16話 病
とある日。
村長は商人との商談があるらしく、家を出ている。
俺とティカは留守番だ。
「ねえねえ、レオンおじさん」
「うん?」
「一緒に遊ぼう? 遊んでほしいなー……ダメ?」
「もちろん、いいさ。なにをする?」
「えっとねえっとね……えっと、なんでもいいよ! レオンおじさんと一緒なら、なにをしても楽しいから!」
ティカと楽しい時間を過ごす。
先日の一件以来、距離が縮まったような気がした。
元々、親しみやすく、簡単に距離を詰めてくるような子だけど……
今は、さらに距離が近くなったような気がした。
「あ、そうだ!」
しばらく一緒に遊んだところで、ティカが思い出した様子で言う。
「ちょっとお腹が減ってきちゃった……えへへ」
「なら、ごはんにするか」
「あ、私も一緒に作りたい!」
キッチンに向かおうとしたら、ティカがそう申し出てきた。
まだ幼いので、刃物や火を扱わせるわけにはいかないが……
簡単な手伝いくらいならいいだろう。
なにより、俺も、ティカと一緒に料理をしたいという気持ちがあった。
「わかった、一緒に作ろう」
「やったー!」
ティカは笑顔で両手を大きく上げて……
「あ……れ?」
そのまま、バランスを崩して、ふらりと倒れてしまう。
「ティカ!?」
……自分の悲鳴がやけに遠くに聞こえた。
――――――――――
倒れたティカを、急いで村の治癒師のところへ運び、診てもらう。
知らせを聞いた村長も、商談を切り上げて来てくれた。
「むぅ……」
ベッドに寝て、苦しそうにするティカを診て、治癒師は難しい顔をする。
「ティカは……ティカは、どうしてしまったんだ?」
「……誠に言い辛いのですが、これは、コーラル病ですね」
「なんだって……?」
コーラル病。
子供だけがかかる、地方の風土病だ。
主な症状は、発熱と頭痛。
吐き気と強い倦怠感。
風邪に似た症状だ。
大人なら問題はない。
ただ、体力のない子供がかかってしまうと……最悪の可能性もある。
「く、詳しいですね……」
「昔の仕事の関係上、少し。ただ……くっ、厄介なことになったな」
「ティカが発症したとなれば、他の子も感染している可能性が……」
「すでに、知らせは出しています。これから、村の子供、全員を検査しましょう」
……その後。
治癒師の元で、村の子供の全員の検査が行われた。
幸い、ティカ以外に感染した子はいない。
ただ、潜伏しているだけかもしれないので、全員、安静にして様子を見ることに。
一仕事終えたところで、再び治癒師のところに集まり、ティカについて話し合う。
「ティカを治療することは?」
「……すみません。私では、高位の治癒魔法を使うことはできず……王都の聖女様なら、あるいは」
「聖女……か」
リュシアは、俺の頼みを聞いてくれるだろうか?
ティカを助けてくれるだろうか?
……わからない。
ティカはともかく、俺は嫌われている。
その俺の頼みとなると、聞いてもらえない可能性が高い。
そもそも、こんな状態のティカを王都まで運ぶことはできない。
リュシアも、こんな辺境に来るはずがない。
聖女は頼れない。
「……俺の記憶が確かなら、特効薬があったはずだ。それは?」
「確かにありますが、しかし、今、薬草を切らしていまして……コーラル病は、よほどのことがない限りは発症しないため、油断していました……申しわけありません」
「ただ、薬草があれば特効薬が作れるはずだ。その薬草は、未開の地に多くあると聞く。この辺りにはないか?」
「ほ、本当に詳しいですね……確かに、北の方で薬草が採取できると聞きましたが」
「やめるのじゃ」
村長が辛そうな顔をして言う。
「北の谷を挟んだ先に、薬草が生えているという話は聞く。ただ、そこは恐ろしい魔物達の生息地となっておる……いくらレオンでも、どうなるか。とんでもない怪我を負い、一生の傷が残るかもしれぬ。最悪、死ぬかもしれん。それなのに……」
「北の谷の向こうだな?」
「レオン!?」
俺が立ち上がると、村長は悲鳴のような声を発した。
「儂の話を聞いておったのか!? 北は……」
「どのような場所であれ、なにがいたとしても、俺は行く」
ベッドの上で、苦しそうにするティカを見る。
「……ティカを助けたい」
この子は、俺の太陽だ。
ティカがいてくれたからこそ、追放された後、心が闇に沈むことはなかった。
一緒にいてくれたおかげで、腐ることなく、前を向くことができた。
なによりも……
「ティカは家族のようなものだ。家族を助けるためならば、俺は、命を賭ける」
「……レオン……」
村長は驚きの声をあげて。
次いで、ゆっくりと頭を下げた。
「……頼む」
「ああ、任された」




