私は私の思うようにしか生きられない
一応忙しなくノックする音はしたが、こちらが返事する前に無断でドアをバタリと開いて駆け込んできたのは、スコットとブレイズの二人であった。
「サラが目覚めたって本当?」
「熱は下がったの!?」
「あなたたち随分早いわね。さては階段を駆け上がったわね。お行儀悪いから駄目よ」
と、二人を注意したにもかかわらず、その後ろからドタドタとドアを蹴破る勢いでロバートとグランチェスター侯爵が入ってきた。
「サラは無事!?」
ロバートは辛うじて言葉を紡いだが、グランチェスター侯爵は肩で息をしていた。実はサラの寝室は塔の3階部分にある。塔の中央部分は図書館として2階から3階が吹き抜けになっているが、その外側は外周に沿ってさまざまな部屋が配置されている。3階の外周は元々リヒトが使っていた居住スペースがあり、今は一番大きな寝室がサラの部屋になっている。
天井高もそれなりに高いため、階段の上り下りはなかなかの運動である。元騎士であり、今でも乗馬を嗜んでいると高を括っていたグランチェスター侯爵は、塔を一気に駆け上がったことで、自分の体力が以前よりもかなり落ちていることを痛感する結果となった。
「祖父様、お父様、階段を駆け上がるなどお止め下さい。スコットとブレイズに注意したばかりですのに!」
「今回ばかりは大目に見てくれ。心配で居ても立っても居られなかったんだ。倒れてから10日も経ってるんだよ? もう目覚めないんじゃないかと気が気じゃなかったよ」
するとリヒトが苦い顔をしてボソリと愚痴を零した。
「お陰でここ数日ずっと薬草知らず扱いされましたよ」
「その節は本当に申し訳ない。冷静でいられなくて」
ロバートはリヒトに平謝りである。どうやらサラが目覚めないことに焦れたロバートは、薬を処方しているリヒトに当たり散らしていたらしい。
「スコット、ブレイズ、それとお父様も申し訳ないけど、まだ頭痛が残っているので、できればもう少し静かにして貰えるかしら」
サラは少々大袈裟に注意した。実際はそれほど頭が痛いわけでは無いのだが、騒がれればやはり身体には障る。
「ごめんサラ」
「五月蠅くしないから近くに居させて」
スコットとブレイズは即座に謝罪し、ロバートはピタリと黙り込んだ。だがグランチェスター侯爵も含め、4人の男性陣はサラから離れる気はなさそうだ。開け放たれたドアの向こう側には、ジェフリー、レベッカ、トマスの三人も心配そうな顔で佇んでいる。こちらはきちんと入室の許可を大人しく待っているらしい。
「皆様もどうか入室してください。私はまだベッドを離れられませんが」
サラが声を掛けるとドアの外にいた三人も入室してきた。メイドたちが気を利かせて、他の部屋から椅子を運んできたため、全員が腰かける椅子はある。だが、さすがにこの人数が一堂に会すると手狭であり、全員がやや窮屈そうな顔をしている。もっとも、一度にお見舞いに来る方が非常識だと思うので、サラ自身はあまり気にしていなかった。
「まず、10日も寝込んでしまい、皆様方にはご心配とご迷惑をおかけいたしました」
「そんなことは気にしなくていいのよ。それよりも、もう大丈夫なの?」
レベッカはサラの顔を心配そうに覗き込んだ。
「すみません。頭の中というか心がいっぱいになってしまって、処理しきれずに倒れてしまったようです」
「いや、それは私が追い詰めたせいだろう。すまなかった」
やっと話ができる程に呼吸が落ち着いたグランチェスター侯爵は、サラの謝罪に応じる形で自分の非を認めた。
「でしたらもう無理は仰せにならないでください。やりたくないことはやりたくないのです。グランチェスターとしてここに存在することで義務を負わせるのであれば、私はこの地を離れます。同じくアヴァロンの民であることで強要されるのであれば、私は国ですら捨て去るでしょう。以前にも申し上げた通り少女というものは戦争嫌いな生き物です。そして私が長い時間を少女で過ごせることもご存じですよね?」
リヒトはサラの発言が前世で知られた女流歌人の言葉に似ていると思ったが、その場では何も言わずに黙っていた。
「わかっている。もうゴーレムのことで無理強いはすまい。だが、他家や王室からの問い合わせには何と答える?」
「魔石代と製作費を合わせた販売価格を示しても怯まないのであれば、お譲りしても構わないと申し上げましょう。のちほどゴーレムに必要な魔石のサンプル一式を箱に詰めてお渡ししますが、1体で国宝級の魔石を複数個使うことを説明してくださいませ」
「それはなかなか足下を見た商売だな」
「お言葉を返すようで恐縮ですが、それでも私以外の方が一から作るよりはずっとお安いはずです。魔石の原価だけで小さな国なら丸ごと買えますから。それと、当然ですが販売するゴーレムは、まっさらの何も学習していない個体になりますので、一から教育が必要になります」
「どういうことだ?」
「子供に物事を教えるように、あるいは新兵に訓練を施すように学習させる必要があるということです。ソフィア商会で働いているゴーレムたちは、さまざまな情報を知り過ぎていますから知識を共有させることはできません」
「…会話はできるのだろうな?」
「アヴァロン語での会話くらいはサービスで付けても構いませんが、他の外国語は知りません。売った先で学習させてください」
マギシステムのサポート無しで、ゴーレムに知性を持たせるための学習はとても大変であることは想像に難くない。もちろん、それを説明する義理はない。
「それと、私が倒れている間に気付かれたかもしれませんが、ゴーレム運用には大量の魔力が必要です。常に稼働させたいのであれば、毎日魔力を補充するか魔石を交換する必要があります。まぁゴーレムをお買い上げしてくれるお客様には、どの属性の魔力でも蓄積できるような魔道具をサービスで添付しても構いませんが、それなりに魔力の多い人が複数人いないと運用するのも大変でしょう。定期的に魔力を含んだ魔石に交換できる仕組みを構築しても構いませんが、当然相応の月額使用料をお支払いいただくことになります。要するに買うのも運用し続けるのも、お金が掛かるのがゴーレムです。祖父様やお父様は、他家や王室に対しても、その旨を説明してくださいませ」
これにはグランチェスター侯爵とロバートが困ったような顔をした。
「魔石の入手ルートやゴーレムの学習方法を聞かれると思うが」
「返答する義務はありません。私に強要するのであれば、どうなるかは先程申し上げた通りです」
ロバートも横から口を挟んだ。
「だけど強引に武力で解決しようとする人がいるかもしれないよ?」
「私にですか? でしたら、領民を皆避難させて私一人を残してください。私に武器を向けた瞬間、全員が消し炭になるか、大量の氷像が出来るでしょう。あぁ強制されて仕方なくという方もいらっしゃることを考慮して、意識を刈り取るだけに留めても構いませんが、うっかりするとそのままお目覚めにならないかもしれません」
サラの発言にはリヒトも反応した。
「どういう手段で意識を刈り取るのか存じませんが、薬師の立場で言わせていただけるのであれば、絶対に安全な方法はありません」
「ですよね。だから私も本当はやりたくないんです。祖父様が外交的手段で解決してくださることを期待します」
「サラ…おそらく私の外交的手段より、お前の資金力で黙らせる方が早いと思うがな」
「お金で締めあげると、武力行使に出るお馬鹿さんがいるのが世の常だと思いますよ。まぁ、それでも畳みかけるようにもっとお金で締めあげるんですけどね。戦にはお金かかりますからね」
リヒトはため息をついてサラを見つめ、静かに語りかけた。
「サラお嬢様、無茶をすれば悪目立ちします。持たざる者は持てる物を妬み嫉み、そして憎むものです。今のままではソフィア様、いえサラお嬢様が狙われます」
「もう手遅れです。そもそも最初から隠れようと思う方が無理だったのです。私のような商人が、売れるものをいつまでも確保せず、コソコソと過ごせるはずがありません」
「商人とは度し難い」
「故に経済が循環し、文明や文化が栄え、国が興り、あるいは滅亡するのです。私に言わせれば真理を追及するために寝食を忘れ、あっさりと自重を捨て去る錬金術師の方が度し難いですけどね。他人になりすまして王宮に入ったことを忘れているわけではないでしょう? リヒトが私を心配してくれる気持ちはわかります。ですが私は私の思うように、私の全力で生きることしかできないのです。自分自身を偽って生き続けたとしても、私はそれを生きているとは思えないでしょう。リヒトは研究者の自分を捨てられますか?」
「なるほど…それは無理ですね。では、せめてご自身を大切になさってください。私はあなたを失いたくありません」
だが、このリヒトの発言は周囲の男性陣に大きなインパクトを与えた。特に過敏に反応したのはロバートである。
「リヒトさん、あなたには奥様がいらっしゃいますよね?」
「はい。おりますよ。彼女は私にとって娘のような存在ですが、肩書は妻ですね」
『うーん。82歳の女性を娘のような存在と呼べるのがいかにもリヒトらしいけど、色香を常に漂わせているシルヴィアを女性として意識しないというのも不思議な話ね。トマシーナやソフィアのゴーレムへの魔力供給には動揺するのに』
サラはリヒトの感覚に少しだけ疑問を持ったが、深く追及する気にはなれなかった。おそらく亡くなったシルヴィアの前夫のことなども関係しているのだろう。
「だがその発言は、周囲に誤解を招きかねない。うちの娘に特別な想いを抱いてるように聞こえます」
「特別な想いを抱いているのは事実ですね。同じ世界からの転生者は彼女しかおりませんから。家族や友人のいる世界から切り離され、見も知らぬ世界に転生してきたのです。同胞に強い想いを抱き、我らだけの絆を感じるのは仕方ありません」
「お父様、お止め下さい。転生者が同胞を希求するのは本能のようなものです。理解していただく必要はございませんが、リヒトを無理に止めないでくださいませ」
「だが、お前の評判に影響がでる」
「普通の貴族令嬢のように良い評判だけを保つ生き方を求めるおつもりなら、最初から私を養女になどすべきではありません」
「なっ! 僕たち家族よりもリヒトさんを優先するのか?」
「それは比較するようなことではありませんし、リヒトだけを優先しているわけではありません。確かに露骨な発言を周囲に吹聴して回るのは止めるでしょうが、私の部屋で私に何を言おうと、私自身が誤解せずに受け止められるのであれば問題ありません」
「しかし!」
「すでに商人として生きているのです。私が普通の貴族令嬢になることはありません。今後、私に対する評価は大きく分かれていくことになるでしょう。そうした娘を持つことが、アストレイ子爵となるお父様の負担となるのであれば、今からでも養子縁組を考え直しましょう」
「!?」




