二人は同じ
「生きてる転生者に会ってどんな気分?」
「うーん。思ってたほど感動はしなかったな」
「酷くないです?」
「サラのキャラのせいじゃないかな。凄い美少女だけど、なんとも言えない残念さがあるよね」
「それはリヒトも一緒でしょ」
「否定はしないよ」
サラは再びベンチに戻り、ハーブティのカップを手に取った。
「だけど、サラのお陰で人との出会いはとても大事だってコトを思い出した」
「哀しい出来事の後には、いい人にも出会えた?」
「そうだね。沢山の人に出会ったし、沢山の人と別れたよ」
「リヒトはオーデルに居たんでしょ?」
「うん。国が滅びてロイセンになるまではオーデルに居たよ。オレは最後の王族たちを逃がしてから、アヴァロンに来たんだ」
「えっっ!?」
サラは驚きのあまり、持っていたカップをガシャンと床に落とした。それをみたリヒトは、サラが落としたカップやハーブティを魔法で分解して霧散させた。
「大丈夫? 火傷したりしてない?」
「え、ええ大丈夫。ちょっと驚いてしまって」
「なんか驚かせるようなことを言ったかな?」
「もしかして、最後の王族ってブランシュ姫とシャルル公子?」
「うん。サラは歴史も真面目に勉強してるんだね。ブランシュ姫の名前を知っている人は多いけど、シャルル公子まで知っているのは珍しいよ。公的にブランシュ姫はロイセンの王城で亡くなったことになってるけど、実際には幽閉されていた場所から逃げ出したんだ」
『私、その話は知ってる』
一瞬だけサラはブレイズのことをリヒトに打ち明けるべきか判断に迷った。だが、リヒトが今後も乙女の塔に出入りするのであれば、遅かれ早かれノアールを目にすることになるのは間違いない。だとすれば、早めに手を打っておくべきだろう。サラは決断した。
「ブレイズ。申し訳ないのだけど、ノアールを呼んでもらって良いかしら?」
「その必要はない。既に居る」
空中から黒い狼がにゅるりと姿を現し、リヒトの前にすたりと降り立った。今はシベリアンハスキーの成犬くらいのサイズになっている。
『普段は小さくなってることが多いのに珍しいな』
「これは驚いた。ノクスじゃないか。お前がここに居るってことは、近くにブランシュがいるのか? シャルルは?」
リヒトはベッドから立ち上がってノアールの前に跪き、その身体を触った。
「リヒトよ、あの二人は10年前に死んだ」
「え…」
リヒトの動きが止まり、次の瞬間リヒトの両の目からはボタボタと涙が落ちた。
「なんでだ? あいつらは君との友愛で僕と同じくらい生きられるはずだろ?」
「シャルルは冒険者ギルドの依頼任務を遂行中に死んだ。その訃報を聞いたブランシュも数日後に死んだよ」
「シャルルが任務で死んだのは理解できる。でも、なんでブランシュまで? 逆ならわかるけど」
「ブランシュはシャルルの子供を身籠っていた。ショックで産気づいて王子を産んだが、そのまま逝ってしまったよ」
「そんな…。それじゃ王子はどうなったんだ!?」
ノアールはくるりとブレイズを振り返った。
「まさか…ブレイズ君は……」
「そうだ。彼は正真正銘オーデルの直系王族だ。本名はノアール・アンリ・オーデル。偶然にも彼は私に自分の名前を付けたため、今の私はノクスではなくノアールだ」
だが、この発言に驚いたのはサラ以外の事情を知らないメンバーたちである。特にブレイズ本人は、目を見開いたまま固まっていた。
「ノアール、てっきりリヒトにも口止めするのかと思ってたのに…」
「あの頃は、お前たちの為人がまだわかっていなかったからな。下手に亡国の王族として利用しようとするなら邪魔してやろうと思っていたが。そういう素振りは無いことは理解できたからな」
「なるほど」
「それと、最近はブレイズ自身が自分のルーツを知りたがるようになっているのだ」
サラはくるりとブレイズを振り返った。
「ブレイズは自分のことを知りたいの?」
「うん」
「どうして?」
「もうじきサラは貴族の令嬢になっちゃうだろ? だけどオレは騎士の息子ではあるけど養子だし、一緒に居られなくなっちゃうと思って……」
「なんでそんなこと言うの? ずっとお友達でしょ?」
そこにスコットが割って入った。
「サラ、それとリヒトさんとノアールもだけど、ちゃんと説明を聞かせてください。ブレイズは、オレの大事な弟がショックで動揺しています。っていうかサラ、君は知ってたのか!」
「知ってたけど、ブレイズがオーデル王家の血筋ってことを周囲に知られることは危険だと思って黙ってた」
「それはどうして?」
「ノアールがオーデル王家の黒き狼だから。かつての王族がその力の象徴だった妖精を従えたということを秘密にしておきたかったの。私がブレイズを見つけたのは、狩猟場の近くで暴動が発生した時よ。実行グループの傭兵団はロイセンの騎士を騙ってたし、実際にブレイズはその傭兵団に所属していたわ。それに山火事を起こすレベルで魔力量も多い。もし、ブレイズがオーデルの王族だったことが知られたら、ロイセンの王族が身柄の要求をしてくるかもしれないじゃない」
「スコット、サラを責めないでやってくれ。私が言ったのだよ『既に滅びた国の王を名乗ったところで意味は無かろう』とな」
「まぁ確かに200年も前に滅びた国だけどさ、せめて本人には教えてあげても良かったんじゃないか?」
「いつかは話すつもりだったの。ショックを受けないくらいの年齢になってからって」
「サラ、それは詭弁だよ。年齢なんていくつになったところで、ショックを受けるに決まってる。サラならブレイズをもっと理解してると思ってたよ。ブレイズは自分が王族だと知ったからって態度を変えるようなヤツじゃない。そんなことより、親が自分を捨てたって誤解させたままにしておく方がずっと酷いと思わないのかよ!」
スコットは基本的に鷹揚な性格をしているため、こんな風に大声で怒鳴ったりすることは滅多にない。だが彼はブレイズのために本気で怒っていた。
「スコット、オレのために怒ってくれてありがとう。だけどオレは平気だ。サラだってオレのことを考えて黙っててくれたんだと思うしね」
「だけどブレイズ…」
「いいんだ。今は父上もスコットも本当に家族だって思ってくれてることはわかってる。ただ、オレは自分が何者なのか、両親はどうしてるのかを知りたかっただけなんだ」
「それだって、あのくだらない貴族連中のせいだろ!」
サラはスコットの発言に引っ掛かりを覚えた。
『貴族連中?』
「スコット、貴族連中ってどういうことかしら。何があったのか教えて頂戴」
スコットとブレイズは同時に”しまった”という表情を浮かべた。サラはトマスの方を振り向いたが、どうやら彼も事情を知らないようだ。
だが、この疑問に回答したのはノアールであった。
「スコットとブレイズは狩猟大会中にすれ違った貴族子弟に取り囲まれ、『平民風情がサラ嬢に馴れ馴れしくするな』と詰め寄られたのさ」
「何ですって! どういうこと?」
「サラがジェフリー邸に滞在していることは知られていたからな」
「ロイセンの護衛騎士たちが暴走したせいよ!」
「理由はどうでも良いのだろうよ。あ奴らは茶会でサラを見て惚れこみ、後を付け回した挙句にスコットとブレイズと親しくしていることに気付いたということだな」
「はぁ」
ノアールの説明を聞いて、トマスも怒りを覚えたらしい。
「要するに、貴族の血を引いていることしか誇る物が無いような連中が、私の教え子たちのことを『同じ邸で過ごしているのだから仕方なく仲良くしている』と都合よく解釈したということですね?」
「うむ。その通りだ。しかもブレイズが養子であることも調べ上げていて、『貴族の血をまったく引いてない薄汚れた子供』と蔑んだ」
「平民なのは私も変わらないし、私も養女になるだけなんだけど?」
「サラお嬢様はアーサー卿の長女ですからねぇ。グランチェスター侯爵の実の孫だという事実は大きいと思いますよ」
「そのようだ。あ奴らはサラのことを『妖精姫』と呼んでたな」
「いやいやノアール、妖精姫だけじゃないよ。グランチェスターの真珠とか月の娘とかいろいろ言ってた」
すかさずブレイズが突っ込んだ。
「え、ナニソレちょっとさぶいぼでちゃうくらい気持ち悪い」
「うん。黙ってたらそう見えてもおかしく無いと思うけど」
「ごめん、その貴族連中が誰なのか具体的に教えて貰って良いかな。私がしばき倒してくるから。私が誘ったらノコノコ剣術の稽古を一緒にするって言うと思うし!」
サラはニヤリと笑った。
「いやいや、喧嘩売られたのはオレらだから。サラが出てくるのは駄目」
「うん。僕たちはサラのスカートの後ろに隠れたりしないよ」
「えーっ、つまんないじゃん。どつき回さないと!」
「サラお嬢様、本音が漏れてますよ」
さすがに家庭教師としてトマスが窘めた。だが、そんなやりとりの最中でも、リヒトはじっとブレイズを見ていた。
「ブレイズ君。君はお父さんにそっくりだね」
「そうなの?」
「顔や瞳の色はお母さんに似てるけど、性格はお父さん譲りだ。笑っちゃうくらいシャルルにそっくりだし、同じ表情を浮かべるんだ」
「オレは両親に愛されて生まれてきたのかなぁ?」
「その頃はオレ寝てたんだよね。眠りに就く前、最後に君の両親と会ったのは50年近く前だけど、まだあの二人は付き合ってもいなかったなぁ」
「え、でも父さんがリヒトさんに協力してもらって、母さんを幽閉先から助けて一緒に逃げたんだよねぇ?」
「そうだよ。シャルルはブランシュのことが子供の頃から大好きで、ブランシュがロイセンの王族と結婚してもずっと彼女のことだけを想ってたよ」
「母さんの方は違ったの?」
「いやブランシュもシャルルのことが好きだった」
「なのにどうして?」
「シャルルはブランシュの騎士だったし、助け出しても彼女を主君として扱ってた。ブランシュの方も、自分は一度結婚した女って意識が強くてねぇ…」
『なにその面倒臭い両片思いは!』
リヒトの説明を聞いてサラはそんな感想を持った。だが、ブレイズが産まれているのだから、二人の関係性は10年ちょっと前に大きく変わったということだろう。
「安心しろブレイズ。ちゃんと二人は愛し合っていたし、お前ができた時はすごく喜んでいたぞ。残念な結果にはなってしまったが、シャルルが冒険者ギルドの依頼を受けたのは、お前とブランシュをもっと幸せにしたいと願ったからだ。それに、ブランシュは息を引き取る間際までお前のことを心配し、私にお前を見守るように頼んだから、私はずっとお前の傍に居たんだ。もっとも、お前が妖精を認知できるようになるまでは、ただ見守ることしかできずに歯痒い思いをしていたがな」
「じゃぁノアールはオレが生まれる前から、オレの友人だったんだな」
「そうなるな」
そしてノアールは、ブレイズが生まれてからグランチェスターにやってくるまでの経緯を、ブレイズ本人や周囲に語って聞かせた。また、リヒトは眠っている間に友人たちやその息子であるブレイズの身に起こったことを聞いて悲しみ、そして悔やんだ。
「そっかぁオレは、捨てられたんじゃないんだね。ちゃんと親に愛されてたことがわかってよかった。まぁ王族って言われても、200年も前に滅んだ国だしオレにはピンとこないや。お陰で魔力量が多いみたいだから感謝はするけど、オレ自身は平民のままでいいかな」
「それは理解できる。私も亡国の王族の血を引いてるお陰で魔力量は多いけど、やっぱり平民で良いって思うしね」
「オレたち同じだね」
「そうだね。だから私が子爵令嬢になっても一緒に遊んでよね。じゃなかったら拗ねて、あなたに余計なコトいった貴族たちをどつき回してくるからね?」
「サラ…そういうトコが残念だって言われる理由なんだと思うよ」
「容姿で勝手に幻想を抱いてる方が悪い。私はこういう人間なの!」
サラとブレイズは一緒になってケラケラと笑い出し、気づけば周囲も一緒になって笑い出していた。




