第91話 番外編:弟専用ASMRトラック2「時を止められる弟は実在した!」
「なんぞこれ?」
日課のランニングを済ませ部屋に戻ると、いつの間にか机の上にストップウォッチが置かれていた。何故かゴチャゴチャと机を占有している女性用の小物を片付ける。ここは俺の部屋なのにどうして……。
しげしげとストップウォッチを眺めてみる。なんならカチッと押してみるが、なんの変哲もないただのストップウォッチだ。もう一度押してカウントを止める。
もしかして悠璃さんが一人で10秒チャレンジでもしていたのかな?
幾らなんでも、そんな寂しいことはしていないと思いたい。もー仕方ないなぁ。俺が一緒に10秒チャレンジをしてあげるよ。
試しに何度かやってみるが、全て10秒ピッタリだった。どうよ、俺にかかればこんなもんさ。
そんなことを思っていると、ストップウォッチと一緒に置かれている便箋が目に入る。華美なものではなく、質素なデザインの紙に女性らしい筆跡で何か書かれている。
「時を止められるストップウォッチ?」
なにそれ? マジックアイテムか何か?
どうやらこのストップウォッチ、如何にもゲームとかで登場しそうな謎のアイテムっぽい。
入手しないとダンジョンを攻略できなかったり、ボスを倒せなかったりするのだろうか。他に真実の姿を映し出す鏡とかもありそう。
一向に腑に落ちないものの、そんな余計なことを考えつつ読み進めていく。どうやら「時を止められるストップウォッチ」の詳細が記載されている取扱説明書のようだ。
「え? ガチで時を止められるの? ――もしや、本物!?」
特級呪物じゃねーか! 何故そんなものが俺の部屋に!?
もしや母さんか姉さんが偶然入手してしまったのだろうか。そして現在、処分方法に困っていると。
こうしてはいられない! 急いで財団に連絡しないと! 今すぐ収容が必要だ。この先、どんな災いが起こるか分からない。時を止められるストップウォッチなど、人類にはまだ早すぎる。この世に存在してはいけないアノマリーだ。
恐らく、この時を止められるストップウォッチは、歴史上数々の大事件に関わってきたはずだ。もしやあの世界的暗殺事件や、国内の未解決事件もこのストップウォッチが引き起こした可能性が……?
一人焦っている俺の心境など全くお構いなしに、取説には悪魔の誘惑が書かれている。
「まずは最初に出会った女性に使ってみましょう? 貴方の欲望赴くまま悪戯し放題です。――めちゃくちゃ俗っぽいな!?」
これはアレだ。恐らく力を使うことによって、ストップウォッチが人の欲望を吸収し、本来の力を取り戻していくのだろう。力を封印されている魔剣のようなものだ。もしやこのストップウォッチにはとんでもない化物が封印されていたりするのかもしれない。
こんなものが世に出てしまえば、この世界の秩序は崩壊してしまう。国家転覆。暗い未来を想像して背筋が凍る。俺の手にこの世界の命運が握られていた。
無理だ。一介の高校生には荷が重い。ただちに専門家のところへ――
「アンタ、帰ってたの? おかえり。ただいまのチューしましょうか」
カチッ
「あ」
衝動的にストップウォッチを押してしまった。
だって、突然悠璃さんが部屋に入ってくるんだもん。動揺してしまうのはしょうがない。
悠璃さんはヨガでもやっていたのか、スポーツブラにレギンスというフィットネス感満載の恰好だった。じんわり汗が滲み、ほんのり頬も上気している。
「悠璃さん? ……あの、悠璃さん?」
驚愕に目を見開く。悠璃さんの動きがピタリと止まっている。
やっぱり、この時を止めるストップウォッチの力は本物だったんだ!
「困ったわ。これじゃあ悪戯されても抵抗できないわね」
「喋ってるやないかーい」
「………………」
「思い出したように黙られても」
「………………」
静止しているが、パチパチと瞬きをしている。呼吸も至って正常だ。どうやら時を止めるといっても、生命活動は止まらず維持されるらしい。なんて都合が良いんだ。よかったよかった一安心だね。
「これからどんな過激な悪戯をされてしまうのかしら」
「しないけど」
「私、弟から辱めを受けるのね」
「しないよ?」
「ワクワク」
「期待されても」
「ドキドキ」
「キラキラとした視線送られても」
「は? するよね?」
「はい」
ガクリと肩を落とす。最早、時を止められるストップウォッチが欲望エナジーを取り込むべく、悠璃さんに何らかの悪影響を与えていることに疑いはない。
普段の悠璃さんは優しく清楚で清廉潔白な淑女だ。私利私欲とは無縁の存在。そんな大天使に影響が波及するなど、改めて時を止められるストップウォッチの威力に戦慄する。悠璃さんはストップウォッチに魅入られた憐れな被害者にすぎない。
そこで、俺は気づいた。
「普通に喋ってるし、実は時なんて止まってないよね?」
「………………」
「まるで、都合の悪いことになると急に黙るクソ女みたいなムーブをしてきたぞ?」
「………………」
どうしたものかと困ってしまう。呪物の力に取り込まれたのか、悪戯しないと解放してくれないらしい。そんなこと言っても、悪戯って何すればいいのさ?
「うーん。オーソドックスにマジックで額に文字を書こうかな」
「フルフル」
「時が止まってるはずなのに、普通に意思表示してくるな……」
「………………」
「チクショウ!」
地団駄を踏む。俺の貧困な発想力では悪戯なんて、落とし穴か教室のドアに黒板消しを挟むくらいしか思いつかない。あの黒板消しを挟む悪戯の成功率って0%だと思うんだけど、なんでこんなに普及したんだろう? 最初に発明した人は鼻高々なんじゃないか?
「汗を掻いてしまったし、服を脱がないと」
「ついに自分から誘導してきた!?」
「………………」
「え、俺が脱がすの?」
「コクコク」
「無理」
「は? お風呂に入らないと風邪ひくでしょ」
「横暴すぎる!」
「どうしましょう。動けないの。これから痛い目に遭うんだわ。横暴な私はここぞとばかりにどんなお仕置きをされてしまうのかしら。よよよ」
「………………」
「アンタが黙るの止めてよ」
「はい」
シクシク。ねぇ、本当に脱がすの?
悠璃さんはとても薄着だ。脱がすこと自体は難しくないが、精神的な難易度が高い。
「悪戯されても抵抗できないなんて悔しい! 今こそチャンス、大チャンス!」
ピタリと静止したままの悠璃さんに応援される。
絶望的な気分で悠璃さんのスポブラを徐々に上にズラしながら、俺はこの地獄フェスティバルから逃れるべく必死に知恵を振り絞っていた。
「そうだ!」
なんでこんな簡単なことに気づかないんだ俺は! 間抜けにもほどがある。この致命的な状況に陥った原因は時を止められるストップウォッチじゃないか!
はー安心した。だったらもう一度、時を動かせばいいだけじゃん。焦って損したわー。俺って馬鹿すぎない? でも、人間追い詰められると視野が狭くなるって言うけど、こういうことなんだね。いい経験になりました。これからはもっと冷静になれるようガンバリマス!
「ゴメンゴメン。悠璃さん。今、動けるようにするね」
カチッ
「いいから早く脱がしなさい。私は動けないんだから。アンタもランニングから帰ってきてお風呂に入りたいでしょ。仲良く一緒に入ろうね」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあストップウォッチが壊れてるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうううう!?」
ストップウォッチをベッドの上に叩きつける。
あぁ、負けたよ。俺の完全敗北さ。オーケーオーケー。潔くいこうじゃないか。
その後、ストップウォッチが壊れて静止したままの悠璃さんを脱がして一緒にお風呂に入ることになった。
余談だが、仕事から帰ってきた母さんにストップウォッチを使ってみると、再度時が止まった。間違いない。本物のアノマリーだ。オブジェクトクラスはケテル。そしてやっぱり一緒にお風呂に入ることになった。
「もう二度と使わないからな!」
誰にともなく自室で負け惜しみを叫ぶ。
「なら、私が使うね」
カチッ
「あ」
3巻が今月5月25日に発売となります!
性癖をズタズタに破壊していく問題作。一部設定を改変し、ほぼ書き下ろしの内容となっているので、是非お楽しみください!
★★★大お姉ちゃん回です!★★★
スイカの種飛ばし大会に向けて、スイカを食べまくっていたら服が汚れてしまったロリ悠璃さんがカワイイ!
■夏と言えば海! ということでみんな大好き水着回です!
正統派ラブコメの皮を被っています。水着と言っても同級生組は健全なので安心だね!
■とらのあなさんの特典SSは、『神代汐里は改造人間である』。
衝撃の事実
■コミックガルドでコミカライズの連載が始まっています。担当してくれるのは、いちたか先生です。是非、お楽しみください!




