手足が短い
「やっぱり、簡単にはいかないわね……」
サラは王都邸の自室の中で書類を睨みつけながら、ぶつぶつ独り言を漏らしていた。机の上には十数通の書簡が置かれていたが、いずれも「期待には沿えない」という断りの内容であった。実は小麦の仲卸業者が見つからず、小麦の販売ルートを確保できていないのだ。
アヴァロンは農業大国であり、小麦を始めとする農産物の取引には長年の商習慣が根付いている。ソフィア商会がどれだけ魅力的な商品を扱っていたとしても、何代にも渡って小麦を取り扱ってきたような商会から見れば、秩序を乱す新参者に過ぎない。領主にとって商人同士のカルテルは頭の痛い問題ではある。しかし、スムーズに商品を流通できるというメリットが、価格を操作されるデメリットを上回ってしまうのだ。
こうした商人たちの動きを主導するのは商業ギルドである。建前上、商業ギルドは商人たちの互助組織ではあるが、実際には加入している商会を統制する役割を担っている。グランチェスター領の商業ギルド長であるコジモが、グランチェスターの小麦のカルテルを結成していたのと同じように、アヴァロン国内で流通する農産物をはじめとする多くの市場が商業ギルドの管理下に置かれているのだ。
「うーん。ミッドラン商会には、相場よりも安く売ったのになぁ」
ミッドラン商会はアヴァロンでも五指に入る仲買業者であり、繋がりの深い仲卸業者も多い。その代表であるアーチボルトとは王都の商業ギルドで顔を合わせており、多少の駆け引きはあったものの、お互いに納得いく形で取引ができたと思っていた。
事実、アーチボルトの口利きでいくつかの商会が小麦を買い付けにきている。ところが、必要最低限の小麦を手に入れた後は、どの商会もそれ以上の取引をソフィア商会に持ちかけようとしないのだ。
「小麦の相場が下がったとは思わないけど、予想よりも価格の高騰は抑えられている気がするわ。沿岸連合は市場への介入を止めたのかしら……」
「そんなわけないだろ。今手を引いたら、これまでの投資が無駄になりかねない。ヤツらはロイセンを兵糧攻めにしているんだろ?」
サラの独り言を横で聞いていた武蔵が、最近定位置になっている窓際のクッションの上から飛び降りた。短い手足でとてとてとサラに歩み寄り、短い手足でジタバタとソファによじ登ろうとする。
「武蔵の癖になんか可愛いわね」
「手足が短すぎて色々不便なんだよ」
「とっさに思いついたのがソレだったのよ。埴輪とどっちがいい?」
「それ、くま以上に動かせる要素がないだろ」
「私が作るとくねくね動くのよ」
「踊ったら相手のレベル下がるのか?」
「本当にそんなことになったら、あなたのことはダーティーハニーって呼んであげるわ」
「マグナム撃ちまくるヤベェ刑事なのか、変身美少女アンドロイドなのか迷うところだな」
「こんな会話ができる相手ができて嬉しいやら悲しいやら」
「つかさぁ、サラの知識っておっさんっぽくね?」
「否定できない自分が哀しいわ」
なかなかソファに這い上がってこられない武蔵を見たサラは、武蔵の両脇を抱えて自分の膝の上に抱えた。窓際にいたお陰で、武蔵の身体からはお日様の匂いがした。
「で、さっきの続きだけど、沿岸連合はロイセンに輸出する食糧の値段を吊り上げてる。おそらく今後はもっと高く売りつけるつもりなんだろう」
「ええ。私はそう判断してる」
「王も同じ考えだ。だから、ロイセンがアヴァロンから安く小麦を買うのを阻止するように動くはずだ」
「そうでしょうね。グランチェスター領で暴動を起こした理由もそこにあると見てるわ」
「わざわざロイセンの仕業に見せかけたのも、交渉を決裂させたかったからだろう」
「暴動が成功してもしなくても、アヴァロンがロイセンに疑惑の目を向ければ目的の半分くらいは達成できると思ったんでしょうね。穀物は戦略物資だから、国外への流出には王の許可が必要になる。アヴァロン王室がロイセンを疑っていれば、売り渋るだろうと思ったはずよ」
「そんなに単純な手を使うかなぁ?」
「相手は何重にも罠を張り巡らせているのだと思うわ。ひとつひとつの工作は比較的単純よ。成功率が少しばかり低くても、どれかの工作が成功すれば連鎖的に他も上手くいく可能性が高くなる」
「ほへー。詐欺師も真っ青だな」
「詐欺師のあなたがいうんだから褒め言葉でしょうね」
「だからオレは詐欺師じゃねーっての」
武蔵はジタバタと手足を動かし、サラに抗議をしている……ように見えないこともない仕草で暴れた。
「はいはい。わかった。そこで暴れると落っこちるわよ」
サラは武蔵の頭をぽんぽんと撫でた。
「まぁ美少女に抱えられるのも悪くはねーな。欲を言えば、あと10年……いや20年くらい育ってからの方が好みなんだが」
「壁に投げつけてイイかな?」
「ジョークに決まってるだろ。そんなことより麦が売れない話を聞きたいんじゃないのかよ」
「そうよ、それ。何で売れないの?」
「ソフィアが小娘だからさ」
「どういうこと?」
「新参者の商人がデカイ面で自分らの縄張りを荒らしてることだけでも腹に据えかねてるのに、それが若い女商人ってことが気に入らないってことだな」
「気に入らないけど理解はできるわ。前世でも同じようなことはたくさんあったもの」
「いいや、多分サラは本当には理解できてないと思うぞ」
「そうなの?」
「オレらの前世ではさ、『男女を差別するのは良くないことだ』っていう教育はされるだろ。もちろん国や宗教によって程度の差はあるし、現実的にはなかなか差別がなくならないってこともわかってるけどな」
「うん」
「だけど、この世界はそうじゃない。大多数の人は『男と女は果たすべき役割が違う』って教えられるんだ。アカデミーの中にはさ『そもそも男性と女性は同じ生物なのか』ってテーマで真剣に研究してるヤツらまでいるんだぞ」
「お母さんのお腹の中から産まれてきたのに、マジでそんなことを考える人がいるの?」
「いるさ。サラだって貴族として淑女教育を受けてるはずだけど、男を立てるように教えられるんじゃないか?」
「確かにそうね。でも、それは前世でもよくある話だったわ」
「まぁ女性側は『そういうことを考えないこと』が美徳なのかもしれねーな」
「正確には『心の中で思ってても口には出さないこと』かな」
「なるほど。女は腹黒いな。それはともかく、この世界には男女平等なんて考え方は最初から存在しないんだ。女商人もいるにゃぁいるが大半は紐付きだ。元々娼館の花だった女とか、誰かの愛人とかな」
「それは理解してるつもり」
「他の商人たちから見れば、ソフィアはグランチェスター侯爵家の紐付きにしか見えないんだよ。ソフィアが大量の魔石という資産を抱えてたことは、おそらく商人たちも嗅ぎつけているだろう。それでもヤツらの常識が邪魔をして、ソフィアのことを独立した商人と認められないでいるはずだ」
「なるほどね。それで、その"男"商人たちは何が望みなの?」
サラの質問に武蔵は即答せず、顎に手をあてて考える仕草をした。
「商人の望みはいつだって"金"だろうが、それとは別に商人として生きてきた長い年月が小娘の前に屈することを良しとしないってとこじゃねーかな。要はプライドの問題ってことさ」
「うーん。理解できないわけじゃないけど、私とは違うプライドを持ってる感じね」
「もっとも、商業ギルドのヤツらは談合が失敗することを想定せず、既に約定してしまった分は購入せざるを得なかった。背に腹は代えられないってやつだな。おそらくかなりの屈辱だっただろう」
「そういうもの?」
「もちろん。だからこそ、ヤツらは、大量に売れない小麦を抱えたソフィアが、自分たちに縋ってくるのを待ってる。小麦も農作物だし、劣化して商品にならなくなってしまうまで放置することはできないだろうと高を括っているのさ。ソフィア商会に恩を売る形が作れれば、ソフィア商会ご自慢の商品群についても口を挟めるとか考えてる気がするぞ。商業ギルドに加入していない穀物商なんているはずがないから、商業ギルドがソフィア商会から小麦を買わないよう通達したと見るのが自然だろう。そうやって商人たちを統制することで、ヤツらは自分たちの思い通りに市場を動かしてきたんだ」
「ちょっと武蔵、王に憑いてたなら独占禁止法とか作っておいてよ。なんで公正取引委員会がないのよ」
「無茶言うなよ。オレだって王を自由にコントロールできたわけじゃねーよ」
「使えないくまねぇ。まったく、アヴァロン国内で揉めてる場合じゃないのに」
武蔵をギュッと抱え、サラは荒れた気持ちを落ち着けることにした。
「おそらく、沿岸連合のヤツらは商業ギルドにも入りこんでる。さすがにソフィア商会のことは想定外だろうが、それでもアヴァロンの王室が市場に介入することくらいは予想していたはずだ。だとすれば、アヴァロン国内の商人たちが今抱えている小麦を始めとする穀物は、おそらく大半が沿岸連合の商人に売ることが決まっているはずだ」
「そうでしょうね」
「つまり、アヴァロン国内で一気に小麦が不足するんだよ。もうそれ程時間は残っていないだろうな。そうなったら、アヴァロンの王室はグランチェスターを始めとする穀物を栽培している領主に対し、穀物を供出するよう命令することになる」
「もちろんそれは予想済みよ」
「おいおい、しっかりしてくれよ。そうなったら小麦は二束三文で売らなければならなくなるんだぞ。当然、ソフィア商会もグランチェスターも無傷ではいられないだろうが」
サラは武蔵の発言を聞いて、がばっと顔を起こした。
「そうか、最初から商業ギルドも沿岸連合の一部と考えれば良いのか。私は彼らを協力者として遇するつもりだったのよ。すくなくともアヴァロンの商人なら、アヴァロンの不利になることはしないと信じたのに」
「は?」
「私はちゃんと小麦を例年と同じ流通ルートに乗せるつもりだったわ。その方がスムーズに国民の台所に届くと考えたの。だけど放置しておいたら、小麦の価格高騰は避けられないだろうから、安く小麦を販売する独自の小売りルートを作って競争による価格の低下を狙ってた」
「そんなことを考えてたのか」
「うん。全部の小麦を売るには独自ルートだけじゃ無理があると思ったのよ」
「確かに一朝一夕で作れるもんじゃないからな」
「だけど、商業ギルドのジジィたちがくだらないプライドとやらで私の邪魔をするなら、彼らも沿岸連合と同じだと思うしかないわ」
「敵に回すってことか?」
武蔵が心配そうにサラの顔を覗き込むと、サラはニヤっと笑った。
「馬鹿ねぇ武蔵。私は商人よ。小麦の市場では"競争相手"になるかもしれないけど、他の市場では手を結ぶかもしれないでしょう? それはそれ、これはこれよ」
「ははっ。強かだなぁ。ところでサラ、グランチェスター領の事情とかオレに欠けてる情報を補完してくれたら、もうちょっとまともなこと言えるかもしれないぜ」
「うーん、ブレストするか。ゴーレムも同席させた方が良さそうかな」
サラは呼び鈴を鳴らし、次の間に控えていたゴーレムのグラツィオーソを呼び寄せた。
「お呼びですか?」
「武蔵を交えてブレストしたいの。付き合ってくれるかしら」
「マギ的には最高のご褒美ですね」
「でしょうね」
武蔵はサラのお腹に背中を預けるようにこてんと上を向き、サラの顔をじっと見つめた。
「なぁ、サラ」
「なぁに武蔵?」
「もしかしてマギって三台のコンピュータだったりしないか?」
「……コンピュータではないわね。似たような存在ではあるけど」
「もしかして、『メルキオール』『バルタザール』『カスパー』だったりするんじゃないか?」
「正確には『カスパー』ではなく『カスパール』ですが、ほぼ正解です。武蔵様は私たちの名前をご存じなのですね!」
グラツィオーソがニッコリと微笑んだ。
「サラ、お前は関係各所に謝れ」
「バチカンで教皇様に『私は東方の賢者の御名を騙る罪を犯しました』と告解しろってことかしら?」
「白々しいんだよ」
「だけど、マギを設計したのも、実際に作ったのも私じゃないからなぁ」
「は?」
「素材や費用は提供してるから私が作ったと言えないこともないけど、基本設計はリヒト、そこから発展させて実際に製作したのはアリシアよ。そのうち紹介してあげるわ」
「マジか! この世界にも三賢者がいるのか?」
「リヒトは転生者よ」
「なるほど」
武蔵は頭を抱えるような仕草をしたのち、ふとグラツィオーソを見つめた。
「ところで、そこのねーちゃんは人間じゃないのか?」
「グラツィオーソは生体のゴーレムよ」
「なぁ、オレもこんな感じの身体に入れてても良かったんじゃね?」
「動かすのに凄く魔力が必要なのよ。そこまで武蔵に親切にする必要性は感じないかなぁ。それに、武蔵に自由過ぎる身体を与えるのはちょっとイヤ」
「なんでだよ」
「だって前世は犯罪者じゃない」
二人のやりとりを見ていたグラツィオーソは、優雅な微笑みを浮かべつつ口を開いた。
「武蔵様も転生者でいらっしゃるのですね?」
「あー、正確には転生じゃないんだけど似たようなものかな」
「今後は私どもと楽しくお話いたしましょう」
「武蔵気を付けてね。私の周囲にいるゴーレムたちは、みんなマギに繋がってるわ。マギは情報を収集することにとても執着しているの」
「へー。面白そうじゃん」
「倫理的な制御がどこまでできているのか私は知らないから、私が目を離した隙にくまちゃんの身体がバラバラにされないことを祈っててあげる」
「えっ!?」
「大丈夫です。元に戻せば問題ありません」
「問題ありすぎだろ!」
武蔵はサラにひしっとしがみついた。
「確かに私の傍にいれば安全かもしれないわね」
「痛くしないから大丈夫ですよ」
「絶対にヤダ」
実はこのやりとりはゴーレムのジョークであり、それにはサラも気付いていた。だが、武蔵にはかなり効いたようだ。
「どうしてこう話が脱線するのかしらね。ひとまずグランチェスター領の話をしましょう」
「お、おう」
「先に武蔵がどこまで知っているのかを聞いておきたいわ」
「そんなに知っているわけじゃない。ただ、グランチェスター侯爵が暴動を報告しにきた時には、小麦絡みの陰謀がありそうなことには気づいたよ。丁度ロイセンの王太子がアヴァロンに極秘訪問していたから、情報を与えて反応を見たけど明らかに動揺していた。お陰で国家としてロイセンが仕組んだことではないのはすぐにわかった」
「なるほど」
「それに、まだまだ成熟しているとは言い難いが、アヴァロンでは農作物の先物取引が行われている。オレは前世の記憶のせいで、ついつい動向を追ってしまうんだ」
「ってことは小麦の価格動向も知ってるってこと?」
「ある程度な。公開市場があるわけじゃないし、大規模な取引を行う商会は限られているから、継続的に監視していた程度だ。まぁ、グランチェスター領の小麦が1つの商会に買い占められたと聞いた時には、思わず王の身体から転がり落ちそうなくらい驚いたぞ」
「落ちれば良かったのに」
「癒着してて無理だった」
ぬいぐるみのくせに、武蔵は器用にニヤっと笑った。
「だが、グランチェスター領の商会と聞いて、実際に金銭の取引は行われていないだろうとオレも王も判断していた。小麦カルテルの存在に業を煮やしたグランチェスター侯爵が、子飼いの商会を使って価格統制を図ったのだろうと」
「そっか。王の視界からはそう見えるのね」
「違うのか?」
「結果的にカルテルを潰すことになったけど、元々はグランチェスター領の小麦の備蓄が底をついてることを隠したかっただけなの」
「備蓄がないのか?」
「数年間、横領に気付かなかったのよ。横領犯が逃げ去った後に確認したら、空っぽだったってわけ」
「それは驚いた」
「だからソフィア商会がすべての小麦を買い取って、各商会には必要な量だけ販売する予定でいたのよ」
「余剰分をすべて備蓄に回すためってことか」
「ええ、そう。余剰分をグランチェスター領が買い戻すのを見せるわけにはいかないから。そんなことしたら備蓄が減ってることがバレちゃうもの。今年が豊作で本当に良かった。飢饉が発生したらグランチェスター領どころか国が荒廃したかもしれない」
「そりゃそうだ。飢饉が発生したら、真っ先にグランチェスター領に備蓄してる小麦の供出を求めるだろうしなぁ」
武蔵は身体の前で腕を組んで考え込んだ……正確には、腕を組もうとしたが腕が短かったため、祈るようなポーズになっている。
「ってことは、しばらくはグランチェスター領の小麦は品薄になるってことか?」
「いえ。サラお嬢様が昏倒したお陰で、小麦の備蓄問題は解決しています」
「なんだそりゃ。意味が全然わからん」
西崎:うん。全然意味わかんないよね。
サラ:私もそう思う。




