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第二十四幕 長兄と婚約者

 ヘーゼルとの交流会を終えて帰宅したその日、コーデリアは馬車から降りたその足でロニーとララがいる自らの研究室に足を踏み入れた。そして二人に軽く帰宅の挨拶をし、寛いでいたロニーに「新しい目標があるの」と、にっこり笑顔で打ち明けた。それはソープカービングのことだ。


 荷物を片付けに行ってくれているエミーナに代わってコーデリアは話の前にまず棚から出した茶を淹れた。そしてロニーをテーブルの向かいに座らせ、その計画を一通り話す。ララは「難しい途中過程はいいから、結論教えて」と途中で聞くのを放棄していた。

 そしてコーデリアが説明し終えると同時にロニーはカップをゆっくりとソーサーに戻し、ぽつりとつぶやいた。


「やっぱりねぇ」

「やっぱり?」

「お嬢様のことだから、環境が変わればまた新しい何かを思いつくと思ったんですよ。でも流石に石鹸を削るためのナイフが欲しいだとか、石鹸の改良だとかは予想外でした。えらく唐突じゃありませんか?石鹸削りなんて」

「そんなことないわ。綺麗に彫刻出来れば、置物としても綺麗でしょう?」

「確かに良い匂いの置物にはなりそうですけど……まあ、ナイフについては鍛冶屋を手配します。問題は石鹸ですね」

「エリス商会で石鹸の取り扱いは無いかしら?エリス商会なら加工に向く石鹸を手配してはくださらないかしら?」

「……あー……俺ん家ですかぁ……」


 ロニーは顎に手をやり、唸りながら考える。


「あの人たちなら……そうですねぇ……凄く香りが良い石鹸を作るヒントをもらえるなら、喜んで手配すると思いますよ。そしてみすみす他に利益が渡るような真似はしたがりませんから、石鹸の市場ルートもすごく限られることになりそうです」

「それは素敵ね」

「必要があれば呼び寄せますよ。兄貴どころか親父も喜んで来ると思いますし」


 ただ商売上手なんで気を付けてくださいね、と、ロニーは割と真剣な表情でコーデリアに言った。包み隠さず言う辺り実に信頼できる男だが、この正直さで損をしてきたことも多いのではないだろうか。もっとも、ロニーが言わずともエリス商会が商売上手なことは明らかである。商売下手の商人ではあそこまで成長する訳がない。


 そんな二人の会話に、不思議そうにララが割って入った。


「ねえ、ロニー。エリス商会って、あの大きな?」


 それを聞いて「そう言えばララは知らないか」とコーデリアも気づいた。ロニーは隠しているわけではないが、尋ねられなければ自分から家の話などしない。

 ララの言葉にロニーは「……まあ、でかいな」と、何とも言い難そうな表情で答えた。

 ロニーの返事を聞いたララは目を丸くして驚いた。


「ロニーってお坊ちゃまだったの?!」


 余りに素直な驚きようにプッとコーデリアは噴き出した。お坊ちゃま。お坊ちゃま。お坊ちゃま。大の大人であるロニーを形容するにしては随分可愛らしい単語である。


「お、お嬢様、笑わないで下さいよ……肩、震えてますよ」

「だって……そうね、ロニーはお坊ちゃまですね」

「あーもう、やめてくださいってば!」


 からかうようにコーデリアが言うとロニーは顔を真っ赤にして反論する。

 普段から焦ることの少ないロニーにしては貴重な表情だ。くすくすと笑いを止められないコーデリアに、ロニーは益々不貞腐れる。そんな二人の様子を見ながらララは何やら納得した様子だった。


「でも、だからロニーは紅茶を上品に飲むのね」

「そうか?」

「いつもすごくダラけているのに、カップの持つ仕草……指使いが丁寧だもの。指先が私たちの普通と違うのよ」


 そう言ったララに、コーデリアは少し驚いた。

 ロニーのカップの持ち方は、確かに言われてみれば丁寧な気もする。元々自分の周囲の人間とあまり変わらない持ち方をするので何も感じることは無かったが、確かに貴族と同じ持ち方をする商人もそう多くは無いだろう。恐らく貴族とやり取りするような商人の家でなければ、わざわざそんな持ち方は覚えない。必要がない。


「よく見てるわね」

「な……ちがいます!見えるんです!!」

「うん?」


 それはどう違うのだろう?

 素直に思ったことを盛大に否定されコーデリアは疑問に思ったが、真っ赤な顔のララを見ていたらふと気が付いてしまった。この真っ赤な表情、前に見たことがある。しかもつい最近だ。

 コーデリアは顔は動かさず、すっと視線だけロニーに滑らせた。ロニーは未だ『お坊ちゃま』が効いているのか、やや心ここにあらずと言った様子でララの姿を見ていない。見えていない。だがそのコーデリアの視線にララは焦っていた。


「それより!お嬢様!!見て!!!この筆記用具、なかなか素晴らしい書き具合になったと思うの」

「あら、本当ね。書いた文字が随分鮮明に見えるようになってきているわ。……でもララ、ちょっとこの試し書きはスペルを間違えているわよ」

「そこは見ないふりで」

「くっきり綺麗に描かれているから見えてしまうわ。でもこの調子で筆記具が上手くできたら、今度はもっと安価な紙が必要になるわね。今まで以上に書くことが容易になるのだもの、書くものがなければ意味がない」


 日常的な用紙の価格は恐ろしく高い訳では無いが、それなりに値段は張る。書かなければ覚えられないことも多々ある中、学習用にもっと安価な紙の束が手に入れられれば有り難いことこの上ない。今学校で使用している用紙もびっしりと大事に使ってもらえているので良いことだとは思うのだが、あまりびっしり書きすぎると後々何が何だか分からなくなる……という事も実際に起こっていると聞く。だから用途によっては品質・耐久性を落として価格を抑えたものを調達したい。

 そんなコーデリアにロニーは「うーん……」と唸る。


「……質のあまり良くない紙なら、無くは無いと思いますよ。あまり質の良くないものを並べたくないっていう商会の意向で基本的には売り込んでないけど、輸入物でよければ確か聞き覚えがあります。今度石鹸と一緒に見本を手配しておきましょうか」

「助かるわ」

「俺も助かります。実家に売り込みしろって言われてるんで。でも……そうですね、合い見積もり(あいみつ)をとっていてもいいかもですね。知ってますよ、他の製紙業者とか問屋」

「……ほんと、ロニーは商才に欠けているわね」


 冗談まがいにコーデリアが言うとロニーは焦った様子で「あああもちろん俺の家に言っちゃだめですよ、ただでさえ商売の才が無いって言われてるんで!!」と、真剣な表情で願い出る。コーデリアは笑いをかみ殺した。


「もちろん言わないわよ。ロニーに退職されてしまったら大変ですもの」

「あ、言われてもそれは無いです。ナイナイ。ここ働きやすいし、学費払えないし。お茶も美味しいですし」

「……あら、そう」


 これは喜んで良いのか悪いのか。

 相変わらず素直な様子にコーデリアは苦笑しつつ、ロニーのカップに二杯目の茶を注いだ。


「ああ、そういえば今、屋敷で噂になっていますよ?」

「何のお話かしら?」

「ついにサイラス様が奥方をお迎えになるってお話です。って言っても昔からご婚約されてたからそろそろかと思っていましたが……えーっと……確かオルコット様の御令嬢……ですよね?」


 曖昧に思い出そうとするロニーを横目で見つつ「コホン」とララが咳払いをした。


「クリスティーナ・オルコット様。お父様はシルクの製造に力を入れておられるオルコット伯爵様ですね。王家に献上されるドレスの生地の半数もこちらの製品だとか」

「……ララ。お前いつの間にそんな情報に詳しくなってるんだよ」

「ご令嬢に仕える身としては必要な情報、なのでしょう?知っていた方が良いってアイシャ先生が教えてくださったわ」


 ふふん、と得意そうにララは言った。

 その様子にコーデリアは目を伏せて小さく笑った。


「で、そのクリスティーナ様がお嬢様のお義姉様になるのよね?いい人だといいわね」

「もちろんお会いしたことは有るわ。凄く綺麗で物静かな方よ」


 彼女は深層の令嬢という言葉がよく似合う人だった。金糸の髪に輝くような緑の瞳という人目を惹く容貌でありながら控えめえ物腰が柔らかい。兄と婚約したのは彼女が3歳、兄が7歳の時だったと聞いている。二人が並んでいる昔の絵画はまるで天使のようだった。そして今の二人が並んでいる姿は物語さながらの雰囲気だ。二人が揃って静かなことから、より絵画のように見えてしまう気もする。とても静かだった。そう、とても。


(……そう……本当にとてもお静かなのよね)


 別に賑やかでも静かでも空気が悪くならないならそれで構わないとも思う。一方で別の懸念はある。パメラディアの家は少々物騒だ。度々ではあるものの間者や暗殺者紛いの者が送り込まれてくるような事がある家なのだ。大人しい令嬢が聞けば卒倒しないだろうかという心配もある。決して彼女の芯が弱いという訳では無いのだが、普通の家には早々にない話である。普通ではない家にも早々ないだろう。


(……いえ、むしろ怯えない私も私よね。麻痺してしまっているのかしら)


 コーデリアはロニーにここ一年でどれ程の事件があったか尋ねようかと思ったが、ララがいるので尋ねるのはやめた。妙なことで気に病んで欲しくはない。恐らく片手くらいの数、下手をしても両手では足りるくらいだろう。

 それにどちらが言いだした縁談なのかはわからないが、オルコット伯が三歳の娘の縁談が決まった後、何も対策をしなかったとも考えにくい。さすがに襲撃等の話は表に出ないので分からないだろうが、パメラディアの妻が並のメンタルでは務まらないだろうという事は想定範囲内だろう。自らすべてを放棄した母は例外だろうが、身分、歴史、富、名声……それらに対し受ける嫉妬は、立場が強くなれば強くなるほど大きくなる。だからどの方面かは別として、ある程度の度胸は備わっている……と思われる。そう思おう。


「……だとしたら……それより問題になるのは……そうね、そうだわ……」

「……お嬢様?」

「いえ、今、ふととんでもないことに気が付いてしまいました」

「へえ、どんな?」

「………お兄様はお言葉が非常に少ないのですが……お姉様とどう会話なさるのかと思って」


 それを聞いたロニーは何の冗談をとばかりに「あはは、それは流石に喋りますでしょ」と言ったが、徐々に首をひねり始める。


「俺、十文字以上のサイラス様の言葉を聞いたことない気がします」

「いえ、さすがにそれは無いと思うけど……謎ですわね」


 兄が女性相手に饒舌になるということは想像出来無い。しかし稀ではあるものの、あの叔母を焦らせるド直球の言葉というスキルを発揮する事がある。だからコミュニケーションが取れないわけでは無いし、例え言葉少なくとも父母のような仲にはならないはずだ。そうであれば良い。仲が良いことは大切なことなのだから……と、コーデリアが思っていると部屋にノック音が響いた。エミーナが茶菓子を持ってきてくれたのだろうかとコーデリアは「どうぞ」と返す。そして現れたのは……長兄だった。


「コーデリア」

「サ、サイラスお兄様!!」

「済まない、驚かせたか」


 指を折り曲げながら文字数を数えているロニーを視線で制しつつ、コーデリアは急ぎサイラスを出迎えた。ここに姿を現したことが無い兄が、まさか噂をしていた時に限って登場するとは思わず、心臓が跳びはねて驚いている。兄は相変わらず特に表情がなく、父を若くしたような姿である。


「どうなさいましたか」

「王都にクリスティーナが来ている。建国祭のためだ」

「あら、お久しぶりでございますね」

「建国祭が終わってもしばらく滞在する」

「はい」

「王都を見たいと言っている。彼女の侍女は王都に詳しくない。エミーナを借りてもいいだろうか」


 兄の登場だけでも驚いたが、タイムリーな話題が重なってさらに驚く。けれど同時に納得もする。なるほど、それなら確かにエミーナ以上の適任はいないだろう。エミーナは王都に慣れているし、元令嬢。見る目もあり、貴族の感覚も良く知っている。慣れない地で不安もあるだろうクリスティーナにも心強いだろう。


「構いませんわ」

「……」

「あ、あの、何か?」

「お前も話し相手になってやってくれ」


 あえて言われたことにコーデリアは少し驚いた。

 一応会えばいつも話をする仲ではある。もちろん十歳の差があるため多少なりとも互いに遠慮はあるし、そもそも彼女は兄に会いに来ている。だからコーデリアとて長々と話す訳ではなかったが、そのことに疑問を抱いたこともない。むしろ普通だ。だから今回に限ってどうしてだろう……と考え、一つしかない理由にたどり着いた。


「お兄様はお仕事……でしょうか?」

「ああ」


 端的な理由であった。建国祭が終わった後なのだから雑務が色々積み重なっているのだろう。コーデリアは「かしこまりました」とそれを受けた。


(でも……久方ぶりに会えるかもしれない婚約者に会えないのは、お義姉様も残念かもしれないわ)


 クリスティーナが無理な事を願うような人ではないことはわかっている。だから表面に浮かべることもないだろう。けれど全く残念に思わないわけでも無いと思いたい。むしろそう思われていないなら、兄と義姉の仲は全く以て良好の欠片もない。それは辛い。


(で、でも逆に考えるのよ。これはチャンスよ。私もお義姉様とは数年を一緒に過ごさせて頂くのですもの。私を知っていただく機会にも、お義姉様を知る機会にもなるわ)


 そう考えると、兄や義姉には悪いが良い機会が巡ってきたとも考えられる。実に素晴らしいではないか。ついでに……その王都見学の機会にぜひ自らも乗ってしまいたい。


「お兄様、お義姉様の王都見学、私も是非ご一緒させていただけませんでしょうか」

「………」

「そうすればたくさんお話させて頂けますわ」


 コーデリアの問いにサイラスは少し黙った。何かを考えているようだが、表情が変わらないので良く分からない。やや間を置いてから彼は無表情のまま口を開いた。


「お転婆が過ぎる事がなければ、私は構わない。あとは父上と、クリスティーナ本人に許可を求めてみればいい」

「……かしこまりました」


 過ぎたるお転婆とは、どの行動の事を指しているのだろう。

 いくつか思い当たる行動はあるが、長兄にまで知られているつもりはなかったのだが……さすがは次期当主ということなのだろう。若干心臓に汗をかいた気がした。


「ああ、そういえば……お前はクライヴ・レイフ・イームズという名前に聞き覚えはあるか?」

「え?ええ、お名前だけなら……イームズ侯爵の御子息でございますよね?お話したことはございませんが、留学から戻られたとの噂はお聞きしたことがございます」


 突然出てきた名前に聞き覚えが無い訳では無い。しかしその名はコーデリアの知り合いではない。年も少しだけだが離れている。何故そんな人の名前が出てくるのだろうとコーデリアはやや首を傾けながら返すと、サイラスは随分納得した表情になった。どういう意味なのだろう。


「先日城でお前がどういう人間なのか尋ねられてな」

「どうして私の事を?」

「解らなかったから尋ねた。が、お前が話したことが無いなら想像がついた。下調べの一環かもしれない、とな」

「……下調べ?」

「イームズ家の御子息はフラントヘイム家のご子息同様、王太子殿下に近しい方だ。もっともそれは最近の話……留学から戻られた後のことであり、多少年齢が上であることから本人はお目付け役のつもりらしいが」

「その方がどういうおつもりで、何の下調べを?」

「次期王妃候補……つまり王子の妃を見定めようとしたのかもしれないな」


 あっさりと言うサイラスにコーデリアは頬をひきつらせそうになった。後ろでララが上げた「わぁ」と驚きの声とはまったく対照的な気分である。


「あ、ありえませんわ」

「有り得ない事ではないだろう。家柄と年齢を考えればお前の立場は候補者の中では上位で有る事に違いない」

「ですが……、そうです、殿下はあのヴェルノー様と仲が宜しくていらっしゃいますわ。恋愛事に関してはフラントヘイム家のように御自由でいらっしゃるかもしれません。心を決めた方ならば、例え市井の者でも迎え入れられるかと」


 あまりに唐突な自体に対し急ぎ発した言葉は出任せだ。けれどその言葉自体は間違いではないとコーデリアは思っている。確かに言葉の半分は希望であるが、残り半分は前世の知識からの予想であるのだから。

 ヴェルノーの影響かどうかまでは定かではないが、少なくとも『ゲーム』の王子は身分を重視していなかったはずだ。ヒロインは確かに伯爵令嬢なので、その事実だけを見ると説得力に欠けるかもしれない。しかしヒロインと王子の実は出会いは彼女が伯爵令嬢になる以前に遡る。物語中でも回想カットが細切れにちりばめられていたが、エンディングでは彼は実は伯爵令嬢となる前からヒロインに惹かれていた……つまり市井で暮らしている彼女に惚れたというエピソードが披露されていた。それは互いに認識し合っているエピソードではなかったが……。確かあれはヒロインが伯爵家に住まいを移す前であったので12,3歳の頃だろう。


(という事は、もう少しすれば私も彼女の姿を見ることになるのかしら。もう王子はヒロインを見た頃かしら……むしろもう喋って仲良くなってくれていても助かるんだけど、って、今はそうじゃなくて)


 余計な事を考えはじめた自分の考えを横に押しどけながらコーデリアはしっかりとサイラスを見た。真っすぐ見ないと運命に流されるような気がしたのだ。もっともコーデリアの様子にサイラスの表情が変わる事は無かったが。彼はあくまで淡々としていた。


「例え殿下自身がお探しになるとしても、妃に求められる水準が変わる訳では無い。いずれ王妃なるのであれば礼儀作法や外国語や政治学、法律をはじめとしたあらゆる教養に通じていなければならない。知識と振舞いは剣にも鎧にもなる。欠けていれば貴族に足元を掬われかねないし外交にも影響が出かねない。それが分かっているからこそイームズ家の御子息は年近い令嬢のことを探っているのだろう。もっとも、それは殿下の目を疑う行為でもあるのだが」

「………」


 兄の事実を並べただけの言葉にはコーデリアも「正論ですよね」としか思えなかった。

 ある程度の教養はどの令嬢も受けてきているだろうが、徹底的に叩きあげられた令嬢がどれほどいるかは疑問が残る。無論ある程度の基礎教養を受けているのであれば伸びしろに期待する事も出来るが、既に身につけている知識が既にあるのであれば安定した結果が期待できる。いわば優良物件の判が押されるだろう。


(……まあ、恐らくイームズ様は優れた令嬢を探している訳ではないでしょうね。逆に頭が足りない令嬢を弾こうとしていらっしゃるという方が正解かしら。万が一ちょっと望ましくない令嬢を王子が求めても、荒を他に進言することでそれを妨げることが出来るはずだもの)


 多少年上とはいえ少しの年齢差で目に映る人の姿が変わるのかコーデリアには分からなかったが、彼がお目付役のつもりでいるのであればそう考えてもおかしくない。だったら是非と私も候補から弾いて欲しい――そう思うが、頭が足りないグループに認定されるのも少々困る。阿呆の認定を受ける為には相応の振舞いが必要になり、それは自らの評判を落とすことに直結する。残念だが諦めざるを得ないイベントだ。

 そんな事を考え黙り込んでしまったコーデリアにサイラスは「まぁ」と言葉を続けた。


「あり得ない事ではないとはいえ、個人的には今お前を王宮に嫁がせることにメリットは感じていない。我が家には既に公爵家との繋がりも有る。そもそも目に留まりやすい立場とはいえ、お前自身が殿下に興味を持っていない。そんな相手に殿下が興味を抱くとも思わない。故に候補の域を出ないだろう」

「……そうでございますよね」


 長文でも淡白な声色の兄が「例え嫁いだとしても致命的なデメリットも無いだろうが」と言っているのは聞こえなかった事にして、コーデリアはほっと息をついた。

 そうだ。それでいい。あと数年……いや、もしかしたら既に正当なお相手が現れているのであれば懸念も解消されるだろう。次期当主が自分の最悪なケースを望むどころか「どうでもいい」とばかりに言ってくれているのだ。恐らく父も近い考えでいてくれているだろう。


 しかしやっとこれで息もつける……とコーデリアが思った瞬間、サイラスは「今更だが」と再び口を開いた。続かないと思っていた兄の一言でコーデリアの背筋は今まで以上に伸びる気がした。今度は何を言われるのだろう。一番苦手な話題の後ではそんな緊張が嫌でも走る。


「お前は幼い頃に面白い発言をしたと聞く。まだ父上に嫁ぎたいのか?」

「……え?ええ。お父様のような男性がいらっしゃれば、嫁ぎたく存じますわ」


 唐突な言葉にコーデリアは拍子抜け、やや戸惑った。

 同時に出来ればこの場では尋ねて欲しく無かったなあ……と、コーデリアは思う。その発言自体を取り消したいとは思わない。むしろ気持ちとしては推奨してもいいくらいだ。だが……何だか背中にロニーから生温かい視線を受けている気がする。“お坊ちゃま”の仕返し……等、彼は思ってはいないのだろうけど、そういう気分だ。

 だからさすがに父親に嫁げるとは思っていないと言いつつも、コーデリアはサイラスの言葉を否定しなかった。サイラスはそのまま質問を重ねる。


「ならばお前は夫を自らで選びたいと思うか?」

「え?」

「一般論として聞きたい」

「私が一般論を語るのは難しいと思いますが……兄上は、どうしてそれをお知りになりたいのです?」


 いつもより良く喋り、なおかついつもと違い雑談に近い話をする兄を不思議に思いながコーデリアは質問で返した。質問に答えられればいいのだが、残念ながら前世の価値観が混ざり合って『一般』とは言い難くなっていると思うのだ。

 だがコーデリアの質問返しにも兄は特に迷った様子を見せずすぐに返答した。


「クリスティーナはどう思っているのかと思ってな。お前が父にそう言った年に彼女は私と婚約した」

「あ……」

「私は城に行く。時間をとらせたな」

「あ、はい」


 この時間に家にいるのだから、今日は恐らく非番ではあるのだろう。けれど建国祭の直前だ。今から城に行くと言うのだからやはり忙しいのだろう。


(……私にはお義姉様だけではなくお兄様の気持ちも分からないけど、忙しい合間にもお兄様がお義姉様の事を気にかけてらっしゃるのは何となく分かるわ)


 結局のところ、最後は本人たちの話し合いにはなると思う。けれど、少しでも手助けが出来るのなら。


「……ちょっとだけ張り切らせてみますか」


 しかしまずは後ろで「俺サイラス様がこんなに喋ったら明日雨になるんじゃないか」等と真剣に言っているロニーの足を踏みつけるほうが先だろうか。ロニーのことだから言っても聞かないとは思うのだが、せめてもう少し兄の足音が遠ざかってから言って欲しい。それは心の平穏の為に大切なことであるはずだから。




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