はじめてのお勉強会 2
文学の授業の後は、数学の授業となった。サラには不要ではあるものの、トマスがサラの能力を知りたいと考えたらしい。
最初は四則演算のような簡単な問題ばかりだったが、そのうちトマスは因数分解や方程式など中学生レベルくらいの問題を出し始めた。スラスラと問題を解いていくサラを、トマスはうっとりとした目で見つめていた。
正直、この様子をレベッカは穏やかではない気持ちで見つめていた。
『トマス先生って年齢はいくつ? サラさんが成人すれば彼が相手でもおかしくはない。身分的にも釣り合いが取れているわ…』
「うーん。明らかに数学もスコット君を超えていますね」
「トマス先生、僕が落ち込むのでもう少し優しく言ってください。未来の妻に負けるのはかなりキツイです」
「おや、スコット君とサラさんは婚約をされているのですか?」
「いいえ。まったく。スコットが勝手に言ってるだけです」
「それは良かったですね。未来の奥様に負けたわけではなさそうですよ」
「先生、そこは教え子を応援しましょうよ」
「うーん。サラさんは魅力的ですからねぇ。お勉強ができない子を応援するのは家庭教師としてとても不本意です」
数学ではブレイズの様子を見ていたのはレベッカであった。
「トマス先生、ブレイズは足し算と引き算は問題なさそうです。複数桁でも難なくこなしますよ」
「使い走りで酒を買いに行かされることも多かったんで、これくらいはできます」
「では掛け算表を覚えましょう」
掛け算表、日本で言えば九九なのだが、この世界では20×20まで暗記する。サラの中の更紗は『おおインド式!』と思ったが、そもそも更紗時代にインド式数学にちょっとだけハマったので特に問題はなかった。
しかし、ブレイズが午前中の授業が終わるまでに掛け算表を暗記し、複数桁の掛け算をあっさりと暗算したことについては、サラだけでなくその場にいた全員がびっくりした。
「だって酒だの食べ物だのを買ってくるときは、同じ値段のものをいくつも買うし。釣りを間違えたら殴られるんだよ」
と当の本人は涼しい顔で答えた。実践で数学を覚えるとは恐るべし。
『私は前世の知識でズルしてるから優秀って言われるけど、本当の天才はここにいたかもしれない…』
「レベッカ先生、これはスコット君やサラさんに追い付くのも早いかもしれません」
「まぁサラさんはいろいろ特殊ですけど、確かにこれは凄いですね」
「ですってよ、スコット。あなたまずいんじゃない?」
「これはヤバい。兄としての威厳が…これは勉強に本腰入れないとまずいや」
「今まで本腰いれてなかったの?」
「騎士になるのに何の役に立つんだよって思ってたから…。だけど、サラのお陰で目が覚めたよ。僕も本気でやらないとね」
「ほう、スコット君。やっとやる気になってくれましたか。これはサラさんにお礼を言わないといけないかもしれませんね。ブレイズ君にも」
トマスは髪をかき上げてにっこりと笑った。
「ええええっ。トマス先生ってそんなお顔されていたのですか!?」
『やばっ。ビックリするぐらい美青年だよ。なんだろパリコレとかのモデルさん?』
「あぁ、しまった。興奮したり喜んだりすると、ウッカリ髪をかき上げてしまう癖がありまして…」
「わざと隠していらっしゃるのですか?」
「えっと、その…この顔のせいでトラブルが多くて…」
「それは、なんとなく理解できますね」
おそらく女性関係のトラブルだろう。それくらいの美貌である。これにはジェフリーもロバートも、おそらくサラの父のアーサーも勝てないだろう。
「実は、この顔のせいで文官を辞めざるを得なくなったところを、ジェフリー卿に拾っていただきまして。男子相手の家庭教師であればいらぬトラブルには巻き込まれないだろうと」
「なのに、女子と一緒に家庭教師をしても良いと思ってくださったのですか?」
「さすがに8歳と伺ったので大丈夫かなと。それにオルソン家のレベッカ嬢と言えば有名な美女ですからね、私の顔くらいでは驚かないでしょう」
「いえ、私もかなり驚きましたわ。まぁトラブルには発展しないと思いますが」
サラはしみじみとトマスの顔を見つめた。かき上げた髪はワイルドなウェーブとなり、緑色の目は神秘的な雰囲気を漂わせている。
「私は将来トラブルに発展してしまうかもしれません…」
「サラさんならいいですよ。10年ほどお待ちしましょう」
トマスは美麗な微笑みを浮かべてサラと目を合わせた。なお、サラはトマスの発言をジョークと受け取ったが、レベッカはトマスが本気で言っていることに気付いていた。
「ひとまずトマス先生は今後も授業中は顔を隠していてくださいませ。勉強が手に付きそうにありません」
「それがサラさんのご希望であれば」
トマスはささっと髪をもとに戻した。
このやり取りを横で見ていたスコットは、気が気ではなかった。トマスは現在19歳の若者であり、アカデミーに10歳で入学し15歳で卒業した優秀な人物でもあった。経済学や経営学に明るく、王宮文官に最年少で採用された程である。
『まずい、まずいぞ。このままだとサラはトマス先生のことが好きになるかも? いや、歳が近いブレイズも侮れない…コイツも綺麗な顔してるんだよな…』
思春期に差し掛かっているスコット少年としては、非常に複雑な気持ちにならざるを得ない状況であった。スコットもかなり美少年ではあるのだが、なにせトマス先生のインパクトが強すぎる。
そんなスコットの思考を理解したのか、レベッカはスコットの肩をポンっと叩いた。
「スコット、あなたにできるのは努力して優秀な成績でアカデミーを卒業して、騎士の叙勲を受けることだと思うわ。頑張ってね」
この日を境にスコットは、剣術や勉強などすべてにおいて全力で努力するようになる。
レベッカ:イケメンが相手だとロリコンって言わないのね
サラ:だってほら、待つって言ってるし
レベッカ:でも8歳の女の子みて、将来嫁にしたいとかおかしくない?
サラ:イケメンはすべてが許される!
レベッカ:スコットは?
サラ:美少年はあらゆることが許される
レベッカ:サラさん…節操がないわ




