熊出没注意
王は気に食わないが王室を利用する方が得策だと判断したサラは、王妃と謁見しているはずのゴーレムのソフィアの状況を確認することにした。
「グラツィ、王妃と謁見してるソフィアの様子はどう?」
「まだ控えの間におります」
「予定時間は過ぎてると思うのだけど」
すると、上の方からセドリックの声が振ってきた。
「サラお嬢様、マチルダ王女が今朝から高熱を発しております。おそらく熱病かと」
「王都でも熱病が流行り始めている?」
「ここ数日で王都の熱病患者は急増しております。3日程前にマチルダ王女の侍女が高熱で実家に下がっておりますので、王宮内もこれから増えていくのではないでしょうか」
姿を見せないまま、セドリックは淡々と状況を報告した。
「予想してたよりも少し早いわね。グラツィ、リヒトはいまどこ?」
「薬師ギルドです」
「じゃぁ、リヒトに王室にも患者が出たことを伝えて」
「承知しました」
リヒトの特効薬は製造が間に合っておらず、グランチェスター領内ですら不足していた。だが、グランチェスター領だけで見れば隔離対策や感染防止対策が一定の効果を見せており、患者の数は減少に転じていた。
その様子を見ていた武蔵は、サラと天井と他の妖精たちの様子をひたすら目で追った。
「なぁ、驚いているのはオレだけみたいなんだが、あの声は三人目の妖精か? マチルダが熱を出したことを何で知ってるんだ?」
「面倒だからセドリックも出てきて頂戴」
「承知しました」
今回はいつもの様式美らしきものは無く、空間の裂け目からにゅるんと大きな黒豹が姿を現した。どうやら執事姿で会うつもりはないらしい。
「ひ、豹???」
「お初にお目にかかります。武蔵様……国王陛下とお呼びすべきでしょうか?」
「い、いやオレは王の本体じゃねーから」
「然様でございますか」
「武蔵は女性の姿になった方がよくしゃべるかもしれないわ」
「承知しました」
武蔵の目の前で、セドリックは煽情的な人型の女性体へと姿を変える。
「うぉっ!? ロ〇ム??」
「何の話よ」
「ふむ。サラにもわからないネタがあるんだな」
「だから何の話よ」
「気にしなくていい。それよりこの美人さんもサラの友人なのか?」
「そうよ。王室の様子を報せてくれたの」
「めちゃくちゃ羨ましいな」
「光栄に存じます。武蔵様」
セドリックは背筋がゾクリとするようなハスキーボイスで武蔵に語り掛け、嫣然と微笑んでみせた。しかし、サラはセドリックが武蔵を警戒して一定の距離を置いていることに気付いた。
「セドリックってそんな風に相手を警戒するのね。武蔵のことが気に入らないってことは理解したわ」
「えっ、オレ嫌われてるの?」
「むしろ好かれる要素どこにあるのよ」
「今のオレって可愛くないか?」
何故か武蔵は上目遣いにセドリックを見つめ、祈るように体の前で両手を合わせている。
「大変申し訳ございませんが、私は妖精ですから容姿にはあまり興味がございません」
すると宙に浮かんで遊んでいたミケとポチもふわりとソファに戻ってきた。
「濁った色してるしね」
「それに臭い」
まったく良いところがない。少しくらいサラが浄化しても、武蔵の穢れはなかなか落ちないようだ。
「くっ、オレだって好きで犯罪者になったわけじゃないのに……」
「言い訳は見苦しいわ。誰かに詐欺行為を強要されたわけでもないのでしょう?」
「それはそうだけどさ」
「同僚に陥れられたことは同情の余地もあるけど、詐欺師になるのは別問題よ」
しょんぼりと俯いた武蔵を見ても、サラはまったく容赦しなかった。
「お前って正論で相手を追い詰めるタイプだよな。あっちで付き合ってる男いたか?」
「それなりにお付き合いした相手はいたわよ」
「けどさ、暫くすると男は逃げただろ。いい子ちゃんなのはわかるけど、一緒に居ると疲れるんだよなぁ。癒されないっていうかさ」
次の瞬間、サラは武蔵に向かって勢いよく光属性の魔法をぶち込んだ。
「うぎゃーーーーーー。熱い熱いーーーーー」
武蔵は床をゴロゴロと転がり回り、やがてうつ伏せのままピクリとも動かなくなった。
「ふんっ。勢いよく癒しの魔法を叩きこんだけど文句ある?」
「アリマセン……」
サラは空間収納から取り出した箱の蓋を魔法で少し持ち上げ、武蔵からぷすぷすと立ち上る黒い煙を風属性の魔法を使って箱の中に吸引した。もちろん吸引後は厳重に封印する。
なお、この様子を見ていた妖精とマギは武蔵の意見には懐疑的であった。サラのどのあたりが『いい子ちゃん』なのかが理解できなかったのだ。これについては『イイ性格している子』の省略形と解釈すべきなのかマギの中でも大いに議論が盛り上がった。メルキオールが『武蔵の勘違いではないか』と意見すると、これにカスパールが賛同し『武蔵は女心と呼ばれる感情を正しく理解するスキルを持ち合わせているようには見えない』と述べた。だが、バルタザールだけは『いやいや彼らがいた世界では、いい子ちゃんの定義が我々とは異なっている可能性がある』と反論した。
閑話休題
「王女様は心配ね。まだ5歳だし重症化しないといいのだけど」
「熱病ってヤバい病気なのか?」
「武蔵はこっちで熱病患者に接したことないの?」
「目の前で見たことはないな。冬になると流行するのは知ってるけど、オレがここにいる間は王室で罹った人間はいなかったんだ。風邪みたいなもんか?」
「どちらかというとインフルエンザに近いわ」
「なんだって! 乳幼児はヤバいじゃねーか。マチルダは大丈夫なのか!?」
どうやら武蔵はマチルダ王女のことが心配らしい。
「武蔵、あなた本当に王女のおじいちゃんみたいね」
「当たり前だろ。オレはマチルダが生まれたときから知ってるんだぞ。オレのことを『おじいちゃま』って呼ぶのはあの子くらいだ」
「アンドリュー王子だって幼い頃は呼んだでしょうに」
「オレがこの世界に来た頃、アンドリューは7歳くらいだったんだよ。すでに『祖父様』か『陛下』だったな」
「なるほど」
武蔵が昔を思い出していたところで、セドリックがピクリと反応した。
「サラお嬢様、マチルダ王女がひきつけをおこしました」
「大変! グラツィ、リヒトに連絡は?」
「お伝えしました。リヒト様はサラお嬢様に迎えに来てほしいと仰っています」
「わかったわ。どこに道をあければいい?」
「薬師ギルドから近いソフィア商会の本店に向かうとのことなので、本店の建物の裏にある薬剤倉庫を目指すように指示しました。あそこなら人目に付きにくいですし、お二人がいても違和感がありませんから。このあたりです」
グラツィオーソは、サラの目の前で簡易的な地図を描いた。
「あぁ、ここならわかるわ。それと、王宮のソフィアにパラケルススの登城許可を取るように伝えて」
「どなたにお声を掛ければいいのか判断できかねます」
グラツィオーソが、というよりマギが追加の情報を求めたことにセドリックが反応した。
「控えの間にいる二名の使用人のうち、年嵩の女性は王妃が自国から連れてきた侍女のウルスラです」
「メイドのお仕着せを着用されていらっしゃいますが」
「ソフィア様を観察するためです。ウルスラは王妃の側近ですから動いてくれるでしょう」
「マチルダ王女殿下のことを知っていると言って良いのでしょうか」
「そこまで話す必要はありません。ウルスラの名前を呼んで『パラケルススの登城を許可してほしい』とだけ言えば相手が察するでしょう」
「承知しました」
指示されたようにソフィアがウルスラの名前を呼んでパラケルススのことを伝えると、すぐに部屋を出て王妃の元へと向かった。もちろんウルスラは突然名前を呼ばれただけで驚愕していたが、長年王宮に務める侍女であり王妃の側近でもある優秀な女性は表情や態度に出すことは一切なかった。既に素性を知られているのであればソフィアの情報網を侮るべきではないと判断したのである。
「ソフィア商会の馬車を急いで用意して、マエストーソが馭者になってくれないかしら。空のまま先に出発して頂戴。後からリヒトたちを馬車まで連れて行くから」
「承知しました」
サラは急いでグランチェスター領の領都まで空間を繋げ、空き家で待機していたリヒトとアメリアを王都の屋敷に連れてきた。
「サラ、王女が熱を出したって聞いたけど」
「マチルダ王女はまだ5歳よ。さっきひきつけを起こしたって聞いたわ」
「その年齢なら、おそらく熱性けいれんだろうな。すぐに収まるとは思うが、なかなか収まらなかったり繰り返したりするようなら注意が必要だ。嘔吐を伴うようなら喉に詰めないような姿勢にするべきだが、まぁ王宮の医師たちなら大丈夫だろう」
武蔵はリヒトの足下に、とてとてと駆け寄った。
「おい、お前がリヒトってヤツか? 頼むからマチルダを助けてくれ」
「なんだこのクマは?」
「わぁ可愛いですね!」
ぬいぐるみのクマが自分の足下に縋りついている状況にリヒトは首を傾げたが、アメリアは意外に気に入っていた。
「それ、私の転生に付いてきた向こうの世界の詐欺師なのよ」
「詐欺師ぃぃ? コイツも転生者なのか?」
「こっちの神の意向を無視して勝手についてきちゃったから転生はできてなくて、魂だけこの国の王に憑依してたわ。王に謁見した時に剥がして、ぬいぐるみの中に入れて持って帰ってきたの」
「えーっと……この国の王は詐欺師の悪霊に取り憑かれていたってことであってる?」
「大体あってる」
「オレを悪霊呼ばわりするな。ちょっと魂だけが迷子になっただけだ。それと、オレは詐欺師じゃない!」
「ネズミ講、投資詐欺、悪徳宗教団体……トリプルコンボだよね。私が知らない余罪はもっとありそう」
「うわ、やば。近寄らないでくれるかな」
リヒトが露骨にイヤそうな顔をして、武蔵が縋りついている足を少し持ち上げて振った。
「もうしないよ。反省してるからマチルダを助けてくれ」
「言われなくても助けるつもりだけどさ、なんで詐欺師のクマが王女殿下を助けたがってるんだ?」
「王に憑依してたせいで、生まれたときからマチルダ王女を知ってるのよ。おじいちゃんモードみたい」
「なるほど。オレのアリシアみたいなもんか」
「へ? リヒトってアリシアの祖父なのか?」
「正確には高祖父だな。ってかお前はアリシアを知ってるのか?」
「まだ会ったことはないな。けど、オレは王と一緒にいたから、アカデミーで騒ぎを起こした女の子だってことは知ってるぞ。っていうか高祖父ってお前いくつだよ」
「見た目よりは少しばかりジジィだ。まぁそういうことなら一応、挨拶くらいはするか。オレはリヒト。前世では桜庭理人って名前だった。こっちではパラケルススと呼ばれることもある」
「気になってたんだよ。パラケルススって錬金術師のアレか? ホーエンハイム?」
「ははは。そういう知識にも詳しいのか。だけどオレがパラケルススを名乗ることになったのは本当に偶然で、こっちの世界には本当にパラケルススって名前の錬金術師がいたんだよ。オレはその男になりすまして、アカデミーで研究してたんだ。そういう意味ではオレも犯罪者かもな」
「他人になりすまして研究なぁ。研究費や給料ももらってたんだろ?」
「もちろん」
「なるほど。それは確かに犯罪者だな」
リヒトは少し困った顔をしながら、武蔵を抱え上げた。
「王女殿下が気になるならお前も一緒に来るか? えっと……」
「武蔵だ。向こうでは宮本武蔵って名前だった」
「詐欺用の偽名か?」
「残念なことに本名だ。親がやらかしたんだよ」
「そいつは大変だな。子供の頃はいじられそうだ」
「まぁな。ところでオレが行っても問題ないのか?」
「クマのフリして黙ってれば問題ないだろ」
「お前、いい奴だな」
武蔵が詐欺師であることを告げたことで最初は少し引いたようだが、どうやらリヒトと武蔵の相性は悪くなさそうである。
「あなたたち、あっさり仲良くなるわねぇ」
「仲良くなったつもりはないが、わざわざ悪くする理由もないだろ。しかし、なんでクマなんだ? サラならもっと自由に動ける身体を作れるだろうに」
「やっぱり作れるのか。埴輪とクマの二択ってオカシイと思ったんだよ」
「犯罪者のために無駄に魔力使いたくないもの」
「人間卒業するくらいの魔力の癖に何言ってるんだか。まぁクマは可愛いけどさ」
「ほら、やっぱりオレは可愛いじゃねーか」
「中身は四十を超えたオッサンでしょうが」
「サラ、武蔵もお前には言われたくないと思う」
リヒトの指摘に武蔵が激しく頷いている。
「9歳の少女に対して失礼極まりないわね」
「いやいや事実の指摘だろ。自覚がないとは言わせない」
「むぅ……」
「それとさ、クマのままでも構わないけど、もう少しサイズが大きくないと会話するのに首が疲れる」
「せめてもう少し手足を長くしてくれないとバランスが悪いしな」
武蔵は30センチくらいしかないので、テディベアとしても小さめのサイズである。言われてみれば、リヒトは武蔵と会話するためにしゃがみ込まねばならず不便そうではある。
「あなたたち、私に対して失礼じゃないかしら。正直なところ、私は犯罪者にあまり自由に動ける身体を与えたくないわ」
「だからクマのままでもいいって。もうちょっとだけデカくしてくれって話だよ。オレの首コリに免じてさ」
「もう、仕方ないなぁ」
サラは渋々武蔵の身体を少し作り直した。身長を1メートルくらいまで大きくし、全体にバランスを調整していく。
「お、かなり歩きやすくなったな。座ったり立ったりも楽にできる」
「その分重くなってるから、階段の上り下りとかは気を付けてね。衝撃を吸収できるようにはなってるはずだけど、あなたの身体の中にある魂の器を割らないように」
「怖いこと言うなよ」
「私が作ったわけじゃないから、どれくらい頑丈なのかわからないんだもの。まぁ多分大丈夫じゃないかなぁとは思う」
「わかった。とりあえず慎重に行動するよ」
武蔵の身体の最終調整をしていたサラは、ふと視線を感じた。振り向くとアメリアがキラキラとした瞳で武蔵を見つめている。
「アメリア、武蔵が気に入ったの?」
「可愛いですよね!」
「何度も言うけど、中身はオッサンよ?」
「それはサラで慣れているから大丈夫」
「ちょっと、アメリアも大概失礼でしょ!」
アメリアの発言に、リヒトと武蔵が腹を抱えて爆笑していた。もっとも、サラ自身も自覚はあるので、ここは潔く流すことにした。
「アメリア、あなたも王宮に参内するの?」
「私は平民ですから難しいのではないかと」
「いや、オレは連れて行くつもりだよ。薬剤の管理を任せたいんだ」
「ですが、着の身着のままでこちらに来ましたので、ローブが少々汚れているのですが……」
アメリアが困った表情を浮かべている。
「アメリア、新しいドレスとローブを用意するわ。リヒトの分もね。魔法で即席に作るから、隣室に一緒に来てくれるかしら。リヒトはそっちの部屋で待機してて」
「わかったわ」
「了解した」
サラはアメリアとグラツィオーソをドレスルームに連れて行き、アメリアに服を脱ぐように指示した。比較的シンプルな濃紺のドレスを魔法で作り上げてグラツィオーソに渡すと、テキパキとアメリアに着せていく。その間にサラはドレスの上から着る薬師用の白いローブを作成していく。もちろんローブの胸元には、忘れずにアレクサンダーの紋章も刺繍しておく。乙女の塔に出入りしている者たちの間で、アメリアのローブにアレクサンダーの紋章が刺繍されていることを知らない人はいない。なんならグランチェスター騎士団にも知られている事実である。
「これでよしっと。急いで作ったから着心地が少し悪かったら言って」
「大丈夫だけど、このドレスってシンプルだけど高そう……」
「気にしないでもらってくれると嬉しいわ。どうせ魔法で作ってるんだから」
「ふふっ。だったら武蔵の身体も有り余る魔法で作ってあげればいいのに」
「今はクマくらいが丁度いいと思うのよ。もうちょっと様子を見てからじゃないとね」
「ふふっ。そうね」
会話をしながらも、サラは遠隔魔法でリヒトのローブを複製しておいた。中に着る服は使用人のお仕着せ用に置いてある服で済ませた。サラは魔法で作ろうとしたのだが、リヒトが「どうせ上からローブを着るんだからこれで十分」と断ったのだ。
こうしてサラ、リヒト、アメリア、武蔵の4人は、荷物を抱えて移動中の馬車に乗り込んだ。熱病の診察にサラは必要ないのだが、リヒトとアメリアは登城経験のない平民である。そのため、まだ9歳ではあるがサラを一行の代表者に据え、第二王子妃を訪問するという名目で許可を取った。急な登城にグランチェスター家の大人たちの都合はつかなかったが、一刻を争う事態であるため特別に許可が下りたのだ。
正確にはサラもまだ平民ではあるのだが、貴族との養子縁組は既に許可が下りているため貴族令嬢という扱いである。リヒトとアメリアは、あくまでもサラの付き人の扱いである。武蔵に至っては、サラの抱えるぬいぐるみだ。
「待ってろマチルダ……。頑張るんだ」
サラに抱えられた武蔵は、小さな声で呟いた。
2024年10月19日に「商人令嬢はお金の力で無双する3」が発売されます。
今回書き下ろしたSSは、書店応援用のものを含めて4本とも「恋愛」がテーマです。
「え、この作品で?」と思ったりしますよね。私もです。




