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遊戯室でドキドキワクワク

文官やメイドたちと一緒に遊戯室に移動したサラは、遊戯室の雰囲気が今までと異なっていることに気付いた。バーカウンターやカードテーブルなどの類はそのまま残されているのだが、カーテンの色や小物の配置など細かい部分にメイドたちの手が入ったことで、時代がかった趣を感じさせつつも、どこか柔らかい雰囲気になっていた。


侯爵からは執務メイドたちも一緒に宴会を楽しむようにとのお達しがあり、遠慮しつつもグラスを手にしていた。


サラは飲酒するわけもいかないため、執務メイドのトップであるイライザが淹れてくれたハーブティを飲みつつ、遊戯室の中をきょろきょろと見て回った。以前には無かった書棚が設置されていることに気付いて近づいてみると、そこにはミステリー小説、ロマンス小説、そして何故かロバートの著作物が置かれていた。


「あら、お父様の本はこんなところに移動したのね」


本棚の近くのテーブルにちょこんと一人で座ると、イライザが近づいて説明してくれた。


「ここには娯楽性の高い本を並べておくことにしたのです。最初はいかがなものかと思いましたが、ロバート卿の本は意外にメイドたちにも人気なんですよ」

「え、そうなんですか?」

「一部に少々過激な描写もございますが、基本はロマンス小説ですので」


『あぁ、TL小説みたいな感じか。それなら女性ウケもしそうだな』


「嫁入り前に閨教育の教科書にしてはどうかという案も出たのですが…」

「ぶほっ」


思わずサラはハーブティで咽せた。


「私や年嵩の使用人たちは反対いたしました」

「それは若い娘が読むようなモノではないということでしょうか?」

「いえ美化され過ぎているので、現実に直面したらショックを受けるかと」

「なるほど」


イライザはため息を吐いた。


「サラお嬢様。そのお姿で普通にこの会話をやりとりしてはなりません。迂闊だというのは本当ですね」

「えっ!」

「私の家系は代々こちらの使用人として働いております。父は家令のジョセフです」

「そうだったのですね」

「サラお嬢様が普通のお嬢様ではないことは、執務室に使用人たちを入れた時に気付きました。おそらく父も同じでしょう。使用人たちは滞りなく業務を遂行するため、さまざまな情報を共有します。ですがサラお嬢様に関しては、一定以上のことを共有することはしないようにしています」

「それは何故ですか?」

「王都の邸の使用人や他家の密偵に情報が共有されることを避けるためです。使用人たちは、お嬢様方が思っている以上に多くの目と耳を持っているのです。ですからお嬢様が抱えている、いえ侯爵閣下やロバート卿が抱えていらっしゃる秘密の多くは、使用人に把握されていると思った方が良いです。絶対に隠しておかなければならないことは、徹底して隠すようにしなければ、あっという間に多くの人に知られてしまいます」

「そう…ですか」

「サラお嬢様、いま他の人に知られぬよう、お嬢様が深夜にお部屋で展開している防音魔法で私たちだけを包めますか?」


サラは自分とイライザの周囲だけを風属性の防音魔法で取り囲んだ。


「これで大丈夫なはず。というか知っていたのね」

「それはお嬢様が防音魔法を使えることでしょうか? それとも夜中にこっそりソフィア様になる練習をされたことでしょうか? あるいは防音魔法を施さずに他家の邸で新たに妖精を友人にされたことでしょうか?」

「う、あ、はい…」

「幸いにもソフィア様とサラお嬢様が同一人物だということもバレてはおりませんし、ウォルト男爵邸の使用人にも知られてはいません」


『え、待って。それじゃぁどうやって知ったの??』


「サラお嬢様、私どもの家系はグランチェスター家と同じだけの歴史を持っております。私共の初代はグランチェスターの初代であるカズヤ様にお仕えしておりました。カズヤ様から私共の家系は『シノビ』と呼ばれておりました」

「はぁぁ? つまりあなたたちは忍者なの?」

「やはりサラお嬢様には意味がお分かりになるのですね。私どもは代々グランチェスター家に仕えながらも、カズヤ様と同じくゼンセノキオクをお持ちの方をお待ちしておりました。私どもが真の主として仰ぐ方をお迎えするためでございます」

「真の主って、グランチェスター家の当主じゃないの?」

「サラお嬢様がお許しいただけるのであれば、これからも侯爵閣下にはお仕えいたします。お給料は大切ですから。でも、実際にはサラお嬢様の家臣ですので、侯爵閣下とサラお嬢様が矛盾した命令を下された際には、サラお嬢様に従います。もちろん、サラお嬢様がグランチェスターを離れるようなことがあれば私どももお供いたします」


『重いっ。っていうかなにその家臣って!』


「この件はそのうち、ゆっくりご説明いたします。ですが、これ以上は迂闊にご自身の情報を明かされませぬようお気を付けください。もうじき小侯爵夫妻もお越しになりますし、なにより狩猟大会中に王室や他家に知られれば面倒なことになりかねません。グランチェスターの使用人たちは何とかなるかもしれませんが、他家の使用人に見られればそのまま主家に報告されてしまいます。くれぐれもご注意ください」

「わかりました。ありがとうイライザ」


イライザは深々と首を垂れ、サラが防音魔法を解くと、他のメイドたちの様子を窺いに喧噪の中に戻っていった。


『忍びかぁ…カズヤさんなにやってんのよ。前世は若い男の子だったのかなぁ。それともおじさん? けど絶対中二病だよね』


サラが会ったこともない先祖に思いをはせていると、侯爵が大きな声でサラを呼んだ。


「これ、サラ。主役がそんな隅で何を黄昏ておるのだ」

「黄昏ているのではなく、お父様の本が並んでいたので気になったのです」


それを聞いたロバートが慌てる。


「うわぁぁぁぁ。誰だよあんなところに置いたの」

「ここは本来子供が出入りする場所ではありませんので、自習室よりは良いかと思いまして」


イライザがしれっと答えた。


「なんだロバート。お前は本など書いておったのか?」

「イライザさんいわく、過激な描写のあるロマンス小説だそうです。人気があるようで、ベンさんもファンらしいですよ」


サラは思いっきり暴露した。


「さ、サラ、そういうことは内緒にしておく方が良いと思うんだけどな」

「祖父様が興味をお持ちなのですから答えなければ。まぁ私は読んではダメだとお母様に言われていますが」

「ほう…ロバートよ。お前は子供の教育に悪そうなモノを書いているようだな」

「まだ私には早いというだけで、悪いわけではなさそうです。密かにメイドたちにも人気だそうですので」

「え、僕の本が?」

「そういうわけで、後ほど正式に出版して商会から売り出しましょう。なんでしたら過激な描写の部分を編集した『全年齢版』も作りましょうか」


すると、耐えられなくなったように侯爵が大爆笑した。


「ぶわははははは。ロバート、お前、娘にこんなこと言われるのか。父親の威厳もなにもあったものではないな」

「父上。サラは特別なのだから仕方ないではありませんか!」

「祖父様。大事なのは儲けることです。細かいことはどうでも良いのです」

「サラ…そういうところはまったく貴族的ではないな」

「まだ養子の書類にサインしてませんから平民ですね」

「貴族になったところで、変わるとは思えんが」

「私もそう思います」


このやり取りに周囲も肩を震わせて笑いを堪えている。…いや、既にジェフリーは腹を抱えて笑っていた。


さすがに少しロバートが気の毒に思えてきたサラは話を変えることにした。


「そういえば、皆様はエルマブランデーを試されました?」

「まだだ。さすがにサラに無断で開けるわけにもいくまい。だが樽のエルマ酒の方は開けさせてもらった。これは美味いな」

「このエルマ酒からエルマブランデーは作られています。フランさんのお母様がお造りになったお酒だそうです」

「ほうほう。この酒から作られるのか。このまま飲むかブランデーにするか迷うほどだな」


侯爵はしみじみとグラスを傾け、文官やメイドたちも同意した。


「あ、そういえばお嬢様宛の書状を預かっておりました」


マリアはごそごそと書状を取り出してサラに手渡した。それはフランの母親であるトニアからであった。


----

不躾にお手紙を差し上げるご無礼をご容赦ください。


この度は私と嫁のエルマ酒を大量にご購入いただきありがとうございます。

また、大変に光栄なことに、エルマブランデーも試飲させていただきました。

新たな領の特産品となる旨も伺っております。

このような貴重な機会を我が農園に与えてくださったサラお嬢様に感謝するとともに、新たな特産品を生み出す一助となれることに大きな喜びを感じております。

つきましては、今後必要となる樽の量をお伺いしつつ、他にもお手伝いできることが無いかなどのご指示を謹んでお待ち申し上げます。


無学な私どもがどれほどのお役に立つかはわかりかねますが、今後ともよろしくお願いいたします。


なお、この度はロバート卿とオルソン子爵令嬢のご婚約、ならびにサラお嬢様との養子縁組が決まったと伺いました。

そこでお祝いの品として、ささやかながらエルマ酒をお贈りいたします。

つまらないものではございますがご笑納いただければ幸いでございます。


トニア・ハーラン

----


「フランさんのお母様は貴族の血を引いていらっしゃるの?」

「トニアさんのお父様は騎士爵だったそうです。既に亡くなられています」

「あれ、でもフランさんのお母様はエルマ農園のお嬢さんだったのよね?」


そこにポルックスが口を挟んだ。


「ほう。これはハーラン農園のエルマ酒ですね」

「有名なのですか?」

「グランチェスターで一番のエルマ酒を造りますからね」

「そうなんですか」

「農園主のトニアさんは潰れかけたエルマ農園を購入され、自ら農園主となった方です。御夫君とは、その後に結婚されたそうですよ」

「あれ、なぜご子息のフランさんは鍛冶師に? 曾祖父にあたる方が鍛冶師って言ってましたが」

「御夫君はハーラン農園にも農具を納める鍛冶師です。農園の経営や酒造りにはかかわっていません」

「なんか、凄い人みたいね」

「伝説の女傑ですよ。サラお嬢様でしたら、気が合うんじゃないですかね」

「それはお会いするのが楽しみですね」


なにやらフランの母親は面白そうな人のようだ。


『なんかすごくワクワクしてきた!』

もうちょっとで、最後のセリフが

『オラ、ワクワクしてきたぞ!』

になりそうだったのを堪えました。

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― 新着の感想 ―
お父ちゃん、「ボブ」のペンネームで官能小説を書いてみては?発行はもちろんフ○ンス書院で。
超今更読んでいて申し訳ないのですが、この話の中でサラがロバートをまた叔父様呼びしているのは意図的なものですか?
[良い点] 人物紹介お願いします... ど忘れして読み返しました笑
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