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26話 お父さん

「ティカ!?」


 慌てて振り返ると、ティカがいた。


 いつからそこに?

 話に集中しすぎたせいで、まったく気づかなかった。

 なんていう失態だ。


「ティカ、どうして……いや。今の話、どこまで……」

「えっと、その……ごめんね? 全部、聞いちゃった……」


 最悪だ。


「お昼寝しようと思ったら、なんか、頭に声が聞こえてきて……隠れて話を聞いてくれない? っていう、ファムお姉ちゃんの声が」

「ファム! どういうことだ!?」

「だって、ティカちゃんの話なんだから、本人が聞かないとダメでしょ?」

「しかし、ティカはまだ子供で……!」

「子供でも、知らないといけないことはあるの。そうやって過保護にして、なんでもかんでも遠ざけていたら、なにもできない子になっちゃうよ? そういうところ、リュシアにうざがられていたんじゃない?」

「……ぅ……」


 言い返すことができない。


「まあ、リュシアは調子に乗りすぎていたところがあるから、レオンの非はほとんどないと思うけど……下手をしたら、ティカちゃんにも、うざいとか言われちゃうかもよ?」


 ティカに、「レオンおじさん、うざい」と言われるところを想像した。

 ……死んでしまいたい気持ちになった。


 ティカに、「レオンおじさん、今度から洗濯物は別々にしてね」と言われるところを想像した。

 ……今すぐに崖から身を投げ出したくなった。


「わ、私はそんなこと言わないよ!? レオンおじさんのこと、大好きだもん!」

「ありがとう、ティカ……ただ、口うるさい時は、そう言ってくれ。俺も、改善するように努力する」

「わ、わ。レオンおじさんが、死んだお魚さんみたいな目に!?」

「ちょっと言い過ぎたかな? あははー」


 ファムの気楽な笑い声が癪に触る。


「とにかく。この話、ティカちゃんも知っておいてもらわないとダメ。でないと、無自覚に聖女の能力を使ったりして、秘密が漏れる恐れがあるよ。村の人達なら平気かもしれないけど、商人の前で使ったりしたら? 一気に話が広がるよ」

「……確かに、そうだな」

「レオンは反対しそうだから、こうして、こっそり聞いてもらっていた、っていうわけ。わかった?」

「ああ……納得した」

「で……話を戻すけど、私は、二人が親子になった方がいいと思うんだよね。いざという時は、その方が対処しやすいし……なによりも、そういう風にしか見えないし」

「養子……ということか?」

「いいんじゃない、それで。そうなることを、二人が望んでいるように見えるよ」


 ティカを見る。

 ちょっと照れた様子で。

 でも、どこか怯えた様子で、こちらを見上げる。


「その、えっと……私、お父さんとお母さんのこと、ぜんぜん覚えていないの。私がすごく小さい頃に亡くなっちゃった、って聞いていて。だから、家族に憧れていて……」

「しかし、村長がいるだろう?」

「おじいちゃんはおじいちゃんだもん。その……お父さんじゃないの」


 気持ちはわかるような気がした。


「レオンおじさんは、なんていうか……お父さんみたいだな、って。もしもお父さんが生きていたら、こんな感じなのかな、って……何度も、何度も考えたんだ」

「……ティカ……」

「でも、迷惑をかけちゃうし……私、変な子だし」


 『変な子』というのは、聖女の能力を指しているのだろう。


 賢いけれど、まだ子供だ。

 自分の持つ異質な力の扱いに困り、悩んでいたのだろう。


「私は、レオンおじさんと家族になれたら……嬉しいな。最初、助けてもらった時から、すごく気になってて。いつも優しくて、一緒にいると温かい気持ちになることができて。ずっとずっと一緒にいたいな、って思うの」

「ふふ、レオンと同じこと言ってるね」


 なんだか、妙に恥ずかしい。


「それで……この前、病気になった時。ずっと一緒にいてくれて、本当に嬉しかったよ。本当の本当に嬉しくて……お父さんって、こんな感じなんだろうな、って思っていたの。これからもずっと一緒にいたいな、って……家族になりたいな、って」

「それは……」

「その……レオンおじさんは、どう……かな? 私のこと、どう思う……かな?」

「俺は……」

「あ、待って!」


 ティカにストップをかけられてしまう。


「やっぱり、今のなし! なしで!」

「ティカちゃん? でも、ティカちゃんは……」

「そ、そんなことないよ。私、別に、家族とか……いらないし。あ、でもでも、レオンおじさんが嫌いっていうわけじゃないからね? 大好きだよ? ただ、えっと……一人で大丈夫、っていうか、そんな感じ」


 今のティカは、明らかに無理をしている。

 それはなぜか?


 ……理由は、考えるまでもなくわかった。


「ティカ」

「……ぁ……」


 そっと歩み寄り、ティカを抱きしめた。


「……俺の娘になってくれないか?」

「れ、レオンおじさん……? でも、私……」

「そんなに怯えないでいい。怖がらなくていい……俺は、絶対にいなくならない」


 そう……

 ティカは、一人になることを恐れていた。


 一度、家族を失った身だ。

 そのことを詳細に覚えていなくても、魂に傷が刻みつけられているのだろう。


 家族を失う恐怖。


 俺が親になったとしても、もしかしたら、また失うかもしれない。

 また一人になるかもしれない。


 だから、前に踏み出すことができない。

 本心を隠して、なんでもないと偽物の笑顔を顔に貼りつけるしかない。


「俺は……ティカと家族になりたい」

「……レオンおじさん……」

「こうして同じ家で一緒に暮らすだけの関係じゃなくて、親子と呼べるような……そんな本物になりたいと思う」

「どう……して……」

「ティカが愛しいから」


 リュシアに対する気持ちと同じだ。


 うざいと思われても、放っておくことはできなくて。

 なにかしら危機が迫れば、この身を犠牲にしても守りたくて。

 家で一緒に過ごして、共に笑顔を浮かべていたい。


「……レオンおじさん……」

「俺は……ダメな男だ。娘が一人いて、大事にしてきたつもりだが、すっかり嫌われてしまってな」

「そうなんだ……」

「娘に絶縁されて、なにをすればいいかわからず、途方に暮れて……そんな時、ティカに出会った。キミの太陽の笑顔が、俺の心を温かく照らしてくれた。くさいセリフかもしれないが、運命だと思った」

「そんなこと……」

「俺は、そんな情けない男だ。ダメな男だ。ただ……今度は、間違えないようにしたい。だから、その……」


 言え。

 ちゃんと言葉にしろ。

 そうでないと伝わらないことがある。


「……俺の家族になってくれないだろうか?」

「わ、私は……」


 俺の言葉はティカに届いただろうか?

 過去のトラウマを超えるような、強い想いを与えられただろうか?


「ティカちゃん」


 ファムの優しい声。


「お姉さんが、ちょっと背中を押してあげる……心の花<ハートフラワー>」


 ファムの魔法。

 周囲を温かい光が満たしていく。


「これは……」


 ティカは、不思議そうに光に手を伸ばして。

 そして、なにかを理解した様子で頷いた。


「そっか、私……」

「ティカ?」

「……私、逃げてばかりだったんだ。いつも笑って、でも、それは嫌なことを忘れるためで……お父さんとお母さんのことを覚えていないのも、逃げているんだと思う。思い出したら……きっと泣いちゃうから」

「それは……ティカが気にするようなことじゃない。逃げていい。そういう時は、逃げていいんだ。この世界は……辛いことが多い。だから、常に立ち向かうことが正しいということはない。 ただ……二人なら、立ち向かうことができるかもしれない」

「二人なら……?」

「一人よりも二人。一人では無理なことも、誰かの力を借りればなんとかなる……そういう感じで、俺は、ティカの力になりたい。支えたいと思う。そして……家族のように思い……いや。もう、リュシアと同じ、娘のように想っている」

「……レオンおじさん……」

「再び失うことは恐ろしい。俺も怖い。いつか、必ず別れは来る。明日かもしれないし、十年後かもしれない。その時は悲しいだろう。とても悲しく、目を腫らすくらいに泣いてしまうだろうが……ただ、それだけではないはずだ。悲しいだけではなくて、それ以上の思い出が残るはずだ」

「……ぁ……」


 ティカは、ぽつりと呟いた。


 その瞳に涙が溜まる。


「お父さん……お母さん……」


 いくらか両親のことを思い出したのだろう。


 悲しそうにしているが……

 ただ、嬉しそうでもあった。


 両親を失った時の記憶だけではなくて。

 一緒に過ごした温かい思い出も取り戻すことができたのだろう。


「そっか、私……こんな大事なことを、今まで……」

「ティカ」

「……レオンおじさん……」

「今、ティカが抱いているような温かい思い出を一緒に作ろう」

「……ぁ……」

「俺の家族に……娘になってくれないか?」


 手を差し出して……

 ティカは、俺の手をじっと見つめて……


 それから、こちらの顔を見上げて、


「うん、お父さん!」


 ティカは満面の笑みを浮かべて。

 そして、おもいきり俺の胸に飛び込んできた。


「えへへ♪ お父さん!」

「ティカ……ありがとう、ティカ」


 ……この日、新しい家族ができた。




――――――――――




 その夜。

 帰ってきた村長に、ティカを養子にしたいという話をして。

 村長も、ティカの孤独を自分では埋められないと思っていたらしく、快諾された。


 ただ、部屋は空いているからということで、このまま一緒に暮らそうと言ってくれた。

 もちろん承諾した。


 それから、ティカが聖女の素質を持っていること。

 俺が聖騎士であることも打ち明けて、今後、さらに気をつけようという話をした。


 ……ここで話が終わればよかったのだけど、事はそう単純ではないようだ。


「実は、もう一つ、話しておかないといけないことがあるんだよね」


 ファムは、そのまま家に泊まることになって……

 ティカが寝た後、改めて俺と村長を集めて話をする。


「ティカに、まだなにか問題が?」

「いや、今度はティカちゃんは関係ないよ。あ、いや。エルセール村の一員だから、関係はあるのかな」

「……ということは、村の問題か?」

「うん。調べてみないと断定はできないんだけど……近くに、とびきりやばい進化体がいるかもしれない」

はじめましての方も、いつも読んでくださってる方も、ありがとうございます!

この作品は「追放された父親が、新しい自分の場所を見つける物語」です。

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― 新着の感想 ―
他のところに娘いるのに他所で娘作るの怖いです
ティカが娘でレオンがお父さん、ファムがお母さんに
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