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アレに勝てるか?

「ダニエルのことを祖父様とお父様に紹介しなければなりませんね。そういえばダニエルは独身なのでしょうか?」


サラの質問にジェフリーが噴き出した。


「サラよ。あれだけダニエルから好意を寄せられているのに、妻がいるかを聞くか?」


ジェフリーはにやにやしながらダニエルを見た。


「私は独身です。その…幼いサラお嬢様に対してこのようなことをいうのは憚られるのですが、お慕いしております。おそらく一目惚れになるのでしょう。ソフィア様を見た瞬間、私の心と身体のすべてがあなたのものになった気がいたしました。その変な意味ではなく。あれ、変な意味なのかな…?」


真っ赤になりながらしどろもどろに答えるダニエルに対し、スコットとブレイズも反応する。


「ちょっと、ダニエルさんいくつですか? サラは8歳ですよ!」

「そうだよ! おかしいよ!」


完全に変質者扱いである。ちなみにダニエルは27歳なので、ソフィアの見た目と同じく18歳であれば、それほど非難される年齢差ではない。そもそもソフィアに対して抱いた感情なので、8歳のサラを見ておかしな気持ちになっているわけでもない。


「ですが、サラお嬢様と、その恋愛や結婚をしたいと思っているわけではございません。これは私の一方的な恋慕なのです」

「それなら主従の誓いでなくても良かったんじゃないのか?」

「ジェフリー卿から紹介されたときから、護衛対象がただの平民女性ではないことには気づいておりましたが、商業ギルドでの立ち居振る舞いを見て確信いたしました。しかも帰宅の道中では無詠唱の魔法で猪の眉間を一撃で貫き、こちらの邸宅にお戻りになられた際には、ご子息方に『ただいま』と仰ったのです。ただの平民であり、騎士団員ですらない私のような者にとって、高嶺の花であることを実感いたしました」

「あの…私の身分は平民なのですが……」


するとダニエルはふっと小さく笑った。


「サラお嬢様。ご身分は平民かもしれませんが、お嬢様はこのまま平凡な平民として暮らすことはできないでしょう。それはご自身でも理解されているのではありませんか?」

「うっ…」


さすがにサラもこの意見を否定することはできない。そもそも平民の暮らしがイヤだからお金を稼いで独立するつもりでいたのだ、ダニエルの意見は非常に正しい。


「ですが叶わないとわかっていても愛しい方の傍らにありたいと願ってしまったのです。お守りしたいと。……力不足なのは否めませんが」

「それは大変ありがたく思いますが、やはり何故主従の誓いなのかという疑問の答えにはなっていない気がいたします」


『いや、だって重いし? いまならワンチャン取り消し可能?』


「それは団長から騎士とは心の在り様だと指摘されたからです。たとえ私が騎士団を辞めたとしても、私自身が騎士の心を持っていれば騎士でいられるのだと理解しました」

「その通りだ。そこらに掃いて捨てる程いる名ばかりの騎士爵などより、お前の方が遥かに騎士らしい」


『えーっと…お父様は騎士爵だから、この発言には頷きにくいなぁ…』


「団長が騎士の心の在り様として最初に述べたのが『主君への忠誠』であるように、騎士には忠誠を誓う主君が必要なのです。私が騎士団にいた頃は、当然のように領主に忠誠を捧げておりました。それに疑問を持ったことはございません。ですが、しかし私は既に騎士団員ではないのです」

「まぁ確かにそうだな」

「であるなら、私は誰を主君として仰ぐべきなのか、改めて自分に問うたのです」

「そこは普通に領主ではダメなの? 私がグランチェスターの関係者であることには気づいていらっしゃったのでしょう?」


ダニエルは首肯した。


「もちろん気づいてはおりました。しかし同時に、ソフィア様が今後領主と対立しないとは限らないとも考えました。

このように女性が一人で商会を経営するなど、次期侯爵である小侯爵様が良い顔をなさるわけがありません。ましてそのように可憐な容姿をされていらっしゃるのです。不本意な婚姻を強要される可能性は非常に高いでしょう」


『まぁ、確かに…』


「そこまで考えた瞬間、私の中には恋慕の情より強い感情が湧きあがってきたのです。ソフィア様がご自分の意思を貫けるよう身近でお支えしたいと。もちろん伴侶としてお支えできればこの上なく幸せでしょうが、それ以上に私はソフィア様の御心をお守りしたいのです。無学な私ではサラ様のお考えをすべて理解することはできないでしょう。ですが、団長がわざわざ私に誓いを立てさせてまでお守りせよと言われるほどの方なのです、そんな方を主君と仰がずして誰を仰ぎましょう」

「なるほど。そういうことなのか。理解したぞ!」


ジェフリーが頷く。


『えっ? なんで? 私は全然理解できないよ!』


「スコット、オレにはあの人の言ってることが全然わかんないんだけど」

「要するにサラのことは好きだけど、それ以上に騎士として仕えたい気持ちの方が大きいって言ってるんだよ」

「え、でもあの人って今日初めてサラに会ったんだよねぇ?」

「あれじゃないかな、サラの毒気に当てられちゃったんだよ」

「なるほど」


ボソボソと少年二人が小声で話している声は、ばっちりサラの耳にも届いていた。


『くぅぅ。こっちはこっちで失礼だよ!』


「そういえばトマス先生がいらっしゃいませんね」


おかしな空気をぶった切るように、レベッカが暢気に指摘した。


「多分乙女の塔だろうな。息子たちの授業がない時間は、いそいそ通ってるぞ」

「ここにトマス先生がいなくて良かったです」

「…確かにもっとヒドイことになりそうだな。だがサラ、お前が誰かを選べば済む話だ。お前の好みの男は誰なんだい?」


この発言に、全員の視線がサラに集中した。


「そんなのジェフリー卿に決まっているではありませんか!」

「ははは。オレかぁ。すまんなぁオレは亡き妻一筋なんだよ」

「初恋は実らないって本当ですね」


サラとジェフリーは軽口の応酬をしただけなのだが、それを聞いていた男性陣は呆然としていた。


『これが一番楽な答えなのは間違いないわね。嘘ってわけでもないし』


「まぁそれはともかく」

「うわ、お前さん、あっさり流すね」

「ジェフリー卿、面倒なので混ぜ返さないでもらえますかね」

「お、おう」


サラが冷たい視線をジェフリーに投げると、さすがのジェフリーも怯んだ。


「ダニエルは独身で養う妻子はいない、あってますか?」

「仰る通りです」

「お住まいは領都ですか?」

「はい。南区に居を構えております」

「では護衛は通いで大丈夫ですね。城まで馬で30分程度でしょう?」

「ですが夜間の警備などは…」

「城内は騎士団の管轄ですから不要です。城から外出する時だけ護衛してくれれば十分です」


とサラが説明していると、ダニエルがとても情けない顔をしていた。


「何か問題がありますか?」

「通いなのは構いませんが、せめて昼間はサラお嬢様を守らせていただけませんか?」

「城内にはそれほど危険はないと思いますが、まぁ良いでしょう。給与面などの待遇については祖父様とお父様に相談します」

「承知いたしました」


『さて、ここからが本題ね』


「ところでジェフリー卿、ダニエルを私の護衛に推薦したということは、腕前は確かという認識であってますか?」

「おう、あってるぞ。そいつの腕前は騎士団でも五指に入るレベルだ。つくづく怪我が惜しいな」

「それなのですが、どういった怪我なのですか? 普通に手足は動くようですが」


サラがダニエルの全身をじっくりと眺めていると、ダニエル自身が答えた。


「サーベルベアの爪が胸に刺さったのです。治癒魔法で表面の傷は治ったのですが、肺を損傷してしまったため、長時間の戦闘に支障が出ました。それに、時折息苦しくなる発作に襲われてしまうため遠征に耐えられないのです」

「なるほど理解しました。ではちょっと失礼しますね」


サラはダニエルに向かって手を翳し、治癒魔法を発動した。サラの脳内に本来あるべきダニエルの姿が再現され、現状どの部分に問題が発生しているのかが手に取るように把握できる。そしてサラを取り巻く魔力に光属性を持たせ、そのまま治癒魔法としてゆっくりと展開していく。


「え?」


ダニエルが驚いて口を開けると、そこから小さな光が次々とダニエルの体内へと飛び込んでいく。身体の表面にも小さな光が次々と浮かび上がり、胸だけでなく太腿や腕などにある古傷も次々と修復されていく。


10分程で光の奔流が止まると、ダニエルはここ数年の間感じていた呼吸の不快感がまったくないことに気付いた。


「ふぅ。これでダニエルは本来の健康な身体を取り戻したはずです。肺のほかにも大腿部や左の二の腕にあった傷も治しておきました」

「おぉぉい。そんな技が使えるなら早く言えよ。知ってたら騎士団に再入団させたのに!」


ダニエルはポカーンとした表情を浮かべ、次いで泣きそうな表情へと変化する。


「申し訳ありません団長。既に私は主君を得てしまいました。これほど慈悲深い主君にお仕えできて私は大変幸せです」

「どこか違和感はありませんか?」

「違和感がまったくないことが違和感ですね! これまで何人も治癒魔法を使える医者に診せてきましたが、誰も私の肺を元の通りにした人はおりませんでした」

「それは良かったです。試しにちょっと剣を使ってみましょうか。ジェフリー卿、練習場と剣をお借りしますね」

「あぁ構わんぞ」

「では、折角ですしソフィアの姿でやりましょうか」

「は? サラお嬢様がお相手してくださるのですか?」


ダニエルは驚愕の表情を浮かべた。


「ダニエル。サラは強いぞ。舐めてかかるとお前でも負けるかもしれん」


その後、ソフィアの姿で双剣を振り回した結果、さすがに本業の護衛騎士には勝てなかったが、それでもダニエルを驚かせる程度には翻弄させることができた。やはり8歳のサラの身体よりも断然キレが良かった。


「なぁスコット、あのサラに勝てるか?」

「……難しいかもしれない」

「オレら、もっと頑張らないとダメそうだ。勉強も剣術も魔法も」

「そうだな。サラは当分忙しいらしいし、僕たちは少しでも追い付いておかないとな」


こうして日暮れまで練習場でダニエルと戯れたサラは、夕食の間にもこっくりこっくりと船を漕ぎ始めるほどの眠気に襲われることになる。


報告のためにサラの部屋を訪れたセドリックも、サラが爆睡している姿を見たら起こす気にはなれず、「明日まとめて報告するとしよう」と呟き、眷属と一緒に部屋を後にした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 心だけ騎士って大変だなぁ(素朴な感想 さておきソフィアの騎士がサラの護衛してたら対外的にまずくないのかな…?
[気になる点] 狩猟祭の前に語らなきゃいけない話なのは分かるのですが…… 小侯爵絡みのアレコレを引っ張りすぎな気がしますねぇ。
[一言] 小侯爵一家がもはやリスクにしかなっていない件…
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