33話 すれ違う想い
街道をゆっくりと走る馬車。
その中に、神聖王国アールヴェルグ第二王子、カリスト・ヴァン・アールヴェルグの姿があった。
カリストは窓の外を眺めて、流れ行く景色を見つめている。
その口元には笑みが浮かんでいた。
「いい流れだ……全てが僕に都合のいいように動いている」
聖女の力を自分の都合のいいように使うため、リュシアをそそのかして、邪魔者であるレオンを追放させた。
そのせいで、逆にリュシアの力が失われたことは失敗であり、聖騎士の真の能力について、先に知っておくべきだったと反省した。
後で聖騎士の真の能力を知った時は、思わず叫んでしまったほど。
ただ、そのおかげというべきか、新しい聖女が見つかった。
さらに、レオンも一緒にいるという報告を受けた。
災い転じて福となす。
あるいは、一石二鳥というべきか?
聖女とレオンを手に入れて、己のものとする。
そうやって二人の聖女と聖騎士を手に入れることができれば、カリストの権力はこれまでにないほど増大するだろう。
今までは、第二王子という立場にいた。
兄である第一王子に媚を売らなければならなくて。
父である王からは、すでに励んでいるのに、さらに励めと言われる始末。
くだらない。
くだらない。
くだらない。
全て、第二王子という立場のせいだ。
誰も皆、自分の能力を低く見て、下に見る。
上からの視線、言葉、態度……それら全てが癪に触る。
許せるものではない。
ならば、どうするか?
自分が上に立てばいい。
追い抜かしてやればいい。
そのために、今まで、色々なところで暗躍してきたのだ。
それが実を結ぼうとしている。
「くくく……女神様は、本当にいるのだろうね。この僕に、ここまで味方をしてくれるのだから」
カリストの暗い笑みがこぼれた。
――――――――――
エルセール村は、夜遅くになってもたくさんの人が動いていた。
さらに防壁を強化して。
いざという時の避難所も増設して。
対人用の罠を作る。
なぜか?
これからやってくるであろう王国軍に備えてのものだ。
ティカの引き渡しを要求されるだろうと、村全体で情報を共有して。
レオンとティカは、村に迷惑をかけるかもしれないから、いざという時は村を出ていく覚悟もしていたが……
そんな結果にはならなかった。
そんなことは絶対に許せないと、誰一人反対することなく、皆の気持ちが一つになり、徹底抗戦が決められた。
そのための準備だ。
村人達は一生懸命に対策を練る。
対抗策を考えていく。
ティカは村の一員だ。
皆の妹のようなものであり、娘でもある。
そんなティカを、聖女だから、なんていう『くだらない』理由で連れて行かれるわけにはいかない。
だから戦う。
相手が国だとしても戦う。
民ならば従うべきなのかもしれない。
しかし、家族を差し出せと言われて、おとなしくする者なんていない。
国が相手でも、家族に害を成すのならば敵だ。
エルセール村は辺境で、村人は少ない。
だからこそ、とても固い絆で結ばれていた。
「……」
村の端。
皆が作業をする姿を、一人、ティカが見つめていた。
嬉しそうに。
寂しそうに。
やがて、村人達に背を向けて、さらに人気のないところへ移動する。
そこにはファムの姿があった。
「本当にいいの?」
「うん……いいよ」
ファムは、困ったようなため息をこぼす。
「自分が王都に行けば、村が巻き込まれることはない。確かにそうだけどね……ティカちゃん、村が好きなんだよね? 離れたくないんだよね?」
「好きだよ、大好きだよ。離れたくないけど……」
ティカは、ぐっと拳を握る。
「大好きだから、みんなを巻き込みたくないの」
「それは……」
「このままだと、すごく大変なことになっちゃう。私のために国と戦うなんて……やっぱり、そんなのはダメだよ。最初は嫌だって思ったけど、でも、みんなのためなら……うん、大丈夫!」
にっこり笑う。
ファムは、その笑顔が作り物であることにすぐ気づいた。
ただ、なにも言うことはできない。
自分はティカの友達かもしれないが、しかし、村の関係者ではない。
どちらかというと王国寄りだ。
もちろん、王国に味方するつもりなんてない。
エルセール村の側に立ち、一緒に戦うつもりだった。
しかし。
ティカ本人が王国に行くというのなら、止められない。
止める権利がない。
……自分には。
「やっぱり、私の問題にみんなは巻き込めないよ。おじいちゃんも……お父さんも。みんな大好きだから、笑っていてほしいの。だから、私は行くの。私を王都に連れて行ってくれる?」
「……って言っているけど、レオンはどうする?」




