか? もちろん、彼が否というのであればお願いしませんが」


 そうコーデリアが言うと、クリスティーナは小さく「ありがとうございます」と口にした。


「では、難しいお話はこの辺りに致しましょう? お義姉様のご用事に、お兄様へのお話もあるのでしょう?」


 コーデリアの言葉にクリスティーナは驚き、すぐに顔を赤くした。


「あの……その、お菓子とお返事をお持ちいたしました。こんな時にとも思っているのですが……」

「そんなことはありませんわ。片付いたからこそ、お返事を書いてくださったのでしょう?」


 そう言いながらコーデリアはクリスティーナから日記と菓子の箱を受け取った。


「何か御伝言はございますか?」

「次、お会い出来た時にお伝えしたいと思いますので、大丈夫です」

「そうですか。でも、それだと今日になってしまいますわね」

「え?」

「エミーナ、お兄様を呼んでくれるかしら?」

「え、あの、サイラス様がいらっしゃるのですか?」

「ええ。ごめんなさい。昨日、クリスティーナ様が来てくださると知ってすぐにお兄様にお伝えさせていただきましたの」

「そんな……お仕事の、お邪魔では」

「大丈夫です、クリスティーナ様。お兄様は優先順位を間違えるお方ではありませんから」


 そう言うと、コーデリアは自分の役目は終わったと退席するつもり……だった。


「お嬢様」

「どうしたの? エミーナ」

「お嬢様がサイラス様をお呼びになる際に、クリスティーナ様とお嬢様をお呼びするよう、サイラス様から申し受けております」

「え?」


 私が? そうエミーナに声を出さずに尋ねると、エミーナは再度「お嬢様も、とのことです」と肯定した。コーデリアはクリスティーナと顔を見合わせた。


 まさかの呼び出しに驚きつつも、コーデリアはクリスティーナとともに応接室に向かった。

 そこには私服のサイラスが待っていた。サイラスの近くには布がかぶせられた大小二つのものがあった。


「呼び出してすまない」

「いいえ。それより……いかがなさいましたか?」

「まずはコーデリアに用がある。オルコット伯爵からこちらの品を頂いている」


 そうサイラスが言うとエミーナの手によって小さいほうの布が取り払われていく。そして現れたのはトルソーに飾られたパールピンクのドレスだった。


「まぁ……! 綺麗なドレスですね」

「フローラ・シルクのドレスだ」


 その一言でコーデリアは固まった。ただそんな中でもこのドレスがとんでもない値段であろうことだけは把握できた。さすがにコーデリアも狼狽える。


「いただいて、よろしいものなのでしょうか?」

「返されても困るだろう」


 しかしだからと言って「ありがとうございます!!」と受け取るのも気が引ける。

 いかんせんオルコット伯爵とは直接の交流はあまりないのだから。


「コーデリア様。わたくしからも、このドレスを着ていただくよう、お願い申し上げますわ」

「クリスティーナ様」

「ね?」


 クリスティーナに言われ、コーデリアはもう一度よくドレスを見た。しかし……不安だ。もちろん頂くという事に関して気おくれをしていることもあるが、ドレスに負ける……ドレスに着られるという状態になるかもしれないという不安もある。


「コーデリア様、ドレスは喜んで着ていただくときこそ、一番輝くことができるのです。ですからぜひ笑顔でお召しになって、ドレスを喜ばせて上げてください」


 クリスティーナにそう言われたコーデリアは少し悩みながらも「はい」と小さく返事をした。


「では、次に……クリスティーナには私からこれを送りたい」


 そう言って今度はサイラス自身が大きい方の布を取り払うと、ウエディングドレスが姿を現した。コーデリアは絶句した。クリスティーナも小さく息を飲んだ。


「これは」

「子供の時に言っていただろう。結婚式はフローラ・シルクのドレスを着たい、と。まさか伯爵がコーデリアに贈って下さるとは思っていなかったから、二番煎じのようになってしまったが……」


 多少気まずそうに、しかし仕切り直すようにサイラスは言った。


「気の利いた言葉が贈れるとは思わないし、昔に聞いた理想の夫婦像が果たせるとは約束できない。だが、私にもわかる範囲のことであれば叶えてみせたいと思ってる。だが……すまないな、やはりうまく言葉に表すことができないようだ」


 いえ、それ、充分プロポーズです、お兄様。

 そう思い焦るコーデリアとは対照的に、サイラスは全く気にかけている様子はなかった。

 しかしそれはサイラスに限ったことでは無かった。コーデリアがそっと横目で見たクリスティーナも顔を真っ赤にし、サイラスしか瞳に映していない状態だった。


「サイラス様、多分、私、そのお言葉が分かります。……これから、ずっと、ともに歩ませてくださいませ」


 そう満面の笑みで告げたクリスティーナにほっとしつつも、コーデリアは下座に下がっていたエミーナにそっと近づいた。そしてこそっと呟いた。


「……ねえ、エミーナ。私、退出してもいいと思う?」

「ええ。下がりましょう」


 完全に二人の世界になってしまった応接室から退出し、コーデリアは盛大なため息をついた。驚きすぎてクリスティーナから預かった日記とお菓子をサイラスに渡すことができなかったが、これはもうクリスティーナが帰った後でいいだろう。


「お義姉様はもう今日はお兄様とお話なさるでしょうし……私は温室に戻りましょうか」

「ご一緒致します」

「ありがとう。そうね、ちょっとお砂糖が吐けるくらいの甘い現場を見てしまったけど、このあと続けてエミーナのもっと甘いお話を聞けるかしら?」


 そう冗談を言いながら廊下を進んでいたが、途中ハンスにコーデリアは呼び止められた。


「コーデリア様、御来客です」

「あら? お客様?」


 アポイントメントは入っていない。

 だったらヴェルノーだろうか? 先日のすれ違ったことをわざわざ言いに来たのだろうか?

 そう思いコーデリアは一瞬身構えたが、ハンスの後ろにはすでにその来客の姿がある。


「ごきげんよう、コーデリア様!」

「……ごきげんよう、ヘーゼル様」


 うっかり「ヴェルノー様ですか」なんて口に出さなくて良かった。

 そう思いながらコーデリアは引き攣り笑いでヘーゼルに応じた。ヘーゼルは本を抱えたまま、コーデリアに満面の笑みで近づいた。


「もう、建国祭のせいで全然コーデリア様にお会いできませんでしたわ。もうお祭りなんて飽き飽きしちゃいます。でもコーデリア様もお元気そうで何よりですわ」

「ええ、ヘーゼル様もお変わりないようで何よりです。ですが、立ち話も疲れますし……私の私室にご案内いたしますわ。こちらへどうぞ」


 一瞬温室も考えたが、温室はヴェルノーが唐突にやってくる可能性が少なからずある。

 ヘーゼルからすればその遭遇も運命になるかもしれないが、ヴェルノーが避けようとしている現状ではのちのち面倒なことにしかならないと思う。


 私室入るとコーデリアはヘーゼルとともに向かい合わせでソファに腰かけた。


「ヘーゼル様は建国祭の間はどのようにお過ごしで?」

「ほとんど弟に読み聞かせをするだけの毎日でしたわ。けれど、せっかく王城が一部解放されていますでしょう? 一日だけお父様に無理を言い連れて行っていただきましたわ。あと、帰りに少しだけ街を散策致しました」

「街も賑やかだったそうですね」

「ええ。でも、賑やかなことより面白いお話を聞いたんですよ」

「面白いお話ですか?」

「ええ。なんでも城下に不思議な力を持つ子供がいるとのことで、とてもあたる夢見占いをするとのことなんです」

「……夢見占い?」

「天候から紛失物まで、夢を通じて様々な占いをする少女がいるというのです。庶民の間では聖女の再来ともてはやされているそうなのです」

「あら……それは、すごい方なのですね」


 少し興奮気味に話すヘーゼルの言葉にコーデリアは背が冷えるような感覚に陥った。

 なんだか、嫌な予感がする。まさか、とは思うが。


「もしかしてその少女はシェリーという名前ではないかしら?」

「あら、コーデリア様も噂はご存じなのですね?」


 やっぱりか!!

 そうコーデリアは心の中で大きく叫んだ。当てたくはなかったが、当たってしまったものはしょうがない。

 シェリーはゲームの中のヒロインだ。

 彼女は主人公らしく特殊能力を備えている。それは強く願ったものを見ることができる力だ。占いなんてかわいいものというよりは、未来視といったほうが近いかもしれない。

 ゲームの中ではとても便利な力であると同時に進行に欠かせない力となるのだが……本当にそんな力を持った同名の人間がいるとするなら、彼女であるとしか考えられない。


(……出会わなければいいと思っていたけど、やっぱりいるのね)


 ゲーム通りであれば彼女が王子に出会うのはまだ先だ。

 それに彼女が王子に惚れるとも限らない。だからシェリーの存在が確認されたからといって即死亡という訳でもないのだが……絶対に避けたい相手であることに違いはない。


 もちろんヘーゼルの手前、盛大なため息をつくことは憚られた。

 しかし王子や幽霊に続き危険人物の存在を確認したからにはシェリーの動向にも気を付けなければならなくなる。

 もっとも市井に住んでいるというのなら、数年の間は接触することもないだろうけれど。


(……でも、それも数年。伯爵家の生まれのヒロインは父親と出会い、貴族社会に登場することになる……というお話だものね)


 もちろんシェリーが王子一筋というのなら邪魔するつもりなど毛頭ない。むしろもろ手をたたいておめでとうと叫びたいくらいだ。しかし何かの拍子に誤解を受けることがあっても困るし、不吉なことに関わりたくはない。

 一番望ましいのはシェリーが他の運命の出会いを果たしてくれることだが……そればかりはコーデリアがどうこうできる範疇ではない。


「でも、そんな占いは望ましくないですわね」


 一人思考の海へと旅立っていたコーデリアに、ヘーゼルはあっさりとそう言ってみせた。

 コーデリアは思わず「え?」と問い返した。

 興味があったから面白そうと言ったのでは? そうコーデリアが言いたいことはヘーゼルにも通じていたらしい。


「私、占いにはとても興味がありますの。ほら、やっぱり恋愛占いとか気になるでしょう?でも、やっぱり百発百中なんて言葉がつくと、占ってほしいとは思いませんね」

「そうなんですか?」

「ええ。例え悪い結果でも、私はそんなことを気にせずアピールする自信はありますわ。でも、良い結果が出た場合慢心してしまったらいけないと思いますの」


 自信満々に言うヘーゼルにコーデリアは面食らってしまった。


「なんだか、ヘーゼル様らしいですね」

「あら、褒められてしまいましたわ」


 冗談紛いに言ったヘーゼルとおなじようにコーデリアも笑った。


「では、そろそろ本日の本題に入りましょう」

「え?」

「完全的中の占いは面白くありませんでしょう? でも、これならいいと思いますの。貸本屋からたくさん借りてきてましたの」

「……いま占いで良い結果が出ると慢心してしまうとおっしゃいませんでした?」

「でも、やっぱり良いことは取り入れたらいいと思いますの。ほら、思いもつかないアドバイスが良い起点になることもあるでしょう?」

「ヘーゼル様らしいですね」

「まずは材料が必要ですの。ほら、トカゲの天日干しに魚の骨……」

「ヘーゼル様、それ、占いというより(まじな)いの本だったのではありませんか」


 かわいい占いの本なんてものじゃない。むしろ呪われそうな本かとも思う。

 しかしヘーゼルは平然と「本にあった通りなのですが」と首を傾げている。例え本にあったとしても、トカゲの天日干しなんてさすがのコーデリアも持ってはいない。

 だがどうも同意は得れないと思ったのだろう、彼女は早々に本を閉じた。


「では、こちらはいかがかしら? 布で作るブーケを特集した本ですの。後々飾れますし、コーデリア様のお兄様、もうすぐご結婚でしょう? お義姉様へいい贈り物になると思いますわ。百合のお花も綺麗ですし、薔薇も捨てがたくありますね」

「それはとても素敵ですが……熟練した職人でなければ難しいのではないかしら」

「大丈夫ですよ、気持ちが一番ですし、裁縫は私の得意分野ですわ。一緒に作りましょう?」

「いいのですか?」

「ええ、もちろん。だって、コーデリア様の大切な人に贈るものでしょう?」

「では……お願い致します」

「ええ、喜んで」


 そうして数日間、コーデリアは午前は学習、午後はヘーゼルとブーケ作り、そして夕方から夜にかけては資料のとりまとめと慌ただしい日々を過ごした。しかし自分の用事はともかく、毎日訪ねてくれるヘーゼルには少し申し訳ないという気持ちもある。だが当のヘーゼルは全く気にした様子がない……それどころか楽しんでいる様子であったので、せめてものお返しとしてコーデリアは出来るだけヘーゼルの好みの菓子を用意した。ヘーゼルは気持ちを隠さないので、好みの菓子であるかどうかはすぐにわかった。

 しかしヘーゼルが毎日来ることで、ヘーゼルのことを快く思っていないララの機嫌は少々悪かった。しかしそれもロニーがうまくフォローしていたので不満を爆発させることはなかった。


 またその間にエリス商会との交渉も行った。


 交渉相手はロニーの父と長兄だった。

 ロニーの言った通り、ロニーの家族は彼とは違い商人らしい人々であった。


 紙の輸入は合い見積もりのおかげもあり、ギリギリの値段まで落とすことに成功した。

 代わりに香り高い石鹸についてはエリス商会との共同開発事項になるという約束を交わした。加えて農村部でのハーブの育生・改良事業については農村部活性化の公共事業への出資との建前で協力を仰ぐことになった。ロニーの父曰く、税で優遇されるらしい。もっとも、そこで出来上がった商品は優先的にエリス商会を介することになるとのことで、全くの無利益というわけではないのだが。


 そうしているうちにブーケが完成し、それから三日後。

 久しぶりにヴェルノーもパメラディア家の温室を訪れていた。


「お久しぶりでございますね、ヴェルノー様」

「ああ、城ですれ違って以来だな」

「あら、お出会い致しました?」

「サイラス殿と一緒にいただろう」

「まったく気づきませんでしたわ。お声をおかけ下さればよかったのに」


 そうすっとぼけたコーデリアはヴェルノーに着席を促した。


「ほら、手紙」

「ありがとうございます」

「ジルと緑の魔女の所に行く約束をしているんだろ? そこにジルの予定が書いてある。都合のいい日を返答してやってくれ」

「私、しばらく留守番を命じられていますの。来月でも平気でしょうか?」

「それなら都合の悪い日だけ書いておいてくれ。合いそうな日をジルに調整させるから」


 そう言われながら手紙を開封すると、いつもより事務的な分いい気のジルの手紙と予定が書かれていた。


「最近ジル様はお忙しかったのかしら?」

「まあ、それなりに忙しかっただろうけど。どうした?」

「いつもとお手紙の雰囲気が違いますから。お疲れなのかなと」

「あー、ディリィから手紙もらえば元気になるさ」

「冗談ではなく、お疲れでしたら睡眠をしっかりとっていただかないといけませんよ。そうですね、これ、お渡しいただけますか?」


 そう言うとコーデリアは戸棚から茶葉を取り出した。

 そしてヴェルノーに手渡した。


「これをジル様にお渡しくださいな。少しはリラックスできると思いますの」

「わかった、渡しておく。ディリィからのだったら何でも喜ぶだろうから」


 ヴェルノーの言葉を聞き流しつつ、コーデリアは返事を書き始めた。


「なあ、ディリィは王城の開放日も家にいたのか?」

「建国祭の期間でしたら、ずっと家におりましたわ」

「少し引きこもり過ぎないか? 研究も大切だろうが、顔を広めることも必要だろう?」

「とはいえ、父上も兄上達も任務ですから、保護者無しでは事実上不可能かと」

「それなら俺に言えば良かっただろ。王城の開放日は温室の見学会もあったの、知っていたか?」


 その言葉にはコーデリアもだいぶ惹かれた。

 解放されている区域に温室も含まれているのは知らなかったが、だからといってそれが行く・行かないの判断を大きく揺るがすほどのものかといえば肯定しがたい。

 そもそも期間は終わってしまっているし、なにより気掛かりなこともある。


「ヴェルノー様は私のことを随分気にかけてくださっているようですが、私がヴェルノー様、そして侯爵とご一緒させていただいた場合、婚約したのかと勘繰られ兼ねませんわ。ヴェルノー様も困るのでは?」


 少し悪戯っぽく言うとヴェルノーは少しことを詰まらせた。


「確かに困る。特に父上が乗り気になりそうで恐ろしい」

「そうでございますでしょう? それに別に焦らなくとも、顔を売る機会はあるはずですわ」

「あいつも気の毒に」

「え?」

「いや、俺は見てて楽しいからそれでもいいけど。一つ聞くが、ジルと出かけるときは俺も一緒になるが問題ないか?」

「え? むしろどこに問題があるのかお尋ねしたいですが。こちらもロニーを護衛として連れていくつもりですわ」

「わかった、ジルにもそう伝えておく」


 ヴェルノーがいなければジルとも連絡がとれないというのに、なぜいまさらそんなことを聞くのかとコーデリアは不思議に思った。だが深く尋ねることはしなかった。雑談をしているとヴェルノーから書き終わったのかとすぐに聞かれる。

 過去に一度「もう帰るから」と書きかけの手紙を奪われたこともあるので、手早く書くのは必須条件なのだ。


 コーデリアは当たり障りのない挨拶文と、自分にとって都合のよい日、それから疲れているのであれば十分な休息を取ってほしいとの旨を手紙に書き記した。あとは日常のこととして、義姉と仲良くなれたことも付け加える。


 手紙を書き終えるとコーデリアはしっかりと封をし、いつも通りヴェルノーに託した。


「じゃあ次の手紙は日程決めてから書くよう、ジルには言っておく」

「よろしくお願いします」

「あ、あと一つ。緑の魔女に会う際には、不都合がなければパメラディアの娘ではなく『コーデリア』として会ってほしい。もちろん俺たちが貴族であることは気付いてらっしゃるとは思うが、俺たちも貴族ではなく、弟子もしくは生徒として接したいと思ってる。だから俺もジルも家名は告げてないんだ」

「かしこまりました。問題ありませんわ」


 別にそれで不都合なことはコーデリアにはない。ただどんな人なのだろうかと様々な人物像を思い浮かべるてみた。ヴェルノーの話しぶりからすると気難しい相手ではなさそうだ。ではフレンドリーなのだろうか? それとも物静かな人なのだろうか? 会えるのは楽しみだがとても緊張する。緊張するが、早く会ってみたいし話も聞いてみたい。二人が通うとなればとても素敵な人なんだろう。でも、挨拶の次は何を言えばいいんだろう……?


「なんか、いつもの顔に戻ったな」

「え?」

「気のせいかもしれないけど。今日は何だか重い空気だったぞ」


 一人葛藤していたコーデリアはヴェルノーにそう言われ、コーデリアは首を傾げた。

 そんなつもりはなかった。なかったが……緊張の連続だったことを考えれば、気づかぬうちにそうなっていたのかもしれない。そして久しぶりに会ったヴェルノーに指摘される程なら、もっと身近な人々は気を遣ってくれていたのだろう。


「私としたことが……」

「何がだ?」

「いいえ。何でもございませんわ」


 ただ、まだまだだなと思ったまでで。

 そう、別に一人で何もかも背負っている訳ではないのだ。変に力を入れ過ぎると、今みたいに自身でも気づかないことが起こるかもしれない。


「ありがとうございます、ヴェルノー様」

「あ、ああ?」


 懸念は消えないし警戒心も保たねばならない。

 けれどそれだけに振り回されては、それこそ相手の思うつぼなのではないだろうか。


(平穏は平穏で、ちゃんと楽しまないとね)


 視野を狭めれば見えることも見えなくなる。

 そうコーデリアは自信に気合いを入れ直した。

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