29話 グランドサーペント
進化体、グランドサーペント。
グランドサーペントは、その名の通り蛇型の魔物だ。
通常のサイズは、三メートル前後。
成人男性が走るほどの速度で動いて、己の体を縄のように使い、獲物を締めつけて攻撃する。
なかなか厄介な魔物だ。
グランドサーペントと対峙して、命を落とす冒険者も少なくはない。
……その進化体。
全長は、おおよそ五倍の十五メートルほどだろうか?
目の前に巨大な壁が現れたかのような圧迫感。
わずかに身動ぎしただけで大地が揺れる。
放つ吐息は烈風となり、木々を踊らせた。
神話の怪物を目の当たりにしているかのようだ。
森の奥の広場。
そこを根城にしているらしく、こちらに気づいた様子はなく、巨体を地面に横にして寝ていた。
「これは……やばいね」
「マジっすか、あれ……」
いつも軽口を叩くファムも、元気なクライドも、言葉を失っている様子だ。
……想像以上の化け物だな。
ただ、ここで怯むわけにはいかない。
高まった士気をそのまま維持して、戦いに挑まなければ負けてしまうだろう。
俺は剣を掲げて、強く言う。
「全員……俺に続け!」
「レオン!?」
ファムが驚く中、俺は、一人で突撃した。
事前に練り上げた策を無視した動き。
ファムが驚くのは当然だ。
ただ、こうでもしないと士気を保つことはできないだろう。
あれほどの化け物だとしても、怯むことなく立ち向かう……その姿が必要なのだ。
「ギギッ……!」
あと少しというところで、進化体が目を覚ました。
体を起こして、牙を剥き出しにして威嚇する。
「おおおおおおぉおおおっ!!!」
俺は構うことなく駆けた。
『聖闘気』を全身にまとう。
その状態で、両手でしっかりと剣を握り、全力で振り下ろす。
ザンッ!
刃は進化体の鱗を切り裂いて、その奥に隠れていた肉を断つ。
致命傷には程遠いが、しかし、確実にダメージを与えることができた。
「ギィ……!?」
進化体は痛みに身をよじり……
次いで、怒りに瞳を燃やして、鞭のように体をしならせて叩きつけてきた。
落石に巻き込まれるような感覚と恐怖。
震える体を無理矢理動かして、回避。
同時にカウンターの斬撃を叩き込み、さらなる傷を追加してやる。
「見ろ! こいつは強敵かもしれないが、しかし、無敵ではない! こうしてダメージを与えることができる。つまり、それは不死身ではなくて、倒すことができるということだ。もう一度、言うぞ……俺に続け!!!」
ありったけの声で叫びつつ、さらなる一撃を浴びせた。
鱗と肉を切り裂いて、進化体の血が弾ける。
「いける……いけるぞ!」
「これなら、そうだ! いける、隊長と共に戦うぞ!」
「騎士の力を見せる時だ!」
誰かが希望を口にした。
その希望は他の人も抱くようになり、それぞれ武器を握りしめる。
ファムとクライドもまた、強い決意を瞳に宿している。
「いくぞっ!」
「「「おおおおおぉーーーーー!!!!!」」」
――――――――――
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
水の中にいるかのように息苦しい。
常に動き続けているため、酸素が足りていないのだろう。
疲労も蓄積されていた。
体の各部にダメージも蓄積されていた。
軽く動かすだけでも、雷を受けたかのような痛みを覚えてしまう。
常に『聖闘気』を展開していたが、それでもダメージは免れなかった。
やはり、恐ろしい進化体だ。
それでも体を動かして、剣を振る。
振って振って振って、振り続けていく。
ありったけの斬撃を繰り出していく。
「紫電嵐<サンダーストーム>!」
ファムの攻撃魔法が炸裂した。
無数の雷撃が進化体の巨体を打つ。
動きが止まり、その隙を見逃すことなく、さらなる斬撃を繰り出した。
同時に、周囲をちらりと確認する。
……今、まともに戦うことができるのは、俺とファムだけか。
他の騎士達は、すでに戦闘不能に陥り、後続の支援部隊に回収された。
クライドも、致命傷ではないが小さくはない怪我を負い、後退した。
現在は、俺が前に出て進化体の動きを止めて。
ファムが魔力を練り上げて詠唱をして、ダメージを稼いでいるような状況だ。
「ギッ……キキィ……!」
進化体もかなりのダメージを負い、だいぶ動きが鈍くなっていた。
ただ、まだ余裕があるように見える。
こちらは、もう余裕がない。
ただ、諦めるわけにはいかない。
絶対に勝つ!
「そうだ、勝機はある。ヤツも、もう限界に近いはず……あと一撃、強力な一撃を叩き込めば、勝負は決まるはずだ。あと少しでいいから、大きな隙ができれば……っ!? あれは……?」
後退したはずのクライドが見えた。
いつの間にか、進化体の後ろに回り込んでいる。
今のところ気づかれた様子はない。
そうか。
後退したフリをして背後に回り込んでいたのか。
いいぞ。
その調子だ。
一撃、加えてほしい。
そうすれば、後は、俺が終わらせてみせる。
「すぅ……」
息を吸う。
呼吸を整えて、全身に魔力を巡らせる。
改めて『聖闘気』をまとう。
強化。
強化。
強化。
幾重にも、何重にも強化を施していく。
理論上、『聖闘気』を使うことで、無制限に身体の力を強化できるのだが……
体への負担が大きすぎるため、最大で二重と言われていた。
それを今、俺は、五重の強化をかけていた。
無茶をした反動で全身が痛むものの、痛みは無視。
今は、進化体を倒すことだけを考える。
「もういっちょ、紫電嵐<サンダーストーム>!」
ファムもクライドに気づいたらしく、今まで以上に派手に魔法を撒き散らした。
その瞬間。
タイミングを見計らっていたクライドが動いて、進化体を背後から斬りつけた。
傷は浅い。
しかし、不意打ちの一撃に驚いたらしく、進化体は大きな悲鳴をあげる。
……今だ。
限界まで強化された体で、踏み込む。
地面が爆発したかのように弾けて、一気に周囲の景色が後ろに流れていく。
加速。
加速。
加速。
そして……
極大の斬撃。
進化体の首をほぼほぼ断ち切り……
巨体は悲鳴をあげつつ、大地に沈んだ。




