狩猟大会の打ち合わせという名の宣伝会議
波乱の晩餐会が終わってぐったりした雰囲気の中、サラは口を開いた。
「狩猟大会のアレコレについて、内部ですり合わせしませんか?」
「少し疲れているのだが…」
エドワードが疲労を滲ませた表情を浮かべて辞退の言葉を口に仕掛けた途端、サラはどこからともなく1ダル硬貨を取り出し、指先で弾いてエドワードの額にべちっと当てた。
「あだっ!」
「伯父様なにか仰いました?」
サラはニコニコ笑いながらエドワードに問いかけた。
「ナンデモアリマセン」
微妙に言葉の裏を感じ取ったエドワードは、素直にサラの後についてリビングへと向かった。家長が行くというのであれば、妻や子供たちも従わざるを得ない。
リビングでは、メイドたちにさまざまな種類のハーブティを用意させた。
「こちらはソフィア商会から販売予定のハーブティです。いくつか種類はあるのですが、伯父様のは疲労回復に効果のある薬草がブレンドされています。伯母様とクロエには美肌効果のあるもの、アダムとクリストファーには集中力が上がるものを用意しました」
「び、美肌ですって!」
予想通りエリザベスがガッツリ喰いついた。どうやら家族の前では取り繕うのをやめたらしい。
「効果のほどは、城のメイドたちから聞いてください。サンプルの争奪戦が起きて大変だったのです」
エリザベスはキッとメイドたちの方に振り向いた。メイドたちは全員頷いていた。
『あ、伯母様もイーグルアイ持ってるんだ』
「こちらで用意可能なハーブティの種類と効果については、こちらのカタログに掲載されております。みなさまにいずれかのハーブティのサンプルをお持ち帰りいただきたいのですが、参加される方々を良く知る伯母様とクロエならそれぞれの方に適切なブレンドを選んでいただけるのではないかと」
「なるほど」
「えっと、男性向け商品もあるのですが、もしかしたら一部のご婦人にも、こちらを欲しいと仰る方がいるかもしれません。後からこっそりお譲りできるよういくつか用意させますがどうされますか?」
「男性向け?」
「男女問わずという意味でしたら、疲労回復や二日酔いの症状を軽減するブレンドがあるのですが、子作りに適したブレンドが男女それぞれにあるのです」
「媚薬ということ?」
「いえ、男性の元気の源を補うといった効果しかなく、その気のない方の行動を変える効果はございません」
「では女性向けというのは?」
「身籠りやすい体質になると言うものですが、飲めば必ず身籠るわけではありません。身体の冷えを解消したり、ストレスを軽減したりといった効果があります。後継ぎは貴族にとって重要な問題ですので、密かに悩まれている方もいるのではないかと」
8歳児が話すにはやや不適切な内容ではあるが、エリザベスが淑女の仮面を外している以上、サラも商売の方を優先することにした。
「カタログはソフィア商会で販売しておりますが、簡易版の小冊子をお茶会のために用意いたします。伯母様とお母様は『ソフィア商会で販売しているハーブティ』であることを繰り返しゲストの方にお話しくださいね」
「わかったわ。それと、男性向けのハーブティも20個ほど用意してくださるかしら」
「承知しました。ところで、ハーブティのお土産は、伯母様のお茶会とお母様のお茶会とどちらで出しますか?」
エリザベスとレベッカは見つめ合った。
「私の方は大丈夫。小侯爵夫人であるリズの方が最適でしょう」
レベッカが遠慮すると、エリザベスはその意見を否定した。
「全員が両方のお茶会に参加するわけではないわ。どちらでも出しましょう。その代わり両方のお茶会に出る人には、それぞれで異なるハーブティをお渡ししましょう」
「そうね、それはいい意見だわ」
「今回、私のお茶会のテーマは……」
このあと、レベッカとエリザベスはそれぞれのお茶会のテーマや飾りつけなどのアイデアで被りを防止し、それぞれに楽しんでもらえるように詳細を詰めていった。
『こっちはお二人に任せておこう』
リビングの壁際には、エルマブランデーとシードルの瓶が乗ったワゴンが置いてあった。もちろんサラが事前に用意したもので、シードルは氷入りのバケツで冷やしてある。
「エドワード伯父様、この瓶の中身はグランチェスター領で新しく作られたエルマ酒です。『シードル』と名付けています。祖父様はこれを狩猟大会でお披露目する予定でおります。味見していただけますか?」
サラは自分でうまく栓を抜くことができないため、ロバートに瓶を渡して抜いてもらった。ロバートはそのまま空のグラスにシードルを注ぎ、グラスをエドワードに渡した。ちゃっかり自分用にも注いでおり、侯爵は若干恨めしそうにロバートを見ていた。
「じゃぁエド、乾杯といこうじゃないか」
「う、うむ」
エルマ酒と聞いて訝し気な表情を浮かべたエドワードであるが、素直にグラスを傾け、お約束のように咳込んだ。
「な、なんだこの酒は!」
「新しいエルマ酒さ。強く発泡してるけど、そのおかげでより美味いと思わないか?」
「確かに美味い」
エドワードはグラスの中身がなくなると、手酌で追加を注ぎ始めた。
「エド、それすっごく貴重なんだ。あまりたくさん飲むと父上が怒ると思う」
「そ、そうか」
と言いながら、二人とも酒を飲むペースが変わらない。
「お父様、伯父様、言葉と行動が一致しておりません。祖父様が睨んでいらっしゃいます。それと、もう一つ味見が残ってると思います」
だが、これに侯爵が待ったをかけた。
「待てサラ。エルマブランデーなら私にも寄こせ!」
「でも、狩猟大会でおもてなしの先頭に立つのは伯父様と伯母様ですよね?」
サラは問答無用でエルマブランデーの瓶をエドワードに渡した。
「手酌させてしまうことになり申し訳ありません。そのお酒はとても酒精が強いので、気を付けて少しずつお飲みください」
「わかった」
エドワードはグラスにエルマブランデーを注ぎ入れる。
「ほう。注いだだけで酒精が強いことがわかる酒だな」
そして、ちびりと一口に含んでゆっくりとテイスティングしていく。どうやらワインのテイスティングに慣れているようだ。
「これは…とんでもない酒だな。どのような言葉を並べても表現しきれん。だが間違いなく美味い」
「祖父様はこのお酒、『エルマブランデー』を王家への献上品とするおつもりだそうです」
「さもありなん。これは本当に素晴らしい。だが、本当にこれはグランチェスター領の新しい特産品なのか? このような酒が一朝一夕でできるはずもない」
「間違いなくこれはグランチェスター領で作られています。いま伯父様がお飲みになったものは、20年程熟成されています」
「なんと! それほど長期熟成が必要な酒なのか」
「ですから非常に貴重なのです。どうですか? 意外と知らないことも多いって思いませんか?」
「た、確かに」
知らなくて当然である。まさか妖精の力を借りて即席で作っているとは考えないだろう。
「このお酒は今回の狩猟大会で皆様に振舞うつもりではあるのですが、小さな瓶をお土産としてお持ちいただくだけでほぼ在庫がなくなってしまうのです。王家への献上分を減らすわけにも参りませんので」
「なるほどな」
エドワードは琥珀色の液体を感慨深げに見つめている。
「エドワード、その酒を販売しているのもソフィア商会だ。そのため、我らはサラの言い値でこれらの酒を買わねばならん立場だ」
「なるほど」
エドワードがしみじみとしている間に、侯爵はちゃっかり自分のグラスにエルマブランデーを注ぎ入れる。
「実はいくつかの瓶をオークションにかけるつもりなのです。ただ、味をまったく知らない方ばかりでは喰いつきが悪いのではないかと思うのです。今回の狩猟大会で、社交界にこの味を知らしめて頂きたいのです。当分は幻の酒でしょうけど」
「間違いなく美味いが、この酒精では飲めない者もでるだろうな」
「丁度良いです。皆で寄ってたかって飲んでしまうと、あっという間になくなってしまいます。酒好きの貴族や富裕層にとって『知る人ぞ知る幻の酒』って感じでゆっくりと広めたいので、貴族のプライドを刺激して煽っておいてください」
「なるほど。それは面白い」
「欲しい人は多いけど入手困難となれば、伯父様にすり寄ってくる方々も多くなるでしょうねぇ」
「ふっ、それは良いな」
サラとエドワードは見つめ合って黒い微笑みを浮かべた。
「エルマブランデーという名前の通り、このお酒もエルマ酒から作られるのです。グランチェスター領は小麦の産地として知られていますが、実はエルマの栽培もかなり以前から盛んです。って伯父様に私が説明するようなことじゃないですね」
「無論知ってはいるし、エルマの実は毎年王室にも納品している。だが、エルマ酒は地元で消費される物に過ぎないと思っていたよ」
「エルマ酒はにごり酒ですし、よほどの愛好家でなければ遠方から取り寄せて飲むようなお酒ではないですものね」
「うむ」
「このお酒はソフィア商会の主力商品なのです。先程のシードルなどは入れる瓶をかなり工夫しているんです。発泡酒なので下手な瓶に詰めると割れてしまうんですよ。私はこれらのお酒を王都でも販売したいと考えています。まぁすぐにはムリですが」
「シードルも数が少ないのか? 」
「この狩猟大会に向けて100本用意しております」
「それは少なすぎる。最低でも倍は用意すべきだ。できれば300本ほどある方が望ましいな」
『げげげげ。マジかっ』
「ワインなども例年通り用意しておりますので足りるかと思ったのですが…」
「サラよ、貴族と言うのは新しい物に目がないのだ。こちらのシードルも王室から求められると思うぞ」
「マジですか…」
「うむ。マジだ」
「……善処します」
サラの予想は非常に甘かったらしい。だが、シードルもエルマブランデーも、即席で造るのは相当に大変なのだ。
『くぅぅぅ。熟成部分は無理でも、せめて手作業部分を自動化したい。………機械化?? あ! ゴーレム!!』
サラは唐突に思いついた。ゴーレムなら近代化した工場のロボットのように動かせるのではないかと。
そしてロボットを思いついた次の瞬間、大変にくだらないことも思いついた。




