36話 一騎打ちにならない一騎打ち
「まともにものを考えることのできない無能が、この僕に逆らうなっ! お前のような木偶の坊は、言われるまま僕に従えばいいんだよ!!!」
王子は怒りに突き動かされた様子で、真正面から突撃してきた。
思っていたよりも速い。
瞬時に距離を詰められてしまい、斬撃が襲ってくる。
ただ……
「甘い」
こちらも斬撃を繰り出して、王子の剣を防いだ。
力強く、剣を振る速度も速い。
ただ、技術はない。
教本通りの一撃で、特筆するところはなく、防ぐことは簡単だ。
「へぇ……なかなかやるじゃないか。さすが、聖騎士だっただけのことはある」
「あなたも、思っていた以上に動けるようだ」
「くっ……その口調、この僕をバカにしているな!?」
試しに挑発してみたら、簡単に引っかかる。
なんて単純なのだろう。
王子はさらに前に出て、次々と剣技を繰り出してきた。
最初は突き。
そこから刃を跳ね上げて、頂点に達したところで落とす。
斜めに切り上げて、次いで、横に薙ぐ。
流れるような連撃だ。
先の一撃は様子見で、こちらが本気なのだろう。
このような時になんだが、なかなか良い攻撃だと、感心してしまう。
敵を褒めても仕方ないのだが、これは素直な感想だ。
ベテランの騎士でも対処は難しいかもしれない。
しかし、侮るな。
俺は、ベテランを超えるベテランだ。
伊達に、十年以上、聖騎士を務めていない。
「はぁっ!!!」
一閃。
強引に叩き斬るような一撃を繰り出して、王子の連撃、全てを打ち壊してみせた。
「ちっ、なんてバカ力だ……少しはやるじゃないか、褒めてやるよ」
「あなたも、思っていた以上に強い。つまらない挑発をしたことを詫びよう」
今の彼は王子であり、そして剣士だ。
その剣を侮辱してはいけないと、素直に頭を下げる。
「ただ……」
「なんだ? その顔、なにが言いたい?」
「……あなたは素晴らしい技術を持つが、その剣には心がない」
剣を持つものならば……いや。
戦うものならば、誰しも、己の武器に……あるいは、拳になにかしらの想いを込めているものだ。
武の高みを目指す。
力なきものを守る。
あるいは、国に命を捧げる覚悟を持つ。
そういう想いを込めて戦う。
それこそが『武人』というもの。
しかし、今の王子にはなにもない。
剣に込められている想いはゼロ……空っぽだ。
強いて言うのならば、欲望だろうか?
ただ、そのような負の感情を込めていたら、破滅を招くだけ。
もっとまっすぐな気持ちで、『戦う』ということと向き合わないといけない。
これならば『聖闘気』を使うまでもない。
普通の状態で問題なく勝てる。
……まあ、勝つ必要はないのだが。
「高い技術を持つだけに……残念だ」
「お前は、お前はっ……ふざけるな、この僕を、訳のわからない理由で憐れむか!?」
図星を突かれたからだろうか。
あるいは、理解することを拒み、子供のように駄々をこねているだけか。
激怒した王子は、さらなる連続攻撃を繰り出してきた。
さらに加速して、刃の軌跡も鋭くなる。
しかし、所詮は心のない剣。
見切ることは簡単だ。
防いで。
避けて。
捌いて。
受け流して。
弾いて。
全ての攻撃を受け止めた。
一撃も当たることはない。
かすることもない。
「バカな……なんだ、なんなんだ……お前は、いったい……!?」
「俺は……」
と、その時。
「がんばれー、おとーーーさーーーん!!!」
ずっと見ていたのだろう。
そんな声援が飛んできた。
わずかに口元が緩む。
「俺は、ただの父親だ」
そして……
子供を守る時にこそ、親というものは最大の力を発揮する。




