きらきらひかる地上の星と白と黒
森の再生を終えたサラは、光属性の魔法を止めてレベッカの周囲から光を消した。…つもりだったのだが、妖精が面白がって光るのをやめないため、そこらじゅうがきらきらと光る玉で溢れかえっていた。
しかも、サラが展開している防音用の障壁に貼りついて、風の流れに身を任せてくるくる遊んでいる妖精までいる始末である。
「えーっと、どうしましょう。消えなくなっちゃいましたね」
「しばらくしたら飽きるんじゃないかしら?」
サラとレベッカは周囲を見回しながら苦笑した。
なお、妖精はまったく飽きなかった。それどころか、森に住む他の妖精たちもこの遊びを真似したがり、狩猟場のそこかしこできらきらと光が舞う謎現象が頻発するようになる。
こうしてグランチェスター領の狩猟場は、妖精の森として国内外に知られるようになっていく。その結果、妖精の恵みが欲しい貴族やアカデミーの研究者が押し寄せて来ることとなるのだが、狩猟大会以外の時期は一般人の立ち入りを禁止しているため、後々の問題へと発展していく。…のだが、この時点ではサラもレベッカも気づいてはいなかった。
防音障壁を消すと、ワーッと野太い声の歓声が一気に押し寄せた。つい先ほどまで静寂の中にいたため、その音量に驚いたサラはビクリと身体を震わせた。
しかしレベッカは冷静に右手をすっと挙げ、周囲を黙らせた。まだきらきらしているので、ビジュアル的なインパクトも大きい。
「皆さま、すべてではありませんが、森は再生しました。この光は妖精たちが喜んでいる証です。このように妖精に守られているのですから、今回再生できなかった箇所の回復も早いことでしょう。どうか皆さま忘れないでください。ここは妖精の住む森であり、グランチェスターの宝なのです!」
レベッカのスピーチに、再度歓声が上がった。
『これ、傾国の美女の汚名を返上して、聖女説が再燃するんじゃないかしら…』
まぁ、レベッカが『傾国の美女』を汚名と考えているかどうかはともかく、地上に落ちた星のようにきらきらと輝く彼女を見れば、誰しも聖女と呼びたくなるだろう。
『とりあえず見た目は若いしね~』
などと若干失礼なことを考えるサラであったが、もう少し自分を振り返ってみて欲しいものである。
森の再生を終えたサラとレベッカは、ウォルト男爵邸に戻った。二人が楽なドレスに着替えると、ロバートとウォルト男爵から昼食の誘いが届いた。
『そうか。午前中だけで森の再生が終わっちゃったんだなぁ』
などと考えつつ、サラは昼食が用意されているテラスへと向かった。
「わ、凄いですね」
昼食のテーブルには、所狭しとグリルした肉が載っていた。申し訳程度にサラダも置かれてはいるのだが、圧倒的に『肉』な食卓だ。
「昨日の火事でたくさんの動物が森から逃げ出したんだよ。森に帰した小動物も多いんだが、帰らずに集落の畑の収穫物を狙うやつも多くてね」
「なるほど」
「あとは、明らかに人を襲いそうなやつも倒してるんですよ」
「おかげで手の空いてるヤツから、解体したり干し肉に加工したりと大忙しだ」
「貴重な食料ですからね。無駄にはできないですよね。もちろん毛皮などの素材も重要ですが」
「他にも獣脂は蝋燭の材料になったりするんだ」
『生き物の命を奪う以上、なるべく無駄にはしたくないな』
ロバートがテーブルの上で存在感を放つ大きな肉を器用に切り分けると、横に控えていた使用人が切り分けた肉を皿に乗せて給仕していく。
塩と数種類のハーブで味付けされたジビエを口に運ぶと、野性味あふれる美味しさである。……のだが、サラはなんとなく物足りなさを感じてしまった。実は前世の記憶が蘇ってからずっと、地味に感じていた物足りなさでもある。
この世界の料理は決して不味くはない。というか美味しいものも多い。甘いものは砂糖が高級品であるため平民の頃はなかなか食べる機会はなかったが、グランチェスターに引き取られてからは食べる機会も増えている。
グランチェスターの初代と同じく、日本食というか日本の調味料を恋しく思うことはある。しかし、それ以上にサラには深刻な欲求があった。
『胡椒が欲しい! いま、切実にこの肉に塩胡椒かけたい!』
この世界にも胡椒はあるのだが、砂糖以上に貴重な調味料であり、上位貴族でもそれほど気軽に食べられるものではなかった。
その時、サラの脳裏に過るものがあった。
『そうだ栽培しよう!』
ただ、更紗の記憶では胡椒は熱帯地方の山地で栽培されていたはずだが、グランチェスターにそんな場所があるとはあまり考えにくい。
『グランチェスターが無理なら、栽培に適した場所を探して作ってもらう? そもそもアヴァロン国内に適した場所がなければ外国を探さないといけないかも?』
サラは思考の海に沈んでいく。
「おーい、ソフィアどうした~?」
ロバートに呼ばれ、サラは思考の海から現実という陸に上がった。
「あ、すみません、つい考え事をしていました」
「ソフィアの考え事って、なんだかとんでもないことな気がして怖いよ」
「ちょっと食いしん坊なことを考えていただけです」
と、サラはロバートににっこりと微笑んだ。
「肉を前にして、思考だけ食いしん坊になるなんてソフィアらしいね」
「本当に何でもないことなんです。ただ胡椒欲しいなぁと思ってしまって」
「ほう。ソフィア様は胡椒を召し上がられたことがあるのでしょうか?」
ウォルト男爵が興味を示した。
「随分と前ですが頂いたことがございます。何とも言えない風味でございました」
「それは羨ましいですね。噂には聞いたことがありますが、私はまだ一度も食べたことがないのです」
「お互い機会に恵まれると良いですね」
ウォルト男爵とサラは目を見合わせて、にこりと笑いあった。
「胡椒かぁ。一度肉にかけてもらったことはあるのだが、あまり印象に残っていないなぁ」
「あくまでも香辛料ですしね。メインの食材というわけではありませんから」
「メインの食材よりも値が張るけどね!」
「確かに仰る通りですわね」
更紗時代に『かつて胡椒は金と同じ価値だった』といったことを言う人たちもいたが、実際にはそれほど高価ではなかったらしい。とはいえ長い間、高い香辛料であったことは間違いなく事実でもある。そう考えると黒や白の胡椒の粒が、大地から得られる貴重な財産に思えてくるから不思議だ。
ちなみにサラの横に座っていたレベッカは、胡椒にあまり良い思い出がなかった。かつて彼女に求婚したアドルフ王子が、これ見よがしに肉に大量の胡椒を振りかけていたからである。レベッカは王子の振る舞いを下品だと思いつつも、正直に口にすることもできなかった当時の自分を思い出していた。
とはいえ、レベッカも胡椒の風味を好ましいとは感じていた。もっともあれほど大量にかければ風味も何もあったものではないとは思うのだが。
この時レベッカは、『サラさんが好きなら、きっと私も正直に胡椒の味を好きって言える気がするわ』などと考えていた。しかし、実際にサラから胡椒を提供されると、たちまちその魅力にハマり、社交界に胡椒を広める広告塔の役割を果たすことになる。




