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31話 膨れ上がる野心

「やっほー、調子はどう?」


 自室でゆっくりしていると、扉が開いてファムが姿を見せた。


 こちらを見て、ぶはっ、と笑う。


「ちょ……二人共、なにしているの?」

「俺は、降りるように言っているのだが……」

「むー……私、お父さんと一緒にいるの!」


 ベッドの上でくつろぐ俺。

 ティカは、そんな俺の肩によじのぼり、コアラのように抱きついていた。


 ……進化体との戦いから一週間。


 ティカが聖女の能力を使い、俺は一命をとりとめた。

 本来ならもう自由に動けるのだけど、念の為と、今日まで安静するように言われている。


 そしてティカは、俺から離れようとしない。

 食事も一緒、寝る時も一緒。

 風呂やトイレまでついてこようとして、その時はさすがに止めた。


 俺が死んでしまうかもしれない。


 そんな恐怖を与えてしまった反動なのだろう。

 申しわけないことをしてしまった……

 甘やかしていると言われるかもしれないが、できる限りティカの好きにさせたいと思う。


「ま、元気そうでなによりかな? 今回ばかりは、私もダメって思ったもの」

「俺もだ。こうして無事でいられるのは、ティカのおかげだな」

「えへん!」

「ありがとう、ティカ」

「にゃふぅん♪」


 頭を撫でると、ティカは猫のように気持ちよさそうにした。


 ファムは微笑ましい顔をして。

 ただ、次いで真面目な顔になる。


「休んでいるところ悪いんだけど、ちょっと悪い報告があるわ」

「……ティカのことか?」

「察しがいいわね。その通りだよ」


 ファムはため息をこぼしつつ、現状を教えてくれた。


 進化体は討伐されて、エルセール村に迫る危機は完全に排除された。

 しかし、一方で、ティカが大勢の騎士のいる前で聖女の能力を使ったことで、秘密がバレてしまった。


 ティカは命の恩人だ。

 そのことを責められるわけがない。


 ただ、情報は王都に伝わり、今、大きな混乱が起きているそうだ。


 一人のはずの聖女が二人。

 しかも、その傍に、追放された聖騎士がいる。

 混乱が起きないわけがない。


 国がどのように動くか?

 その方針はまだ決まっていないものの、ティカを新しい聖女として迎えようとする動きが強くなっているようだ。

 能力が衰えているリュシアの代わりに……と。


「そうか……」

「私も、どうにか止めようとしたんだけど、ちょっと力不足で……ごめんね」

「ファムが謝ることではない。元はといえば、油断した俺自身の責任だ」

「誰の責任でもないわ。あれは、どうしようもない事態よ」

「しかし……ティカを欲する動きがあるということは、リュシアは、それほどまでに聖女の能力が衰えているのか?」

「だいぶまずい状況みたい。前にも軽く言ったけど、もう神託を得ることはできなくて、他の能力も使えなくて……使えたとしても、大した力が出せないみたい」

「そうか……」


 うざいと、リュシアに追放された。

 親子の縁を切られた。


 それでも、リュシアは俺の娘で……

 気にならないといえば嘘になる。


 リュシア……お前は今、どうしているんだ?




――――――――――




「どうして!? どうしてどうしてどうしてっ、どうしてなのよ!?!?!?」


 王城にある聖女の私室。

 リュシアは髪をかきむしるようにして、叫んでいた。


 神託がまったく聞こえなくなった。

 癒やしや予知の力もほとんど使えなくなってしまった。


 なぜこんなことに?


 理由を考えてもなにもわからない。

 欠片も心当たりがない。


 強いて原因を挙げるのならば……


「……パパを追放したから? あれから能力がどんどん衰えて……でも、パパとあたしの能力、なんの関係があるの? パパは、口うるさいだけで、なんの役にも立たない聖騎士じゃない。そんなパパを追放したからって、なにも問題ないじゃない! なによ、これ。もしかして、女神様があたしに罰を与えた? そんなこと……そんなことない! あたしは聖女よ! 女神様に祝福されて、認められた尊い存在なんだからっ!!!」


 自分は悪くない。

 そう繰り返すものの、リュシアの中にある、レオンを追放した罪悪感は消えない。


 最初は、ちょっとした意地悪のつもりだった。

 いつも口うるさいから、少し黙ってもらうために、おしおきをするつもりだった。


 どうせ、すぐに謝ってくる。

 一緒にいさせてほしいと懇願してくるに違いない。


 そう思っていたのだけど……


 レオンは素直に追放された。

 リュシアのところに顔を見せることもなく、王城を後にした。


 こんなつもりではなかった。

 そこまでするつもりはなかった。


 でも……


「だって、だって……カリスト様が、そうした方がいいって……あたしに逆らうような聖騎士は必要ないって……代わりなんてたくさんいるし、あたしは、あたしは……!」

「リュシア」

「あっ……!? か、カリスト様……!?」


 いつの間に部屋に入ってきたのだろう?

 一人、考えを巡らせていたせいで、ノックの音もなにも聞こえなかったのだろう。


「あ、あたしは……」

「大丈夫、心配しなくていいよ」

「……ぁ……」


 リュシアは、カリストに優しく抱きしめられた。


「聖女の能力が衰えていることについて、聞いたよ。でも、大丈夫。僕に任せて」

「カリスト様は……あたしの能力を、どうにかできるんですか……?」

「ああ、できる……少し前に、辺境の村で聖女の素質を持つ子供が見つかった、という報告があってね」

「聖女の……!? え、でも、それじゃあ、あたしは……」

「キミは、紛れもない聖女さ。今は、ちょっとしたスランプに陥っているだけ……適当な聖騎士で十分と思っていたが、相性の問題なのかな? レオンでないとダメみたいだね」

「え? え? パパの話が、どうして……」

「なに。キミが気にすることじゃないさ。それよりも、二つ、国に命令してくれないかな? 一つは、レオンを捕らえること。彼を捕らえることで、リュシアの聖女の能力は復活するよ」

「パパを……?」

「それと、もう一つ。聖女の素質のある子供も一緒に捕まえよう」


 カリストは笑顔で言う。

 曇りのない笑顔で、さらりと恐ろしいことを口にする。


「で、でも……聖女の素質があるからといって、子供を無理矢理連れて来るなんて……」

「問題ないさ。これは保護なんだ。聖女の素質を持つ子供が辺境にいたら、どのような目に遭うか。もしかしたら、悪人に狙われるかもしれない」

「それは……確かにそうかもだけど……」

「僕達で保護するんだよ。そして、その子にはリュシアのサポートに就いてもらおう。二人で聖女の使命を果たせばいい。そうすれば、すぐに不調なんて回復するし、むしろ、今まで以上に活躍することができる。誰もキミに文句を言えなくなる。聖女の座を降ろせなんて、そういう不敬なことを言う連中も黙らせることができる」


 聖女の座を降ろせ。

 初めて聞く物騒な内容に、リュシアは頭の中が真っ白になる。


「な、なにそれ……どういうこと?」

「おっと……しまったな。黙っておくつもりだったのに、つい」


 白々しい態度だが、リュシアはその違和感に気づくことはできない。


「リュシアの不調を見て、そう騒ぐ愚か者がいるのさ。リュシアは聖女にふさわしくない、すぐに別の者に交代させるべきだ、ってね」

「そ、そんな……あたしは、ちゃんとがんばってきて……」

「うん、知っているよ。リュシアのがんばりは、僕が誰よりも知っているよ。キミはがんばった、今もがんばり続けている。それなのに、心無い言葉を浴びせてくる輩がいる……なら、抵抗するしかないよね? 無抵抗で殴られるわけにはいかないよね?」

「そ、それは……」

「そのために、レオンと聖女の素質を持つ子供が必要なんだ。僕は第二王子だけど、国を動かせるほどの権力は持たない……リュシア、キミの力が必要なんだ。キミが頼りなんだ」

「私が……」

「……僕達の未来のために、やってくれるね?」


 カリストは、リュシアの耳元で甘くささやいて。

 しかし、それは悪魔のささやきと同じで……


「……うん、やるわ……あたし達の未来のために、パパとその子供を……」


 リュシアは、虚ろな目でつぶやいて、小さく頷いた。


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