ピアノと妖精と祖父
明日にならないと解決しない事が多いため、自習室での会議は予想よりも早く終了した。何故かロバートに抱えられたまま自習室を後にしたサラは、背後にいるレベッカに話しかけた。
「ねぇレベッカ先生。まだ就寝時間まで時間ありますよね?」
「そうね、もう少しなら大丈夫よ」
「伯父様、祖父様は今頃何をなさっておいでですか?」
「たぶん自室で、ワインを楽しんでいるのではないかな」
「では、祖父様に私のピアノを聞いていただけるか、マリアに聞いてきて頂いてもよろしいでしょうか?」
ロバートが心配そうにサラの顔を覗き込む。
「明日の朝食の席で話すんじゃなかったのかい?」
「早い方がいいかなと思ったんです。それに、あのピアノを弾いてくれる人を、祖父様はお待ちだと伺ったので」
「まぁ僕たちは全然ダメだったからなぁ」
「今日は月も綺麗ですから、音楽の夕べというのも悪くないと思いませんか?」
「そうだね。じゃぁ音楽室にいこうか」
マリアは急ぎ、侯爵の部屋に向かった。
音楽室に到着したサラは、窓のカーテンをすべて開けさせ、照明も最低限の魔石灯だけを点けるに留めた。
まだ音楽室で楽器の手入れをしていたジュリエットは、サラがピアノを弾くと聞いて、いそいそと補助ペダルの用意をはじめた。
サラが椅子の高さの調節を終えると、軽いノックの音に続いてグランチェスター侯爵が入ってきた。
「今日はサラがピアノを弾くとか」
「はい。祖父様に聴いていただきたくてお呼びしました。お越しいただき、ありがとうございます」
「たまには孫娘の練習の成果を聴くのも悪くないだろう」
サラは椅子に腰かけピアノを弾き始めた。もちろん月夜をバックにしている以上、今回も月光だ。
今回は演奏に合わせて妖精たちを呼び集め、他の人からも見えるように光を発してもらった。ピアノの音と組み合わさり、とても幻想的な風景を感じてもらえるのではないだろうか。サラの目には小さな動物たちが踊るように飛び回って見えるのだが、他の人の目には蛍の光のように映っているだろう。
第一楽章は静かに始まるが、演奏は少しずつ激しさを増していく。やがて曲調は穏やかなものへと戻り、そっと演奏は終わった。
音楽が鳴りやんでも、拍手の音は聞こえなかった。気に入ってもらえなかったかと心配になったサラは、観客に目を遣った。見れば全員が呆然と固まっていた。演奏を聴いたことがあるレベッカやメイド2人でさえ驚いているのだから、祖父やロバートは驚愕していることだろう。
「サラ…これはどういうことなんだ。私は夢でもみているのだろうか」
「こんなにサラがピアノを弾くなんて…しかも、こんな曲は聴いたことがない」
サラは席を立って祖父の許に歩みより、声をかけた。
「いかがでしたでしょうか」
「私はそれに答える語彙を持ち合わせていない。素晴らしいでは不足だ」
「気に入っていただけたのであれば幸いです」
侯爵は困ったような顔でサラを見下ろした。
「なにか私に伝えたいことがあるんだね?」
「はい。祖父様」
「言ってみるがいい」
さすがにジュリエットに聞かせるわけにはいかないので、マリアと一緒にジュリエットには下がってもらった。
「まず私の魔法属性ですが、先日報告した属性以外にも光属性と闇属性が発現しました。感覚的には木の属性も発現しそうです。無属性の魔法にはどんなものがあるかわかりませんが、おそらく全属性なのではないかと」
「!?」
「それと妖精の恵みを受けました。いまこの部屋に飛び交っている光は、すべて妖精たちです」
「なんということだ……」
絶句してしまった侯爵に、ロバートがさらなる追い打ちをかける。
「父上、それだけではないのです。実は書類の仕分けや新しい帳簿を導入したのも、サラなのです。頭から反対されてしまうことを恐れ、文官たちに口止めしておりました。申し訳ございません」
「寝言をほざいておる場合かっ!」
一瞬で侯爵は激高した。しかし、冷静に父親を見つめるロバートの目を見返し、その言葉に偽りがないことに気づいた。
「まさか…、あれも本当にサラだというのか?」
「信じられない気持ちはわかります。私も文官たちもいまだに戸惑っておりますから」
サラは侯爵が落ち着くまで敢えて沈黙を守っていたが、その間も妖精たちは部屋を飛び続け、サラを中心に柔らかな光が踊り続けていた。
「信じるしかない光景だな…」
侯爵がそっと手を伸ばすと、掌の上にそっと光が降りてきた。サラの目には、ミケが祖父の手の上でリラックスするように丸まっている様子が見えていた。
「祖父様の手の上にいるのが、私のお友達の妖精です。その子は私がグランチェスター家に来る前から、ずっと傍に寄り添ってくれていたそうです。私自身も見れるようになったのは最近ですが」
「そうか…、そうだったのか…」
ふっと、侯爵は笑いを漏らした。そしてサラに衝撃の一言を漏らした。
「サラ、お前は転生者なのか?」




