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第二十九幕 建国祭の季節(5)

 外出許可を願い出るなら、まずはハンスに父の手がすく時間を聞いておこう。

 そう考えたコーデリアはホールにいたハンスの元を呼び止めた。しかし彼はコーデリアが予想していなかった言葉を口にした。


「本日旦那様はお戻りになられません。しかしながら、サイラス様が既にお戻りになられています」

「え?お兄様が、もう帰っていらっしゃってるの?」

「はい」


 父に急用が出来ることは稀にあり、今日がその日になった……というだけなら分かる。今までにも何度かあった。しかしその場合のサイラスの帰宅はもっと遅い時間だ。

 だからサイラスが夕食前に在宅である事にコーデリアは驚かされた。


(もしかしてお加減が良ろしくないのかしら?普段なら風邪ひとつひかない方なのに)


 そんなことさえ考えたが、コーデリアとは対照的にハンスは非常に穏やかな様子であった。そして「コーデリア様とサイラス様が一緒にお食事を召し上がるのは久しぶりですね」と微笑んでいる。この執事の様子を見る限り、どうもサイラスは病ではなさそうだ。よかった。しかし、ならばどうしてなのだろう?


(……まぁ、早くお帰りいただけたなら喜ばなくてはならないわね)


 何はともあれ、早い帰宅自体は喜ばしい。休息、大事。緊張が和らぐ時間は身体にとって大事な養分になる。


(なんて、私の立場じゃ偉そうなことは言えないけれど)


 今はまだ休息時間を快適に過ごしてもらえるよう、グッズの考案が精一杯だ。

 そもそも長兄も次兄も父親も、領地のことならともかく勤務上のことは口外しない。だからどんな職務に従事しているのかコーデリアは詳しく知らない。休めない事情、もしくはそもそも休みをそれほど欲していない可能性も有り得ると思う。

 だがそれでも『休めるときは休んで』とは言いたい。疲労は見えないところで募る上、気づいた時には手遅れになりかねないのだから。


 だから今日のサイラスの帰宅は良いことだ。いつもこうだと良いのに。

 そんなことを考えながら、コーデリアはサイラスのいる私室に向かった。

 そしてちょうど部屋の前に差し掛かった時、中からドアが開いた。コーデリアは少し驚いた。


「あら、エミーナ?お兄様に呼ばれていたの?」

「はい」


 中から出てきたのはエミーナだった。

 彼女はクリスティーナの案内を任されていた。呼ばれていたということはその報告を行っていたのだろう。コーデリアはそう考えながらエミーナに尋ねた。


「明日のことは?」

「コーデリア様の外出をクリスティーナ様が望まれていることはお伝えいたしております。今日の件も、訪ねた店名、そしてオルコット家のお屋敷にご招待いただいたこともお伝えさせていただいております」

「そう、ありがとう」


 エミーナが概要を伝えてくれているのなら一から説明するより話しやすい。ありがたいなと考えながら、コーデリアはドアを開けるために控えているエミーナに軽く首を振り、構わないと仕草で伝えた。それに従いエミーナが下がったところで自らドアをノックし、声を発した。


「お邪魔致します、お兄様」


 コーデリアの声に中からは「空いている」という短い声が返ってくる。コーデリアはそれを聞いてから扉に手をかけ、そして部屋に足を踏み入れた。

 兄の部屋は至ってシンプルな部屋だ。父親の部屋もシンプルだが、それ以上に生活感が無い。実際生活の基盤がここではないのだから仕方がないだろうが、家具ばかりで私物はほとんど見当たらない。まるでモデルルームのようだ。


 そんな部屋の隅の方でサイラスはシンプルなソファーに腰かけ、右膝の上に置いた手に閉じた本を持ってでいた。恐らくその本はエミーナが入室する前に読んでいたのだろう。本は表紙が上になっているが、文字がなかった。コーデリアは珍しいと思った。今まで表題が無い本は見たことがない。非常にしっかりとしたつくりの本にみえるが、一体どんな本なのだろう?そして兄は何を読んでいるのだろう?そんな疑問が浮かんだが、それを尋ねる前にサイラスの方から本題が切り出された。


「明日のことだな」

「はい」

「迷惑をかけないのであれば好きにして構わない。父上には私からお伝えする」

「あ、ありがとうございます」


 エミーナから報告を受けた時点で判断は済んでいたのだろうか。

 確かに王都観光の付き添いならそこまで深い判断も必要ないはずだ。しかしあまりにあっさりとした許可に少し引っ掛かりも覚えている。

 良いと言われた以上言葉を加えることは蛇足にしかならないかもしれない。それは分かっている。


(……けれど、何も言わなくてもいいのかしら)


 一応面倒事に首をつっこもうとしている状況だ。仮に兄がそれを知らない状態で判断したとすれば、悪いことをしていないのに後ろめたい。

 もちろん兄が知っている可能性もある。けれどコーデリアは恐らく伝えられていないのではと踏んでいた。クリスティーナはオルコット伯に水面下での探りをいれるよう指示を受けている。そして今日、その偽物売り場を初めて見ている。


(お兄様が王都で起きている悪事の可能性を知れば、立場上調査せざるを得ないはず。現段階で自分で状況を把握しようとしているクリスティーナには不利な条件になる)


 だとすれば勝手に話すのは良くない。彼女がパメラディア家に頼んだのではなく、コーデリア個人に頼んだのであれば尚更だ。そもそも明日も頼まれたのは一緒に外出することだけだ。クリスティーナもコーデリアを危険に巻き込まないようには考えている。


 それでも……兄がもしも知っているなら、情報共有もしたくはある。


 クリスティーナに尋ねておかなかったことは失敗だが、だからと言って今何もできな訳ではない。そう思ったコーデリアはサイラスに試しに軽く尋ねることにした。


「今日はお姉様と服飾のお店に参りましたの」

「ああ、エミーナから聞いた」

「お兄様もクリスティーナ様と衣装のお話をされることはございますか?」


 そう、何気ない様子で尋ねながらサイラスを見た。

 サイラスはコーデリアをじっと見たが、特に不自然な様子を見せることはなかった。


「悪いが、残念ながら私は女性の服には詳しくない」

「……そうでございますわね」


 別に女物に限定したつもりはなかったが、余りに真面目な表情で切り返されてしまえばコーデリアもそれ以上は尋ねられない。

 しかしこの話題でも特に反応がないという事はやはりクリスティーナは兄に伝えていないという事だろうか。


(それでも明日、念のためにクリスティーナ様に確認を取らないとだけど)


 いずれ兄や父に説明が必要になることもあるかもしれないが、明日は危ない行動は想定されない。だから話をするのは確認を取った後でも遅くないはずだ。何より明日の行動により直接パメラディア家が不利益を被るとも考えにくい。

 コーデリアはそう結論付けながら、ひとまず問題ない程度にだけ軽く触れた。


「クリスティーナ様は御熱心にドレスを見てらっしゃいました。私にも色々お教えくださって、とても良くしてくださいますわ」

「そうか」

「明日も色々お店を回らせていただこうと思っていますの」


 一応、嘘はない。

 伏せていることは多々あるが、嘘はない。もちろんこれですっきりしたかと尋ねられれば疑問は残るが、それでも言わないというよりは幾分かましだ。一応事実は伝えたのだから。


 けれどよくよく考えれば妙なことであるとコーデリアはそこで気づいてしまった。

 そもそも兄は話の中身を聞かずに返事をするような人だろうか?例え買い物に付き合うという話をエミーナから聞いていたとしても、話を聞く前に自ら切り出す人であるだろうか?


(もしかして、私に余計なことを言ってほしくなかった……?だから先に、言葉をまとめた……?)


 不意にその考えに思い至った時、コーデリアはサイラスから突然の問いを受けた。


「……この本が気になるのか?」

「え?え、ええ」


 予想外の質問にコーデリアは多少戸惑いながらも肯定した。

 無意識のうちに僅かに下がっていた視線はちょうど兄の膝辺り、ちょうど表紙のない本にたどり着く角度だった。


 もちろん本を気にしていたた訳ではない。

 しかし無意識とはいえ、改めて『兄が読んでいる題名のない本が気になるか?』という話であれば興味はある。でも一体どうして急に?

 戸惑うコーデリアにサイラスはたった一言で答えた。


「日記だ」

「お兄様は日記を書きとめていらっしゃるの?」


 兄に日記は似合わない――訳では無いと思う。けれど書いているとは思わなかった。兄が日記を書く姿は絵になるとは思うが、どんな表情で書いているのか想像がつかない。

 だがそんなコーデリアに構う事無くサイラスは言葉を続けた。


「幼い頃、文字の練習に書くように言われた。騎士になった頃にやめたが」

「お止めになったのは理由があってのことですか?」

「生活リズムの変化だった。気づけば習慣が消えていた」


 ……そして新たな生活にも慣れても再開するタイミングを失っていたという事なのだろうか?しかしそれなら十五歳まではつけていたという事だ。幼い頃から少年時代までの兄の様子があの本の中には書かれている。それはどんな著者の本よりも興味深くも感じる。


「…………」

「…………」

「……見せないぞ」

「……残念ですわ」


 もちろんコーデリアも日記を見せてもらえる可能性は非常に低いものだと分かっていた。自分だったら絶対に見せない。が、兄から日記の話を振ってくれたのだ。極々僅かな期待もした。だから勝手ながら相応の落胆も多少は生まれる。

 しかし同時にサイラスの発言は意外だとも感じた。話題に触れず流すことだってできたはずなのに、わざわざ拒否した様子は普段より子供っぽい。本当に嫌なのだろう。ちょっと可愛い。


「でも、どうして日記を?」


 もちろん日記を読むのだから『幼い頃を懐かしんで』ということが考えられる。けれど閉じられた日記を膝に置く兄の表情はどうもそんな雰囲気には見えない。

 コーデリアの疑問にサイラスやはり淡々とした声で答えた。


「子供の頃、何を考えていたのか……ふと気になった」


 お兄様ですからきっと難しいことを考えてらっしゃいそうですね……という言葉をコーデリアは飲み込んだ。この兄だ。駆け抜けるように第一近衛隊部隊副隊長の地位に就いた兄だ。何となくだが、子どもらしい日記を書いているとは考えにくい。


(けど、そんなことを言われると余計に見たくなってしまうかも)


 見ることが出来ないと分かっているのに、余計に見たくなるとはどういうことだ。むしろ聞てしまっいたことを若干後悔しつつもコーデリアは気持ちを持ち直した。しつこく聞くわけにはいかない。必要に迫れれている事柄ではない。諦めも大事だ。そう思うと余計に興味は深くなるばかりだけれど。

 そうして踏ん切りをつけようとするコーデリアにサイラスは言葉を続けた。


「ずっと心に在った考えだと思っていることも、読み返してみれば完全に同一なものではない。幼いが故の考えもあれば、いつの間にか忘れてしまっていた想いもある。そう思えば日記は有用なものなのだな」


 コーデリアはそれが自身に向けられた言葉だったのか、それとも兄が自身に言って聞かせた言葉であるのか分からなかった。しかしいずれにしても彼は何らかの満足を得たのだろう。幼い兄が今の兄を納得させる。何だか不思議だ。


「それにしても……お兄様でも、お忘れになることもあるのですね」

「お前は私をなんだと思っているんだ?」


 もちろんサイラスは怒っているという風ではなく、不思議そうな雰囲気だった。コーデリアは「もちろんお兄様だと思っておりますわ」とにこりと微笑んで誤魔化した。そんな誤魔化しがサイラスに効くかどうかは怪しい。しかし彼は尋ねたした割りに大して興味は無かったようであっさり別の問いをコーデリアに投げかけた。


「お前も日記をつけているんだろう?」

「ええ、一応」


 日記と実験記録を混ぜたようなもの……というより、圧倒的に実験記録の方が多いのだが、一応コーデリアも日々の出来事を書き留めてはいる。美しい文字の練習も兼ねているので欠かさない日課の一つだ。


「思ったことは素直に書いて居た方が良い。きっと後々役に立つ」


 そのサイラスの言葉にコーデリアは「はい」と同意を示した。


(初心忘れるべからず、ね)


 現在の思考は前世と今生の刺激と経験が合わさって生まれている。けれどこの思考を生みだした過程を全てしっかりを覚えている訳では無い。日々の出来事でもとりわけ印象深いものを除けば十日後、そして一年後には『そういう事もあったかな』と思ってしまうことがほとんどだ。より月日を重ねれば将来『あの頃は何を考えていたかな』と振り返ろうとしても正しく思い出せなくもなるだろう。忘れていないつもりでも成長途中で受けた思考がきっと混ざっている。そして兄が言う『忘れてしまっていた』ことが生まれるのだろう。


 振り返る機会があるかどうかは分からない。けれど、今だからこそ感じている想いもあるのかもしれない。逆に十年先も今と全く同じことを想っていたら、それはそれで面白いかもしれない。何にせよ、書き始めてみなければ分からない。今日から、書こう。


 そこで、コーデリアははっとした。


(日記。書く。……あるじゃない、お兄様とクリスティーナ様の、互いの想いを近づける方法が)


 思い浮かんだ前世の記憶からすれば、少し子供っぽい手段になるかもしれない。言うのも少し恥ずかしい。けれど可能性がある以上、コーデリアとしては逃したくないと感じてしまった。


(大丈夫、無邪気な子供を演じても、私はお兄様とクリスティーナ様が仲良くしてくださる方が良いわ。それが多少妙なことを言い出すパターンでも、いつものことと割り切れば……!)


 そう覚悟を決めたコーデリアは笑顔でサイラスを真っ直ぐ見た。

 そして願いを口にした。


「お兄様、お願いがございます。クリスティーナ様にお手紙を書いてくださいませ」

「手紙?」

「そうですわ。お話できるお時間が少ないのですもの。私が明日お渡しさせていただけますし、次にお会いなさる時により多くのお話ができますでしょう?私も、私ばかりクリスティーナ様を独り占めしているようで気が引けますもの」


 元々日記を毎日つける習慣があった兄だ。文章に困るという事はきっとないだろう。そう思いながら、コーデリアは満面の笑みで本題を口にした。


「せっかくですし、まっさらな日記帳にお手紙を書いてくださいな」

「……日記に手紙を書く?」

「ええ。そして今度はその日記に、クリスティーナ様からお返事を頂きますの。名付けて、交換日記ですわ」

「日記を……交換する?」


 何を言っているんだ?というサイラスに、コーデリアは真剣な表情で向き合った。

 兄の『それに何の意味があるんだ』という表情は当然だ。この国にそんな習慣など存在しない。むしろコーデリア自身も前世で経験したことさえない。マンガやアニメや小説で見たのみである。ただ、概要は知っている。交換日記とは日記を渡す相手と共有したいことや伝えたいことを書くものだ。そしてそれ単体では手紙となんら変わりはない。しかし手紙と確かに違う部分もある。


「利点はございますわ。例えば、お手紙は一度送ると手元には残らないでしょう?ですが交換日記では自分の送った文章も見ながら、お返事も見ることができますわ」

「手紙でも困ったことは無いが」

「もちろんやり取りするだけなら困りませんわ。でも……例えば、デートのご相談をされたい場合、よりお話の履歴が見れた方が良いと思いませんか?それに、日記でのご相談です。手紙より堅苦しさも少しは抜けません?」


 少し茶目っ気を交えながらもコーデリアは押し気味に言葉を続けた。日記という本来自身のみが本音を綴り、そして見るものを二人で書きこむ以上、共有意識が深まる可能性がある。

 前世では子供っぽい印象も含むものではあった気もしなくはないが、この世界では交換日記の概念そのものが存在しない。ならばその心配は全くない。


 コーデリアの突飛な発言にサイラスが納得した様子はなかなか見えない。だが明確に拒否されていない以上、コーデリアとしては粘らなければ負けである。負けるわけにはいかない。

 だが少し熱くなりかけたところでコーデリアは一度咳払いをし、自身を落ち着けた。

 焦ってはダメだ、色恋沙汰で兄を攻略するのは難しいのだ。

 ならば攻め方を変えるまでだ。そう思い直し、真面目な表情をサイラスに向けた。


「冗談はさておき……報告・連絡・相談。これらの大切なことを書き留め、そして振り返ることができる観点からも有用だと思いますの。如何でしょう?」

「それは、そうだが」

「お兄様とクリスティーナ様はお話できる機会が少ないのです。ですから少しでも対話に近い形を取っていただく方が望ましいと思いますわ。もちろん少々変わった形式にはなりますが……私が妙なことを思いつき、無理にお願いしたことも、クリスティーナ様にはお伝えいたしますわ。ですから、お書きいただくことはできませんか?」

「………」


 サイラスは何も言わなかった。コーデリアに引く気配が全く見えず、何を言っても無駄だと感じてしまったのかもしれない。しかしコーデリアはそれでも構わなかった。妙に仕事臭い説得になってしまったが、とにかくまずは試してほしい。ただじっと互いの赤い瞳をぶつけていると、やがてサイラスはため息をついた。


「……書いても良いが、くれぐれもクリスティーナに無理強いはするな」

「もちろですわ」

「大したことは書けない」

「心配ございませんわ」

「全く……お前は一体誰に似たのやら」


 兄がみせた妥協の姿勢に、コーデリアは笑顔で「ありがとうございます」と礼を述べた。

 明日の朝には渡すと言ったサイラスにコーデリアはついでとばかりにもう一つ願いを口にした。


「お兄様も、クリスティーナ様にお会いできる時間ができましたら教えてくださいませ。お邪魔は致しませんわ。もちろん、お誘いを受ければ参りますが」

「……ああ」

「お時間、作ってくださいね?」

「……ああ」

「予定が出来ましたら、教えてくださいね?」

「ああ」


 兄の返事が、どこまで実現可能なものなのかは分からない。

 だが、こうして接点を増やすよう強請っていけば兄とクリスティーナの関係に良い転機が訪れるかもしれない。そう思うとコーデリアの気持ちは少し軽くなった。元々互いのことが見えてない雰囲気で、悪い印象がある訳では無いのだ。少しでも状況が改善されれば嬉しいと思う。

 それにコーデリアとしても気掛かりが減れば絹の件にも集中できるというものだ。もちろんすぐに解明で出来るという保証はないが、心配事が減った分だけ気合も入る。もっとも気合いをいれすぎて空回りしないように気を付けなければならないのだが。


「もうすぐ夕食時だ。済ませておきたいことがあれば早めに片付けておくといい」

「はい」


 幸い話にもキリがついた。兄の言葉にコーデリアは一礼し、自室へ戻ろうとした。

 短時間で何か片付けておきたいことがあった訳では無い。だからもう少し兄と話をするために居座る選択肢もよぎったが、やはり少し遠慮することにした。兄は日記を手にしている。それはまだ読了していないからかもしれない。それにクリスティーナ宛への日記を書いてもらう時間も必要だ。自ら邪魔をすれば意味がなくなってしまうし、話はまたの機械でも問題ない。

 コーデリアはそう判断し、そのまま部屋を出ようとした。


「コーデリア」


 しかし扉に手をかけようとしたところでと呼び止められた為、コーデリアは一旦足を止め振り向いた。何だろう?そう思うコーデリアにサイラスは短い声を発した。


「深追いはやめておけ」


 その忠告が指し示すことがなんであるか、予想がつかない訳はない。

 先程までとは別の、低く鋭い音だった。何を?と聞き返すなど愚かだとしか言えないと思わせる声だった。そしてそれは兄に対する先ほどの違和感に対する答えとなった。


(お兄様は、『知らない』ことになっているのね)


 とはいえ兄の情報がどこまでのものなのかは分からない。詳細を語らないということは兄も仕事として情報を探っている最中なのかもしれない。単に独自で調べているだけの可能性もある。それでもコーデリアを止める命令ではなかった。


(……お兄様のお考えは分からない。けれど、『迷惑をかけないのであれば好きにして構わない』のなら、私は私に出来ることをさせていただくだけね)


 そうコーデリアは解釈した。そして子供らしい笑みを被った。


「クリスティーナ様とご一緒ですもの。レディの本領、学ばせていただきますわ」


 そのコーデリアの言葉に対しサイラスは無表情のままだった。

 しかしわずかに呆れてる気もした。その表情は先ほど言われた『誰に似たんだ』という言葉を蘇らせた。が、それらを全てコーデリアは笑顔で流した。

 本当に想像が当たっていて、再びその問いを投げかけられていたとしてもコーデリアには答えられない。なぜなら、コーデリアは欲張りの自覚があるからだ。『誰に似たい』ではんなく『この人のこういうところを学びたい』という風に感じるのだから、そもそも答えを持っていないのだから。


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