グランチェスターの人間
サラとレベッカが朝食のテーブルに着くと、庭の方からグランチェスター侯爵とロバートがやってきた。
「祖父様、伯父様、おはようございます。気持ちの良い朝ですね」
「ああ、おはよう」
「父上と僕は、騎士団の訓練を見てきたんだ」
「それでお庭からいらしたのですね。騎士団の方々がそれほど朝が早いとは思いませんでした」
「朝食前の訓練だ。今朝は怠けている者がいないかと、抜き打ちで見学をしてきた」
どうやら侯爵は、疑心暗鬼になり、あちこちで抜き打ち検査を行っているようだ。信頼していた部下の横領が、随分と影を落としているらしい。
「それで騎士団の方々の働きぶりはいかがでした?」
「怠けてはいなかったが、少々気の緩みがありそうだな。魔物が活発化する季節までには、引き締めておくよう団長に申し渡してきたところだ」
「父上は厳しすぎるのでは?」
「何を言うか。領民を守るべき騎士団に、気の緩みなどあってはならん」
どうやらグランチェスター侯爵は、大変真面目な性格をしているらしい。王都にいる間は、侯爵の仕事ぶりを見る機会などほとんど無かったため、サラは改めて祖父の為人に触れたような気がしていた。
「祖父様、実はお伝えしたいことがございます」
「ほう」
「実はレベッカ先生のご指導により、魔法が発現いたしました」
「うむ。その話は聞いている。複数の属性が発現したとか」
『やっぱりバレてたか。レベッカ先生、ナイス』
「火、風、水、土の四属性を発現いたしました」
「四属性だと!?」
どうやらそこまで詳しい報告は受けていなかったらしく、侯爵は驚いた表情を浮かべる。ロバートもサラの属性を知らないため、一緒に驚いている。
「てっきりアーサーと同じく火と風のみだと思っていたが、よもや四属性とはな。娘であることが惜しまれてならんな」
「そのようなことをサラに言うのは酷です」
「確かに言っても詮無きことであったな。すまぬサラ」
『私を理解しているはずの伯父様ですら、私が女性であることを酷だと言うのね。この世界は本当に男尊女卑が当たり前なんだなぁ』
「いいえ、気にしておりません」
これ以外の言葉を返しても意味がないことを、サラもレベッカも正しく理解していた。更紗の頃でさえ、男性優位の社会で生きていくことの難しさを痛感していたのだ。今更このくらいのことで傷ついたりはしない。
「ふむ。ところでサラ。魔法発現の祝儀を渡そうと思うのだが、欲しいものはあるか?」
「私を引き取って教育を施してくださっているだけでも十分です。これ以上、何を要求していいのかわかりません」
このあたりの駆け引きは、レベッカとのマナー教育できっちり習得済みである。
「それは祖父として当たり前のことだ。サラが気にすることではない。魔法の発現に祝儀も渡さないなどグランチェスターの名折れだ。何か欲しいものを言いなさい」
「父や伯父様方はどのようなものを頂いたのでしょう?」
「土地だね。エドは王都の土地、僕とアーサーはグランチェスター領の土地だ。アーサーは家を出るときに僕に譲渡していったけどね。だからサラも土地や邸を賜るといいよ」
「そうだな。サラにも不動産を譲渡すべきだろう」
『よし、言質は取った』
「では祖父様、私にパラケルススの実験室のある塔を敷地ごといただけますか?」
「それはまた、随分懐かしい名前だな」
「グランチェスター城の中に、自分のものだと思えるものが欲しいのです。曾祖父様が手を掛けられた建物だと伺いました。グランチェスター家とのつながりを強く感じられる場所でお勉強したり、魔法の訓練をさせてください!」
横にいるロバートは事情を知っているので、目を泳がせている。どうやら反対する気は無いらしい。
「ふむ。父上は王都で名を馳せたパラケルススという錬金術師と、いろいろな実験をしていたようだ。パラケルススが行方知れずとなり、父上も亡くなったため閉鎖したが…あのような塔でよければ構わんぞ」
『してやったり!』
「ありがとうございます。それと、中にはいろいろ資料などもありそうですし、整理したり調査したりする人を雇っても良いでしょうか?」
「数名であれば構わん。好きにするがいい。クロエがねだるドレスや宝石よりもよっぽど安上がりだ」
『わー、レベッカ先生、読みがピッタリ当たってるよ!』
「ロバートよ、サラの新しい使用人にかかる人件費と塔の修繕費は、領ではなくお前が出してやれ。アーサーから譲られた土地の収益で十分賄えるだろう。本来であれば、サラが受け取るべき土地でもあるしな」
「これまでの土地の収益で十分賄えますね。それに加えて、僕はアーサーの土地を祝儀としてサラに渡しますよ。今後も継続して使用人を雇用するのであれば、この土地からの収益を使うといいよ」
「なるほどな。お前がそれで構わないのであれば、サラに譲り渡してやると良い」
「はい。父上」
ロバートは意味ありげにサラに目配せし、清々しい笑顔を浮かべた。
『伯父様は塔の価値をわかっていて、私に譲ってくれたんだ…』
「祖父様、伯父様、ありがとうございます」
気付いたらサラは泣いていた。泣くつもりなどなかったのに、勝手に目からハラハラと涙が零れ落ちる。前世の記憶が戻ってから初めての涙であり、サラとしても母が亡くなって以来だろう。
「サラ、泣かないでくれるかい?」
ロバートは席を立ってサラに歩み寄り、椅子からサラを抱き上げた。
「だって、嬉しいから…。やっと本当にグランチェスターの人間になった気がして」
『そっか。私はグランチェスターの人間になりたかったんだ。貴族になりたいわけじゃなくって、家族の一員として認めてもらいたかったんだ』
あまりにも前世の記憶が強いために忘れてしまいがちだが、サラの中には8年間この世界で生きてきた少女もちゃんと存在している。少女のサラと前世の更紗が、ようやく一つになった瞬間でもあった。
「サラよ、お前はアーサーの娘で私の孫だ。紛れもなくグランチェスター家の人間だ」
「うん、僕の可愛い姪っ子だよ」
「はい…、祖父様、伯父様…」
ふとレベッカに目をやると、まるで眩しいものを見るような目をして微笑んでいた。
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