表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/436

グランチェスターの策士たち - SIDE ウィリアム -

途中で何度も馬を変え、全力で王都のグランチェスター邸に辿り着くと、エドワードが慌てて玄関ホールまで降りてきた。


「父上! 狩猟場付近で暴動が発生したとか!」


どうやら暴動の一報は、こちらにも届いていたらしい。


「暴動は鎮圧したが、狩猟場の一部が火災で焼失した」

「なんと! 狩猟大会も近いというのに、ウォルト男爵は一体何をしていたのだ。あの無能者め」


息子ながら、相変わらず視野が狭い。エドワードにサラの百分の一でも分別があれば、私もグランチェスターの将来を不安に思うことはなかっただろうに。


「やはり狩猟場を管理するのは別の人間を手配しましょう。親戚とはいえ、王都の事情を知らない田舎者だけに任せておくのは不安でなりません」

「黙れ」

「父上は甘いのです! こういう時こそ厳しい対応をしなければ…」

「黙れと言っているのが聞こえないのかっ!!」


いかんな。つい怒鳴り散らしてしまった。この程度で苛立つなど少し疲れているのかもしれんな。まぁ、お陰でエドワードが口を閉じたので良しとするか。


「あれは暴徒のフリをした他国からの侵略行為であった。国王陛下に報告し、捕らえた侵略者共を引き渡さねばならん」

「さ、然様でございましたか。しかし侵略者を捕らえて未然に被害を防いだとなれば、グランチェスターの功績になりますな」

「しかし、横領事件を報告せねばならなくなった」

「何を仰るのですか! そのような報告をすれば責任を問われかねません」

「そうかもしれんな」

「わかっていらっしゃるのであれば、何故そのようなことを!」


エドワードは唾を飛ばしながら捲し立てている。やれやれ、玄関ホールでこのような大声を出してしまうなど貴族の品位に欠ける。まぁ先に怒鳴ったのは私か。


「まぁこのような場所で話すことでもないだろう。ひとまず旅の埃を落としてくる。話はそれからだ」


それだけ言うとマントを家令に渡し、王室向けの密書を書くための用具一式を持ってくるよう命じてから自室へと引き上げた。


湯浴みを済ませると、ライティングデスクの上に密書用の用具一式が置かれていた。部屋に使用人の姿はなく、人払いされていることが気配でもわかる。基本的に密書は人払いをしてから認めるものであり、特に王室宛てということであれば国事にかかわる重要な内容となる。家令は厳重に周囲から人を遠ざけたようだ。


おそらくエドワードは人払いに抵抗しただろうが、家令は頑として通さなかったのだろう。私が侯爵を引退するときは、自分も引退するつもりなのかもしれない。


事前に決めていたように、『手練れの工作員に唆された代官が横領事件を起こした上、逃亡する際に書類を使い物にならない状態にしていったこと』『この混乱に乗じて暴徒に偽装した傭兵が領内に攻め込み、小麦をはじめとする食料を狙っていたこと』『これら2つの事件はいずれも侵略を目的とした敵国の策略であったこと』などを密書に認める。


また、レベッカ嬢の提案でもあった『伏兵を炙り出すため、狩猟場を火属性の魔法で焼いたため、狩猟大会にも少なからず影響が出る可能性がある』ことも記載し、言外に自分たちの貴重な土地を焼いてでも国に忠誠を示したことをアピールした。


密書は魔法で作られた特殊な紙とインクを用いて記載し、封蝋も特殊なシーリングワックスによって開封できる人物を明確に指定する。指定された人物以外が強引に開封しようとすると中の文字は消えて無くなり、無許可で開けた人の手には見えない呪いが付着するのだ。


密書を書き終えるとデスクの上の呼び鈴を鳴らして家令を呼び、密書を急ぎ王宮に届けるよう指示を出した。末尾には今後の対処を検討するため、早急に会いたい旨も記載しておいたので、早ければ今夜にでもお召しがあるだろう。


その後、執務室にエドワードを呼び、横領事件から始まった敵国の侵入について説明した。


「そうであったとしても、事件そのものを隠蔽してしまえばよろしいではありませんか。グランチェスターが他国に付け込まれたなど、他家からどのように思われるか!」

「お前は陛下がそれほど無能な方だとでも思っているのか? ただの横領事件ならともかく、他国からの侵略に気づかぬようなお方ではない。下手に隠し事をして事態を悪化させれば、我々とて地領召上げや爵位剝奪を免れない」

「ですが我々の面目は丸つぶれではありませんか。しかも狩猟大会を目前に火災など…」


エドワードの言うことが理解できないわけではない。だが…


「貴族の名誉とはどういうものなのか改めて考えろエドワード。お前は敵国からの侵略と聞いても、領民の被害を一度も私に尋ねなかったな。次期領主としてお前が成さねばならぬことは面目を保つことだけなのか?」


それだけ言って、私はエドワードを下がらせた。その時私は、エドワードに意見を全く求めていないことに気付いた。思えばロバートにも意見を求めていない。サラとレベッカ嬢の意見にはあれほど耳を傾けたのに、だ。


思えばエドワードは決して無能ではない。高い矜持を持ち、家の名誉を第一に考えるのは、侯爵家の次期当主としては当然ではある。そもそもサラに暴動と横領につながりがある可能性を指摘されなければ、私は今回の侵略には気づかなかったかもしれない。そんな私にエドワードを責める資格が果たしてあるのだろうか…。


どうにもグランチェスターの女性陣は策士が多い。違った意味でエドワードの妻であるエリザベスも策士ではある。認めたくはないが亡き我妻も策士であったように思う。あいつが今でも生きていれば、私や息子たちももう少しマシだっただろうか。などと詮無きことを繰り返し考えてしまうのは、私も歳をとったということか。



そして、サラ程に聡明ではなく、妻程に思慮深くもない私の予想に反し、王宮から火急の召喚状が届いたのは昼食の最中であった。


「夜になるだろうなどと、私の見通しも随分と甘いな…」


私は自嘲せずにはいられなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ