14話 聖女と王子
「あーもうっ、どういうこと!? いったい、どうなっているわけ!? 訳がわからないんだけど!!!」
王城。
聖女の私室で、リュシアが怒りに吠えていた。
今日も神託の儀式が執り行われた。
今までのような失敗はできない。
リュシアはしっかりと準備をして、万全の体制で儀式に挑んだ。
結果……
「神託が一つしか降りてこないとか、ありえないんだけど!?」
受けた神託は一つだけ。
過去最低の記録だ。
ついでにいうと新記録の達成。
歴史上の聖女を見ても、体調不良などの外因がない限り、神託が一つだけだったということはない。
リュシアは、実は体調が悪かったんです、と言い訳をして引き上げたものの……
それで完全にごまかせたわけではない。
いくらかの貴族や高官は、ここ最近、不調の続いているリュシアに、明らかな疑念の目を向けていた。
「どうして? どうして神託が降りてこないの? 女神様がサボっている……?」
聖女にあるまじき不敬を考えるが、さすがに、リュシアはこの可能性を否定した。
「さすがにそれはないか……もしもそんなことになっていたら、あたしだけじゃなくて、国そのものが傾くような酷いことになっているはずだし」
女神の祝福を授かっているのは聖女だけではない。
国そのものが祝福を受けている。
故に、神聖王国アールヴェルグは栄えている。
大きな国難に見舞われることなく、発展を続けている。
「いったい、どうしてあたしだけ……」
その時、扉をノックする音が響いた。
こんな時に誰?
リュシアは苛立つものの、
「僕だよ、リュシア。今、大丈夫かい?」
「カリスト様!?」
すぐに苛立ちは消えて、温かい気持ちで胸が満たされる。
笑顔になり、扉を開けた。
そこから現れたのは、凛々しい姿をした青年だ。
街を歩けば、十人中十人の女性が振り返り、彼に見惚れるだろう。
神聖王国アールヴェルグ、第二王子カリスト・ヴァン・アールヴェルグ。
公にされておらず、まだ秘密の関係ではあるが、リュシアの恋人だ。
「いらっしゃい、カリスト。今日もあなたに会えて嬉しいわ」
「僕も、愛しいリュシアに会うことができて嬉しいよ」
二人は抱き合い、親愛を確かめる。
「でも、カリストはまだ執務の時間よね? どうしたの?」
「先の儀式が気になってね。キミの様子を見に来たんだ」
「そ、そう……」
「体調が悪いと聞いているが、大丈夫かい?」
「え、ええ……大丈夫よ。少し休んだら元気になったわ」
「……それは本当かい?」
「えっ」
「もしも、キミがなにか苦しんでいるのなら、教えてほしい。僕は、リュシアの恋人だ。キミの苦しみは僕の苦しみ……悩みは共有してほしい」
「カリスト……ありがとう。あなたがいてくれて、あたし、本当によかった……」
リュシアは、感激した様子でカリストに抱きついた。
一方……
カリストは、一瞬ではあるが、リュシアにも気づかないほど小さく舌打ちをする。
リュシアがそれに気づくことはなく、抱えているものを打ち明ける。
「その……実はあたし、最近、うまく聖女の力を使えなくて……」
「なんだって?」
「最初は、神託の数が減って……でも、ただの偶然だと思っていたの。そういう日もあるだろう、って。ただ、癒やしの力も弱くなって、予知の精度も乱れてきて……聖女の力が弱くなっているのかな、って」
「それは大変だ!」
カリストは焦り、大きな声を出した。
実際、彼は焦りを覚えていた。
神聖王国アールヴェルグは、聖女の力で発展してきたようなものだ。
その聖女が不調に陥れば、最悪、国の未来が危うい。
……それだけではなくて。
カリストは、リュシアが聖女だからこそ彼女と付き合うことにしたのだ。
第二王子であるカリストは、国内の立場が弱い。
決して地位が低いわけではないが、次期国王である第一王子と比べると、できることは限られている。
そんなふざけたことは認められない。
国王にふさわしいのは、この僕だ。
全ての者に認めさせてやる。
……そんな野心を抱いていた。
その野心を実現させるために、リュシアに近づいて、恋仲になった。
聖女と結ばれれば、とても大きな影響力を持つことができるから。
「……リュシアの聖女の力が衰えているというのは、確かなことなのかい? 体調不良などが原因の、一過性のものじゃないのかい?」
「たぶん、違うと思うわ……だって、いつまで経っても治らないんだもの。それどころか、悪化する一方。やっぱり、力が衰えているんだと思う」
「聖女はいつか交代するものの、しかし、あまりにも早すぎる……なにかイレギュラーな事態が起きたのだろうか? ……リュシア、いつから力が衰えるように?」
「……追放した時から」
「え?」
「聖騎士を……パパを追放した時を堺に、力が衰えているような気がするの」
「あの男か……」
カリストは、リュシアの護衛であり、父親である男のことを思い返した。
聖女を守る聖騎士。
その力は一騎当千。
なぜならば、聖騎士もまた女神の祝福を受けているからだ。
聖女のような特殊能力を使うことはできないが、身体能力や戦闘技術は飛躍的に向上する。
それと、もう一つ。
聖女に欠かせない、なにかしらの能力を得ると聞いていたが……
そこは曖昧で、覚えていない。
カリストは、リュシアだけではなくてレオンも取り込もうと試みたことがある。
彼の力を自由に使えるようになれば、国内の地位はさらに盤石となる。
しかし、レオンが味方になることはなかった。
金を渡しても、地位を約束しても、なにをしてもレオンの心が動くことはない。
俺の使命は聖女を守ることだけだ。
その一言だけで、カリストに協力することはついぞ訪れなかった。
忌々しい男だった。
生真面目な性格は邪魔でしかなくて、力になるどころか足を引っ張る始末。
だからこそ……
リュシアをそそのかして、いつもいらないことをするのはレオンのせいだと吹き込んで、追放されるように仕向けた。
「どうしよう、カリスト……? もしも、あたしの力とパパが関係しているとしたら、あたしは……」
「……大丈夫だよ、リュシア。そんなことはないさ」
「でも……」
「とりあえず、僕の方で色々と調べてみるよ。リュシアは、体調不良ということで、しばらく休むといい。そうしたら、力も元に戻るかもしれない」
「そ、そうよね……あたしの力にパパが関係しているとか、そんなことないわよね。だってパパは、カリストが言うように、うざくて邪魔なだけだし……」
「ああ、そうだ。その通りだよ。キミは、僕を信じればいいのさ」
「うん……カリスト、大好きだよ」
「僕もさ」
好き、とも。
愛してる、とも。
どちらの言葉を使うこともないカリストは、リュシアを抱きしめつつ……
その一方で、歪な笑みを浮かべていた。




