41話 わずかに触れ合う心
リュシアは、一人で涙を流して……
コンコン。
その時、扉をノックする音が響いた。
こんな時に誰だろう?
リュシアは立ち上がるのさえ億劫な気分で。
無視しようかと思ったが、相手が国の高官や貴族だとしたら、それはまずい。
今は、彼らの気分を害するようなことだけは避けなければいけない。
立ち上がり、扉の前に移動した。
内側から開けられないため、ここまでだ。
「……誰?」
「……」
返事はない。
ただ、無視をしている、という感じはしない。
どちらかというと、言葉に迷っている様子。
不思議と。
本当に不思議なことなのだけど、リュシアは、そう感じた。
理解することができた。
「誰よ……?」
もう一度、問いかけて……
「その……俺だ」
「パパ!?」
聞き覚えのある声に……
誰よりも聞き慣れた声に、思わず驚きの声をあげてしまう。
「なんで、パパが……」
「ファム……友達に頼んで、少しだけ話をする機会をもらった」
「……今更、なによ」
リュシアは、意識していないものの、ついつい刺々しい声を出してしまう。
レオンのせいだ。
パパのせいだ。
こんなことになったのは、全部、全部、全部……
理不尽な怒りとわかっていても、しかし、止めることはできない。
もしも扉がなければ、頬をはたいていたかもしれない。
ただ。
そんな八つ当たりをしても、たぶん、レオンは怒らないのだろう。
困ったような顔をして。
そのようなことをしてはいけないと、いつものように注意するのだろう。
そんな態度が、リュシアにとって……
「その……元気か?」
「監禁されて、元気でいられると思う?」
「そう、だな……すまない。無神経な質問だった」
「……パパは、なにしに来たわけ?」
「リュシアのことが気になったんだ」
「あたしは……」
助けて。
一瞬、そんな言葉が飛び出してしまいそうになる。
本当に無意識の行動だった。
慌ててリュシアは口をつぐむ。
レオンに助けを求めてなんて、たまるものか。
絶対に嫌だ。
そもそも、レオンが原因だし……
この男に弱味なんて見せたくない。
絶対の絶対に、だ。
「気にしなくてもいいわ。監禁はされているけど、牢屋ってわけじゃないし。それなりに快適に過ごせているわ」
「そうか……よかった」
「……パパは、なにをしているの?」
「俺か? 俺は……辺境でのんびり暮らしているよ」
「そ」
「その……こういう問題が解決したら、会わせたい子がいて……」
「なんでパパの都合なんて聞かなくちゃいけないのよ」
「そう、だな……」
「話はそれだけ? じゃ、帰ってくれる? たぶん、パパがここにいるのって、まずいことなんでしょ?」
「俺のことを……?」
「心配なんてしていないわよ! ただ……ここでパパが捕まったりして、あたしに変な嫌疑がかかるのが嫌なだけ。勘違いしないで」
「……そうだな。迷惑をかけてしまうな」
扉の前から気配が遠ざかる。
それを感じた瞬間、リュシアは無性に寂しくなった。
切なくて、泣きたくなった。
でも、それはなにかの気の迷い。
監禁されて心が弱っているだけで、レオンなんかに助けを求めるなんてしたくない。
そう思い直して、リュシアは、口にする言葉を変えた。
「あのさ」
「ああ」
「……ま、なにもないつまらないくだらない辺境で、適当に過ごしたら? パパには、そういうのがお似合いよ」
「そうかもしれないな」
「あたしは、また聖女に返り咲いてみせるから……それで、贅沢三昧してやるわ。パパがいないから、自由に素敵にやれそう。あー、最高ね!」
「リュシアなら、それもできるかもしれないな」
「そういうこと。だから、まあ……こういう迷惑なことはしないでくれる? さっきも言ったけど、妙な嫌疑をかけられるかもしれないの。パパは、辺境でおとなしく引っ込んでいて」
「……わかった」
小さな間。
でもそれは、永遠にも思えるほど長い間でもあった。
「では……またな」
「……またなんてないわよ。パパのばーか」
気配が遠ざかり……
足音も遠くに消えていく。
それを耳にしたリュシアは、なにも言うことはなくて。
表情はそのままで。
ただ、扉に寄りかかるようにして座り。
膝を抱えて、その間に頭をうずめるのだった。




