ギルティ
「どうせならもう一曲くらい歌ってよ」
相変わらず軽い感じでマルカートがサラに語り掛けると、何故かガイアの方も同意するように首を縦に振った。
「その雰囲気だと、また私に何かをさせたいわけね?」
「まぁね。ちょっと王様が疲れちゃってるからさ、サラの歌で癒してくれないかな」
武蔵が離れた王はぐったりと床にへたり込んでおり、その傍らには頭上から落ちた鬘が落ちている。
「王を癒すのはいいんだけど、まずは王の鬘を元に戻そうよ。なんか、気の毒なビジュアルになっているので」
「おお、そうであったな」
ガイアが手を翳すと鬘は何事もなかったかのように元の位置に戻った。次いでガイアが指で王の背後にあるソファを指し示すと、王は静かに立ち上がって神々が降臨するまで座っていた場所に再び腰を下ろした。
「サラよ。すまぬが其方の魔力を武蔵に注いでやってはくれないか?」
「武蔵の身体はゴーレムなので魔石には魔力が補充されていますが、それ以外にということでしょうか?」
「武蔵の魂の器には魔力が必要なのだ。その器は武蔵の魂が霧散しないよう閉じ込めてある。器の中に魔力を注ぐと、武蔵の魂はその魔力を取り込んで少しずつ修復……というより再生されていくのだ」
「うーん。器に入ったホムンクルスみたいですね」
「錬金術たちの好きそうな表現だが大きく外れてはいない。事実、其方が身体を用意しておるわけだしな」
「ぬいぐるみに閉じ込めただけですけどね」
すると、テディベアになった武蔵が立ち上がって、ストレッチのような動きをしてからサラに向かって話し掛けた。
「自由に動かせる身体ができただけでも助かるよ。王に憑依はしていても、肉体を自由に動かせるわけじゃなかったからな」
「ぬいぐるみのデザインに文句がなくて良かったわ」
「おもちゃの兵隊の中に入れられるよりはマシだろ。ところでガイア様、魔力を注いで貰えずに放置されたらオレどうなるんですかね?」
「器の中に閉じ込められたまま、動くこともできず再生されることもない。器の寿命が来たら消えるだろう」
「だ、ダメ。お嬢ちゃん、頼むから魔力注いでください。オネガイシマス」
テディベアが土下座をするというシュールなシチュエーションに、サラは微かに頭痛を覚えた。
「まぁガイアから預かってるんだし、ちょっとくらいなら注いでもいいんだけどさ、武蔵って詐欺以外の仕事はできる?」
「あのさ、さっきからずっと気になってたんだけど、オレの仕事は詐欺じゃねーよ」
「でも悪徳金融ブローカーだったんでしょ?」
「末端まで儲かる仕組みじゃないだけで、幹部は儲かる仕組みを作ったぞ」
「ネズミ講じゃないの!」
「ベンチャー企業に出資させるのも詐欺じゃねーだろ」
「一応聞くけど、『近いうちに上場するから値上がりするのは間違いない』とか言ってない?」
「お嬢ちゃん。オレはそんな卑怯者じゃないぞ。ただ『上場する可能性高いので、投資するチャンスですよ』って言っただけだ。それに偽物じゃなく本物の未公開株をちゃんと譲渡したぞ」
「一応聞くけど、そのベンチャー企業からいくらもらったの?」
「経営コンサルタントとして相応の報酬を受け取っただけだ。裏金は貰ってねーよ」
「へー。ところで本当に上場する可能性高かった?」
「そこはノーコメントで」
テディベアの癖に、武蔵はキリっとした表情を浮かべる。
「なんかクマの癖にその表情ムカつく」
「サラよ、その者が投資させたベンチャー企業だが、出資金を受け取った後、社長が有り金を全部持って夜逃げしておる。残っていた社員は、社長が逃げたことを知るや否や、リース品の高い機材を持ち逃げした。什器まで持って行ったせいで、出資者たちが事務所に押し掛けた時には段ボールに詰まった書類しか残っていなかった」
「ガイア様、なんで知ってるんですか!」
「一応、我はあの世界の神なのでな」
「経営コンサルタントだった武蔵が資産状況を知らなかったはずもないし、明らかに詐欺でしょ」
「いやぁ誤解だって。資金調達したら持ち直せるはずだったのに、社長が勝手に逃げたんだってば」
「ふーん。じゃぁ質問だけど、あなたは金融商品取引業者としての登録してた?」
「い、いやオレは売買を仲介したんじゃなくて、ベンチャー企業の株主を探しただけだって。株も譲渡だし!」
「そんな言い訳が通じるわけないでしょ。金融商品取引法の違反よ」
「お嬢さん、前世はそっち系の仕事してたの?」
「ううん。ただの商社勤務」
「やけに詳しいな」
「そんなことはどうでもいいの。それよりも、そんな状況の会社があなたに支払ったコンサルティング費用っていくらなの? 株を譲渡して得たお金で支払ったのよね?」
サラは逃げ腰になっているテディベアを顔の高さに抱え上げ、じっと視線を合わせた。
「……2億」
「それって、円よね?」
「ソウデス」
「武蔵が受け取った金額から考えると、社長はもっと大金を持って逃げたはず。どうやって大金を持ち出したの?」
「複数の暗号資産でマネーロンダリングして海外逃亡」
「武蔵がコンサルティング料金を受け取った何日後に社長は逃げたの?」
「翌日です」
「逃げるの知ってたよね?」
「……ハイ」
「有罪」
サラはテディベアをガイアに向かって乱暴に投げた。
「ガイア様、本気でこのクマに魔力を注げと仰せですか? ただの詐欺師じゃないですか」
「多少の監視は必要だが、其方の役には立つと思うぞ」
「お嬢ちゃん、いやサラお嬢様。心を入れ替えて馬車馬のように働くのでどうか魔力を注いでください!」
「えー、なんかヤダ」
「まぁまぁ。武蔵が悪さをしたら、魂の器から魔力を抜けばよい。肉体はないが心臓を掴まれたように苦しむことになるはずだ」
「孫悟空の緊箍児ですか?」
「似たようなものだな」
「ふむ。まぁそれならいいか」
ガイアに抱かれたテディベアを受け取ったサラは、魂の器を仕込んである腹部のあたりに手を翳して魔力を注いだ。
「む……地味にたくさん吸われますね。元になった魔石にも魔力は補充してあったのに」
「魔石同士を融合させるときと、武蔵の魂を閉じ込めるのに魔石の中の魔力を消費した。故に魔力はほぼ空になっている」
「なるほどね」
「ふぅ。これで満タンね」
「ありがてぇ」
武蔵はサラに抱えられたままで、ペコペコ頭を下げた。
「ところで、オレにも魔法って使えるのかな?」
「使えるかどうかは其方次第じゃな。能力としては持っておるが、使いこなせるかどうかはわからぬ」
「オレが憑依している間、王はあんまり魔法使ってなかったんだよな。若い頃に魔法を使い過ぎたせいでハゲたって信じてたし」
「ちょっと待ってよ。魔法を使ったらハゲるような世界を僕が創るはずないじゃないか!」
マルカートが怒りだした。
「落ち着いてよマルカート。あなただって、ちょっと前まで落ち武者だったじゃない。薄毛に悩む方は理由を求めたがるものなの。そっとしておいて差し上げるのが優しさってものよ」
「お嬢ちゃん、やっぱり容赦ねーな」
「武蔵こそ薄毛に優しいのは前世の影響?」
「オレはハゲでも薄毛でもねーよ」
「まぁどっちでもいいや。今は全身毛だらけのクマだし」
「なぁ、オレにも魔法の使い方を教えろよ」
「詐欺師に下手なこと教えるとロクなことにならないからヤだ」
「それは前世の話だろ。オレは生まれ変わったクマだ!」
「凄く胡散臭い」
サラは武蔵の発言をバッサリと斬った。
「ひとまず、武蔵はここにいるとマズいから、私の収納に入ってて」
「収納?」
「そう、ココ」
返事を待つことなく乱暴にテディベアを空間収納に放り込んだサラは、改めてピアノの前に座りなおした。
「私は時間が流れ出したら、歌に魔力をのせて歌うだけにしておきます。王の肉体を時間が止まる前の状態に戻すのはガイア様にお任せしますね。先程、ご自身で『後で治す』と仰せでしたよね?」
「確かに言ったな。承知した我がやろう」
ガイアはころころと笑い、王とついでに周辺に座っている人々に対して癒しを与えると、サラの方を振り向いた。
「では我らも適当に帰るとするか。まぁ、暫し其方の歌を聴いていくだろうが」
「当然だよ。サラの歌は聴かなきゃね」
「我らが近くに立っていても、我らの姿を視認できるのはサラだけだから気にするな」
「承知しました。ガイア様」
そして時間が流れ出した。
王は停止した時間の中でガイアの問いに答えたことも忘れ、他の人と同じようにサラのピアノ演奏に惜しみない拍手を贈っている。その表情には嫌味な雰囲気がまったくなく、賢王といった風情である。
『カッコいいおじーちゃんじゃない。武蔵のせいで台無しになってたのね』
サラが椅子から降りてカーテシーをしても、拍手は鳴り止まなかった。
「サラ嬢よ、是非とももう一曲弾いてはくれまいか」
王は頬を紅潮させ、王妃も微笑みを浮かべている。
「それでは、狩猟大会においてアンドリュー王子に捧げた子守歌でもよろしいでしょうか。ピアノで弾き語りさせていただきます」
「あぁ、それはいいね。サラ嬢は歌声も素晴らしいから」
アンドリュー王子も嬉しそうである。
ピアノの前に座って子守歌を弾き語りしはじめると、周囲は目を閉じてうっとりと聴き入った。
『これで癒されるかどうかはわかんないけど、心は穏やかになりそうだよね』
サラが歌い終わると同時に、サラの視界の隅に居た神々は消え去った。王室メンバーはサラの才能を褒め湛え、グランチェスター侯爵と小侯爵は恐縮しきりであった。
クロエだけが不安そうにアンドリュー王子を見つめていることにサラは気づいたが、今すぐに効果的な手を打てるわけでもないので一旦は放置するしかない。
『まぁ王太子もアンドリュー王子も私が王室に嫁ぐ気がないコトは理解しているわけだし、王も武蔵が離れたなら問題ないでしょ』
そう、アヴァロン王はまさに『憑き物が落ちた』状態であり、本来の賢王に戻っているハズである。おそらく王や王太子との交渉は、これからが本番と言えるだろう。
とはいえ今日は早朝から予定がびっちりだったため、サラは心も身体もクタクタであった。既に深夜に近づいており、普通の8歳の子供ならとっくにベッドに入っているだろう時刻である。
『なんかもう無理……。できることなら、サラとソフィアをどちらもゴーレムにして、乙女の塔で熟睡したいレベル』
と考えた次の瞬間には身体の方が耐えきれず、サラはピアノの椅子に座ったままで、こくりこくりと船を漕ぎ始めた。
「あらあらサラさんはもう限界だったようね」
「こ、これはご無礼を。サラ、陛下と殿下方の御前だ。目を醒ましなさい」
「グランチェスター侯爵。どれだけ賢くとも、この年頃の子供はそういうものです。このまま寝かして差し上げなさい。今、部屋を用意させましょう」
「いえ、お気遣いなく。このまま抱えて連れて帰ります。確か、明日も色々予定があったはずです」
グランチェスター侯爵は、王妃からの申し出を断り、ピアノの前にいたサラをそっと横抱きに抱え上げた。
「ふふっ。眠っていると本当に天使か妖精のようね」
「畏れ入ります」
王妃はサラの顔を覗き込むと、柔らかそうな頬に指先でそっと触れた。
「お嬢さん、また会いましょうね。あなたとは面白い話ができそうな気がするわ。悪役令嬢とかの話はどうかしら」
「殿下?」
「いいの。独り言だから気にしないで」
聞きなれない言葉に耳を傾けたグランチェスター侯爵に対し、王妃は曖昧な表情でさらりと話題を流した。もちろん、熟睡しているサラも、王妃の呟きを聞くことはできなかった。
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