絶対に守ってみせる
明日は朝から塔で会議することになったため、アリシアとアメリアは「急いで準備する」と言い残して塔に戻っていった。メイドたちも明日の早朝から塔で準備する必要があるため、数名だけを残して部屋を去っていった。
再び会議室に沈黙が戻ると、サラはロバートの方に振り向いた。
「伯父様、たぶんこれ以上私のことを祖父様に隠しておくのは無理そうです。二つのギルド関係者を私の塔に入れる以上、すぐにバレます」
「うん」
「覚悟を決める必要がありそうです。本音を言えばもう少し隠れていたかったのですが」
「無理だろうね」
「ですよね…」
サラがしょんぼりと俯くと、レベッカが優しく髪を撫でた。
「大丈夫よサラさん。侯爵閣下は決して悪いようにはなさらないわ。それにロブだって味方してくれるから安心していいわ。もちろん私もよ」
「うん、僕はサラの味方だよ」
「ありがとうございます」
『なんだろう…伯父様が味方してくれるのは嬉しいけど、微妙に頼りないような?』
「微力ながら、我々もサラお嬢様の味方でございます。これほどの恩を受けておきながら素知らぬ顔などは絶対にいたしません」
ジェームズの発言に、文官たちはもちろん、その後ろに控えている執務室のメイドたちも全員頷いていた。
『あ、こっちの方が頼りになりそう』
サラは割とひどいことを考えているのだが、顔に出さないだけの分別はある。
「みなさま、本当にありがとうございます」
「明日、朝食の時にでも祖父様と話をしましょう。後でどうせバレるのですから、先に言っておく方が良い気がします」
「そうね。では寝る前に明日の朝食を一緒にしたいとお伝えしておいた方がいいわ」
するとマリアが「私がお伝えして参ります」と言って、自習室を後にした。
「残りの議題ですけど、執務室のメイドたちの出入りが許可されたんでしたっけ?」
するとベンジャミンが立ち上がって、イライザに顔を向けた。
「改めて執務室のメイドの方々に謝罪します。侯爵閣下には文官たちが疲労で次々と倒れ立ち行かなくなったこと、そのために君たちの力を借りたことをきちんとお伝えしたんだ。そして文官たちが戻った後も、君たちの支援が業務効率に大きく貢献しているから戻してほしいと懇願した」
「それで、侯爵閣下はなんと仰られたのですか?」
「笑っていらした。そして、『それはメイドたちにも悪いことをしたな』と仰られ、『戻ってくるよう伝えて欲しい』と」
『ほほう、やるなベンさん。まぁ塔から執務室メイドがいなくなるのはちょっと残念だけど、新しく使用人を雇用する方向で考えるか。 っていうか、さっきからイライザしか見てないよね? あれ?』
「ひとまず、執務室にメイドさんたちが復帰できて何よりですね。これから収穫期なので心配していましたが一安心ですね」
サラは今日の議題が書かれた黒板を振り返った。
「残りは私の商会と麦の収穫量ですね。伯父様、私の新しい身分はどれくらいで作れますか?」
「今週中にはできると思う」
「では、新しい身分ができたら、その場で登記してしまいましょう。それなら遅くとも来週中には商会を立ち上げられるでしょう。次の収穫時に備蓄を引き受けるくらいはできるようにしておきます」
ジェームズとベンジャミンは顔を合わせ頷いた。
「その商会でエルマ酒を扱うんですよね?」
「はい。そのつもりです」
「では王都にも店舗を構えていただけませんか?」
「もちろん言われなくてもそのつもりです。エルマ酒を管理して販売するには、自分で店舗を構えないと無理ですから。それ以外にも何かあるのでしょうか?」
「可能でしたら、その店舗でエルマ酒以外の特産品も扱って欲しいのです」
『要するにグランチェスター領のアンテナショップを出店して欲しいってことか』
「それは構いませんが、既に販売したい商品があるのでしょうか?」
「いくつかございます。まずは魔石です。先日お話したかと思いますが、採掘量は少ないものの、質の良い魔石がとれる鉱山があるのです。カット済みの魔石と、さらに魔石を加工したアクセサリーを紹介していただきたい。また、エルマ畑の近くでは養蜂も盛んなので、蜂蜜も採れます」
『なに!?蜂蜜だとぉぉぉぉ。それを早く言え』
「それは素晴らしいですね。甘味は貴重ですから、きっと王都でも売れると思いますわ。ところで、蜂蜜酒は作っておりませんの?」
「蜂蜜酒? 蜂蜜で酒ができるのですか?」
『あー、この世界には蜂蜜酒もなかったよ! あれは古代からあるお酒だから、てっきりこっちでも作られてると思ってたよ』
「できますね。簡単な作り方なら10日くらいでできますから、試してみます?」
「よろしくお願いします」
文官たちは全員がこちらを向いて頷いている。
「では後で乙女たちに指示しておきます」
その時カストルがぼそっと呟いた。
「サラお嬢様、酒に対する知識が半端ない…」
『くぅぅぅ、カストルさん聞こえてるよ! そして否定できないよ!』
サラは聞こえていないフリをしてスルーするだけの分別もちゃんと備えている。このあたりがロバートとは違うのだ。
「最後に残ったのは麦の収穫量の報告ですが…、ワサトさんには申し訳ないのですが麦角菌の調査が終わったら、改めて報告していただくようお願いできませんか?」
「はい。先程の話を聞いた時から覚悟しておりましたので大丈夫です。それと麦角菌の調査には私も参加いたします」
「それは心強い限りですね」
すると、突然いきなりレベッカが話に割り込んできた。
「サラさん、ご自身の能力を隠さない覚悟ができたということは、妖精のことも打ち明けるつもり?」
レベッカの真剣な眼差しを見て、中途半端な答えはできないとサラは判断した。
「いずれ数年後にはバレるのです。今のうちに祖父様には話すべきでしょう」
「では領民の前でも明らかにできますか?」
「それはどういう意味でしょうか?」
質問の意図がわからないため、サラは首を傾げた。
「秘密の花園でも見たと思うけど、植物に親和性の高い妖精はとても多いわ。おそらく彼らの力を借りれば、麦角菌の対応も楽になるでしょう。だけど、そのために領民の前でサラさんが能力を見せてしまえば、噂はあっという間に領外へも広がってしまうでしょう」
「それは…」
今、まさにレベッカはサラに対して、『平凡に生きていく道』を諦められるかどうかを問うているのだ。しかし、サラはこの問に即答することができなかった。
そんな風に逡巡しているサラに、ベンジャミンは優しく語りかけた。
「サラお嬢様、無理しなくても良いのです。貴族のご令嬢に自由がないことは私どもも理解しています。平民として生きてこられたサラお嬢様には窮屈でしょう。それに私たちの世代はレベッカ様の被った災難も覚えております。上の方々に注目されてしまうことで、何がおこるかわかりません。その恐怖は察して余りあります。まだこんなにお小さいのです、何もかも一人で背負わないでください」
サラが部屋の中を見回すと、みな優しく微笑んでいる。誰一人として、サラに無理強いしようとはしていない。
『みんな優しいなぁ…。でも、だからこそ私は』
「ありがとうございます。その気持ちはとてもうれしいです。ですが私もグランチェスターとして領民を守りたいのです。ですから、どうか未熟な私を支えてください。折れそうなときは叱咤してください」
「「「「承知しました」」」」
文官が全員その場から立ち上がり、膝をついてサラに最敬礼をした。するとロバートもサラの傍で同じように膝をついた。
「僕は頼りないかもしれないけど全力でサラを守る。レベッカのときみたいな後悔は絶対にしない。父上や陛下に逆らってでも、絶対にサラの幸せを守ってみせるよ」
そしてサラを椅子から抱き上げて抱きしめる。
「絶対にサラを幸せにする。約束だ」
またしても、サラの目からは、ぽろぽろと涙が零れた。
『なんだろ、今日はとっても涙腺がゆるい』
「ありがとうございます伯父様。でもね、その台詞はプロポーズの時までとっておいた方が良いと思うの」
すると、堪えきれなくなったベンジャミンが吹き出し、全員が声を上げて笑い始めた。しかし、よく見ればみんな目元に薄っすらと涙を浮かべていた。
『うん。私も絶対守ってみせるよ!』
誤字報告ありがとうございます。
いつも「こんなに?」ってくらいあるので改定ばっかりです(´;ω;`)
見直してるつもりなのになぁ。
そういえば学生時代のテストでもミスが多いってよく注意されたような…。 ←まったく成長していないってことか!




