第34話 「怒り」という感情
怒りと言えばメタルダー
「で、アンタどういうことなの説明しなさい?」
「九重、年上が好きなら私がいるだろう」
「他校でも問題を起こして貴方という人は――」
「ちょっとは自重しようとかないのか?」
放課後、生徒会室に拉致られた俺は正座させられている。ちょっと理不尽すぎない? 完全なパワハラである。チラリと見上げる。姉さんはハッキリと分かるほどに機嫌が悪かった。姉によるパワハラをなんというのか、とりあえずシスターハラスメント、略してシスハラと名付けてみたわけだが、これまで俺と姉さんは互いにあまり干渉してこなかった。
しかし、最近はどうも姉さんは俺にベッタリな気がする。その前も、気づいたら姉さんが俺のベッドで寝ていた。冷や汗と共に目覚め最悪であった。基本、俺は姉さんに逆らえないので言いなりなのだが、問題は姉さんだけではない。
この場には三条寺先生や担任の藤代先生、他にも生徒会長の祁堂先輩や三雲先輩、東城先輩を始め、灯凪や汐里まで集まっている。女性比率が高すぎる。危険を察知した俺は一緒に爽やかイケメンを連れてきたのが、何故か正座させられているのは俺だけだった。依怙贔屓反対!
「バスケ部の練習試合を行っただけです」
「本音は?」
「ムカついたからで……ハッ!? いや、違うんです。バスケ部の為であり、そこに何ら疑念を差し挟む余地は――」
「女の匂いがする」
「鋭すぎませんかね!?」
つい先日、俺達は対外試合でモブA達との練習試合を行った。幾ら体格に優れる大学生とは言っても、相手は真面目にやっているサークルではなくただのヤリサーである。第1ピリオドこそ相手が有利に進んだが、基礎体力の向上に努めてきたこともあり、こちらの運動量が落ちることは一切ない。第2ピリオドからは終始こちらが有利の展開が続いた。
その状況に業を煮やしたモブA達はラフプレイを仕掛けてきたが、そっちがその気ならとこちらもラフプライで応酬した結果、俺達が圧勝した。中学の頃、ストリートバスケを散々やってきたこともあり、俺はラフプレイも得意なのだった。
ズタボロになったモブA達だったが、高校生相手にラフプレイを仕掛けて潰そうとしたことに百真先輩達、本来のバスケサークルが激怒し、モブA達はそのまま連行されていった。憐れ達者でな。可哀想だが、その後どうなったのだろうか? 気にならないこともないが、相手は所詮モブである。明日には忘れているだろう。
それよりもこの状況の方が問題であった。ホント勘弁してマジで。
「どうして呼び出されたか分かる?」
「練習試合の件じゃないですか?」
「そっちはこれといって相手側から何か言われているわけではありませんし、問題ないとは言いませんが不問にします。練習試合を組んだ動機にはいささか懐疑的ですけど」
「じゃあ、何故俺はここに?」
「合コンの件よ」
「急にお腹が痛くなってきた。大腸菌が暴れているので今日はこれで」
「待ちなさい。逃げようとしないの」
立ち上がり帰ろうとすると、両脇からがっちりホールドされる。どうやら帰してはくれないらしい。ヤダヤダヤダ! ボクもう帰る! 駄々っ子になって暴れてみるが無駄な抵抗だった。爽やかイケメンは目を逸らしている。アイツの練習メニューを2倍に増やしてやる!
「なんでアンタが合コンに参加しているの? 私がいるのに」
「なんかおかしな言葉が聞こえた気がするけど、気のせいだよな」
「九重、欲求不満なら私が相手になろう。今日は大丈夫な日なんだ」
「わ、私も大丈夫ですから!」
「なにが!? 顔を赤くしているけど、なにが大丈夫なの!?」
「それはもちろん――」
「いや、恐いので答えなくて良いです」
「貴方達はまだ学生でしょう! 私が教育を――」
「ちょっと待ってください。三条寺先生。これは私の生徒で」
「雪兎、今日、久しぶりに家に来ない?」
ここは戦場であった。誰かに同意した瞬間、俺の命が終わる気がする。
「あの、だから合コンに参加したのは不可抗力であり、俺の意思では……」
「どの女の意思なの!? 素直に白状しなさい」
「いやそれは……」
「そうだぞ九重。お前には私がいるんだ。他の女に現を抜かす必要などない」
「うちの生徒会長ってこんなアレだったかしら?」
「クスクス。恋は盲目ですからね」
「それで済ますのはだいぶアレじゃない?」
なにやら盛り上がっているが、そんなに俺は悪いことしたのだろうか。俺はただ単に澪さんにお願いされて合コンに参加しただけであり、やましいことなど一切ない!
「合コンの何が悪いんだ! 別に行ったって良いじゃないか」
「は?」
「すみません、俺が悪かったです」
恐ぇぇぇぇぇぇぇえ! なにあの目!? 完全に〇スぞって目が訴えかけてたんだけど!?
‡‡‡
「というわけで散々でした」
「ごめんね雪兎君。迷惑ばかり掛けちゃって」
「いえ、気にしないでください。澪さんは何も悪くありません」
「ユキト君、あれから何もされてない?」
「はい。百真先輩から教育しておいたという連絡が来てたので、上手くやってくれたんじゃないでしょうか」
「そっか、良かった!」
生徒会室は俺にとって対策のないダメージ床並の地獄だった。なにもしていないのに徐々にHPが削られる異常な空間である。あと、女性が多すぎて姦しい匂いにクラクラしてくる。疲労困憊のまま呼び出されたカフェに向かうと、そこには澪さんとトリスティさんが待っていた。
「改めて、この前は変なことに巻き込んでごめんなさい」
「さっきも言いましたが、気にしないでください。それで澪さんに何かあったら後味悪いですし」
「わ、私は!? 私はどうかなユキト君?」
「トリスティさんも何もなくて良かったです」
「えへへ~」
トリスティさんは頬を赤く染めてニマニマしている。澪さんは俺にとって恩人だが、トリスティさんは俺かすれば加害者である。これといって大怪我したわけではないが、本人の言葉の端々から自分が起こしてしまった事故について深い後悔が滲んでいるのを感じる。俺が気にしていないのに、トリスティさんが自責の念に駆られているように見えるのは痛々しくてならない。
「でも、雪兎君。どうしていきなりあんな勝負なんて持ち掛けたの?」
「それはまぁ、本音と建て前です」
「絡まれたって言ってたよね」
「もともと他校との練習試合は考えていたんです。ちょうど良い相手だったというのもありますが、そうですね。後は、あの人達が澪さんやトリスティさんのことをモノみたいに言っていたのでムカついたというか……」
「私達の為?」
「俺がムカついただけですよ」
「雪兎君って、可愛いところあるよね」
「ユキト君、しゅき……」
良く分からないことを言い出したトリスティさんがいきなりベタベタ触れてくる。アルコール除菌液が溢れる現在、他者との濃厚接触を自ら行うとはなんて非常識な人なんだ!? と、思いながらも抵抗出来ないペットのような扱いを受けるのだった。俺は愛玩動物か?
改めて言葉に出すと自分の感情がハッキリ認識出来る。俺はムカついていたのだ。澪さんからも散々煽られていたが、実際問題そんなに目に遭うのは見過ごせなかった。それに練習試合は俺にとって、一つの感情を取り戻させてくれた。
モブA達がラフプレイに切り替えたとき、真っ先に被害にあったのが火村先輩だった。先輩はシュート打つ直前に服を引っ張られて転倒した。明らかなファールだが、練習試合で正式な審判がいるわけではない。白を切られればどうにもならない。モブA達はラフプレイを繰り返すつもりなのがありありと分かった。
俺は怒りを憶えていた。それは、俺にとって久しぶりの感覚だった。無くしてしまったと思っていた感情。中学の頃の俺なら何も思わなかったかもしれない。あの頃は、俺はただ俺の為だけにバスケを利用していた。そこに他者は存在していなかった。チームメートも試合の結果も何もかもどうでも良かった。
でも、今はどうだろう? バスケに未練や関心があったわけでもない。それでもまた再開したのは、変わりたかったからだ。無くしてしまったものを一つずつ取り戻す為だ。あの頃と違って、今の俺は一人でバスケをやっているわけではない。
倒れている火村先輩を見て思ってしまった。てめぇ、なにさらすんじゃワレェ! と。先輩が頑張っているのは高宮先輩に告白する為である。その先輩が怪我をして大会に出られないとなれば目も当てらない。俺はそうして中学の頃、最後の大会を棒に振ってしまったのだから。そんな目に遭って欲しくはなかった。
「まぁ、そんなわけで俺が勝手にやったことなので、気にしないでください」
「そんなわけにはいかないよ」
「ユキト君、何かお詫びさせてくれない?」
「あ、これ俺にとって不味い事になる流れだ」
拙者、嫌な予感ビンビン丸でござる。急にスマホが震えた。姉さんからだった。監視でもされているのだろうか? 俺の人権はいったい何処に行ってしまったのか……。
「私達と一緒に遊びに行こうよ」




