9歳の誕生日 6
ちょっと間が空いてしまいました。
「アル、お待たせしてごめんなさい」
不可抗力とはいえ、パートナーを放置してしまったことをサラは謝罪した。だが、アルフレッドの方は、並べられたお菓子に夢中であまり気にしていなかったらしい。
「僕の方は大丈夫だけど、凄い人たちに囲まれてサラこそ平気だった?」
「そんなに凄い人たちだったのね。知らない小父様ばかりでびっくりしちゃった。それより、タルトタタンを三つも食べたの?」
「タルトタタンっていうんだ。すごく美味しいよ」
「グランチェスター領で採れた新種のエルマを使ってるの。素朴な見た目だけど、私も大好きなお菓子よ」
「新種のエルマなのか。グランチェスター領にはなんでもあるんだね」
「そんなことないわ。アールバラ領と違って、グランチェスター領には海が無いもの」
「じゃぁ魚は捕れない?」
「川があるわ。アクラ山脈から大きな川が流れていて、枝葉のような支流に沿うように麦畑と領民たちが住む村が作られているの。あとね、頑張って山登りしないと辿り着けない場所にはとても綺麗な湖があるんですって。まだ私は行ったことないんだけど、大きくなったら行くつもりよ」
「へぇ。そういえば、そのアクラ山脈の麓で狩猟大会をやるんだよね?」
「そうよ。たまに狩場で迷って帰れなくなっちゃう人もいるくらい広い狩場なの。迷子になっても困らないよう、狩場のあちこちに狩猟用の小屋や狩猟館を建ててあるんですって。狩猟館は参加者の宿泊施設としても人気があるんだけど、3つしかないから毎年祖父様はどの貴族家に貸し出しをするかで頭を悩ませるの」
「狩猟館に宿泊するのも凄く面白そうだ!」
「アールバラ公爵家は、毎年グランチェスター城内にある建屋の一つを使ってるわよ?」
「そうなのか。ちょっと残念だ」
「でも、私が住んでる乙女の塔からは比較的近いから、一緒に遊びやすいかも」
「だったらいいや。やっぱり来年こそはグランチェスター領に行くよ。僕が狩った獲物をサラに捧げるからね!」
『あー、うん。意気込みはわかった』
なんとなく保育士にでもなった気分である。そういえば、前世で保育士だった知人は、毎日のよう園児から「僕、将来は〇〇先生と結婚するー」と言われると話していた。当たり前だが、大きくなってから彼女にプロポーズにきた子は一人もいない。
「サラ、主役がこんな隅に居たらダメじゃない」
クロエが沢山の女の子たちを引き連れてやってきた。サラよりも幼い女の子も混ざっていることから、おそらくサラに紹介するつもりなのだろう。クロエはサラの傍らに歩みより、扇で口許を覆いながらそっと囁いた。
「いきなり大変な目にあったみたいね」
「そうなの。祖父様とお父様が助けにきてくれたんだけど……」
「サラが尻尾を出しちゃった? それとも祖父様と叔父様があんまり役に立たなかった?」
「私の尻尾かなぁ。誘導されちゃうと駄目みたい」
「それは困ったわねぇ。貴族としては致命的よ。場数が少ないせいなんだろうけど、もう少し頑張らないと。国王陛下の御前でも微妙だったし」
「反論の余地がないわ。クロエを見習わないと」
不意にサラの正面に座っていたアルフレッドがスッと立ち上がり、クロエたちに向かってボウアンドスクレイプで挨拶をする。
「こんにちは。冬だというのに色とりどりの花が咲き誇っているようですね。実に美しい光景です」
令嬢たちは一斉にカーテシーの姿勢を取り、クロエが代表して挨拶の言葉を述べた。
「こんにちは、アルフレッド公子。本日はサラをエスコートしていただき、ありがとうございます。グランチェスター家を上げて感謝申し上げます」
「僕のような子供の前で頭を下げないでください。皆様の美しい顔ばせをお隠しにならず、お見せいただけると嬉しいです」
この言葉に令嬢たちは顔を上げて、全員が優美にアルフレッドに微笑んだ。
『さすが小公爵ともなると、この辺りの所作は叩きこまれているってことか。ちょっとチャラい感じに聞こえるのは指導者の影響かしらね』
「それに、サラは僕がエスコートしたくて申し出たのです。王都の社交の場に初めて参加するサラの不安を少しでも軽くしたくて」
「アルフレッド公子はお優しいですわね」
「もしかしたら僕が社交界でサラの最初のパートナーになりたかっただけなのかもしれません」
ほんの少しだけ照れを含んだような笑顔を浮かべ、甘さを含んだ言葉を口にするアルフレッドの様子にご令嬢たちの方から「ふふっ」と小さな笑みが漏れた。9歳のちびっ子令嬢の隣に、もっと小さい小公子が並んでいる様子は、大変微笑ましく映るらしい。
アルフレッドと同年代くらいの小さな令嬢に至っては、頬を赤く染めてアルフレッドをうっとりとした眼差しで見つめている。そんな令嬢の視線にアルフレッドも気付いており、そっと彼女に笑顔を向けて首を小さく傾げた。
『あ、違う。これはタラシ属性だ。年齢的に天然かなぁ。あ、でもアルの叔父って、あのアホのライサンダーだったわ』
この瞬間、サラはアルフレッドと友人以上の関係になることはないと確信した。前世の記憶のお陰で、このタイプの男性には"もう"引っ掛からないことを知っているサラは、少し引いた位置でアルフレッドを観察する。
『美少年なのは間違いないし、育ちが良いから所作も綺麗。お子様らしさを失わない程度に洗練された少しあざとい会話術……たぶん、無意識ね。年上の女性たちは彼を可愛がるでしょうし、同世代なら恋に落ちちゃうのかな』
別にアルフレッドが悪いわけではない。貴族として教育されている以上、彼の行動は模範的であるとすら言える。淑女教育によってサラも似たような行動をとることがあるため、アルフレッドを非難するつもりもない。あざとい態度を取るだけで自分の主張を通せるのであれば、これ程素晴らしいことはない。
『なんとなく貴族の子供たちが早熟にならざるを得ない理由がわかってきたわ。でも、そう考えると、アダムって貴族としては本当にダメダメなんじゃないのかしら。将来のグランチェスター侯爵としてやっていけるのかなぁ。まぁ、マーグに期待するしかないかな』
そんなことをつらつらと考えていると、先程の小さなご令嬢がサラの近くにトコトコと寄ってきて、可愛らしい仕草でサラの誕生日を祝う言葉を語り掛けてくれた。
「お初にお目にかかります。アレクサンドラ・ハリントンと申します」
「ハリントンということは……」
「そうよ、彼女はハリントン伯爵令嬢なの。私たちの再従妹ね」
クロエが改めてアレクサンドラを紹介する。
「まぁそうなのですね。改めてよろしくお願いします」
「どうか私のことは気軽にサンディとお呼びください。クロエお姉様にもそう呼んでいただいております」
『お、おう。クロエお姉様ときたか』
「わかりましたわ。サンディ。どうか私のこともサラと気安く呼んでくださいませ」
「ありがとうございます。サラお姉様」
『あ、私もお姉様呼びだ。やったー』
サラはグランチェスター関係者の中では比較的ちびっ子なので、改めて『お姉様』と呼ばれると、ドキドキしてしまうから不思議である。ミリアムなら呼んでくれる可能性もあるかもしれないが、今のところ舌足らずに『サラおじょーさま』である。
「笑顔がお父様によく似ていらっしゃいますね」
この言葉にアレクサンドラはほんの少し顔を曇らせた。
「正直に申し上げて、私は父よりも祖母に似たかったのです」
「ええっ。サンディはとても可愛いではありませんか。ハリントン伯爵も美丈夫でいらっしゃいますし」
「祖母はグランチェスター家の血筋を体現したような容姿なのです。年齢を重ねてもなお、優雅さを失いません」
『あー、そういうことかぁ』
確かにアレクサンドラはグランチェスター家の顔立ちとは違う系統ではある。だが、決して容姿が劣っているというわけではない。子供らしくふっくらとした丸顔と、少し垂れ気味だがぱっちりとした大きな目がとても可愛らしい。おそらく成長すれば優し気な美人になるだろう。
「サンディ、人にはそれぞれ異なる美しさがあると思うのです。私も父より母に似ていますから、クロエのように、いかにもグランチェスター家という容姿ではありませんわ」
「ですが、サラお姉様はとても美しいですわ」
「ありがとうございます。私も自分の容姿を気に入ってはいますが、ときどきクロエの豪奢なブロンドを羨ましいと思うこともあります。華やかですものね」
「確かにクロエお姉様は、グランチェスター家の美しさを象徴されているようなお方ですわ。今もとてもお綺麗ですが、将来は間違いなく社交界で最も美しい花となるでしょう」
『おっと、この子はクロエが大好きなのね』
こう言われてクロエが黙っているはずもなかった。
「ありがとうサンディ。でもね、私も、サラも、サンディも、いいえ人は誰でも自分の持って生まれた姿で最善を尽くさなければなりません。実は私もサラと並んだ時には複雑な気持ちになったりもするのです。サラを『お綺麗な方』と仰った殿方が、私を見て『可愛らしい』と表現された時には少々落ち込みましたわ」
「そ、それはなんとも気の利かない殿方ですわ!」
少しばかり男性に批判的な発言になってしまったため、サラはちらりとアルフレッドの方を振り向いた。もしかしたら、居心地の悪い思いをしているのではないかと考えたのだが、その心配は不要であった。
「言葉の持ち合わせの少ない方だったのですね。サラは凛と立つ幼い女神のようですが、クロエ嬢は華やかな薔薇のような方です。それに、アレクサンドラ嬢の優し気で可憐な美しさ……うーん、どう考えても比べるのは難しいです」
『誰だよ、こんな6歳児を育てたの』
こうした貴族的なアルフレッドが苦手だと感じてしまうのは、サラの前世の記憶のせいかもしれない。だが、アルフレッドに微笑みかけられ、アレクサンドラの頬はみるみる桃色に染まっていく。
「知らなかったわ。サラが私の髪に憧れていたなんて」
「もちろんよ。いかにもグランチェスター家のブロンドですもの」
するとクロエの背後にいた令嬢たちが口々に声を上げた。
「何を仰るのです。狩猟大会でサラ嬢を見た公子たちは、『月光の妖精』だの『真珠の化身』だのと騒いでおりますのに」
「幼馴染たちからは、老婆のような髪だと揶揄われて引っ張られたりしましたわ」
まだ実の父母が存命だった頃、近所のクソガキどもに揶揄われたことを思い出した。
「それは、サラ嬢の気を惹きたくてわざと意地悪をしたのでしょうね」
「幼い殿方はそういうところありますわよね」
今になって思えば、おそらくその通りなのだろう。だが、実際に揶揄われる側からしてみたら、たまったものではない。昔のことを思い出し、サラは少しだけ切なくなった。前世のことを思いだしてもこんな気持ちになることは少ないが、サラ自身の過去についてはまだ新しい痛みとして感じられるのだろう。
「ぼ、僕はそのようなことはいたしません」
「ふふっ。承知しておりますわ。アルフレッド公子は決してそのようなご無体なことはなさいませんわよね」
クロエの傍らにいたブルネットの令嬢が、アルフレッドに語り掛けた。
『あれ、この人って以前はもっと凄い縦ロールだったよね。クロエ以上にグリングリンだったはず』
クロエの縦ロールは長い髪の半分から下くらいが縦ロールだったが、彼女の髪はかなり上の方から巻かれていた記憶がある。だが、今は根元を複雑に編み込みにしてから、背後で束ねてリボンを結んだハーフアップになっている。もっとも、毛先は緩やかな縦ロールのままなので、おそらく元から癖のある髪なのだろう。
そう考えると、令嬢たちの縦ロール率がかなり下がっていることにサラは気づいた。ジャスミンのドレス披露のお茶会では縦ロールが主流だったはずだが、この短期間で一気にヘアスタイルの流行が変わっていたらしい。また、ドレスのボリュームも控え目なものが多くなっているように見える。
『ジャスミンドレスのお茶会で発表されたデザインは、非常識なくらいスカートが広がってたはずなのに』
サラは改めて、クロエが社交界の少女たちに大きな影響力を持っていることに気付いた。そして成人した女性たちにとっては、エリザベスやヴィクトリアがファッションリーダーとなっているようである。ちなみに今日のパーティーでは、エリザベスもルーカスがデザインしたソフィア商会のドレスを身に付けている。ヴィクトリアはジャスミンのデザインしたドレスを着ているが、スカートのボリュームがかなり控え目である。おそらくヴィクトリアがジャスミンに注文を付けたのだろう。
だが、サラはこの状況に危機感を覚えた。エリザベスやクロエのような雰囲気のドレスを作りたいと思っても、ソフィア商会側に大量の顧客を受け入れる体制が整っていない。
『これは本格的に急がないとマズいわ』
しかし、それ以上にマズい状況が、ひたひたと押し寄せていることにサラはまだ気づいていなかった。
本日、商人令嬢の2巻発売されました。
Web版をベースにはしていますが、かなり加筆・修正しています。
あ、もちろんSSも書いてます!




