目標が高すぎる
レベッカが訓練場を出て行った後、サラたちはトマス指導による魔法の訓練を開始した。身体が成長するまでは魔法制御の精度を上げることが大切とのことなので、3人ともそれぞれに魔法制御の訓練をすることにした。
まず、サラはブレイズの横で、自分が想像した通りの大きさの炎を維持し続ける訓練をしてみた。
『どうしよう…全然苦労しない…。なんなら右手と左手で別の属性魔法出してお手玉くらいできそう』
サラの目線の先では、スコットが魔法の発動時間を縮めるために先程よりも小さい炎の弾を連射し始めた。
「スコットは連射するなら、そのくらいのサイズが丁度いいの?」
「そうだね。このくらいのサイズの方が素早く出せる」
スコットの様子をじっくり観察していると、彼は指の少し先で炎の弾を生み出してから、的に向かって飛ばしている。
「ねぇスコット。そんな風に炎を飛ばせるのだったら、風属性も発現してるんじゃないの?」
「え? どういうこと?」
「私の場合、火属性で炎を生み出して、それを遠くに飛ばすのは風属性なの。こんな感じ」
サラは最初にスコットが出したくらいのサイズの炎の弾を3つ生み出し、風属性で素早くスコットが狙っていた的に向かって立て続けに撃ち出した。スコットが連射した速度よりも速くて正確である。
「!?」
「簡単に言えば、炎を突風で飛ばしているの。もしかしたら、スコットも自覚がないだけで、風属性の魔法を使っているんじゃないかと思って」
「え、そうなのかな?」
「複数属性を組み合わせているから、応用するとこんなこともできるわよ」
サラは小さな石礫を魔法で創り出し、手のひらから指先で弾き飛ばしながら風属性の魔法で後押しする。石礫は勢いよく的を撃ち抜いた。実際には石礫を創るのと同時に撃ち出すこともできるのだが、スコットにわかりやすいよう指で弾いたのだ。
「うぉっ!」
驚くスコットの隣では、ブレイズが目を真ん丸にして固まっている。
「え、そんなに驚く?」
「驚くよ!」
ブレイズも無言でこくこくと首を縦に振っている。
「サラさん、普通の人はそんなにあっさりとオリジナルな魔法は使わないものなんですが…」
離れた位置で見守っていたトマスも近づいてきた。
「でも魔法の教本にはイメージが大切だって書いてありました。要するに具体的にイメージできれば、魔法を発動できるってことですよね」
「なるほど。石礫もサラさんが魔法で創り出したのですか?」
「そうです」
「ではこれも撃ち出せますか?」
そういって取り出したのは、トマスが作り出した薄い金属の板であった。それは二等辺三角形をしており、先が鋭利に尖っている。
「先程よりも物騒な形状になりましたね。ただ、これだと風を受ける面積が少ないので難しいと思います」
「あぁなるほど」
「でも、こんなことはできるんじゃないですかね?」
サラは的のある場所の床に先のとがった小さな金属片を複数創り出し、それらを竜巻で上方にクルクルと飛ばし始めた。数秒で的はボロボロになって崩れ落ちる。
「ほうほう。これは随分と殺傷能力が高い魔法ですねぇ。戦争には使えるでしょうが、狩りでは使わない方が良いでしょうね。毛皮が使い物にならなくなります」
トマスは研究者らしいコメントを漏らしたが、スコットとブレイズは口をあんぐりと開けたままの間抜けな顔で固まっていた。兄弟になったばかりのはずだが、行動は既にそっくりと言えないこともない。そんな兄弟たちに、サラは声を掛けた。
「ちょっとぉ、折角オリジナルの魔法を披露したんだから、少しくらい凄いって言ってくれても良くない?」
「いや、確かにサラは凄いけど、淑女としてその攻撃は……最後の手段に留めておいた方が良いと思うよ…イメージ的に…」
「怖すぎる」
まさかのドン引きであった。
「と、とにかく、スコットは風属性も試した方が良いってことを言いたかったの」
「サラ、これを聞くのはマナー違反だってわかってるけど、教えて欲しい。君はどれくらいの属性を発現してるんだい?」
スコットが真剣な顔をしてサラに問いかけた。その後ろではトマスも興味深げに聞いている。
「その質問には答えなくても良いとレベッカ先生からは言われていますが…どうせそのうちバレますよね。私は自分が迂闊なことを知っているので」
「僕とブレイズはサラの秘密を他に言ったりはしないよ」
「もちろん私もサラさんの秘密は守りますよ」
スコットの発言に、ブレイズとトマスも同意した。
「私は全属性です。おそらく気付いていると思いますが、魔力量もかなり多いほうだと思います」
「そっか…。やっと父上が仰ったことの意味が分かったよ。確かに今の僕じゃ体力以外サラに何一つ勝てることは無いね。剣術も、勉強も、魔法も」
「決してそんなことは無いと思いますが」
「そもそも8歳の女の子に13歳の僕が体力で勝ってるのは当たり前の話だしね」
『どうしよう…傷つけちゃったかな……』
サラがオロオロしていると、スコットはサラの頭を撫でて微笑んだ。
「慰めてくれなくてもいいよ。確かに『今の僕は』サラに負けてるけど、このままずっと負けっぱなしになるつもりはないから。それに多分、魔法ではブレイズにも負けてるだろうね。僕じゃ狩猟場を焼き払えるほどの炎は生み出せないよ」
「あ、でも、それはオレが魔力暴走を起こしたからだし」
「僕が魔力暴走を起こしても、このくらいの炎弾が周りに飛び散るくらいなものだろうね。じゃなきゃ火柱が一本だけボーっと燃えるくらい」
スコットは手の上で最初に的に当てたサイズの炎を生み出し、すぐに消した。
「魔力制御の精度ではブレイズよりも上だろうけど、それすらサラには負ける。なぁブレイズ、僕たち兄弟はこの小さな女の子を超えることを目指さないとダメらしいね」
「えっ! ムリじゃないか?」
「最初から諦めるなよ。確かに手強い相手だけどさ、お前も騎士の息子になったなら、女性を守れる男にならないと。守る相手より弱いなんてカッコ悪いだろ?」
『あらぁ、この二人は私を守る騎士になってくれるのかぁ。憧れるシチュエーションではあるけど……ショタすぎるっ』
8歳の女の子なのでショタではないはずなのだが、サラの精神的には完全にアウトである。
「ふむ…スコット君とブレイズ君はサラさんを超えたいのですか。それはかなり鍛え甲斐がありそうですねぇ。特にお勉強について」
「うっ…」
「うへぇ」
「私は剣術のことはわかりませんが、勉学や魔法でしたら少しばかりお手伝いできるとは思いますよ。ですが…」
「ですが?」
「どちらもサラさんは、僕より…いやアカデミーの教授陣よりも優れている可能性が高いですよ」
「「えっっ!?」」
トマスがニヤニヤと笑いながら兄弟を交互に眺めた。
「それを超えるというのですから、それはそれは努力を惜しまない良い生徒になるでしょうね。素晴らしいことです」
スコットとブレイズは呆然としてサラを眺めた。そんな二人の視線を受け止めたサラは、軽く首を傾げてから、先程崩した的の近くに土の人型を作り、左手から炎の弾、右手から氷の矢尻を生み出して人型に向かって撃ち出した。
改めて二人に向き直ってサラが二人にニコッと笑うと、その直後に土の人型が跡形もなく崩れ去った。
「どうしようスコット、オレ勝てる気がしないよ」
「安心しろブレイズ、僕もだ」
そんな兄弟の様子を見たサラは二人に声を掛ける。
「では、尻尾を巻いて逃げますか?」
「絶対に御免だ」
「オレも負けたままではいたくない」
「それでは、お二人とも頑張ってくださいね」
『トマス先生が二人を煽ってたからノッたけど、私の立ち位置ってヒロインじゃなくてライバルだよね? しかも少年誌のスポーツモノっぽいよ!』
「サラさん、そんなに二人を煽っては駄目よ。無理して魔法を暴走させてしまうかもしれないでしょ」
突然背後からレベッカの声が聞こえた。サラが振り向くと、レベッカと一緒にロバートも入ってきた。よく見ればレベッカの指にはサファイアの指輪がはまっている。
「ああっ! 伯父様、頑張ったのですね!」
「まぁなんとか?」
「おめでとうございます!」
サラがレベッカとロバートの方に駆け寄ると、ロバートの服に血が飛んでいることに気付いた。
「伯父様、服に血がついていらっしゃいます。なにかあったのでしょうか?」
「あぁ、それは僕の鼻血だ」
「もしかして、歓びのあまり鼻血を出されたのですか?」
「いや、レヴィの右ストレートをまともに食らった」
「は?」
『え、この世界のプロポーズって相手を殴るとか特殊ルールでもあるの?』
サラが首を傾げて考えていると、トマスと兄弟たちも集まってきた。スコットは目敏くレベッカの指輪に気付く。
「レベッカ先生、ロバート卿と婚約されたのですか?」
「あら、わかるのね」
「僕もグランチェスターですから。おめでとうございます」
トマスも興味深げにレベッカの指を見つめる。
「ご婚約おめでとうございます。これがかの有名なグランチェスターの婚約指輪ですか。確か結婚される際にも、お互いの左手の薬指に指輪をはめるんでしたよね?」
「グランチェスター家の風習をトマス先生もご存じなんですね」
「もちろん存じております。最近は他家でも真似をして、求婚の際に指輪を渡すことがあるそうですよ」
「へぇ。それは知らなかった」
ブレイズが不思議そうな顔をしてスコットに尋ねた。
「要するに、レベッカ先生が席を外している間にロバート卿が指輪を差し出してプロポーズしたってこと?」
「うん。そうだよ。僕たちも将来は結婚したい相手に指輪を贈って求婚するんだ」
スコットはブレイズに説明しながらも、サラの方をチラっと見た。
「そうなんだぁ。ロバート卿、レベッカ先生、おめでとうございます。……ソフィアさんも近いうちに結婚しちゃうのかな……」
「え、それは今のところ予定は無いみたいだよ」
ブレイズがぼそっと呟いたため、サラは慌ててフォローした。
「ふふっ。皆さんありがとう」
「祝ってくれてありがとう」
「ところで、もう祖父様に報告はされたのですか?」
「いやまだだよ。夕食のときにでも言うつもりだけど」
「絶対に首を長くして待ってるはずなので、今すぐ執務室に向かってください。レベッカ先生も一緒に」
『多分祖父様だけじゃなく、城中が待ってるよ!』
サラは強引にロバートとレベッカを訓練場から追い出した。
「なんか魔法の訓練どころじゃなくなっちゃいましたね」
「そうですね。今日はここまでにしておきましょうか」
そして四人は休憩を兼ねて、テラスでお茶の時間を取ることにしたのであった。




