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第二十五幕 建国祭の季節(1)

 建国祭の一日前。

 今日はロニーもララも非番なのでコーデリアはエミーナと二人で研究室にいた。


「せっかくだから、エミーナも休暇をとってくれても構わなかったのに」

「お気遣いありがとうございます。しかし、私もお休みはきちんと頂いていますから」


 エミーナはそう言うが、せっかくの祭日であるのだから楽しんで来て貰っても良いとコーデリアは思う。例年パメラディア家の使用人には建国祭の期間に特別休暇が与えられる。主人は城に泊まり込むため唐突な来客もまず無く、全体的に余裕が出来るからだ。もちろん全日ではないしローテーションではある。しかしそれでも祭りが気になる使用人には好評だ。だがこのように運が良ければ連休さえ取得可能なこの期間、エミーナが一切休暇を入れていないのをコーデリアは知っていた。今年だけではない。去年も、一昨年も。エミーナがこの期間に休暇を取ったことは無い。

 要らないと言うのであれば強要するのも気が引ける。少しでも遠慮が見えたら言いやすいのに、それが見えない。それに本音を言えばエミーナの気遣いは確かに有り難くも有る。エミーナとしては『人が少ない時だからこそ、自分が残る』と考えているのだと思う。実際不測の事態があればコーデリアにとって彼女の存在は有り難い。しかし、だ。


「エミーナがそう言うなら……けれど代わりに、どこかで休みはとってね。約束よ?」

「ありがとうございます。ところでお嬢様、そろそろお茶はいかがでしょうか?」

「え?あ、ありがとう。けれど実は今朝、イシュマお兄様からお手紙を頂いたの。宿舎に届けて欲しい物があるそうだから、そのお返事を先に書こうかと思うわ」


 コーデリアは返事をしながら届いた白い封筒をエミーナに見せた。すると彼女は「では、便箋をお持ちいたします」と一旦下がる。みなまで言わずとも伝わるのは凄く有り難いが、これを当たり前にしてしまうと怠け者の令嬢になってしまいそうで怖くもある。甘えすぎないようにしなければ。


 しかし今はその考えは置いておくとして、まずは兄からの手紙の件だ。その内容はコーデリアにとって想定外のものだった。そもそもコーデリアからイシュマに手紙を書くことはあっても、兄から手紙が届くことは珍しい。その珍しい手紙の内容はコーデリアに対する依頼だった。何と兄のもとには水虫を患う後輩騎士がいるらしい。騎士でも水虫になるのかと一瞬思ったが、騎士も人間だ。なることもあるだろう。その水虫の騎士というのは北方の任務から帰還する直前に水虫に罹ってしまったらしく、けれど足が痒いなど言えずに悩んでいたらしい。そもそも自分が水虫に罹るという想定がなく、医者を求めるという発想が出来なかったらしい。

 だがそんな中、彼の様子がおかしい事に兄は気が付いたそうだ。そして原因に気付き、万が一にも周囲に感染してはまずいと医務室に行くように言ったらしい。そして彼も無事医者の診察を受けることが出来、今は薬を塗っているとのことだが……運悪く彼は『抗魔』という魔力の影響が受けにくくなる特異能力を持っており、それが薬の効用を阻害しているらしい。王宮医術は魔力作用を利用した高度な技術だが、魔力を多分に含む薬であることが裏目に出た形だ。当然そのような得意能力を持つ人間は探してもなかなか見つからないため、彼に合う薬を用意するのは少し時間がかかりそうだという。しかし彼は足の痒みのせいで寝不足が続いており、イシュマとしては早急に薬を求めているらしい。


 そこでイシュマはコーデリアに「かゆみ止めの薬で何かないか魔術師にでも聞いて欲しい」という旨のことを連絡してきたのだ。パメラディアの家でも魔力作用を利用した薬も使うが、主に自然由来の力を伸ばす魔術を使うため、魔力自体を用いて治す王宮医術とは方向性が違う。だから同封されていた症状を記した紙を魔術師長に渡し、今は薬を調合してもらっている真っ最中だ。それはそれで兄に送っておく。けれど痒みを止める方法ならコーデリアにも心当たりはある。


「どうせなら私も水虫対策のフットバス用のオイルもお送りしておきましょうか」


 そう口にしてから立ち上がって戸棚に向かう。そしてカモミールローマンとティートリーの精油が入った小瓶を戸棚から取り出した。続いて机まで戻るとペンを手に取り、小さな紙に「四十~四十二度の湯をたらいに張り、カモミール二滴・ティートリー三滴を加え、よくかき混ぜてから十五分間足を浸してください。小瓶は必ず冷暗所で保管のこと」と記した。これでかゆみは軽減出来るはずだ。


「個人的には香りも好きだし、気に入って頂けると嬉しいんだけど……今回に限っては苦手な香りでもお薬だと思えば役に立つわね。暖かいお湯だと血行も良くなっていいと思うし」


 ちなみに一応精油の組み合わせで薬も出来るのだが、今回は魔術師長の薬が出来上がるし、機会があればということにしようと思った。うちの魔術師の薬は凄いのよ、という気持ちもある。


「……でもそうね、せっかくお兄様にお手紙をお送りするのだし、お兄様も使える物も一お送りしたいわ」


 そう呟いたコーデリアは今度はセージとオレンジの精油の小瓶を戸棚から取り出し、その隣の戸棚から小さく平たい缶を取り出した。小さな缶は軟膏等を入れる箱と同様、上下に分かれるタイプのものだった。


 机に戻ったコーデリアはまずセージとオレンジの精油を同量ずつ一つの瓶に入れ混ぜ合わせた。それが終わると今度は小さく平たい缶の蓋を開ける。缶の中には素焼きの瓦が入っていた。瓦は白色で、花の形を象っている。


「ちょっとお兄様には可愛すぎる型の気もするけれど……気に入って下さると嬉しいのですが」


 これは、アロマストーンと前世で呼ばれていたものである。

 この瓦に四、五滴直接精油を垂らし香りを辺りに漂わせることで気軽に香りを楽しむことが出来る。コーデリアは二つの小瓶から同量の精油をストーンに落とした。この香りは安眠を誘うものだ。兄は柑橘系の食べ物を好んでいたし、気に入ってもらえると思う。枕元に置いて欲しい旨を一筆添えた。


「……お父様にもお渡ししたいけれど……それはお兄様の反応を見てからにしましょうか」


 もしも枕元に有ること自体が気になって邪魔になるようであれば、やめておこう。コーデリアはそう考え、けれど出来れば気に入ってもらいたいと思っている。それにもし睡眠時に使わなくとも、楽しめるとき缶を開けてもらえたらと思う。当然別の場面で使いたいという事ならば別の香りをストーンに落としたい所ではあるのだけれど。


(……出来れば、これを私のお披露目の時に使いたいんだけどな)


 それは十六歳になる年に行う夜会のことである。祝い事として主要な貴族の家では子が成人と扱われる十六歳になるとその祝いの宴を開くのだ。滅多に夜会を開かないパメラディア家であっても、流石にコーデリアが十六歳になった際には開く予定だと聞いている。もちろんこれは必ず開かなければいけない会という訳では無い。だが良くも悪くも強く印象を残すチャンスである。何せ成人したばかりの若輩者が主役になれる等、早々ない。だからコーデリアは今から対策を考えていた。

 そして考えついたのが『お土産』の配布だ。既に噂は広がっているのは知っている。けれどそうして土壌は十分に作られていても、噂は噂の域を超えていない。だからこそ少量の精油とともにアロマストーンを配れば、どういう物を作っているのか分かりやすく説明できると思うのだ。素焼きの瓦ならばそれほど値段は張らないし、香りも十分に楽しめる。何より持って帰ってもらうのに小さくて都合が良い。加えて化粧品のサンプルも配れればいいと思う。

 可能であればと願うなら、魔術を利用してもう少し保存期間を伸ばしたいと思うのだが……それに関してはまだ研究段階だ。なかなかに骨を折っている……主にロニーが。


「とにかく、あとは私の実力の問題ね。成功させて社交界にうまく溶け込めるといいのだけれど……いままでの作品を受け入れてもらうためにも、私が受け入れてもらえないと話にならない。それに、本当に薬草は素敵なんだから――」


 確かに薬草の研究は自分の興味と、開拓されていない分野という都合の良さから始めたことだ。好まれ認められればそれが自分の力になる。そう信じたから。けれど打算まみれの考えでも、純粋に喜ばれたいと思う面もある。自分の好きなものを人と共有出来ればやはり嬉しい。何より、父やロニーをはじめとする周囲の力を借りた作品を、無駄に出来るわけがない。そう色々とコーデリアが考えているとエミーナが研究室に戻ってきた。


「お嬢様、便箋をお持ちいたしました」

「ありがとう、エミーナ」


 コーデリアは花のエボンス加工が施された白い便箋を手に取るとするすると文字を記していく。今でも得意というほどではないが、見苦しくない字は書く自信なら持っている。コーデリアがそれを書いている間にエミーナは茶と菓子の準備を始めた。

 ちなみに今日のおやつはカイナ村の小麦で作ったスコーンだ。三種類のジャムと蜂蜜の小瓶が添えられているのを、手紙を書き終えたコーデリアは横目で見た。


「申し訳ないけれど、これが今日中にお兄様に届くよう手配をかけてもらえるかしら。可能であれば今日のうちが良いわ。魔術師長にも薬を頼んでいるから、それも一緒に」

「かしこまりました」


 兄に、というより兄の同僚にとっては切実なことだろう。届くものなら出来るだけ早く届く方が良い。そう思いながらコーデリアはエミーナに一式を預ける。彼女は一礼すると部屋を後にした。

 そして茶を飲みながらこれからのことを考える。


 建国祭が終わった後の予定はクリスティーナとの王都見学、それからジルの師匠を尋ねること。それから今は忙しそうにしている工房にナイフの作成依頼を出したり、エリス商会との面会を行ったり……予定はかなり詰まっている。欲を言えば出来れば早い時期に一度パメラディア領にも行きたいのだが、時間は作れるだろうか。


「領地に行けば少し長めに滞在したいし……学校の様子や、作物の状況視察を行いたいわ」


 自由な時間も多いはずなのに、時間が全然足りないな。

 贅沢なことだとコーデリアはジャムを塗ったスコーンを口にしながら考える。どれも切り捨てることのできない用事だ。人と約束しているものではないという点では領地訪問が唯一後回しに出来そうな用事ではある。だが、コーデリアとしてはそれもなるべく早く行きたい事柄だ。それは領内の状況が気になるというよりは、一つの困りごとの解決を探したいのだ。


 そう、コーデリアは一つの壁にぶつかっていた。

 それは薬草の育成についての問題だ。


「我が家の温室で育つ量には限界がある。商品化を考えるなら、どう考えても広大な土地で栽培できる方が有り難いわ」


 そう、いくら広いといえども王都の屋敷の、その中の温室だ。

 精油を採取するには大量の花が必要になり、種類を増やせば一つの収穫量はどうしても落ちてしまう。ならば広大な畑が用意できればいいのだが――温室のおかげで魔力の宿る土の改良には困っていない――、そうなると土地ばかりではなく人手も要る。


 だったらとコーデリアが思いついたのは、麦の等級が比較的低い所や収穫量が安定しない所に打診してみる事だ。収穫量にもよるがコーデリアが薬草を買い取り、現在より総価格で安定するなら協力が得られる可能性はあるだろう。それにいずれ一般にもいま研究している化粧品や香油を流通させるようになれば……つまり量産するような事になれば、その土地の特産品としてブランド化もできるかもしれない。当然流通ルートを増やすのであればコーデリアだけが造っていては間に合わないので、工房を設立することも有り得るだろう。そうなれば長期的な収入源にもなるはずだ。

 可能であるなら交通の便が良い場所であるといいと思うが、同時に少しばかり不便な所でも悪くないのではと思う。若い人が便利な場所に出ていってしまい、過疎になりがちなところに収入源をもたらすことで人口流出を食い止め、村を存続させる手助けになればいいと思うからだ。もっとも、そこまで上手くいくかは大分深く検討しなければならないが。


「……でも、いずれにしても問題になるのはそのための資金よね。しばらく自転車操業で頑張るとしても、まずは一年目の資金が要る。私の交易の利益では、まだまだ足りないかな」


 父に融資を求めることもできなくはないだろう。カイナ村の時の例はある。納得が出来るプレゼンテーションさえできれば父の協力は仰げるだろう。


(……でも、ダメね。四年前と同じじゃ、お父様に呆れられてしまうかもしれないわ)


 使える力を遣うという事は、決して悪いことではないと思う。手段も大切だが、結果が伴わねば意味のないこともある。特に他人を巻き込むことなら尚更だ。可能性を考えれば父を頼るのが一番無難な方法かもしれない。手段をためらって結果を逃すようなことは望ましくない。それは良く分かっている。だが、四年前と違うこともあるのだ。今、コーデリアは少なからず金銭を獲得する手段を得ている。もう少し方法を考えれば、稼ぐ道は見えるかもしれない。商売自体は下手だが、商家の生まれのロニーならばその手段を知識としても知っているかもしれない――そう思い、コーデリアはハッとした。


「待って、そうよ、あるじゃない」


 どうして思いつかなかったのだろう。

 そう思いながらコーデリアは一つの可能性を頭の中で整理し始めた。融資を願うなら、エリス商会がかなり都合の良い相手のはずなのだ。まだ交渉はしていないが、ロニーの口振りからは相手方もパメラディアに商機を見いだせるなら近づきたい様子だ。


「……立場を利用する事にはなるけれど、最悪私の計画がコケてもエリス商会は金銭を回収できなくなると思わないはずだわ。私が失敗したところでパメラディアが尻拭いをすることくらい、予想がつくもの。もちろん、家に迷惑をかけることをするつもりなんて無いけれど」


 相手を納得させられる……というよりは、儲けが出る可能性がある計画かどうか。それをいかに伝えられるかが大事だろう。目的が見えればプランも少しずつ思い浮かんでくる。


(……これも引っ掛からない、といえば嘘になるわ。私の計画は全て伯爵家に生まれたからこそ出来ているものばかり)


 その立場を利用することに引け目を感じるのであれば、それは今更過ぎること。それを感じること自体自己満足であると思う。だからコーデリアは再び考える。

 自分の作ったものが人を喜ばせ、そして自らの力にもなることを。金だけが問題ではないとは思うが、金がなければ出来ないこともある。領地の人々が慕ってくれるパメラディアの者として、皆の生活の向上も担いたい。そしてそれが何より家族のためにもなることを。


「……よし、すっきりした」


 らしくなかった、と、自分に対し思いながら、コーデリアは軽く両手を合わせ掌をマッサージした。時々立場のことを考えるのは、一般市民としての生活も知っているからだろう。現世と今生の一般市民が同じだとは思わないが、時々力に対して困惑するような感覚が生まれるのだ。せっかくだからと図々しく令嬢生活を謳歌しているのに、えらく矛盾している感情だと自分でも思わなくはない。

 今は令嬢なのだ。元の意識を利用しても、元の意識に引きずられてはいけない。


「……そうね、そのためにももう少し甘い物を頂こうかしら」


 そう言いながらコーデリアは立ち上がり、精油をしいまっていたのとは別の戸棚に手をかける。そして浅い籠に入れているレモンを一つ取り出した。そしてそれをいつものことながら魔術で半分に切り、金串に刺した。


「ちょっと炙って冷やして、それから蜂蜜と合わせて食べる。これ、美味しいのよね」


 元々離れとして建てられているこの部屋には簡易キッチンの名残もあり、コンロもどきともいえる魔法道具も鎮座している。だから調理というほど大げさなものではないけれど、この程度のものなら自由に作れる機会はあるのだ。幸い今日はスコーンに使うには多すぎる蜂蜜が手元にある。問題は無い。


 その時、ドアをノックする音が聞こえた。

 エミーナが戻ってきたと思い、コーデリアは「どうぞ」と、レモンを炙る手を止めないままに言った。ドアは無言で開いた。そして立っていたのはエミーナではなく父であった。


「コーデリア」

「お父様!」


 まさか父がいるとは思わず、コーデリアは慌ててコンロの火を消し、皿にレモンを置くと父親に近寄った。兄も先日このような登場をしたが、ここまで父子は似るものなのだろうかとコーデリアは感じた。急ぐ娘にエルヴィスは「楽にしていて構わない」と言った。


「今から登城する。皆数日留守にするが、何かあればハンスを通せ」

「かしこまりました」


 成程、その念押しの為かとコーデリアは納得した。

 父や兄が居なければ何かがあった時に困る。確かに平日も誰もいない事の方が多いのだが、夜も含め数日間誰もいないという事は珍しい。父が領地に赴いているときは、大概どちらかの兄が外泊届を申請し夜だけ家に戻ってくることも多い。

 けれどこれも初めてではない。去年も、その前も毎年行っているやり取りだ。

 そして使用人たちは優秀なので何も困ったことは起きたことが無い。エルヴィスもそれは理解しているのだろうが、それでも念を押すのは親心ということなのだろう。この人はやはり娘に甘いのだ。

 だが、そんな父の様子がいつもと一つだけ違った。


「お父様、あの……」

「どうした」

「お声が、少し」

「ああ、直治る」


 いつもながら圧を感じさせるような声であるが、今日はその声が少し掠れている。

 多忙を極めているためだろうか。未だ相当に鍛えている父であっても体調を崩すこともあるらしい。だがそれでも大して気にかけていないのは重症になったことが無いからだろう。

 ……とはいえこれからいつもに増して忙しい日々が始まるのだ。


「お父様、お時間少しだけございますか?喉に良い物を、ご用意いたします」

「……お前がか?」

「はい。丁度先ほど作りかけていたところなのです」


 エルヴィスはそれに応えなかったが、近場にあった椅子に腰を下ろしたのが答えだった。

 コーデリアはそれを見、手早く準備を進める。

 表面が茶色になったレモンを、少しの魔力のでさっと冷やす。そして小さな果物ナイフで果実を取り出し、皿に盛りつけ、蜂蜜と混ぜ合わせた。簡単すぎるおやつの完成である。


「お口には合いますでしょうか」

「……ああ、悪くない」


 フォークを添えて父親に差し出せば無骨な褒め言葉が返ってくる。

 コーデリアは軽く笑った。


「それは良かったです。宜しければ、夜にも召し上がっていただけるようお届けさせていただきますわ。お父様の喉は大切ですもの」

「ああ。お前は料理もできたのか」

「………」


 確かに多少手を加えたという意味で調理はしたが、料理という域の出来ではない。しかしエルヴィスは真面目にそう言うのだから、否定もし辛い。だが本気で料理をするというのならコーデリアとてもう少し料理らしい料理をする自信はある。生まれてこの方包丁を持ったことは無いが、前世ならもう少し料理らしい料理が出来ていたはずである。父親が否定的でないのなら、むしろその認識を改めてもらうためにも料理を作ろうかと本気で悩むコーデリアの横でぺろりとレモンを平らげたエルヴィスは皿をテーブルに置くと立ち上がる。


「懐かしい味がした。行ってくる」


 そう短く言って、父親は去って行った。

 懐かしい味。少し意外な感想にコーデリアはエミーナを見て尋ねてみた。


「お父様も昔はよく風邪を引かれたのかしら?」

「お伺いしたことはありませんが……ここから南方には蜂蜜茶が良く飲まれている地域もあると聞きます。だからか召し上がられたことがあるのかもしれませんね」

「なるほど」


 ならば南方出身のロニーにもなつかしい味になるかもしれない。今度振る舞ってみようかと思いつつ、今は先にエミーナと食べる分を作ろうと思った。

 珍しくエミーナはコーデリアの行動が想定できなかったのか、新しい皿が自動的に出てくることは無かったのでコーデリアは自分で皿を取り出したのだが、それに気づいたエミーナが表情に出さず少し慌てているのを見てコーデリアは小さく笑った。


「たまには良いでしょう?」


 しかしエミーナが納得するわけもなく、レモンはエミーナの手に渡ってしまった。

 やはりエミーナは頼れる優秀な侍女であった。

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