12話 進化体
「ぐっ……!」
馬車に激突されたかのような衝撃。
それでも、両足をしっかりと大地につけて、ギリギリのところで耐えた。
「え? ……え?」
クライドは、なにが起きたかわからない様子で呆けている。
「なにをしている! 早く立ち上がり、剣を抜け! 死にたいのか!?」
「えっ、あ……は、はい!?」
クライドは、慌てて体勢を立て直した。
そのタイミングで目の前の黒い巨体を蹴り、その反動を利用して距離を取る。
見た目はウルフに酷似しているが、その大きさはぜんぜん違う。
五メートルはあるだろうか?
並のウルフの五倍の大きさだ。
両手足の爪は鋭く、剣のように伸びている。
「な、なんだ、この化け物は……!?」
「……進化体だな」
魔物の生命力は強く、時に、周囲の環境などの影響を受けて強力な個体に進化することがある。
それを『進化体』と呼ぶ。
進化体は元の十倍。
場合によっては、数十倍の力を持つと言われていて、討伐には軍が必要とされるほど。
個人で討伐できる者は、『剣聖』や『賢者』の称号を持つような、高位ランクの冒険者に限られるだろう。
あるいは……
「う、嘘だろう……? なんで、こんなところに進化体がいるんだよ……」
「ここ最近、ウルフが活発になっていることを不思議に思っていたが、こいつが原因のようだな」
「進化体なんて、初めてで……ど、どうすれば? 俺、こんなヤツに勝てるのか……? でも、こいつを放置したら村が……」
「落ち着け!!!」
「っ!?」
強く声をかけると、クライドはビクリと震えた。
意識がこちらに向いて、視線をよこしてくる。
「こいつは進化体ではあるが、低位のウルフが元になっているため、そこまで突出した力を持ってはいない。俺とキミならば、きっと勝てる。いいな? 落ち着いて戦え。無理に攻撃しようとするな、防御と回避を優先しろ。落ち着いて、しっかりと相手の動きを見るんだ」
「あ、ああ……わかった!」
どうにか落ち着くことができたようだ。
いくらか震えているものの、クライドは剣を構える。
俺も、改めて剣を構え直した。
さて……やるか。
「いくぞ」
俺は、一つ深呼吸をして……
そして、全力で駆けた。
――――――――――
『進化体』
通称、冒険者殺し。
進化体の力はすさまじく、遭遇した冒険者は、まず生きて帰ることはできないと言われている。
クライドは幼い頃から冒険者をやっているベテランではあるが、進化体に遭遇したことはない。
ただ、その恐ろしさはよく聞いて、よく知っていた。
稀に、大きな街へ出た時。
そこで進化体の恐ろしい噂を聞いて。
それだけではなくて、たまたま意気投合して酒を飲み交わした相手が、翌日、進化体と遭遇して殺されたこともある。
死を身近に感じたからこそ、その恐ろしさを骨身に覚えていた。
その進化体が目の前にいる。
自分達を獲物と定めて、牙を剥いている。
「……うっ……」
クライドは震えた。
恐怖に囚われてしまい、うまく体を動かすことができない。
自分の力量では、戦って勝つことは難しいだろう。
しかし、村のことがあるため、逃げるわけにもいかない。
戦え。
戦え。
戦え。
クライドは必死に勇気を振り絞るが、しかし、体は動いてくれない。
膝がガクガクと震えていた。
それほどまでに進化体の放つプレッシャーは強く厚く大きく。
『死』をすぐ目の前に感じてしまい、震えることしかできなかった。
しかし。
「おおおぉ!!!」
レオンは違った。
迷うことなく前に出て、裂帛の気合と共に剣を振る。
「嘘だろ……」
レオンの剣は、正確に進化体を捉えて、ダメージを与えた。
進化体が怒りに吠えて、空気がビリビリと震える。
それに巻き込まれたクライドは、再び硬直してしまう。
ダメだ。
恐ろしい。
あんな化け物、人間が敵う相手じゃない!
クライドは心が折れてしまうが、レオンの心が折れることはない。
前へ。
どれだけ強烈な咆哮を叩きつけられたとしても、心を刺すような恐怖を与えられたとしても。
レオンは止まらない。
それがどうしたと、連続で攻撃を繰り出していく。
驚くべきことに、レオンが押していた。
進化体の恐怖に打ち勝つだけではなくて。
恐るべき身体能力を秘めた化け物を相手に上をいく。
「本当に人間なのか……?」
現実離れした光景に、ついつい、クライドはそんなことを考えてしまう。
そのまま、じっとレオンの戦いを見る。
いつの間にか恐怖は消えていた。
レオンの勇猛果敢な戦いを見ていたら、自然と勇気が湧いてきて、体の震えは止まっていた。
ただ、加勢はしない。
いや。
することができない。
レオンの戦闘技術は、クライドの数段……いや。
数十段上をいっていた。
単純な身体能力だけではなくて、剣の技術や戦術の組み立て方など、全てが上だ。
レオンと比べたら、クライドは子供のようなもの。
下手に加勢しようものなら足を引っ張ってしまう。
進化体は、多くの冒険者を死に追いやり、恐怖をばらまいてきた正真正銘の化け物だ。
それが今はどうだろう?
レオンを相手にしたら、子供のようにあしらわれている。
手も足も出ない。
「なんてすごい人なんだ……」
クライドはレオンの戦いに心奪われ、英雄に憧れる子供のように目をキラキラさせた。
戦いを見守り、そこだいけ、がんばれと心の中で声援を送る。
そして……
「ふっ!!!」
レオンの会心の攻撃が決まり、進化体は縦に両断された。
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