挫折を知らぬ者と巻き込まれる者
「そういえば、午後は魔法の訓練を予定しているけどスコットはどうする?」
「もちろん参加しますよ。僕も火属性の魔法は発現していますので」
レベッカの問いかけにスコットは即答した。しかし、問いかけた側のレベッカはしばし逡巡した。
「それじゃまずは属性の適性と魔力量のチェックをしましょうか。くれぐれもムリはしないでね」
「レベッカ先生、スコット君の魔法に問題でも?」
トマスが不思議そうに質問する。
「いえ、スコットの魔法に問題があるわけではないわ。実際に見たことがないから慎重にしなければと思って」
「なるほど。確かに発現したばかりの頃は不安定ですしね」
「そう仰るということは、トマス先生も魔法を発現されているのですね?」
「有名なレベッカ先生程ではありませんが、私も土属性と木属性の魔法を発現しております。火属性であれば、スコット君にも教えられると思うのですが…儘ならないものですね」
「そうですね…」
レベッカは微妙にお茶を濁した。
「実はサラさんの最初の魔法訓練で、サラさんは魔力枯渇で倒れたんです。発現したばかりの魔法を面白がって連発してしまって。最初は止めるつもりだったのですが、一度枯渇を体験させた方が身に染みるかと様子見してしまいました」
レベッカはいたずらっ子のように微笑んだ。
「へぇ。優等生のサラでもそんなことあるんだ!」
サラがどんな魔法を発動させたのかを知らないスコットは、その話を聞いて嬉しそうにしている。ちなみに、自分で壊した練習場を土属性の魔法で修理したのもサラ自身である。
「サラさんに魔力制御をきちんと覚えて欲しかったのよ。スコット、これだけは言っておくけど、強さを他人と比べて自分を見失わないでね?」
「レヴィ、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。スコットはジェフに似てるから、魔法よりも剣の方が得意だってわかってるから」
ロバートはなんとはなしにスコットをフォローしたが、次の瞬間に激しい衝撃を受けることになった。
「ロバート卿、サラも魔法より剣の才能の方があると思います。体力さえつけば僕と同じくらい強くなるでしょう」
「えっ!」
「なんだと!?」
スコットの発言に、ロバートと侯爵が同時に激しく驚いた。
「ちょっと待って。昨日サラは初めてジェフのところで剣を持ったんだよね?」
「あ…はい。そうですね。自分の体力の無さにびっくりでした」
サラはにこやかに答えたが、話の雲行きが怪しいことには気づいている。
『そうだよねぇ。魔法も剣もってどんなチートだよって思うよねぇ』
「ジェフ…どういうことだ?」
「サラお嬢様は双剣を巧みに扱い、うちの長男と互角に立ち合ってましたね」
「で、どっちが勝ったのだ?」
侯爵が興味深げに尋ねた。
「サラお嬢様の体力が先に尽きましたので、立ち合いそのものは息子の勝ちですね。ですが、今後身体が出来上がっていったらどうなるかはわかりません。力が足りない分、技と速さで補っているような印象はありますが、サラお嬢様の強さは本物でしょう」
「ジェフにそこまで言わせるんだ」
「規則で女性は騎士団に入れませんが、そうでなければスカウトしたいですね」
「聞くんじゃなかった…」
侯爵は面白そうにロバートに声を掛けた。
「ははは。ロバート、お前は魔法だけじゃなく、剣でもサラに勝てそうにないぞ。執務では勝てそうか?」
「父上、無意味な質問は止めてもらえますかね。同じ質問を返しますよ?」
「ふむ…それは困ったな」
だが、男同士のこうした軽口をレベッカは心配そうに眺めていた。午前中のスコットの様子を見ていたレベッカは、彼がわかりやすい強さや能力に捉われすぎているように思えたのだ。
そのレベッカの視線に気付いたのはジェフリーだった。
「レベッカ嬢、大丈夫ですよ。スコットは少しばかり鼻っ柱を折ってもらった方が良いのです」
「父上! 僕は増長などしておりません。サラの強さだってきちんと認めているではありませんか」
「ふむ。だが私ならサラお嬢様と自分の能力を比べるようなバカな発言はしないだろうな。一度の立ち合いだけで相手の能力を計りはしない」
「つまり、父上は僕が劣っていると言いたいのですか?」
「単純な力と体力であればお前の方が強いだろう。だが、それ以外にお前がサラお嬢様に勝っている部分など何一つない。心の在り様からして違う」
「なっ!」
スコットは父からの厳しい言葉に反発を覚えた。だが、サラの祖父である侯爵の前で自分の能力をひけらかすような発言を咎められたのだと解釈した。しかし、思い込むことで無理矢理自分を納得させたことに、この時のスコットはまだ気づいていなかった。
「そうですか。以後気をつけます」
ジェフリーはスコットが自分の発言を理解しておらず、反発心を抱いていることに気付いていた。
『こればっかりは身をもって体験するしかないよなぁ。まぁ嫁にしたい女の子に負けたくはないだろうな…』
ジェフリーに似て恵まれた体格や剣術の才能を受け継いだスコットは、これまで挫折らしい挫折を味わったことが無い。同世代の騎士見習いの中には、おそらくスコットに勝てる相手はいないだろう。
スコットに対してジェフリーは『常に謙虚であれ』と説いたが、自分の恵まれた肉体や才能を自覚した思春期の少年にとって、それは酷く難しいことでもあった。
そして決定的だったのは火属性の魔法を発現したことだろう。王都にいる再従兄妹たちは未だ魔法を発現していない。しかもグランチェスター本家の男子よりも、スコットの火属性の魔法は強く、練習場に置かれた藁束を一気に燃やせる程の炎を出すことができた。
かつてスコットは父と同じく自力で騎士爵を叙爵されることを目標としており、王都で開催される剣術大会でいつか優勝したいと考えていた。そして父と同じくグランチェスター騎士団の団長となることを夢見ていた。だが、今のスコットは、団長になった自分の隣に美しく成長したサラが立つことを妄想するようになっていた。
「では、僕は一足先に練習場で自主訓練を始めておきます」
「そうかしっかり頑張れ」
「はい。父上」
スコットの背中を見送ったサラは、とても深いため息を吐いた。
「ジェフリー卿、子供の教育のために私を利用するのはお止めください。私とスコットの仲が悪くなったらどうしてくれるんですか!」
「それはあり得ないので大丈夫です。グランチェスターの男子は一度惚れたら一途ですから」
サラは首を傾げてロバートを見た。
「そう、なんですか?」
「サラ…僕を見て不思議そうな顔するのやめてもらって良いかな」
「あらサラさんの疑問はもっともですよね?」
レベッカが絶対零度の微笑みを浮かべてロバートを見た。
「さすがに魔法の訓練を一人でやらせるのは危険ですので、私も先に練習場の方に行っておきますね」
「あぁ、それなら私も参ります。スコット君は私の教え子ですしね」
「オレも食べ終わったから一緒に行きます」
ロバートの答えを待つことなく席を立ったレベッカの後を追うように、トマスとブレイズも席を立ったため、追いかけて言い訳もできないロバートは呆然自失といった感じでテーブルに残された。
「すみません。私がうっかり伯父様を見てしまったばっかりに」
「サラ、謝ることはない。これはロバートの自業自得だ」
「そうですね。サラお嬢様は悪くありません」
『完全に伯父様は巻き込まれただけだよなぁ…ちょっと可哀そう』




