32話 迫る悪意
朝。
家の裏手に出て、木剣を振る。
百回の素振りをしたところで動きを止めた。
「ふむ……? しばらく寝ていたから鈍っているかと思ったが、そのようなことはないな。むしろ、以前よりも体が軽く、思い通りに動かせるようになっているような……?」
鍛錬を休んでいたのに、以前よりも動けるようになるなんてこと、ありえないのだが……
しかし、実際に動けるようになっていた。
……もしかして、ティカの力が影響しているのだろうか?
聖騎士である俺が、聖女であるティカに影響を与えているように。
聖女の能力を持つティカが、聖騎士である俺になにかしら干渉しているのかもしれない。
「じー」
ふと、ティカがいることに気づいた。
猫のような子だから、なかなか気づくことができない。
「どうしたんだ?」
「私も剣を使いたいな!」
「……突然、どうしたんだ?」
「お父さんと一緒!」
同じことをしたいらしい。
……素直に可愛いな。
「まあ、適度な運動にはちょうどいいかもしれないな。最初は木の枝で我慢してくれないか? 今すぐには無理だが、今度、ティカが扱えるようなサイズの木剣を用意しよう」
「わーい!」
「……レオンって、子供には甘いんだね」
いつの間にか、ファムの姿もあった。
「遊びに来た……というわけではなさそうだな」
「正解。当ててほしくなかったけどね」
ファムは、はあ、と大きなため息をこぼす。
進化体を見つけた時のような反応だ。
あれ以上に厄介なことなんて起きてほしくないが……
心の準備はしておいた方がよさそうだな。
「ティカ、村長のところに……」
「あ、待った。最初は、レオンだけじゃなくて、ティカちゃんにも話を聞いてほしいかな。無関係じゃなくて、おもいきり関係してるから」
「ふぇ?」
「……わかった。中で話をしよう」
――――――――――
ティカを招いて。
村長を呼んで。
人数分のお茶を淹れたところで、話を始める。
「ティカちゃんを手に入れようと、国が動いたよ」
「……っ……」
予想していた以上に悪い話を聞かされてしまい、若干、動揺してしまう。
ただ、ティカの手前、表情には出さない。
「詳細を」
「もちろん」
ファム曰く……
聖女は国の象徴であり、国と共にあるべきだ。
辺境の村で過ごすなんてことはありえない。
故に、王都に招くための部隊を派遣した。
合わせて、聖騎士レオンを復職させるための部隊も派遣した。
「……まとめると、こんな感じ。ティカちゃんとレオンを手に入れるために、国は、部隊を派遣したっぽいよ」
「ティカはともかく、なぜ俺が……? いや、そういうことか」
少数ではあるが、聖騎士の秘密を知る者がいるんだったな。
故に、俺も利用しようと考えているのだろう。
「ふむ……儂は、それほど悪い話とは思えないが」
「村長?」
「このような辺境で一生を過ごすよりも、王都で聖女として、立派に務めを果たすのも、それはそれで一つの生き方ではないかのう? 少なくとも、儂らが勝手に決めることではない」
「……そうだな」
ティカの肩に手を置いて、まっすぐに見た。
できるだけ穏やかに、静かに問いかける。
「ティカはどうしたい? 聖女としてたくさんの人のためにがんばるか、それとも、このエルセール村で穏やかに暮らすか」
「私は……」
「どちらを選んでもいい。好きな方を選びなさい。俺は、ティカのお父さんだ。ティカがどのような選択をしても一緒にいる。なにをしても隣にいると、約束しよう」
「……お父さん……」
ティカは、考えるように目を閉じた。
難しい顔をして。
悩ましげな顔をして。
ややあって、目を開く。
「私……ここにいたいよ。お父さんだけじゃなくて、おじいちゃんも一緒がいいの。それに、シェフィもクライドも大好きで、他のみんなも大好きで……エルセール村が好き。王都になんて行きたくない、聖女になんてなりたくない!」
「わかった」
ティカを抱きしめた。
それと、頭を撫でる。
「よく言ってくれたな」
「……私の居場所は、エルセール村だもん。王都なんかじゃないもん」
「そうだな、その通りだな。なら、ここにいよう。王都に行く必要はない、聖女になる必要もない。俺も、ここに残る」
「いいの……?」
「もちろんだ。俺は、ティカと一緒にいる……約束しただろう?」
「……うん!」
ティカに笑顔が戻る。
よかった。
やはり、この子は笑顔が一番似合うな。
「答えは出たみたいだね」
様子を見守っていたファムは、ニヤリと不敵な笑顔と共に言う。
「国の要請を断るとなると、荒れるよ? 下手をしたら、反逆者と見なされるかも」
「構わない。国が刃を向けてくるというのなら、俺は、徹底的に戦うまでだ」
「オッケー、レオンの覚悟は伝わってきたよ。なら、友達として仲間として、私も手伝わないとね」
「……いいのか?」
「ここでレオンやティカちゃんを捕まえるほど薄情じゃないし、国に義理も義務もそこまで感じていないからね。ただ、このままだとジリ貧になるから、んー……今回の件、なにか裏がありそうだから……一週間。一週間でいいから耐えてくれない? そうすれば、私がなんとかしてみせる」
「一週間だな? わかった」
「……あっさり納得するんだね? いいの? 私のことを信頼して」
「世界で一番頼りになる仲間であり、友達だ。信頼しないわけがないだろう?」
「っ……そ、そうやって、たまにドキッとさせることを言うんだから。レオンって、けっこうなたらしだよね」
なぜかジト目を向けられてしまう。
本当になぜだ……?




