25話 聖女の条件
ティカとファムと三人でお茶をしつつ、なんてことのない話をして。
相性がいいのか、ティカはすぐにファムに懐いて、たくさんの笑顔を見せて。
ファムもそんなティカを可愛いと思ったらしく、たくさん遊んであげて。
ほどなくして遊び疲れたらしく、ティカは自分の部屋に戻り、昼寝タイムとなった。
俺とファムの二人がリビングに残される。
「……さて」
ティカと遊んでいた時の笑みを消して、ファムが真面目な顔になる。
「それじゃあ、ティカちゃんについてわかったことを話そうか」
「確かに、ティカについての相談をしたいと思っていたが……まだ、詳しいことはなにも話していないが?」
手紙に全てを記すのは危険なので、とある子供のことで相談に乗ってほしい、という必要最低限のことしか書いていない。
「ティカちゃんと接して、だいたいわかったよ。なにせ、私は天才だからね!」
「そうだな。ファムのその天才的な頭脳に、何度助けられてきたことか」
「ちょ……ボケなんだから、ツッコムとかしてよ」
「? ボケもなにも、本当のことだろう? 俺は、そう思っているぞ」
「い、いやだから、その……」
「ファムはとても優れた魔法使いであると同時に、とても賢い研究者でもある。物事の本質をすぐに見抜くことができる能力を持つ。それだけではなくて、優しく、他者を思いやることができる」
「あうあう……」
なぜかファムが赤くなっていた。
どうしたのだろう?
「どうした、ファム? もしかして風邪か? だとしたら、体調が悪いのにここまで……本当に優しいな。尊敬する」
「あーもうっ! レオンは、私を恥死させるつもり!?」
「なんのことだ?」
「ほんと、こういうところはもう……! 私も、何度何度何度、翻弄されてきたことか!」
ティカは、ぱたぱたと手で顔を扇いだ。
それから、ため息を一つ。
「あーもう……レオンってば、追放されたっていうのにぜんぜん変わってないね。安心したような、ちょっと呆れたような」
「む?」
「ま、いいや。とにかく……ティカちゃんのことだけど、あの子、もしかして、聖女の能力を持っていたりしない?」
「なぜ、そのことを……?」
「やっぱりか……私は魔法使いだから、魔力の流れや性質に敏感なの。ティカちゃんが聖女の近い魔力を持っているって、見ただけでわかるよ。まあ、誰にでもわかるものじゃないけどね」
「そうか……そのことで相談をしたいと思っていたんだ」
ティカが、不思議な力を使い、木材を強化したこと。
癒やしの奇跡を使い、瀕死の猫を救ったこと。
それらの話をすると、ファムはうーんと唸り考える。
「俺が見る限り、聖女の能力に思えるが……」
「うん……そうだね。聖女の能力で間違いないと思う。まだまだ弱くて、高位の能力である予知とか神託とかは無理だろうけど……聖女の能力が発芽しつつあるね」
「なぜ、このようなことになっているのだろう? 聖女は、一代に一人のはずだが……」
「んー……これは機密なんだけど、まあ、レオンならいっか」
なにか今、さらりととんでもないことを言わなかったか?
機密を話していいのだろうか?
ファムなりの信頼の証だと思うが……
「聖女が誕生する条件って、なんだと思う?」
「条件? それは……女神様に選ばれて、祝福を授かることだろう? そうして、女神様の代わりに地上で活動する者が聖女となる」
「そう、女神様に選ばれた子が聖女になる。ただ、適当な子が選ばれるわけじゃない。教会で育てられている敬虔な信者……聖女候補の中から選ばれることがほとんど。基本、能力は年齢と共に衰えていくから、数十年ごとに聖女が交代して、選ばれなかった子は治癒師やシスターなどになる……ここまではオーケー?」
問題ないと、俺は頷いた。
「聖女が選ばれた時、セットで、聖女の護衛を務める聖騎士も選ばれるよね? 実のところ、聖女だけじゃなくて、聖騎士も同じくらい大事なんだよ」
「どういうことだ……?」
「聖騎士もまた、女神様の祝福を受けている」
「それは知っているが……」
「ちょっとレオンの認識は違うかな? おまけで力を貸してもらっている、っていうイメージでしょ? でも、違うの。聖騎士もまた、女神様に選ばれて、祝福を授かっているの……いわば、聖女と同じ選ばれし者」
「……っ……」
初めて聞く話だ。
聖騎士を務めていたが、そのような話は聞いたことがない。
ただ……
『聖闘気』は、女神様に授けられた力だったのか。
聖女のおまけで得た力と思っていたが……
そうではなくて、直接、女神様に祝福されていたのか。
だとしたら、あれだけの力を持つのも納得だ。
「聖騎士が授かる能力は、『聖闘気』だけじゃないよ」
「そうなのか?」
「『聖闘気』は、あくまでも、『聖女を守る』っていう聖騎士の任務を果たしやすくするためのもの。副産物で、本来持つ能力じゃないんだよ。それだけじゃなくて、もう一つ……こちらが本命なんだけど、すごい力が使えるようになるんだよ」
「……それは?」
「聖女の力を増幅すること」
「聖女の力を……増幅?」
すぐに意味を理解できず、ついついオウム返ししてしまう。
「不思議に思わなかったかい? いくら女神様に加護を授けてもらったとはいえ、ただの一人の人間が、神託を受けたり予知をしたり、ありとあらゆる怪我や病気を治したり……それはもう、人間の限界を超えている。それこそ、その力は女神様の領域だよ」
「……それを為すために、人知れず聖騎士がサポートをしていた? 聖女の力を増幅させて……一人ではなくて、二人で魔力を重ね合わせるような感じで?」
「正解」
「だから、聖女と聖騎士は、常に二人で一組なんだよ。どちらか片方が欠けてもいけない。そうなったら、能力が衰えて引退するしかない」
なるほど、と納得できる話だった。
聖女と聖騎士は、いつも必ずセットで選ばれる。
そして、聖騎士がなにかしらの事情で引退した場合、ほどなくして聖女も引退することがほとんど。
頼りにできる者がいなくなったから、と思っていたが……
そうではなくて、聖騎士の加護がなくなり、まともに能力を使えなくなったから、という理由だったのか。
「……待て」
だとしたら……
今、リュシアはどうなっている?
聖騎士である俺がいなくなれば、能力がまともに使えなくなるのでは?
……いや。
今は、ティカについての話をするべきだ。
リュシアのことは、また今度にしよう。
「話は理解した。俺は、追放されたものの、聖騎士としての能力は消えていない。そして、ティカは無自覚ではあるが、聖女の素質を持つ。そんな彼女と一緒に過ごしてきたから、俺は『聖闘気』などの能力をまだ使うことができて……そして、ティカもまた、聖女の能力が目覚めつつある……そういうことか?」
「そんなところだと思うな。付け足すのなら、ティカちゃんのお父さんお母さんは、聖女と聖騎士だと思うよ」
「なんだって?」
「けっこうなスキャンダルだから記録から消されているけど、昔、聖女と聖騎士が駆け落ちしたことがあったんだ。聖女が無理矢理、王族と結婚させられそうになって、でも、すでに聖騎士という恋人がいて……で、逃げ出した。その人の姓が……リュミエール」
「……偶然では片付けられないな」
ファムの言う通り、ティカの両親は聖女と聖騎士だったのだろう。
駆け落ちしたことで能力は失ったのだろうが……
ただ、その素質は娘であるティカに受け継がれていたようだ。
そこに俺がやってきて、ティカは、聖女として目覚めつつある。
ある程度、現状を理解することができた。
もう一つの懸念を尋ねる。
「……リュシアは、今、聖女としてどうしている?」
「体調不良ってことで伏せていることが多いけど、最近はミスばかりだね。レオンがいなくなったことで、明らかに能力が落ちている。聖女の能力が使えなくなるのも時間の問題かな」
「そうか……」
「そうなった場合、次の聖女が求められることになるよ? レオン……そして、ティカちゃんのことが公になれば……」
「王都に召還されるかもしれない……か」
聖女は国の要だ。
リュシアの能力が失われたとしたら、次の聖女が求められる。
ティカは、聖女になることを望むだろうか?
……いや。
おそらくは望まないだろう。
彼女は、籠の鳥のような生活は望まない。
元気に空を飛び回ることを求めるはずだ。
「ファム、この件は……」
「わかっているよ。誰にも話さないよ」
「ありがとう」
「でも、どこからか秘密が漏れる恐れはあるからね? その時は、レオンがしっかりとティカちゃんのことを守らないと」
「俺が……か」
俺に守ることができるのだろうか?
娘に嫌われて、追放されて……
そんな男がティカを守る?
「ティカちゃんのこと、どう思う?」
「どう言えばいいか……優しい子で、一緒にいると温かい気持ちになることができる。可能なら、その成長を見守りたい。ありとあらゆる害から守りたい」
「それ、もう父親じゃん」
「そう……なのだろうか?」
「完全に父親目線だよ。いっそのこと、ティカちゃんを養子にしたら? そうしたら一緒にいられるし、守りやすくなるよ。なにかあったとしても、レオンがついていけばいいし」
「それは……」
ファムの言う通りなのかもしれない。
しかし、ティカの気持ちがわからない。
俺と一緒にいたいと言ってくれるだろうか?
娘に追放なんてされて、俺なんかと……
「……私、レオンおじさんがお父さんになってくれたら嬉しいな」
ふと、そんな声が聞こえてきた。




