第三十二幕 建国祭の季節(8)
『ドロップ!! ~香りの令嬢物語~①』
2016年7月12日、アリアンローズ様より書籍化します。
詳細は活動報告にてお知らせします。
城に到着すると、まずはクリスティーナとテッドが別々の者に迎えられることになった。一人ずつ事情聴取をするのかとコーデリアは思ったが、自身とエミーナは二人一緒に客間に案内された。そして茶と茶菓子が出された。……茶菓子? そういう場合なのかと疑問を持っていると、クラリスは安心させるように微笑んだ。
「申し訳ございません、でも、大丈夫ですよ」
「あの……?」
「話したくないことまで、無理に話さなくても大丈夫ですから」
彼女の表情と言葉からコーデリアは状況をようやく悟った。どうやら、怖い思いをしただろう子供への気遣いらしい。けれどコーデリアは逆に手間をかけさせてしまい申し訳ないと思った。だから話せることはすべて話して協力したい。
(……正直、あの馬鹿は腹立たしいなんて言葉じゃ収まらない)
対峙しているときにも感じられたが、冷静になればなるほど苛立ちが大きくなる。何が劇だ、ふざけるな、と。しかしそう思う一方で懸念もある。
(伏せるべきか迷う話がいくつかあるわね)
もちろん協力するなら全てを話すべきだろう。
だがクリスティーナのことを考えるとどこまで話す必要があるのか……どこからが必要のない事項になるのか、少し考える必要もある。相手の欲している情報を上手く見極められるかどうか……難しい判断が必要だ。
だがそれよりも懸念することがある。それは自身の発言がどこまで本当の話に聞こえるかということだ。
例えば『以前闇ギルドの構成員を捉える指示を出したので、興味を持たれたようだった』などと言っても嘘くさく聞こえるだろうとコーデリアは思う。そんな言葉を口にすればかえって周囲を混乱させる……だけでも問題だが、妄言を吐く子供だと思われ、他の発言まで参考にできないと思われては困る。そもそもあの一件は『不届者のをパメラディア家の使用人が捕らえた』ことになっているのだ。コーデリアが指示したなど報告していない。
(サイラスお兄様にお話したい……と、いうべきかしら)
おそらく兄を頼る妹ということなら相手も納得しやすいだろう。サイラスならばその辺りの事情も知っているはずだ。そう思ったコーデリアはクラリスに切り出した。
「キースリー様……あの、遅くなっても、私は構いません。お兄様と、お話できますか?」
「もちろんです。副隊長からも、もしも妹君が関わっているようであれば副隊長がお戻りになるまでこちらにいていただくように命を受けております」
「あ、ありがとうございます」
「それにしても副隊長の勘はよくあたりますね。本当にあの男が現れるとは――現場ではまさかと驚きました。他の方々も、お怪我がなくて本当に良かったと思います。……私は席をはずしますので、何かございましたら呼び鈴を使ってくださいね」
「ありがとうございます」
部屋を後にするクラリスを見送り、ドアが閉まってたことを確認したコーデリアは息をついた。さすがにくつろぐとまではいかないが、人の目が無い方が落ち着きはする。
(……勘が良く当たる、か)
一体どこまでが彼の勘の範疇だったのか。そんなことを思いながらコーデリアは目の前を湯気を眺めた。
「……お茶、冷める前に頂きましょうか」
「はい」
エミーナの返答をききながらコーデリアは紅茶を口に含んだ。フルーティーな香りのアップルティー。頭の切り替えにはありがたかった。
カップから口を離したコーデリアは小さく息をつくとエミーナに顔を向けた。
「ねえ、エミーナ。エミーナは魔術が得意なの?」
今回サイラスがエミーナを付き人に選んだ理由はほぼそれで間違いないだろう。しかしエミーナが魔術を得意としていることはコーデリアも知らなかった。だから尋ねてみたのだが、エミーナは小さく首を横に振った。
「護衛術はある程度使えますが、得意でというほどではございません」
「お兄様を呼んでくれたのもエミーナよね?」
「はい」
二度目の問いにはエミーナも肯定した。
そしてカップをソーサーに戻し、言葉を続けた。
「私は昨日サイラス様より、何かがあればお呼びするよう申し受けておりました。私は大地に干渉する魔術が使えますので、事前に伝えるべき場所が分かっていれば、簡易な信号を送ることができます」
「便利な術ね」
「残念ながら便宜上『信号』とは言いますが、単なる振動です。予測地を誤れば全く伝わらない上、他の物音と重なればかき消される危険もございます。ですので便利とは言い難いものです」
「……訂正するわ。便利というより、制御が難しそう。エミーナは魔術に精通してる上に相性が良かったから使えるのね」
真似ができたら嬉しいな、と、一瞬は思ったコーデリアだがどうやらそれも難しそうだ。そう思ってコーデリアはそう言ったが、エミーナは再び言葉を否定した。
「それは違います。私は……私は駆け落ちをしようと思わなければ、魔術を学ぼうとは思いませんでした」
「え?」
思いがけない告白にコーデリアは一瞬思考が追いつかなかった。……駆け落ち? この場に似合わぬ単語にコーデリアは目を瞬かせた。エミーナが何らかの理由で実家を離れていることは知っていたが、まるで予想していない言葉が来るとは思っていなかった。しかも、この突然のタイミングだ。
しかし驚くコーデリアとは対照的にエミーナは冷静に言葉を続けた。
「私はもともと貴族の家に生まれております。コーデリア様のお姉様にも昔から良くして頂いておりました」
「ええ、それは聞いてるわ」
「しかし私は偶然知り合った、非貴族階級の男性のもとに嫁ぎたかった。当然家族には反対され、外出をしようにも厳しく監視されました。ですので……抜け出すために魔術を覚えたのです。幸いにも大地に関係する魔術と相性が良かったので逃げ道が作りやすく、実家からの追手も軽く撒けるようになりました。やがて家族は諦め、二度と実家に戻らないことを条件に引き下がってくれました」
(……本当に駆け落ちだった)
淡々と言っているが、実に大胆な(元)ご令嬢だ。今の控えめなエミーナからは想像ができない。そして結婚していたことも……初めて知った。いや、それよりも。
(愛の力というものは、それほど偉大だということかしら……)
しかしコーデリアの疑問に答える者はこの場にはいない。
やはり一度恋愛というものはしてみなければわからないのだとコーデリアは思った。
(……でも私の周囲は本当に情熱的な方が多いわね。フラントヘイム侯爵のお話も、アイシャお姉様とウォーレン様の告白も大胆だったのに、それに加えてエミーナまでなんて……私に出来るのかしら)
自分にそんな相手が現れる場面は想像できないが、ありえないことではないはずだ。頑張ろう。そう思いながらも、今は話を聞いたからこそエミーナに対し生まれた心配もある。
「でも、その話だとエミーナは我が家で働くのは辛くない? 住み込みだと、旦那様にあまり会えないわよね?」
駆け落ちまでした相手と離れた生活など辛くはないのだろうか?
そう考えたコーデリアは尋ねるが、エミーナは首を振った。
「お休みで帰らせていただけるだけで十分です。元々知っている世界のほうが、私にとっては働きやすくもあります。それに私の夫は今、足の状態があまり良いとは言えず、外で働くことが少し難しい状況です。マルヴィナ様がお誘いくださったことを、今も幸運に思っております」
「それならいいのだけど……」
「それに待っていてくれるのが分かっていますから。少し離れるくらい、問題ございません」
エミーナは微笑みながらそう言いきった。
確かに事情をしっていただろう姉がエミーナの不利になる誘いをかけたりもしないだろう。それに……エミーナの表情をみていればそれを言うのは失礼な気もした。
「今度ゆっくり聞かせていただけるかしら? 素敵な旦那様のお話も」
「ええ、喜んで。子の話もございますよ。私よりもいつも面倒をみてくれている夫に懐くので少し嫉妬も致しますが」
(……エミーナ、子供さんもいたのか)
珍しくやや冗談めかしにいうエミーナに少々驚きながらも、コーデリアは笑みを返した。
いままでは何らかの事情があるのだろうと深く尋ねることはできなかったが、隠すことなく言うエミーナを見てコーデリアは思った。エミーナとももう少し遠慮のない話ができるかもしれない、と。それなら今まで少しもったいないことをしてしまっていたかもしれないとも思った。
茶を飲み終えた後、コーデリアは部屋にあった歴史書を読みながらサイラスを待った。途中うつらうつらとすることもあったのは徐々に緊張が解けたということもあったのだろう。
だが、やがて響いたコンコンコンというノック音ははっきりと耳に届いた。
現れたのはサイラスとクラリスだった。
「待たせたな」
「お兄様……お疲れ様です」
「送ろう。話は道中聞く。悪いが、エミーナはキースリーに話を少し聞かせてやってくれ。帰りは送らせる」
「かしこまりました」
エミーナ、一緒に帰れないのか。
少し残念に思いつつも、コーデリアは歩き出したサイラスの背を慌てて追った。一度振り向くと、キースリーが笑顔で「お気をつけて」と見送ってくれた。エミーナも深々と礼をとっている。
コーデリアは前が向き直すと、サイラスとの距離は離れ始めていた。慌ててコーデリアはその背を追いかけた。
「クリスティーナ様は……」
「オルコット伯爵が迎えに来られた。すでに帰途についてるだろう」
「そうなのですね」
追いかけながらコーデリアが問いかけると、サイラスは淡々と返事をした。
サイラスの先導があれば城で迷うことなどない。恐らく最短距離で馬車までの道を通っているのだろう。
そんな中、コーデリアはヴェルノーとよく似た背格好の人物と、その隣に黒髪の少年が中庭をはさんだ反対側の回廊に見えた気がしたが、コーデリアは見えなかったことにした。金髪と黒髪なんてよくいる組み合わせだ。きっと気のせいだ。きっとそうだ。
(……そう思いたいけど……ニアミス、この程度で良かった)
あちらが気づいたかどうかはわからないが、少なくとも目は合わなかった。後日ヴェルノーに何か言われたとしても気づかなかったで通せるだろう。それならいい。
しかしほっとしたのも束の間のことだ。
辺りにうっすらと影が落ち始める中、馬車に乗り込んだあとは……非常に空気は重たかった。
「弁解はあるか?」
「ございません」
「予想外の事態だったことはわかる、が、見通しが甘いからこうなった。人通りの少ないところには出るべきではない」
「仰る通りです」
単刀直入なサイラスに、コーデリアは早々に非を認めた。
今回のことは『まさかこんなことになるなんて』だけでは済まない事柄だ。サイラスの救援がなければ無傷で帰還できたか、はなはだ怪しい。サイラスは軽くため息をついた。
「……もっとも、先に飛び出したのがクリスティーナであるのなら、お前ばかりを責めるのもお門違いというものだが」
「お義姉様は何も悪くありませんわ」
「……人を追っていた結果あの場にたどり着いたとは聞いている。しかし、それよりも……お前も私に聞きたいことがあるのだろう?」
サイラスの言葉に、コーデリアは頷いた。
「いくつかお尋ねしたきことがございます。あの逃げだした青年は、どうなりましたか」
「恐らく逃げ通したな。特務部隊が捜索を引き継いでくれているが、現場を押さえられなかった時点で見つけることは難しいだろう」
「お兄様でも追いつけませんでしたの?」
あっさりと言ったサイラスにコーデリアは首を傾げた。兄がやすやすと取り逃がすとは思えない。そう思いながら尋ねるとサイラスは小さくため息をついた。
「……予定外のことが起きた。子細は言えないが、その点で言えばお前のことはとやかく言えないな」
「?」
「『幽霊』はどうやら噂以上に悪運が強いらしい」
「幽霊?」
どこか場違いな単語が聞こえ、思わずそれを繰り返してしまった。
サイラスはわずかに目を細めた。
「キースリーから聞いていないのか?」
「お兄様とお話がしたいと私が無理を言いましたので、何も」
「そうか。『幽霊』は本拠地をドゥラウズに置く闇ギルドの者だ。むろん通り名だが、金目のものよりも己が快楽を求め、手段を択ばない悪質な相手だ。ドゥラウズの役人も手を焼いていると聞く」
ドゥラウズはひとつクリスタのひとつ北にある国だ。ただし互いの行き来を制限するほどに仲はよろしくない。だがそれでも聞こえてくる悪評を思えば、余程有名な男だったのだろう。
(それほど面倒なのに興味を持たれたのか)
それだけ聞くと今回の出来事は『可愛らしい』部類だったのかもしれない。もっとも、それで良かったなどとは全く思えないのだが。しかし同時に気になったことがある。
近衛の仕事に闇ギルドの人間を追う仕事はあるだろうか? 例えエミーナに呼ばれたとしても、サイラスが職務に従事しているのならそもそも現れることはなかったはずだ。そもそも職務の性質上部外者に所在を教えるのはいかがなものだろう。
もちろん婚約者と妹の安全を危惧して……という可能性が全くないわけではないが、恐らくないだろう。それに万が一の可能性にかけ、そう仮定してもあの登場はあまりに迅速すぎたと思う。サイラスはすべてを放りだして駆けつけられるような立場ではないし、そもそも城から距離がある。
「……聞きたいことは口すればいい。答える、答えないは私が決める」
「では……お兄様は、幽霊を追うお仕事をなさっているの?」
「必要が出ればその機会もあるだろう。だが今は関わりがない」
「では、今日はどうしてあの場に来てくださったのですか?」
「今日は非番で街にいた」
コーデリアの問いに、サイラスは躊躇うことなく応えた。……非番?
「え、でもキースリー様や他の騎士様方もご一緒でしたよね? お兄様も制服ですよね?」
「我が家の諜報から『幽霊』らしき男を見かけたとの話が伝わってきていた。不確かな情報ではあるが、奴を元々追っていた特務師団の人間と派出所で待ち合わせて話をしていた。街に出ると言っていたお前たちが遭遇しなければ良いとは思っていたが、嫌な勘はあたるものだな」
兄が話す様子、そしてその言葉にコーデリアはふと気が付いた。
「お兄様、ひょっとして絹のことをお調べでは……」
「絹を調べる?」
眉根にしわを寄せたサイラスにコーデリアはようやく自らの思い違いに気付いた。
サイラスは別に絹の件で昨日忠告したわけではなかったことに。
(深入りはするなって……幽霊のことだったのね……!)
諜報員がいるということはサイラスも断片的に情報を持ってはいたかもしれない。けれど、それを調べていた訳では無いのだろう。あくまで彼は幽霊を追っていた。
(それならそれで詳しく言って欲しかった……!)
ただしサイラスはあくまで不確かな情報と言っている。余計な不安をあおりたくなかったのかもしれないし、情報を与えることによって対策が取りづらくなるということだったのかもしれない。忠告はもらっていたのだ。ただ、取り違えていただけで。
そして……例え知っていてもテッドと幽霊のつながりまでは見抜けなかっただろうし、行動がかわったかといえば……それも難しいだろう。
「……お兄様、もう一つよろしいでしょうか。我が家には諜報員いるのですか」
「知らなかったのか」
当たり前のようにサイラスは言ったが、コーデリアにとってはこれも初めて聞く話である。
コーデリアのイメージする諜報といえばニンジャだが、まさかこの世界でそれはないだろう。いや、しかし、あるいは……
「……まさか天井裏に潜んでいるのですか?」
「……我が家の内情を探らせてどうする。彼らは街の動向を調べている。我が家の外敵監視網など魔術師で十分だろう」
「そうですね」
「諜報員は契約しているに過ぎない。普段の彼らは、それぞれの生活を営んでいる」
なるほど、複数の街の人の目を借りているのか。
それなら多角から情報が入ってくるのかもしれない。今後お忍びをすることがあっても、十分に気をつけなければならないとコーデリアは心に留めた。
「さて、お前が納得したのなら、そろそろこちらも聞かねばならない。幽霊の狙いは何だった」
「お兄様が仰ったとおり、楽しみたかっただけのようですわ。以前、賊を捉えた際に指示した者が私だと思ったようで、それを確かめたかったとのことです」
「ずいぶん面倒なのに目を付けられたな」
「ええ。もっとも、いつまで興味を持つつもりなのかはわかりませんが」
「しばらく出かけるのであればロニーを連れておけ。幽霊は逃げ足は早いが、戦闘能力がある相手と認識した相手とは闘わない」
「はい」
もうすぐ家につくのかな。外の景色を見ながらコーデリアが思った。
そして他にも幽霊について思い当たる節がないか再度考えた。
フードをかぶっていた、年若い赤目の男。
(……『コーデリア』の生死に関わるような相手では、なかったわよね?)
ふと、そんなことが頭をよぎった。
『コーデリア』の死因は自らの暴走の結果だ。王子と心通わすヒロインに嫉妬し、魔力を用いて騒ぎを起こし、しかし制御ができずに自らを滅ぼす。引き金が王子とヒロインという存在であり、原因が魔力の暴走であれば他に関わる人物は出ないはずだ。
だが、ひっかかる。
相手に自分を殺すつもりはなかったと思う。けれどそれも『今のところは』という状態であるし、周囲にもどんな被害がでるかが分からない。例えゲームに出ていなかったとしても現に問題となっているが、ゲームに出ていたなら避けるヒントだってあるかもいしれない。
(そもそも『コーデリア』はひどくわがままなお嬢様だったけど、騒動を起すための計算ができるような人物だった?)
そもそも『コーデリア』の死はターニングポイントにはなるが、物語にとっての終幕ではない。何か抜けている記憶があるかもしれない。いや、あるはずだ。ゲームでの話は『悪いお嬢様が死んで王子と娘は平穏にむすばれました』なんて終結ではなかったはずだ。確か、そんな出来事をも乗り越えて二人は――
「……リア。コーデリア」
「はい?!」
「……何を呆けている」
サイラスの様子から、どうも何度か呼ばれていたらしいことがうかがえた。
コーデリアは少しためらってから「少し、疲れましたの」と、嘘ではないことをつげた。
ただ溜息をついたサイラスを見るに、それだけではないことは十分にばれてしまっていたようだが。
「ひと月ほど屋敷からは出ないよう。父上からのお達しだ」
「え」
「反省文は書かなくていいそうだ」
「かしこまり、ました」
……反省すべき点ははいくらでも思いつくが、ひと月。ちょっと長くないですか。
しかし状況判断するにも良い期間になるかもしれない。そもそも拒否出来る事柄でもない。それに、今は思い出す時間も欲しい。
「あとはもう一件。……クリスティーナから、何か聞いていないか?」
「え? お義姉様から? 特に言伝は頂いておりませんが」
「そうか」
サイラスの問いかけにコーデリアは何度か目を瞬かせてしまった。
そして朝のクリスティーナを思い浮かべる。そしてだいぶ恥ずかしがっていた朝の様子を思い出した。
(……あれは、返事を要する内容だったのね)
日記、まだ受け取ってないしな。
そう思いながら、コーデリアはサイラスを見た。サイラスに特段顔色が変わったわけではない。が、
「お兄様。笑顔の練習、してみます?」
その瞬間、かつてないほど兄の表情が歪んだのをコーデリアは確かに見た。
サイラスには申し訳ないが、その表情で少しだけコーデリアの緊張も和らいだ。




