35話 王国からの使者
一週間後。
ついに、その時がやってきた。
一部隊に相当する騎士達。
そして、豪華な馬車。
それらがエルセール村の前に到着した。
俺達……エルセール村の全員が表に出て、王国からの使者を迎える。
ちなみに、ファムはいない。
秘策とやらを実行するために、あの夜以来、村を離れている。
「出迎え、ご苦労」
馬車から姿を見せたのは、凛々しい顔をした青年だった。
この方は、まさか……
「殿下!?」
カリスト・ヴァン・アールヴェルグ。
神聖王国アールヴェルグの第二王子だ。
王族が使者としてやってくるなんて、さすがに予想外だ。
動揺しつつ、膝をついて頭を下げる。
他のみんなも、慌てて同じようにしていた。
「ふむ。辺境の村と聞いていたが、なかなか。きちんと礼儀を知っているようだね。躾けからしないといけないのかと不安に思っていたから、なによりだ」
王子は傲慢な様子でそう言う。
王都にいる時は、あまりいい噂を聞かなかったが……
その噂は正しいものだったのかもしれないな。
警戒を強くした。
「さて……僕は忙しい身でね。内容が内容なので、このような辺境まで僕が足を運んだけれど、すぐに用事を済ませて帰らないといけない。聖女と聖騎士はどこだい?」
「王子」
「ん? ……ああ、キミが聖騎士か。確か……レオンだね?」
「名前を覚えていてくださり、光栄です」
「国にとって大事な存在だからね、キミは。王族として、覚えていることは当然さ」
そう言うものの、どこか胡散臭さを感じた。
不敬ではあるのだが……
この方の言葉は、どこか軽い。
そして、暗い感情を受ける。
「で、聖女の素質を持つ女の子はどこだい? 早く紹介してくれないかな」
「申しわけありませんが、それはできません」
「……なんだって?」
「あの子は、この村の一員であり、家族です。いくら国からの要請とはいえ、家族を差し出すようなことはできません。どうかご理解いただき、お帰り願えないでしょうか?」
「……」
王子から笑顔が消えた。
急速に表情が冷えて、刺すような勢いで睨みつけてくる。
「聞き間違いかな? 聖女を渡さないと、僕の命令に逆らうようなことを言ったような気がするのだけど……」
「聞き間違いではありません。あの子は、連れて行かせません」
「……あのさ」
王子はため息と共に言う。
「キミはバカなのか? 言葉が理解できない低能なのか? 僕が連れて行くと言ったんだ。それは国からの命令と同じで、絶対だ。逆らうことなんて許されない」
「いくら国の命令だとしても、あなたの命令だとしても、家族を差し出せと言われて、はいわかりました、なんて従えるわけがない」
こちらも睨み返した。
ついでに敬語も止める。
ダメだ。
この人は、人として抱くであろう、当然の感情が欠けている。
家族を大事と想う気持ちを鼻で笑った。
ならば……俺の敵だ。
このような人を敬うことはできない。
王子だとしても関係ない。
「僕を誰だと思って……」
「この国の第二王子……だから、どうした?」
「……っ……」
「あの子は、家族だ。村のみんなも同じ気持ちだ。その家族を引き裂こうとするのならば、あなた達は敵だ。王子であれ国であれ……なんであれ、俺達は戦う。一切の容赦なく、一切の情けをかけることなく、死力を尽くす」
一歩、前に出た。
それに合わせて、王子が一歩、後ろに退く。
「俺達を侮るな」
「ぐっ……!?」
気圧された様子で、王子はうめいた。
これで済めば楽なのだけど、さすがにそういうわけにはいかない。
激怒した王子は、後方に控える部隊に手で合図を送る。
騎士達がそれぞれ武器を構えた。
「侮るな、だと……? それは僕のセリフだ! 初めてだ、ここまで僕をコケにした愚か者は……その傲慢を打ち砕いて、徹底的に後悔させてやろう!」
「なんでもかんでも自分の思い通りになるという考え、それこそが傲慢だろう。聖騎士ではなくて、一人の親として、意地を見せようではないか」
俺は剣を抜いた。
村人達も武器を構える。
ただ、戦うのは俺一人だ。
村のみんなの武装は、あくまでも威嚇。
真正面から激突したらタダでは済まないぞ? という誇示だ。
「殿下、決闘をしないか?」
「決闘だと?」
「俺と一騎打ちをしよう。あなたが勝てば、素直に従おう。ただ、俺が勝った場合は諦めてほしい」
「ふん。そのような勝負を受ける理由が……」
「もちろん、一騎打ちが怖いというのなら無理にとは言わない」
「……なんだと?」
「あなたは王族であり、まともな戦闘経験なんてない。鍛錬は積んでいるだろうが、所詮、時代遅れの型だろうな。きちんと戦うことはできないから、怖いとしても、一騎打ちを断ったとしても不思議なことではない。むしろ、逃げることは当たり前のことだろう。なに、恥じる必要はない」
「貴様っ……!!!」
わかりやすい人だ。
ファムから、こうして挑発すればいいよ、と聞いていたが……
こんな単純な手が、本当に効いてしまうなんて。
「いいだろう……一騎打ちを受けてやろうじゃないか」
「感謝しよう」
「ただし、約束は守ってもらうよ? キミと聖女、文句を言わずについてきてもらおうか」
「あなたが勝てば、な」
「まだ言うか、貴様っ!」
激昂した王子は、いきなり剣を抜いて斬りかかってきた。
開始の合図はまだしていないが……
まあいい。
強引ではあったものの、思い描いていた通り、一騎打ちに持ち込むことができた。
王子との一騎打ちに勝つ……必要はない。
一騎打ちに勝ったとしても、ここまで見た王子の性格を考えると、素直に引き下がるとは到底思えない。
約束は反故にして、今度は騎士達をけしかけてくるだろう。
そうなると、村のみんなを含めた全面衝突に発展してしまう。
犠牲も出てしまうだろうし、そのような展開は望まない。
一騎打ちをしつつ、時間を稼げばいい。
すでに約束の一週間は経った。
あと少し時間を稼げば、大丈夫なはず。
ファムは、時間を稼いでくれれば、あとはなんとかすると言ってくれた。
普通に考えて、そのような方法は不可能に思えるが……
俺は彼女を信じる。
仲間であり友であるファムを信じる。
俺は、俺のやるべきことをやるだけだ。
強く決意して、刃を王子に向ける。
「来い」




