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幕間 初恋王子の独白

『ジル』として『ディリィ』に出会って、手紙のやり取りをして……そして初めての贈り物をもらった私は嬉しい気持ちを必死にこらえようとしていた。今は学習時間の休み時間だ。あまり腑抜けになるのはよろしくない。しかしどうしても零れる笑みを隠すことが出来ず、結果ヴェルノーに「気持ち悪い面してるな」と言われる羽目になってしまった。


「……だって初めて行った領地でお土産を買って来てくれるなんて、やっぱり嬉しいじゃないか」

「それはジルが先にバラ送ってたから気を利かしたんだろ」

「それに手紙のやり取りをしてるからだろうね、ペーパーナイフを選んでくれて嬉しいよ」

「まぁ、刃物はついてないから、縁切りしたいって訳ではないだろうし良かったな」

「ヴェルノー、妬いてるのか?」

「いや、呆れているだけだ。俺も別のもらったし」


 そういうとヴェルノーは「なんで妬く必要があるんだ」とかなり怪訝とした表情を見せた。しかしヴェルノーのそんな声何て私には結局届いておらず、私は再び手の中のペーパーナイフを眺めていた。ジル様、いつもありがとうございます。その文字がとてもうれしかった。


(コーデリアも同じものを使ってるって書いてたね)


 だが、その幸せを横から邪魔する声がある。


「ジル、お前一番大事なことを忘れていないか」

「うん?」

「ディリィの好みは騎士で、しかも嘘をつかない相手だ。身分隠している上に騎士になれないジルはどうするんだよ」


 ぐさっと現実を突きつけられた。

 まるで本物の刃で頭を突き刺されたような痛みが走る。


「どうするって……だから困ってるんだよ」


 そもそもコーデリアと話してみたいと思った原因は一目惚れだった。

 母上に連れられて行ったパメラディア家の温室で初めて見た時から、どうしても話をしてみたくなっていた。彼女は当時何かの魔術を行使しており、彼女の邪魔をしてはいけないからと母上は話しかけることをよしとしなかったが、私は彼女の纏う優しい魔力と、真剣な表情にどうしても話をしたくなったしまった。その上でたまたま仲が良くなったというヴェルノーから話を聞いているうちに、もっとその希望は強くなった。


 だから彼女が城に来てくれるよう、それとなくパメラディア家にも誘いは出していた。主にヴェルノーを通じて。城では将来国を担うであろう子供たちを集めた茶会は定期的に開かれている。やはり城内に入るというだけあり、それなりの身分を持った子弟ばかりだが、ディリィなら問題はない。なのに、来ない。だから何度かヴェルノーにも誘ってもらったが、毎度理由をつけて絶対に首を縦には振らないらしい。私は拗ねたくなった。


 正直に言えばご令嬢たちは声を駆けなくても寄ってくるものだと、今まで少々認識間違いをしていた。少し恥ずかしい自意識過剰だったと気づいたのはディリィのおかげだ。


 まあ、そういう反省は横に置いておくとしても、結局我慢が出来ず直接パメラディア伯爵に声をかけたこともあった。しかしやはり断られた。娘は人見知りですのでとやんわりと。必要でしたら警護に息子をやることはできますがとも言われたが、サイラスもイシュマも普段から警護してもらっているようなものなのであまり日常に変化がない。……つまりそれを望んでもコーデリアは来ない。


 ヴェルノーに聞いた話だとコーデリアは物怖じしない性格だという。だったら何故会えないのだろう……そう思っているとき、ヴェルノーから提案を受けた。

 一度会いに行ってみませんか、と。ヴェルノーの得意とする変化の魔法と逃げ足の速さならそれが可能である、と。そして私は初めて城を抜け出した。


 その結果出会えたコーデリアという少女は、物怖じするどころか非常に勇敢で果敢でキラキラした少女であった。


 あの場でシルヴェスターだと言えたら、どんなによかっただろう。

 ヴェルノーの魔力を使った自分の変化の姿はただ一つだけ。将来にわたって使うかもしれない変化の姿を、初めてであった彼女に告げるわけにはいかなかった。だからヴェルノーが告げた「ジル」になった。


 だが……それが今となっては、つらい。


「……やっと、手紙のやりとりもスムーズになってきたのに、ジルが私でしたと言うのは……。うそだと思われるのは、つらいし、接点がなくなってしまう」

「接点っていっても手紙だけだし、それも俺が毎回伝書鳩させられてるけどな」

「そもそもシルヴェスターだとは名乗りにくいんだ」

「まあ、明らかに避けられてるしな」


 あれは絶対恥ずかしがってる訳じゃない。そう私も理解できていた。理由はわからないが、避けられている。……だが、人から言われる場合受けるダメージ量はなぜか増える。

 腕を組み、しみじみという言うヴェルノーはこちらの精神力をとことんそぎ落とそうとしているのだろうか。


「別にジルで焦らなくとも、十年も経たずに夜会で顔を会わすだろうに」

「普段からあってるヴェルノーにはわからないんだ。例えば十年後、彼女が婚約者を連れていたらどうするんだ」


 今はもっと話してみたいという望みがあるだけだ。遠慮はそうない。だがその時すでに彼女に婚約者がいたのなら……そう考えるだけで気が重い。気軽に話しかけるのは良くないことだろう。ヴェルノーに「それもう完全に惚れてるだろ」と言われても耳に入ってこない。


「あー……ないと思うけどな。伯爵、娘に甘そうだし」


 もちろんこのヴェルノーの言葉も私の耳にまで届いてこなかった。どうやったら彼女に近づけるんだろう。今はそればかりが頭を巡る。


「そういえば、ディリィにきいたことあるな、殿下のことどう思うかって」

「彼女は何て……」

「興味ないって言ってた。国王の治世は素晴らしい、とも言ってた」


 確信した。ヴェルノーは絶対にこちらの精神力を試しに来ているのだと。

 しかし……納得できてしまうのは、実際にその可能性を私自身が考えているからだろう。こんなマイナススタートから、どうスタートラインに立つことができるんだろう。騎士になれないなら、せめて騎士くらいの強さを身に着けるべきだろうか。それとも伝説の騎士とも呼ばれる伯爵のように知識と武術の両方を身に着けるべきなのだろうか。それとも父上のように、立派な政を行えるようになれば振り向いてもらえるのだろうか。


「………」

「ジル?」

「ヴェルノー。ちょっと付き合ってくれ」


 どうも、じっとしていることが出来そうにない。

 そう思いながらヴェルノーを見ると、彼は肩をすくめて「はいはい、わかりましたっと」と既に木刀を手にしていた。行動が読まれているようで少し悔しかった。


 だからせめて手合せでは負けない。そう、私はちっぽけなプライドに誓った。

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