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深刻さを改めて思い知る

「お前の主張は理解した。もう少しきちんと話をしておくべきであったな。いまさら後悔したところで、お前の気持ちが変わるとも思っていないが」


嘆息しながら話すグランチェスター侯爵は、いつもよりも老け込んでいるように見えた。ふと、サラはレベッカとの授業中に学んだことを思い出した。


『アヴァロンの平均寿命は男性が60歳前後、女性は70歳を超えるの。もっとも、男性は戦争で若いうちに亡くなってしまうことも多いから、そういう数字になってしまうのでしょうけれど』


サラは目の前にいる祖父の年齢が53歳であることを思い出した。次の社交シーズンには54歳になるはずだ。そう思うと、一緒に過ごせる時間はそう多くないのかもしれない。


「既にソフィア商会はグランチェスター領に本拠地を置いています。乙女の塔もすぐに動かせるとは思えませんし、そもそも錬金術師ギルドは王都とグランチェスター領にしかありません。今後は他領を飛び回るようになるでしょうが、完全にグランチェスター領から立ち去ることは難しいと思います」

「それだけでも十分だと思うべきだろうな。我らは節度を持つことの重要性を思い知った。すまなかったな」

「いえ。私も悪かったのだと思います。最初からきちんと距離を持って接するべきでした。自覚してはおりませんでしたが、相次いで両親を失くしたことや前世のことを思い出したことなどが重なって、私は人恋しくなっていたのでしょう。誰かと繋がっていることや、どこかに所属していることは安心感に繋がりますから」

「お前に安心感を与えてやれたのなら、私も嬉しいよ。だが忘れないでくれ。お前は私の孫であり、グランチェスターの娘であることはこれからも変わらん。グランチェスターの娘である以上、何処に行こうと我らがお前を守るのは当然のことだ。それが他家であろうが、王室であろうが、他国であろうが、な」

「祖父様……」

「もちろん仕事ではきちんと線引きをすることは理解している。当然だが、お前の生き方はお前自身で決めるべきだ」


グランチェスター侯爵は、ふっと微笑んでクロエに目を遣った。


「クロエが目を腫らす程泣くのは珍しいな。赤子の頃以来ではないか?」

「恥ずかしいので、あまり見ないでくださいませ。私とて、他の方が見ていないところでは、たびたび泣きましたわ」

「そういうところは貴族令嬢らしいが、少しばかり心配だな」

「それは、どういう?」

「お前にもサラと同じことを言わねばならんな。貴族の常識など気にする必要はない。お前たちの人生は、お前たち自身が決めるのだ。私は子供や孫たちに政略結婚をさせないことをノーラと約束しているのだよ。なにしろ我ら自身がグランチェスター家とエイムズベリー家の都合で振り回された夫婦であった故な」

「お二人が結婚された経緯は存じております」

「お前自身がアンドリュー王子に嫁ぎたいのなら、それを支援することは吝かではない。だが、家のために嫁ぐというのなら、その必要はないと言っておこう」

「祖父様、私はアンドリュー王子をお慕いしております。ですが、先程のサラの言葉は胸に刺さりました。私は王子も同じように私を恋い慕ってほしいです!」

「そうか。それは励むしかなかろうな」


グランチェスター侯爵は、そのままエリザベスにも話し掛けた。


「エリザベスもどうか聞いてほしい。政略結婚など他家や王室に任せておけば良い。他の貴族家がどうかは知らぬが、我がグランチェスターは子供たちを結婚市場に売り出すほど貧しくも弱くもない。子供たちの将来は子供たちに決めさせるのだ。エドワードの後継も、アダムやクリストファーである必要はない。まぁ、母親として許せないかもしれないがな」

「いえ、私は母親失格ですから、いまさら母親面して彼らの生き方に口を挟むことができるとは思えません。エドの後継としてアダムを大切に育てたつもりで、ただ甘やかしてしまいました。勉強を疎かにしてしまったせいで、アカデミーへの入学も危ぶまれてしまいました。本当にあの子の将来を考えれば、厳しくしなければならなかったのに。それに、私はクリストファーの隠れた才能にも気付いておりませんでしたわ」

「クリストファーは聡い子だからな。隠すのも巧妙だったのだろう」

「私は母親ですのに」

「それこそ親の傲慢というものだ。親は子供を愛するが故に、自分たちの理想を子供に押し付けようとする。それが行き過ぎれば、支配して従わせようとすることさえある。だが、子供と親は別の人間であり、それぞれ別の価値観を持って生きている。私はアーサーを失うまで、そのことに気付けなかった。愚かなことに、今もまたサラを失いかけているのだよ」


疲れたように嘆息したグランチェスター侯爵は、そのままどっかりとソファーの背もたれに身体を預けた。マナー違反ではあるが、そのことを指摘する声は上がらなかった。


そんな父を見つめつつも、がっくりと項垂れたエリザベスの肩を抱き寄せたエドワードは、静かに口を開いた。


「リズ、私たちの子供たちにも、サラと同じように自分の生き方を自分で決めさせよう。父上だけでなく母上もそれを望まれていたはずだ」

「はい……」


エリザベスはそれ以上何も言わなかった。いや、正確には何も言えなかった。エリザベスにとって『家に尽くす』ことは子供の頃から刷り込まれたもっとも基本的な常識であり、そうではない生き方を考えたことなどなかった。


彼女は少女の頃にエドワードに恋をした。だが、父親が運よく伯爵家を継承するまで自分の恋が成就するとは欠片も考えていなかった。騎士爵の娘に過ぎず、貴族籍に名前を連ねていないような自分が、グランチェスター家の継嗣に嫁ぐなどあり得ないからだ。早逝した伯父には大変申し訳ないとは思うが、そのお陰でエドワードと結婚できたことをエリザベスは素直に喜んだ。


しかし、最近サラのお陰でエドワードも結婚前から自分を愛していたことを知った。エドワードは騎士爵の娘だった頃からエリザベスのことを意識しており、彼の母親であるエレオノーラも肯定的に見守っていたのだという。


そんなことをまったく知らなかったエリザベスは、婚約直後からひたすらグランチェスター家のために生きた。大好きなエドワードの側にいられることが嬉しく、将来は領主となるエドワードのために尽くすことが幸せだった。


『あぁそうね。グランチェスター家やエドに尽くせば、いつだってエドは私のことを認めてくれた。私はそれが誇らしかった。そして、二人の間に生まれた子供たちを慈しみ育てることが私の幸せだった。でも、それは私が決めた私の生き方に過ぎないということだったのだわ』


エリザベスは唐突に腑に落ちた。思い返せば、グランチェスター家との縁組の話が持ち上がった際、エリザベスの母は家格が違い過ぎると結婚に反対していた。母はエリザベスが不幸になると決めつけ、勝手に断りの手紙をエレオノーラに送ったことすらあった。あの時にエレオノーラが『将来生まれてくる子供のために、魔力量の多い令嬢を継嗣の嫁に迎えたい』と口添えしてくれなければ、おそらく破談になっていたことだろう。


『私自身も親の言うことになど従っていないというのに、なんて愚かだったのかしら。嫁いでからはグランチェスター家ばかりを優先し、実家に利をもたらしたことなんてなかったわね』


突然伯爵家を継ぐことになったエリザベスの父は、控え目な性格であるためエリザベスに家のことを相談するようなことはなかった。せいぜい親戚の娘が社交界デビューする際にサポートした程度である。エリザベスの実家であるロッシュ家にメリットをもたらしていない以上、エドワードとの政略結婚は失敗と言っても過言ではない。そこに思い至ってしまったエリザベスは、頭を締め付けるような鈍い頭痛を感じた。


「リズ顔色が悪い。今日はもう部屋で休んだ方がいいだろう」

「ええ。申し訳ないのですが、そういたしますわ」


退室するエリザベスを見送ったサラは、ぽつりと呟いた。


「私のせいでしょうか……」


小さな声だったが、サラの発言はエドワードの耳にも届いていた。


「サラは気にしなくていい。本当はリズだってわかっているはずなんだ。だけど、リズが子供の頃からどんな風に育ってきたのかを少しだけ理解してやってほしい。それも厚かましいお願いになってしまうのだろうか?」

「いいえ、それは大丈夫です。お互い感情的になってしまったことは否めませんが、いつかは正面から向き合う必要があったんだと思います。それに、自分が要求する以上、伯母様の価値観も尊重すべきですから」

「相手を尊重するというのは、貴族にとって難しいことかもしれない。少しでも自分の優位性を見せつけるのが貴族だからね」

「どう考えても私に貴族は無理です」

「それには私も同意するよ。サラが金をばら撒いて貴族連中の鼻っ柱を折っていく情景が目に浮かぶようだ」

「いやいや、エドワードよ、サラなら金袋で殴りつけるだろう」

「あぁ確かにそうですね」

「うん、僕もそう思うよ。うちの娘は強いからね」

「それ物理的に殴ることを言っているわけではないですよね?」

「「「物理もアリだろ!」」」


グランチェスター男子が三人でハモったせいで、サラの蟀谷に青筋が立った。


「よくわかりました。では最初に金袋で殴られたい方は前にでてくださいませ。今日は特別に白金貨を詰めた金袋を用意いたしますわ」


実際にサラは目の前に革袋と300枚ほどの白金貨を取り出し、じゃらじゃらと革袋に白金貨を詰め込んだ。実に重そうな鈍器の完成である。


「さ、サラ。金は大切にした方が良いぞ」

「そうだぞ、大金をおもちゃのように扱うべきではない。というか振りかぶるな!」

「線引きって話はどこへいったんだよぉぉ」

「大丈夫です。少々怪我しても治療しますから」

「「「大丈夫じゃない!」」」


再びハモった三人を呆れたように見つめていたクロエは、サラの背後から声を掛けた。


「叔父様はともかく、祖父様とお父様までサラを怖がってるのは面白いわね」

「だって私のことを揶揄うんですもの」

「今回は許してあげてくれないかしら。もう少しお話しすることがあると思うの」

「もともと本気で殴るつもりないわよ」


サラが鈍器……もとい金袋を空間収納に仕舞いこむ様子をみて、安堵した三人はぐったりとした表情を浮かべた。


「それで、クロエが話したいことって?」

「移動ポータルの開発者をどう発表するのか気になって」

「もちろんリヒトとアリシアの連名にするわ。基礎研究をリヒトが担当し、魔道具化するにあたってアリシアが頑張ったことを明らかにするつもり」

「だとすれば、今度こそアカデミーが黙っていないでしょうね。前回の失敗を学習して、きっと慇懃な態度を崩さないでしょうし。アリシアはそういうの大丈夫そう?」

「苦手よ。胃が痛いって愚痴をこぼしながら、アメリアから薬を処方されそう。だけど、そろそろアリシアも錬金術師として表舞台に立つべき時期が来たのではないかと思うの」

「それには私も同意するわ。錬金術のことはあまり知らないけれど、アリシアがとんでもないレベルで優れていることはわかるわ。なにしろ、彼女のことを女神みたいに崇めている錬金術師たちの様子が尋常じゃないもの」

「それを言うなら、アメリアだって負けてないわよ。騎士団にはアメリアと付き合いたいって言ってる騎士や騎士見習いが列を作ってるんだから」

「あら、それは知らなかったわ。騎士が夢中になっているのであれば、アメリアの安全性も高まるのではないかしら。これは予想だけど、熱病対策で飛び回るパラケルスス師にアメリアが常に同行するようなら、アメリアの名声も高まると思うわ」

「確かに。そうかもしれないわね」

「サラ、当たり前だけど乙女たちは女性よ。名前が知られるようになれば、貴族家のお茶会に招かれるようになるはず。乙女たちには、貴族の前で困らない程度にマナーや所作を教えておく方がいいわ」

「でも、平民だとわかっていて呼ぶのでしょう?」

「もちろんある程度は見逃してもらえるわ。でも、サラだって彼女たちに恥をかいてほしくないでしょう?」

「確かに乙女たちが笑いものにされるのはイヤだわ」


サラはクロエに同意し、イライザとトマシーナにマナー教育を依頼すべきかと考えた。その瞬間に、サラはハタと気づいた。


『あ、グランチェスター家のメイドたちを本邸に戻さないと。これはいよいよ執務メイドの教育施設を急がないといけないわね』


思考に沈もうとするサラを、クロエが呼び戻した。


「サラ、聞いてる? どの貴族家も自分たちの側に取り込もうと躍起になるはずだから、会話術も必要になるわよ。下手な言質を与えちゃうと他家に持っていかれちゃうわ」

「あり得るわ!」

「グランチェスター家と距離を置くと決めたのなら、サラが乙女たちを守らないと。もちろん、私はこれからも協力するけど」

「ありがとう。ひとまずアリシアにはグラツィとマエスを付けるわ。リヒトとアメリアにはマルをサポートに付けておく」

「なるほどあのゴーレムたちなら安心ね」


次の瞬間、サラは唐突にアイデアを思い付いた。


「そうだ! 移動ポータルは希望する貴族家がいれば、どの家でも設置するって言おう」

「国家予算を超える代金を支払える家があるわけないじゃない!」

「分割払いならどうかしら」

「それって、何回かに分けて支払うってこと?」

「その通り。20年くらいまでなら分割を受け付けても構わないわ。途中で支払いが滞れば、移動ポータルは回収する契約を取り交わすの。魔石を転売されない仕組みを考えないと」

「それでも支払える家は少ないと思う」

「上級貴族の中でも、大貴族と呼ばれる家に限られるでしょうね。先を争って自領と王都を繋ぎたがると思わない?」

「どうかしら、ちょっと予想がつかないわ」

「グランチェスター家だけが特別視はされなくなるし、ソフィア商会は大貴族とのつながりができる。もちろん、高い商品を売りつけることで商会はウハウハよ!」

「さっき『量産はできない』って言ってたわよね?」

「そりゃぁ、お金を払ってもらえる目途が立たないなら量産なんて無理よ。でも完全受注生産で、納品は1年とか2年とかなら用意できるんじゃないかな」

「なるほどね。おそらくサラやソフィアはますます狙われるでしょうけれど……あなたのことは心配するだけ無駄ね。他家がドラゴンの尻尾を踏まないよう祈っておくだけに留めておくわ」


サラとクロエの会話を聞いていた大人たちは、目を見開くように驚いていた。彼らを代表するように、エドワードがサラに尋ねた。


「まさか本当に希望する貴族家すべてに納品するのか?」

「はい。支払い能力さえあれば、ですけれど」

「サラがグランチェスター家と距離を置くことの深刻さを改めて思い知ったよ」

「優位性が失われることは諦めてくださいませ。何しろグランチェスター家と違って、他の貴族家は代金を支払ってくださるのです。何て素晴らしいことでしょう! しかも、使い終わったら魔石を交換するなり、魔力を補充するなりの対応が必要ですわ。またまたお金が稼げてしまいます!」

「実に胸の痛い……いや、懐の痛い話だ。だが王室はどう出るか予想がつかない」

「それは私にも予想が付きません。ですが、移動ポータルと抱き合わせで、ソフィア商会が抱えるグランチェスターの小麦を王室に扱ってもらうことにすれば、少し面白い展開になるかもしれませんわ」


このサラの発言に、グランチェスター侯爵、エドワード、ロバートが一気に表情を変えた。

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現状平民の錬金術師や薬師が貴族に呼ばれたりしてるんですかねぇ? なのになんで乙女だけがのこのこお呼ばれされて出頭しなきゃいけないの? 爺さんや伯父らの懲りない要求といい、貴族にはバカしかいないのか?…
サラにとっての損得抜きの愛情のレベルが高すぎる、、、 結局損得抜きの愛情の基準が高過ぎて周りを損得でしか見れてない気がする。
楽しく読ませていただいております。 (本来ならば424話の感想に記すべきなのでしょうが…)一つ疑問なのですがゴーレムの命令系統についてです。物語上必要だったのかもしれないのですがなぜ、「サラや、アリシ…
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