23話 聖女の失墜
「聖女様、どうか娘をお願いいたします……!」
王都にある大聖堂。
聖女の奇跡を求めるたくさんの民が姿を見せていた。
怪我を治してほしい。
病を治してほしい。
予知をしてほしい。
それらの民に対して、リュシアは優しく微笑みつつ……
「……はぁ」
誰にも聞こえないように、小さなため息をこぼした。
めんどくさい。
めんどくさい。
めんどくさい。
どうして偉大な聖女であるあたしが、こんな些事に関わらなければいけないのだろうか?
病にかかったのなら、治癒師に診てもらえばいい。
怪我をしたのなら、やはり治癒師に診てもらえばいい。
予知?
そんなもの知るか。
自分の未来くらい、自分で決めてみせろ。
「今、治療いたしますね」
……なんて、本心を口に出すことはなく、まさに聖女という笑みを浮かべて治療に当たる。
本来なら、こんな些事に関わりたくない。
他の者に任せて、自分はのんびり過ごしたい。
しかし、今のリュシアは、それが許されない立場にあった。
神託の数が減り。
聖女の力が衰えているのでは? という疑いの目を向けられて、同時に、聖女が持つ権力も落ちていた。
威光が衰えて、信仰も減り、人気に陰りが見えていた。
だからこそ、地域密着型の活動をすることにした。
面倒極まりないものの……
こうした活動を行うことで、人々からの信仰、敬意、人気を取り戻すことができるだろう。
それと、もう一つ、打算もあった。
ほら、あたしは聖女らしいでしょう?
みんなのためにがんばっているでしょう?
だから女神様も、あたしのために、ちゃんと力をちょうだい。
ちゃんと祝福してちょうだい。
……リュシアは、そんなことを考えていた。
「動機はどうあれ、ちゃんとがんばっているんだから……それくらいの打算はいいでしょ」
……リュシアは、頭の片隅で、とあることを考えていた。
聖女の力が衰え始めたのは、レオンを追放してから。
それが全てのターニングポイントのような気がした。
レオンを連れ戻せば、あるいは事態は好転するかもしれない。
「……ありえないでしょ」
「? どうかされましたか、聖女様?」
「い、いえ、なにも。気になさらず」
リュシアは外行きの笑顔を顔に貼り付けて、治療を続けた。
このような点数稼ぎは、さっさと終わらせよう。
聖女の力については、その後、しっかりと対策を考えればいい。
カリストに相談してもいい。
相談だけではなくて、慰めてほしい。
愛してほしい。
彼がいれば、他になにもいらない……カリストが全てなのだ。
だから……
「……聖女様……」
「あっ……ご、ごめんなさい。最近、少し疲れていて、ついぼーっと……」
「……ど、どうして、治療してくださらないのですか?」
「え?」
男は街を守る兵士だ。
魔物との戦いで骨折してしまったらしく、片腕に包帯を巻いている。
「治療なら、もう……」
「……痛みは残ったまま、なにも変わっていませんが」
「そんな、まさか……」
もしかして、治癒もまともにできなくなった……?
「……あの噂は本当だったんだな」
兵士は態度を一転させて、リュシアを睨みつけた。
「う、噂……?」
「聖女様は堕落した。金と権力に溺れ、好き勝手して……俺達、民のことはどうでもいい。大事な存在と言っておきながら、その心では、まったく気にかけていない……!」
「ま、まさか! そのようなことはありません。あたしは、みなさんのことを一番に考えて……」
「だったら、どうして治療してくれないんだ!? 聖女様なら、これくらい、簡単にできるだろう!? どうしてだよ、街のために戦ったのに、どうして治してくれないんだ!?」
「そ、それは……」
リュシアは答えられない。
聖女の力が衰えている、なんて口にすれば、最悪の展開になるのは間違いない。
「……そういえば、私のお母さんも、病を治してもらえなかったわ」
「儂も、商会の大事な取り引きについて、予知をしてもらえなかった……」
「俺、聞いたんだけど……最近、神託も減っているそうだ」
人々の間に不安と疑念が広がる。
やがて、それは怒りに変わる。
聖女は堕落した。
民のことはどうでもよくて、自分のことしか考えていない。
それがこの結果だ。
前々から、リュシアの聖女の力が衰えるのに合わせて、少しずつ少しずつ広がってきた噂だ。
皆、耳にしていたが、そんなことはないだろうと一蹴していた。
しかし、実際に予知をしてくれず。
神託も減り。
そして今、治療をしてくれない。
あの噂は本当に違いない。
民達は、そんな答えにたどり着いて……
怒りに瞳を燃やす。
「ふざけるな! 俺達は、あんたが贅沢をするために税を払っているわけじゃないんだぞ!?」
「治してくれ、治してくれよ! 聖女は、それが仕事だろう!?」
「お前は本当に聖女なのか!? 証拠だ、証拠を見せてみろ!!!」
「ひっ……!?」
怒りが満ちて、民達は暴動を起こす寸前だ。
その迫力に、リュシアは怯えて、腰を抜かしてしまいそうになる。
どうして?
どうしてこんなことになった?
あたしは、何一つ、間違ったことはしていないはずなのに。
……でも、本当は?
「あ、あたしは……」
「リュシア!」
カリストが現れ、危ういところでリュシアを背中にかばいつつ、避難させた。
民達は兵士に抑えさせて。
二人は、聖堂の奥にある休憩室に移動する。
「大丈夫かい、リュシア?」
「あぁ、カリスト……! あたし、あたし……!」
「もう大丈夫だ、僕がいるからね」
「ありがとう、カリスト……やっぱり、あたしにはカリストだけが……」
「もちろん。僕は、キミの恋人だからね」
甘くささやき、リュシアを抱きしめるカリスト。
ただ……
その表情は苛立ちに満ちていて、小さく……本当に小さく舌打ちをした。




