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第112話 さよならおっぱい その5

 その日も僕は寝ているんだか起きているんだかはっきりしない朦朧とした状態ではずみ車を回し続けるハムスターのごとく終わりのない不毛な自問自答を繰り返していた。


「ムネスケ、起きてるか? 入るぞ」


 葉擦れのようなかすかな声と共にドアがそっと開き、思考の水車が一瞬だけわずかに止まった。明らかに来訪者は魔王だったが、明らかにいつもと様子が違ったのだ。だが、何がと言われても、壊れかけた僕の曖昧な頭脳では、何も答えられなかった。


 そもそもこの部屋はたとえドアを全開にしても光が入りにくく、昼間でも物の見分けがつきにくい。まして、外の様子だと、どうやら今は夜更けのようだった。普段の僕だったら、【何故わざわざこんな時間に来たんですか? ひょっとして夜這いですか? だったら匍匐前進してこないと駄目ですよ】とか余計なことを言ったに違いないけれど、残念ながら何も言葉が湧いてこなかった。


 魔王は無言で一歩ずつこちらに近づいてくる。その姿を僕はぼんやりと眺めていた。だが、輪郭が明らかになってくるにつれてわかったことがある。魔王はその身に何一つまとっていなかった。


【……!】


 数日ぶりに僕の心の鏡のように凪いだ海面に波が立ち、声が漏れそうになる。だが、外に出るまでは至らなかった。魔王の白い肌は漆黒の闇の中でまるで燐光を放っているように、薄らと輝いて見えた。ふっくらとして、なだらかで、すらっとして、正に女らしく、そして美しかった。腰まで達する長い銀髪が彼女が歩くたびにさらさらと揺れ、銀河のように星をまき散らしてきらめいた。


 そして魔王の顔は、金の瞳に熱をたたえ、唇を引き締め、何か重大決心をしたかのごとく、いつになく悲壮感に溢れていた。これから一体何が起こるのか、僕には見当もつかなかった。


「ムネスケよ、そなたにはどれだけ謝罪してもし足りないほどひどいことをしてしまった。その罪はとても言葉では言い表せない。だからこうして、我が身一つでここに来た。わかってくれとは言わないが、我が思いを感じて欲しい」


 そう言うなり、魔王は悲しげな表情を浮かべると、その両腕で僕を抱きしめた。


【……!】


 凍り付いていた僕の心に、ごくわずかだが亀裂が生じる。いくら絶望と死の淵にあっても、身体とは不思議なもので、外界の刺激に反応してしまうのだ。そして僕は一つだけ悟った。僕に接触する魔王の動悸がかつてないほど速まっていたのだ。


挿絵(By みてみん)

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