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集落の女性たち

「実は、お願いしたいことはまだあるのです。ただ、これはコーデリア先生に向けてと言うより、この集落にお住まいの複数の女性たちへのお願いなのですが…」

「私が代表してお話を伺って、後からお返事する形でもよろしいでしょうか?」

「はい。もちろん構いません」


サラはコーデリアが淹れてくれたハーブティを一口飲み、一拍おいてから話し始めた。


「まず、大量の手仕事を内職として受けてくれる方を必要としておりますの。具体的にはサシェと、小さな巾着などを作っていただきたいのです。材料はもちろんこちらで用意いたします」

「もちろん内職の発注はいつでも歓迎ですわ。そうした縫物が得意な女性も沢山おりますし、簡単なことなら子供たちにも手伝わせられますから」

「実は急ぎで大量に発注したいのです。もちろん、急がせてしまうことになりますので、料金は上乗せいたします」


コーデリアは少々考え込んだ。


「もしかして、狩猟大会に間に合わせる必要があるのでしょうか?」

「はい。狩猟大会の期間中、お茶会に招待した女性のお客様にポプリを詰めたサシェを差し上げたいのです」

「その程度でしたら大量にとは仰らないでしょう。同じものを別途販売されるおつもりなのですね? お客様が帰る際のお土産として購入されることを期待していらっしゃるのではありませんか?」


先程からのやり取りで、サラはコーデリアに対し『打てば響く』という印象を受けた。


「仰る通りですわ」

「貴族の女性向けということであれば、レースやリボンで華やかなものや、刺繍したものなどいろいろなデザインを用意しなければならないかもしれませんね」

「他にも薬師がブレンドした美容に良いハーブティ、花やハーブの精油などを販売しようかと思っております」

「なるほど、それほどに力を入れるおつもりなのですね」


サラの話を聞いて、コーデリアはフランを呼んだ。


「フラン、やはりこの話はすぐにでも皆に聞かせた方が良さそうだわ。申し訳ないのだけど、ヘレンたちを呼んできてもらえるかしら?」

「わかりました」


フランはパタパタとドアから表に駆け出して行った。


「後ほどお返事するより、女性たちに直接聞かせた方が良さそうです。おそらく彼女たちもソフィア様にお伺いしたいことができると思います」

「そうかもしれませんね」


コーデリアはすっと音もなく立ち上がり、隣室の扉を開けた。そこには小さめではあるが、明らかに教室と思われる机の並んだ部屋があった。


「これから10名ほどの女性が参りますので、こちらの部屋を使いましょう」

「ここが教室だったのですね」

「以前、ここは木工職人の工房でした。大工仕事も得意な方でしたので、女性たちが寝起きするための家を自分の敷地の中に建ててくださったのです。それがここの集落の始まりなのです」

「その方はもう?」

「20年以上前に老衰で亡くなりました。最期を看取った私にこの家を残してくれたのです」

「そうだったのですね」


しみじみとした会話の後に訪れた沈黙を破るように、隣室のドアが開く音が聞こえ、複数の女性がざわざわと入室してきた。


「リア、来たよ」


先頭に居たのは恰幅の良い中年の女性であった。ただ、やや足を引きずっているのが気にかかった。


サラとレベッカは彼女たちに軽く会釈をした。すると、別の女性の一人が声をあげた。


「レベッカお嬢様ではありませんか!」


レベッカが振り向くと、声をあげた女性は目を潤ませてレベッカを見つめていた。


「あなた、まさかキャス?」

「然様でございます。お久しゅうございます」


キャスと呼ばれた女性は、かつてレベッカのメイドとしてオルソン家に仕えていた。本名はキャサリンなのだが、幼いレベッカが正確に発音できなかったらしく、ずっとキャスと呼んでいたのだそうだ。


レベッカが詳しく事情を聞くと、彼女が結婚した相手はグランチェスター領の文官で、横領事件にも深く関与していた。横領発覚直後、キャスの夫は有り金をすべて持って、妻と幼い娘を捨てて逃亡したのだという。


キャスはグランチェスター騎士団に連行されて取り調べを受けたが、彼女自身は横領に関与していなかったために無罪放免となった。しかし、実家の両親は既に亡くなっており、彼女は身を寄せる先が無かったのだという。


「どうして私を頼ってくれなかったの?」

「メイド長には再雇用をお願いする手紙は書きました。ですが夫の不祥事のせいで外聞が悪く、子爵家で雇うのは無理だと断られました」

「ごめんなさい。知らなかったわ」


話を聞いていたサラは、恐ろしいことに気付いた。もしかしてキャスのような境遇の人は他にもいるのではないだろうか。


「キャスさん、大変失礼なことをお伺いいたしますが、もしかして横領事件の際に夫や父親に置き去りにされた方は多いのでしょうか?」

「そうですね。この集落には私を含めて3名おりますが、私が知る限り30名程の女性や子供が置き去りにされています」

「その方々は?」

「実家を頼れる者もおりましたが、そうでない場合には農家の手伝い、商家や工房の下働きをしております。若い女性の何名かは娼館や酒場で働いていますが、娼館で働き始めてすぐに自ら命を断ってしまった者もおりました…。数名の行方がわからなくなっておりますが、スラムで見かけたという話を耳にしたことはあります」


予想以上に悲惨な状況であった。


「なんて酷い…」


すると、最初に部屋に入ってきた女性がサラに向かってニカッと笑って言い放った。


「あんたがたはお嬢様だねぇ。そんな話なんてここらじゃいくらでもあることさ。だからこうして助け合って生きてるんだよ」


キャスが慌ててその女性を窘めた。


「だ、だめですよヘレンさん。この方はオルソン子爵家のご令嬢と、そのお連れ様でいらっしゃいます」

「もしかしてヘタレのロバート卿が尻を追いかけているご令嬢かい?」

「ぷふっ」


ヘレンのあまりの鋭い指摘に、サラは思わず吹き出してしまった。


「グランチェスター領ではロバート卿のヘタレを知らない人はいないのですか?」

「そりゃねぇ。他の兄弟はとっくに結婚したっていうのに、ロバート卿だけは初恋をいつまでも引きずってるって話は有名さ。女遊びはソコソコする割に、本命にはヘタレってのはどうしようもないね」


『どうしよう、お父様の評判がかなりヤバいことになってる! しかも間違ってないから余計にヒドイ!』


「大丈夫ですよ。ロバート卿は無事にオルソン令嬢と婚約しました」

「ようやくかい。ってことはこちらのお嬢様は、三十路手前でやっと結婚できることになったんだね? まぁ見た目は娘っ子みたいだけどさ。妖精の恵みってのは凄いもんだねぇ」


さすがにヘレンの発言は貴族女性に対してかなり無礼であった。恐る恐るレベッカの方を振り向くと、レベッカは薄く微笑んだまま固まっており、肩がぷるぷると震えていた。


『どうしよう。さすがにお母様でもこれには怒った?』


「ふふふふふふふ…はははははははは。ダメだ我慢できないわ」


堪えきれなくなったレベッカが、淑女の仮面をかぶり切れずに爆笑し始めた。


「そうなのよ。あのヘタレったら、アーサーの娘に尻を蹴とばされて、ようやくプロポーズしたのよ」

「よくそんなんで承知したねぇ」

「鼻血が出るまで殴ってから承知したわ」

「まぁ幸せにしてやっておくれ。なんだかんだ言いながら、この領の人たちはみんなロバート卿が好きだからねぇ」

「ええ。そのつもりだし、私もロブに幸せにしてもらうつもりよ」


その様子をハラハラして見ていた周囲の女性たちも、口々にレベッカにお祝いの言葉を述べた。


「ところで、リアがわざわざあたしらを呼んだのは、どういう理由なんだい? 聞いた話を後から教えてもらえるんだとばかり思ってたんだけど」


サラはコーデリアに説明した教育施設の話と、急ぎでサシェや巾着を内職で作ってくれる人を探している話を伝えた。


「ひとまず狩猟大会向けに急ぎで作るのは理解したけど、継続して商品を作るつもりはあるのかい?」

「そのつもりです。他にもいろいろ商品を開発しておりますので、違う商品の製作を依頼することになるかもしれません」

「面白いじゃないか。職人たちの下働きはキツイ仕事だから、あまり体力のない女性にはおすすめできないんだよ。だけど割の良い内職はいつも取り合いでねぇ」

「わかりました。では早急に材料を手配します」


そこでヘレンは暫し考え込んだ。


「その材料なんだが…、この近くには織物の工房もあるんだよ。染色もやってるしね」


『そうか、この辺りは職人が集まってるんだった』


「正確に言えばその2軒の職人は姉妹なんだよ」

「あら女性の職人なのですね」

「そうだ。できれば彼女たちの布を使ってやってくれないか?」


ヘレンの発言をコーデリアもフォローする。


「彼女たちの織物や染色の技術は非常に高いです。品質は私も保証いたします」

「男爵令嬢でいらしたコーデリア先生が仰るのですから、相当の品質なのですね。まだ仕入先を決めておりませんので、期日までに材料を手配できるのであればそちらで購入しましょう。

ところで商品のデザインは、こちらで指示したほうがよろしいでしょうか? もしデザインのセンスに長けた方がいらっしゃるのであれば、その姉妹の工房が作る布の特性を活かした商品が作れるような気もするのですが」


ここでヘレンとコーデリアが視線を合わせ、どちらともなく頷いた。


「やたらと可愛いものが好きな子供がいるんだが、その子に試作品を作らせてもいいかね?」

「まずは試作品を拝見してから決めましょう。ただし、その子が他の人に作り方の指導までできることが条件になります」

「それは問題ないんだが…」

「なにかあるのでしょうか?」

「実は男の子なのです。女性ではないのですが大丈夫でしょうか?」


コーデリアが心配そうに尋ねた。


「能力があれば性別や年齢は問いません。ですが、子供を夜遅くまで働かせたりはなさらないでください。…いえ、違いますね。子供に限らず、作業をする皆様全員が無理をすることはお止めください。特に徹夜は絶対にダメです」

「でも急ぎなんだろう?」

「それでもです。たとえ販売する商品が少なくなったとしても、皆様の健康には代えられません。昔ある方が仰っていました。『徹夜はするな、睡眠不足はいい仕事の敵だ。それに美容にも良くねぇ』と」

「ははは。わかったよ。やっつけじゃない質の良い商品が欲しいなら、確かにその通りだろうさ」


『まさか豚に言われたとは思わないだろうなぁ…』


サラは久しぶりに前世で見た空飛ぶ豚のアニメを思いだしていた。

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― 新着の感想 ―
物語当初から比べて設定がガバガバな気がする 秘匿義務とか言ってもベラベラ誰にでも喋るし 貴族、平民の身分制度があまりにも雑…火を出す子供を使用人として雇えば良いだけなのに貴族の養子にしたり 平民の女…
男尊女卑の国は女性を守ってやってるとか食わせてやってるとかよく言いますが、こうやって搾取だけして平気で棄てるとかよくやってて口だけなのがわかりますし、多くの普通以下の人は責任感も倫理もなく身勝手なだけ…
久々にあのダミ声が聞こえた。(合掌)
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