実り多き会談
「それにしても、この辺りにはいろいろな職人の方がいらっしゃるのですね」
「そうだねぇ。工房だけでも30以上はあるよ」
「もしかして評判の良い工房や逆に評判の悪い工房などもご存じなのですか?」
「もちろんさ!」
『これは良い情報源かも!』
「ガラス製品はシンディさんのいらっしゃる工房に依頼しておりますが、すぐにあちらの工房だけでは手が足りなくなると思っておりますの。高級なお酒を入れる飾り瓶、丈夫で割れにくい酒瓶、ハーブや花の精油をいれる小瓶など作ってもらいたいものがたくさんあるのです」
「確かにガラス製品ならあの親子が一番かもしれないねぇ。ガラス工房は商家のお抱えが多いしね。あぁ、そういえば先代の爺さんの弟子がやってる工房もあったはずだよ」
「この近くにあるんでしょうか?」
「どうだったかねぇ。詳しいことはシンディに聞くといい」
やはりガラス工房は別の商家や商会が抱えていることが多いようだ。しかし、今後の需要を考えれば、一人でも多くの職人を確保しておく必要があるだろう。
「他にも装飾的な木箱を作る職人や、蝶番などを作る金属加工の職人など数えればきりがないくらい、私は職人に仕事を依頼したいのです。あ、茶箱も欲しいですね」
「木工職人も鍛冶師もいるよ。ただ評判となると…、避けた方がいい鍛冶師はいる」
サラは、女性たちからさまざまな情報を収集し、最終的にどの職人にどんな仕事を依頼すればよいのかを確認していった。彼女たちは出入りしている商家や商会の情報や、この集落に近くない職人たちの情報も把握していた。
もちろん、女性に酷い扱いをした職人の情報も聞き出し、たとえ腕が良くてもその工房には依頼しないと明言することも忘れない。
「それと、あまり無理を言うつもりはないのですが、ここから少し離れた場所にある研究施設の使用人になっても良いという方はいらっしゃいますでしょうか?」
「それは住み込みの使用人かい?」
「通いでも構いませんが、使用人部屋の空きはございます」
ヘレンの質問に答えると、それに被せるようにコーデリアもサラに問いかけた。
「使用人といってもさまざまですが、どういった役職を求めていらっしゃるのでしょう?」
「実は複数名募集したいのです。掃除、洗濯といった役割はもちろん、料理人もおりません。できれば料理人の方には食材の買い付けもお任せしたいので、読み書きと簡単な計算ができる人の方が望ましいです。それとメイドや侍女のような仕事を経験したことがある方は、そういったお仕事もございます」
「何名程度をお考えですか?」
「実は研究施設に勤務しているのは平民の女性が2名だけなので、洗濯はそれほど大変ではありません。掃除は施設全体が大きいので、最低でも3名は必要です。侍女やメイドの経験がある方は多い程嬉しいですね。経験次第では、商会での雇用も検討します」
この回答に、女性たちが色めき立った。
「もしかして、女性しかいない施設なのですか?」
「常勤しているのは女性だけですが、資料閲覧のために男性が訪れることはあります。施設の一部は教育施設にもなっておりますので、家庭教師の男性と10代前半の少年が訪れることもあります。そういえば今はフランさんも作業のために通っていらっしゃいますね」
いきなり話を振られたフランは驚いた。
「もしかして、乙女の塔に使用人を雇うのですか!? 城のメイドの方々がいらっしゃるのでは?」
「今は仕方なく城のメイドに頼っていますが、いつまでもそのままにはできません」
『今はなし崩し的に執務室のメイドの人たちが手伝ってくれてるんだよねぇ。そのうち文官たちからクレームきそう』
しかし、執務室のメイドたちの間では、密かに乙女の塔の仕事は人気であった。理由は仕事の終わりに入れる蒸し風呂である。しかも大きな湯舟を作る計画が進行していると聞きつけ、他のメイドたちも密かに乙女の塔の勤務を狙っている状態であることを、まだサラは知らなかった。
「もしや、その施設はフランが通ってるお城の塔のことなのでしょうか?」
「はい。仰る通りです」
「それはグランチェスター城の使用人になるようなものではありませんか! このようなところで気軽に募集するような職種ではございません」
コーデリアが驚いたように声を上げた。
「残念ながら、敷地こそグランチェスター城にありますが、土地も施設もロバート卿の養女となるサラお嬢様の所有です。そのため雇用主はサラお嬢様になりますし、グランチェスター城の使用人になれるわけではございません」
『うぇ、自分でサラお嬢様って言うの、かなり恥ずかしい』
すると、女性の一人がおずおずと声をあげた。栄養状態があまり良くないのか、痩せ細って髪や肌の艶を失っている。
「あのぉ。夜は完全に女性だけになるのでしょうか?」
「いまのところ夜は女性だけです。不用心なので敷地を騎士団の警備隊が巡回してくれていますが、塔に立ち入ることは許可しておりません」
「私は読み書きができません。洗濯や掃除でしかお役に立てませんが、雇っていただけるでしょうか? 実は手先もあまり器用な方ではないので、内職で稼ぐのも難しいのです。ただ、その、私は男の人が怖いのです」
『そうか男性が怖い女性にとって、乙女の塔は良い職場かも!』
「もちろん構いません。もし、男性と顔を合わせるのがつらいようでしたら、男性の来客中は奥で別の仕事をしても大丈夫です。ただ、今後は男性の下働きや料理人を雇う可能性を否定することはできません。そうなった場合には、どんな風に仕事を任せればあなたの負担を取り除けるのか一緒に考えましょうね」
サラはにっこりと女性に微笑みかけた。今のサラは男装の麗人スタイルなので、女性は顔を赤らめてうっとりとうなずいた。
すると別の女性がサラに尋ねた。
「子持ちでも構わないでしょうか?」
この問いに、サラはやや考えた。使用人が必要なのは乙女の塔、つまり研究施設である。小さな子供が塔を駆け回る姿は可愛いかもしれないが、薬品などの中には危険なものがあるかもしれず、研究の邪魔になることも考えられる。母親が仕事をしている間、子供は誰が面倒を見るのかなどを考えると、おいそれと答えられることではなかった。
「難しそうかい?」
ヘレンが心配そうな表情を浮かべる。
「そうですね。研究施設なので、小さいお子さんが知らずに触ると、危険な物があるかもしれません。植物も栽培しているのですが、中には毒性のある植物もあったはずです」
「なるほど。確かにそれは子供が小さいうちはムリだねぇ」
するとキャスも声をあげた。
「私には7歳の娘がおりますが、言い聞かせれば危険なことはしません。私ではダメでしょうか?」
「キャスさんでしたっけ?」
「キャサリンと申します。キャスは愛称です」
このやり取りにレベッカが割り込んだ。
「ダメよ。キャスは私の新しい邸で働いてくれないと! ねぇソフィアさん、キャスだけは私のところで働いて欲しいわ」
「お決めになるのはキャスさんと思いますが、私は構いません。でも、結婚してからじゃないと新しい邸には引っ越しませんよね? それまでは乙女の塔にいてもらっても良いのではありませんか?」
レベッカは逡巡した後に納得した。
「そうね。急ぐ必要はないわよね。それより子供がいる女性たちの問題だけど、どうせなら使用人向けの託児施設を用意しましょうよ。グランチェスター城にもあるけれど、乙女の塔だけは別にあっても良いのではなくて?」
「誰か大人が責任をもって子供たちの面倒を見るのですか?」
「小さい子はそうだけど、ある程度大きくなると、子供たちは勝手に遊びまわるわ」
「だとしたら、秘密の花園は立ち入り禁止にしないとだめでしょうね」
だが、立ち入り禁止にすると、冒険したくなるのが子供と言う生き物である。サラは後々このことを思い知ることになる。
こうしてサラは、商会の従業員候補、初等教育の教師、内職してくれる人材、そして乙女の塔の使用人問題を一気に解決したのであった。しかも、工房関連情報のオマケ付きである。なかなかの収穫であったことは間違いないだろう。




