40話 堕ちる聖女
全て僕に任せてほしい。
そう言い、王都を発ったカリストの帰りを待っていたリュシアだったが……
「ど、どういうこと……!?」
突如、騎士がやってきた。
扉をノックもせずに入ってきたかと思うと、リュシアは、騎士達に拘束されてしまう。
「なにするのよ!? あたしは聖女よ! 聖女にこんなことをして……」
「……さきほど開かれた会議で採決が行われ、あなたは聖女ではなくなりました」
「……え?」
「これが、その書状です」
リュシア・オライオン。
この者が持つ聖女の称号。
及び権利全てを剥奪とする。
……要約すると、そのようなことが書かれていた。
「な、なによこれ……!? なんで!? あたしは、聖女で! 女神様に選ばれた聖女なのに……!?」
「今のあなたは、その聖女の能力をまともに使うことができない。それだけならまだしも、第二王子と共謀して、彼の犯罪に加担した」
「え? 共謀……加担?」
意味がわからない。
リュシアは、ついつい、ぽかんと間の抜けた顔を晒してしまう。
それを見た騎士は、ため息をこぼす。
「どうやら、本当に利用されていただけみたいですね」
「利用、って……なに、それ? ど、どういうこと……?」
「簡単に言うと……第二王子は、あなたのことを愛してなんかいない。都合のいいように利用するため、でたらめの愛をささやいていた。そして、あなたはそれに騙された」
「嘘よっ!!!」
リュシアは、悲鳴じみた声で騎士の言葉を否定した。
カリストが自分を騙していた?
愛していない?
そのようなこと、あるはずがない。
いつも優しくしてくれて、身近に寄り添ってくれて……
「……あれ?」
それ以上のことをしてくれたことは、あっただろうか?
キスは?
体を重ねることは?
キミは聖女だから、といつも遠慮されて……
肝心なところで前に進んでくれず、もどかしさを覚えていた。
それは、カリストが奥手ではなくて、思慮深いわけでもなくて。
……こんな女、抱きたくもない、と考えていたとしたら?
「……そんな……」
ようやく現実を知り、リュシアは立っていることができず、床に膝をついた。
「あなたは騙されていただけではあるものの……しかし、第二王子に言われるがまま、彼の犯罪に加担した。日頃の言動も目に余るもので、それに、隊長のことも身勝手に追放した」
「隊長……パパ……」
「情状酌量の余地はあるかもしれないが、しかし、タダで済むとは思わないことですね。その罰をしっかりと受けてもらいます」
「ま、待って!? あたしは、あたしは、本当はこんなことをしたいわけじゃなくて……あたしは、ただ……!!!」
……なにをしたかったんだろう?
「言い訳は法廷で聞きましょう。ただ今は、離宮に軟禁させていただきます。さあ、こちらへ」
「……」
リュシアは抵抗する気力もなく、言われるがまま、騎士達に離宮に連れられていった。
――――――――――
離宮の一室にリュシアは軟禁されることになった。
ただ、窓は頑丈な鉄格子がつけられている。
扉も鍵がかけられていて、中から開けられることはできない。
なにもない部屋で、なにもすることができない。
ただ、時間が過ぎていくだけ。
一人。
孤独だ。
「……どうして、こんなことに……」
ぽつりと、リュシアはつぶやいた。
思えば、全ての始まりはレオンを追放したことだ。
聖女の能力が使えなくなり。
誰も敬わなくなり。
挙げ句、離宮に軟禁されることに。
「あたしが……悪かったのかしら?」
いや、そんなことはない。
レオンは、聖女のおまけである聖騎士。
自分のおかげでその地位に就くことができた、あくまでもおまけだ。
それなのに、毎日毎日、ああしろこうしろと口うるさい。
必要以上に干渉して、自由を与えてくれない。
好きなものをくれることはなくて、嫌なものしか与えてこない。
……少なくとも、リュシアはそう思っていた。
思い込んで……思わされていた。
リュシアは、頭をかきむしる。
「あたしは悪くない、あたしは悪くない、あたしは悪くない……悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない……………………………………………………」
この期に及んで現実を認めようとせず、自身の過ちを認めることもない。
そんな彼女の心の在り方こそが、全ての間違いだ
……ただ。
「……あたしは」
ふと、リュシアが冷静になる。
ぽろぽろと涙をこぼす。
子供のように泣いた。
ふとした疑問。
考えないようにして、目をそらしていたこと。
「あたし、結局、なにを……なにをしたかったんだろ……?」
リュシアは、一人、涙した。




