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34話 本当の気持ちを

「……って言っているけど、レオンはどうする?」

「えっ」


 慌ててティカが振り向いて、ようやく俺に気づいた。


「お、お父さん……どうして、ここに……」

「なんでだろうな……本当になんとなくで、理由はない」


 なにか嫌な予感がした。

 大事なものがなくなってしまうような、そんな悪い予感。


 そして、ティカが見当たらないことに気づいて、探して……

 こうして見つけることができた。


 親子としての絆……なのかもしれない。


「お父さん、わ、私は……」

「本心なのか?」

「え?」

「村のために王国に行く……それが、ティカが考えに考え抜いて出した答えだというのなら、俺は……止めることはできない。本心からの言葉なら、どうしようもない」

「う、うん……そうだよ」


 ティカは頷いた。


 ただ……

 俺は、ティカが泣いているように見えた。


「本当に?」

「ほ、本当だよ!」

「村にいたいと、そう言っていたのに?」

「それは……そうだよ。村にいたいっていうのは、嘘じゃないよ? ただ……そうしたら、みんなが危ないかもしれない。私のためにがんばってくれているのは、すごく嬉しいけど……やっぱりダメ。国とケンカをするなんて、ぜったいにタダじゃ済まないよ……」

「そのために、ティカは王国に行くと?」

「……うん」


 ティカは、小さく頷いた。


 たくさん迷っているのが簡単にわかる。

 今、この瞬間も迷っているみたいだ。


 決意を固めたように見えて……

 でも、ぜんぜん固められていない。


「……ティカが王国に行くのなら、俺も一緒に行こう」

「い、いいの……?」

「もちろんだ。俺は、ティカの『お父さん』だからな」

「……お父さん……」


 ティカの顔が嬉しそうに和らぐのだけど……

 ただ、これで話が終わったわけじゃない。


「俺達は一緒にいられるが……村長やクライド。シェフィや他のみんな……もう二度と会えないだろうな」

「え……」

「聖女とはそういうものだ。ずっと王都にとどまらないといけないだろう。誰かが会いにやってきたとしても、身分の差で顔を合わせることはできない」

「もう……会えないの? 絶対に?」

「絶対に」

「で、でも、なにかの機会で一回くらいは、ちょっとくらいは……」

「ない」


 厳しい言葉をぶつける。

 しかし、それは現実だ。


 ティカが聖女になれば、王都の外に出ることはないだろう。

 下手をしたら、王城からも出られないかもしれない。


 ……聖女とは、そういうものなのだ。


「俺は一緒だが、他のみんなには、もう二度と会うことはできない。誰にも。それは絶対だ」

「……どうして、どうしてそんな意地悪を言うの!?」


 ティカが怒り、こちらを睨みつけてきた。


 ……俺は、いつも娘を怒らせてばかりだな。

 内心で自嘲しつつ、しかしそれは表に出さず、話を続ける。


「意地悪じゃない、事実だ。聖女になれば、ティカは、エルセール村と関わりを完全に断たれることになるだろう。未来永劫、永遠に」

「だから、そういうことを言うのが意地悪だよ!」

「なぜ怒る?」

「だって……」

「王都に行くと決めたのだろう? みんなを巻き込みたくないと、そう思ったのだろう? なら、二度と会えないくらいは当然だ。それくらいは覚悟するべきだ」

「う……で、でも、それは……」

「ティカがやろうとしているのは、そういうことだ……それでもなお、王都に行くか?」

「……」


 返す言葉を失った様子で、ティカは俯いてしまう。


 本当はこんなことを口にしたくない。

 ティカを傷つけたくない。


 しかし、ティカはわりと頑固なところがある。

 こうでもしないと……


「みんなのためだ。エルセール村のためだ。二度と会えなくなるくらい、我慢しないといけないな」

「わ、私は……」

「……それとも、我慢したくないか?」

「……」

「それなら、それでいい」

「え?」

「俺は、ティカの想いを尊重する。『本当』にやりたいことを応援して、全力でサポートする」

「……お父さん……」

「だから、教えてくれ……ティカは、どうしたい? 本当はどうしたい?」

「ぅ……ぁ……」


 ティカは震える唇を開いて。

 でも、言葉は出てこなくて。

 それでも、また口を開いて……


 何度か言葉を紡ごうとして、しかし、失敗して。


 それでも諦めず。

 何度も試みて。


 そして……

 つーっと、頬を涙が伝う。


「私、私は……みんなと一緒にいたいっ!!!」


 涙があふれた。

 顔をぐちゃぐちゃにしつつ、思い切り叫ぶ。


「やだ、やだよっ! みんなが傷つくのは嫌だけど、でも、二度と会えなくなるなんて、そんなのも嫌だよ! 好きなの! エルセール村が好きなの! みんなが好きなの! 一緒にいたい、みんなと一緒にいたい! 迷惑かもしれないけど、酷いことになっちゃうかもしれないけど、でも、でもでもでも……一緒にいたいよぉっ!!!」


 ぼろぼろと涙を流して。

 目を赤くして、鼻水を流して。


「やだよぉ……お父さん、助けてぇ……」

「ああ、もちろんだ」


 泣きじゃくるティカを抱きしめた。


 とても小さい。

 まだ子供なのに、一人で重い責任を抱えて、自分を殺してでもみんなを守ろうとして……


 でも、もう無理をする必要はない。

 子供は、子供らしくわがままを言えばいい。

 それを叶えるのが大人の仕事だ。


「お父さんっ、お父さんっ……うううぅ、あうー、お父さん!!!」

「大丈夫、大丈夫だ。俺がなんとかしてみせる。ティカとエルセール村、両方を守る。だから、なにも心配しなくていい」

「うぇ、えええええぇ……うあああああーーーーーんっ!!!」


 涙を流すティカを抱きしめて。

 ティカもまた、俺を抱きしめて。


 ……この日、本当の家族になれたような気がした。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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子供はもっと大人に甘えてええんやで。
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