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第二十幕 直往邁進、誤認の恋敵

 そして数日が過ぎ、あっという間にやって来たヘーゼル嬢の誕生日会当日。


 ここまで気乗りがしない外出は初めてかもしれない等とコーデリアは思いながら、迎えにやって来たフラントヘイム家の馬車に乗り込んだ。別に迎えを頼んだわけでは無かった……寧ろヴェルノーとは別々に行って会場で少し話す程度の距離感で良かったのだが、彼の「別に行ったら意味がない」という主張に押し通された結果がこの通りである。


 ヴェルノーは馬車の中で当然のようにコーデリアに言ってみせた。


「だって、ディリィは別々に行ったら俺に近づく気がないだろ」

「まぁ……お約束は致しましたし、全く話すつもりがないという訳ではございませんが」

「それだと俺がヘーゼル嬢から逃げられない。意味がない」


 成程、コーデリアがヴェルノーを知るのと同様にヴェルノーも随分コーデリアの思考回路を理解している。確かに引き受けたとはいえ、してやられた感じがしなくもない今回の依頼だ。最低限のお約束で済ませたいというのがコーデリアの本音でもある。ヴェルノー自身も多少無理を言った自覚はあるのだろう。お迎えには保険の意味合いもあったのかもしれない。実際堂々とした発言とは裏腹に彼の視線は落ち着きが無く泳いでいる。その姿はヴェルノーがそれ程にヘーゼルを苦手としていると示していると同時に、いつもの飄々とした様子より幾分も年相応だ。その様子を見ていると多少嫌々な気分も和らぎ、「やはりヴェルノーにも子供らしい可愛い所もあるのね」等とコーデリアが感じてしまうのもある意味仕方がない事だった。

 いずれにせよ約束を反故にするつもりもない。元より一緒に行くというのが約束だったのだから、道中くらいオマケだと考えば大した事も無い。そう、若干姉のような心地でつい気を緩めてしまったのだが……それは失敗だったとすぐに後悔してしまうことになる。


 いや、そもそも一緒に行こうが行くまいが、最終的にヴェルノーの隣に立ちヘーゼルに会った時点で途中過程に関わらず結果は同じだったのではないか。そうコーデリアは依頼を受けた時点の自分にため息をつきたくなった。


 なぜならコーデリアは一目で本日の主役であるヘーゼルに獲物として捉えられていたからだ。


「ヘーゼル様。本日のお招き、ありがとうございます」

「コーデリア様、よくおいでくださいました。楽しんでくださいませ」


 白い花の咲き誇るヘイル伯爵家の客間の一室……というには少し広すぎるこのホール。

 コーデリアはそういった挨拶を済ませた後もヘーゼルの熱い視線を受け続けていた。もちろんそれはどう見ても好意的なものとは程遠い、想像以上のぎらぎらとした視線であった。


 コーデリアは心底思った。ヴェルノーの隣が辛い。思わず顔をそむけたくなる勢いで、辛い。というよりも、刺さるようで痛い、と。笑顔で迎えられているはずなのに、目だけが笑っていない……そう感じた。


 ヴェルノーはそんな様子を理解しつつ、気づかないふりを続けている。若干頬がひきつっている気もしなくはないが、彼の目論見は一応成功したのだろう。若干ほっとした様子であることも隠せていない。やはり彼は可愛いだけの子供ではなかった……などと後悔しても後の祭りだ。ヘーゼルはヴェルノーよりもコーデリアに意識を集中させている。今もヘーゼルのダークグリーンがかった瞳は完全にコーデリアを標的にしていた。痛すぎるその視線にコーデリアの頬も痛くなるばかりである。


(……やはりヴェルノー様に同情なんてしないほうが良かったかもしれない)


 私の事は気にしないでヴェルノー様を見て!とコーデリアは心の中で真剣に思うが、その願いはヘーゼルに届くことは難しいだろう。いや、全くヴェルノーの方も見ていないという事は無いが、見たとしてもすぐにコーデリアを見て瞳を燃え上がらせるのだ。……うん、これ、絶対勘違いされてますね。コーデリアの頭の中にはそういったやけに冷静な幻聴が響いてきた。


 しかしここまで強い視線を受け続けると無視することもできないのが実情で。コーデリアは渋々彼女と視線を合わせた。そしてできるだけ表情はにこやかである事を心掛けながら、コーデリアはヘーゼルの方をにこりと見やった。


「いかがいたしましたか?ヘーゼル様」


 無論これはヘーゼルの視線に耐えきれなくなったから……では無い。ただ、あれほどの視線を受ながら無視を決め込んでいては自分の評判が落ちかねないと判断したからだ。ヘーゼルの主観は知らないが、周囲にお高く留まっているなどと言われてはたまらない。周囲にはこれから顧客になってくれるだろう人物も多いのだ。コーデリアとしては穏便に済ませたいところである。だが当然そんなコーデリアの複雑な胸中など知る由もないヘーゼルは目を輝かせ……いや、光らせた。そしてコーデリアが若干後ずさりたくなるほどの眩しい笑顔を見せてくれた。


「突然ですが、コーデリア様は馬にはご興味はおありなのよね?」

「……馬?」

「今度、競技会がありますの。女性の参加にも制限はないのだけれど、年少の部は女性が本当に少ないと聞いておりまして……ご興味あるなら、一緒に参加されません?コーデリア様も綺麗な馬に乗られるとお聞きしていますわ。同年代で競い、互いを高めあうのも良いことだと思いますの」


 コーデリアは彼女の発言には少し驚いた。一つはヘーゼルが乗馬を嗜んでいるとは知らなかったからだ。そしてもう一つは自身が乗馬をしていることも伝えてはいなかったので、それを知っていたことに驚いた。どこから漏れたのだろう?そう思いながら何気なくヴェルノーを見やれば、彼はごく自然に顔を反らせた。なるほど、どうも原因は彼らしい。何らかの拍子に話したのだろう。余計な話をしてくれたなと心の中で青筋を少し立ててしまう。しかし今ここで喚くわけにもいかない。さて、どうするか。コーデリアは頭を回転させる。競技。それは今まで考えたこともない話である。だがら当然その勝負を受けて立った所で勝負になる訳が無いだろう。馬が好きであってもコーデリアは競技のルールなど知らない。そもそも今からその競技会に向けて打ち込んだ所で時間が足りないだろう。薬草を扱うことを優先するコーデリアが間に合うとは思えなかった。


 だが、ここで断るにしても単に背中を向けるだけではパメラディアの令嬢として少々物足りないだろう。それなりの理由を口に出来なければ、周囲にはヘーゼルに気圧されたように見えてしまうかもしれない。コーデリアは頭を回転させ、そしてにこやかなままゆっくりと答えた。


「私はあまり競技は詳しくなくて……でも、お兄様の遠乗りには時々ご一緒させていただいていますわ」


 少し眉を下げながらコーデリアは発言したのだが、その発言はヘーゼルよりも周囲の少女たちの騒めきを誘った。こそこそと少女たちが近くの友人と話しを始める。そんな中、一人の少女がコーデリアに話しかけた。


「あ、あの、コーデリア様……それは、サイラス様ですか?それともイシュマ様……?」

「イシュマお兄様ですわ。サイラス兄様はお休みの日は領内の資料に目を通されていることが多いですね」


 コーデリアの声を聞いていた数位人がきゃあっと黄色い声を上がる。声は上げずとも顔を赤らめている少女もいる。

 ……ずいぶん人気なんだな、お兄様達!こんな小さな子供にまでファンがいるとは!!と、コーデリアは思ったが、しかしヘーゼルには余計に闘志を燃え上がらせてしまったようだった。しまった、会話の主役をとってしまったからか……と思ったが、ヘーゼルは静かに震える声で「では、私も遠乗りを覚えますわ」とコーデリアに宣言した。当然『え、でもどうして?』と、コーデリアは思った。意味が分からない。まさかヘーゼルも兄と遠乗りに出かけたいのだろうか……と思ったが、きっと睨むような瞳のヘーゼルはどこか悔しそうで。


「同じ舞台に立たなければ私の乗り手としての力が、貴女に伝わりませんものね。きっと遠乗りも貴女に出来て、私に出来ないということはありませんわ」


 そう自身を落ち着かせようとしながら言うヘーゼルに、ようやくコーデリアはその言葉の意味を理解した。なるほど、どうやら間違いなく勝負を挑まれているらしい。遠乗りに勝負などあるのかと言いたくもなるが、彼女にすれば相手が出来て自分が出来ないという事はたまらなく悔しいことであるようだ。自らの有利な舞台を潔く捨て、相手の土俵に上がろうとするとは非常に度胸のある令嬢だ。視線は怖いが、好感を持ってしまう……等とコーデリアが思った次の瞬間、ヘーゼルはコーデリアに近づいた。そしてコーデリアの耳元に一つの声を落とした。


「だから、ヴェルノー様は渡しませんわ。私は貴女に勝って見せますわ」


 それは可憐な少女には似合わぬ地を這うような声で、まるで戦いに出る兵士を連想させる声だった。コーデリアはいろんな意味で固まった。コーデリアのヘーゼルに対する好感度等ヘーゼルには関係ない。これは完全にヘーゼルから恋敵として認定されてしまっているのではないか。それより何より問題なのは、本当にコーデリアがヴェルノーを好いていると思われていることである。


 いや、……それはこの場に来た時点で、ある程度は覚悟していた事なのだけど!


 ここでもしも『誤解ですよ、ヘーゼル様』と言えればどれだけ楽なことだろう。けれど彼女は既にコーデリアから体を遠ざけてしまっており、彼女に声を届けるには普通に会話をするしか手立てがない。しかし彼女がわざわざ近づいて宣言したということは周囲に知られたくないような事柄であるのだろうから……いくらコーデリアが彼女の誤解を解きたいと思っても、そのようなデリカシーに欠ける行動はとりたくなかった。もっとも、ヘーゼルの行動自体で周囲の大半は彼女の想いなど気づいてしまっている気がしなくもないが。


(……かといって、自身を渦中に放り込むのは好みではないのだけれど……)


 仮にヘーゼルが嫌な少女であればある意味気が楽であるかもしれない。だが、この通り……多少裏表はありそうであるが、コーデリアに対して彼女は真正面からぶつかってきた。これを受け流そうとしても後々倍になって返ってきそうである。それはそれで怖い。


「……凄いのに目を付けられたな」

「まるで他人事のように仰いますね」


 いつの間にか友人らしき少年達と遠巻きに見ていたらしいヴェルノーに、音声は恨みがましくなく、けれど釘をさすようにコーデリアは言った。仮にヴェルノーだけなら恨みを込めたかもしれないが、それを初対面の少年達がいる前で見せるのは少々みっともない気がする。いや、確実にみっともない。だから代わりに笑顔で応じる。


「はじめまして。私はコーデリア・エナ・パメラディアと申します」


 その一言だけで、ヴェルノーの左右にいた少年たちは固まった。……固まった?

 コーデリアは首を傾げた。声が聞こえなかったわけではないだろう。けれど固まられるようなこともした覚えがない。辺りに何かがあって驚いたのだろうか?そう思って周囲に少し目配せしても、特に変わった様子はない。

 どことなくそわそわとしている少年たちに一体どうしたのだろうかとコーデリアが困惑していると「自己紹介」とヴェルノーが少年らを小さく小突いて小さな助け舟を出した。少年たちははっとしたように「あの、僕はクリフトン・ハックです」「マイルズ・ガネルです」と口々に己の名を口にした。なるほど、ハック伯爵家の御子息とガネル子爵家の御子息であったらしい。ハック伯爵家の領地は造船事業が盛んな土地であり、ガネル子爵家は元々貿易商から成功した家柄のはずだ。さすがヴェルノー、友人の幅も広く豪華だとコーデリアは思った。そして同時に自分の知らない世界を知るだろう彼らに興味を持たずにはいられなかった。


「クリフトン様は海でお船には乗られたことがございますか?私、まだ海を見た経験はございませんの」

「ええ、もちろん乗船しておりますよ。海は僕にはとても近い存在です。宜しければお教えいたしましょうか?」

「ええ、是非お願いしたいですわ!」

「あの、コーデリア様!パメラディア領の木材は海外からも注目されております。是非私に詳しく教えて頂きたく思います」

「えぇ、もちろん。我が領土の木材を見ていただけるなんて、嬉しい限りですわ」


 とても優しく、そして真面目そうな少年たちにコーデリアの頬は緩む。彼らの表情は、先程までヘーゼルから受けていた痛い視線を忘れさせてくれるような、はにかんだ癒される笑顔だ。

 しかしそうして話しが盛り上がっている中だというのに、コーデリアはヴェルノーにトンと肩を叩かれた。


「……ヴェルノー様?」

「ディリィ、今日は俺の頼みを聞いてくれるんだったよな?」

「え、ええ?」

「まあ。此処にはいないが……こうやって長話させると面白くない奴もいるだろうし……」

「?」

「とりあえず、クリフトンとマイルズと話をするのはまた今度にして、ひとまず一曲踊るか?」


 独り言のような前置きを呟いた後、ヴェルノーはすっと手を差し出した。質問するようでありながら、有無を言わせない様子である。人が楽しく話そうとしているのに何故、と、多少戸惑いはあるものの、コーデリアは「まあ、いつものことか」と、諦めることにした。


 もっともそうやって差し出された手を取る前に輝いた笑顔のヘーゼルがやって来たのは言うまでもない。どうやら彼女にとってもこれはついに見過ごせない場面となったらしい。そしてその様子にヴェルノーが一歩足を引いたのも、若干クリフトンとマイルズの少年二人が顔をひきつらせたのも、見間違いではないだろう。それでも「素敵な楽師が多いですね」と言いながらコーデリアを連れ足を進めるたヴェルノーは足を止めることは無かったが。

 コーデリアはそんな中、ふと後ろに視線を投げる。声は聞こえなかったが、負けませんわよ、と、ヘーゼルの口が動いた気がした。


(……ヒロインも彼女からの勝負を受けて立っていたのかしら。いえ、立ったに違いないわね)


 しかし仮にヒロインなら分からなくもない。相手を好いた時にライバルイベントが起こった時こそヒロインの真価を発揮するときだ。見せどころである。だが、ただの幼馴染もしくは腐れ縁というヴェルノーのために勝負を挑まれているのがコーデリアには解せない。


 ただ一つだけわかるのは面倒事に両足を突っ込んでしまったということだ。

 そして同時に、コーデリアは自らの頭が多少痛くなるのを感じざるを得なかった。


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