相変わらず不穏
部屋に戻ってベッドに入ると、マリアが心配そうに覗き込んだ。
「サラお嬢様。レベッカ先生が言うには、筋肉痛になるかもしれないそうです。既に身体がお辛くなっているところはありませんか?」
サラは身体のあちこちが、熱を持ったようになっている事には気づいていたが、それほど辛いという感覚はなかった。
「ちょっとだけ熱いところはあるけど、そんなに辛くはないわ」
「眠れない程お辛いようでしたら、治癒魔法を使われても構わないとのことですが、なるべくなら自然に任せるようにと言付かっております」
「わかったわ。ありがとうマリア」
「それでは、おやすみなさいませ」
「おやすみ」
マリアはベッドサイドの魔石灯を消して部屋を出て行った。
するとサラが一人になるのを待ち構えていたように、金色の光がキラキラと降り注ぎ、空中から沢山の妖精たちが飛び出してきた。
「今日は大勢ね」
「私の眷属と協力してくれた妖精たちです」
セドリックが金色のキラキラをまき散らしながら、ベッドの上の方からするりと降りてきた。
「今朝は報告の途中でしたので、夜までお待ちしておりました」
「余計なことしてミケとポチを怒らせるからよ」
「ですので、本日は大勢にしてみました。二人きりになると、また蹴られかねないので」
「なるほど」
サラは今度こそ部屋に防音魔法を展開した。
「まずロイセンの王太子ですが、グランチェスターの狩猟大会にくるそうですよ」
「はぁ!? なんでわざわざ?」
「レベッカ嬢がお目当てのようなことを言ってましたが実際はどうなのかわかりません。おそらく今回の事件を解決した知恵者がレベッカ嬢だと思っているのでしょう。当然ですが他国の王太子を一人で行動させるわけにはいきませんので、アヴァロンの王族も一緒でしょう。第一王子か第二王子の可能性が高いです」
「王太子って独身なんでしょ? どうせなら王女とかつければいいのに」
「王室に年頃の独身王女はおりません」
「そうなんだ。残念ね」
「他人事のように仰いますが、この国の支持を得るための政略結婚であれば、上級貴族のご令嬢から選ばれるのでは? もちろんグランチェスターも含まれますよね」
『む…言われてみれば。だとすればクロエが選ばれるかも?』
「でもクロエは歳が離れすぎてない?」
「政略結婚では、それほど年齢は考慮されないのでは? ロイセンは一夫多妻ですから、側室としてお迎えになるんじゃないかと」
「他にも候補となるご令嬢はいるのでしょう?」
「はい。数名いらっしゃいます。そして、おそらく全員が狩猟大会に参加されるでしょう」
「どうやら賑やかな大会になりそうね」
「否応なしに騒がしくなるでしょう」
「ただでさえ従兄妹たちのことで面倒だっていうのに…」
サラは深くため息を吐いた。
『しかし、毎年大勢の貴族をメインでもてなす伯母様は、かなり高い能力を持った女性なのね。その辺は素直に評価できるわ』
不意にセドリックではない別の妖精がふわりとサラに近づいてきた。セドリックに似ているが見た目は十代前半の少年の姿で、執事見習いといった風情だ。
「サラお嬢様、私はセドリック様の眷属でございます。実はお願いがございます」
「どんな?」
「ロイセン王宮に派遣していただきたいのです」
「願ってもないことではあるけど、自由には行けないの?」
「眷属として生み出された存在ですので、セドリック様から遠く離れると存在が消えてしまうのです」
「一見すると眷属たちは小さな妖精に見えますが、これらは魔力で作られた疑似的な存在に過ぎません。人格も私の一部を模倣しています」
『えー、こんなに可愛い子が、セドリックの人格を模倣している? 絶対嘘だぁ』
「サラお嬢様が仰りたいことはわかりますが、本当です」
「私が考えていることがわかるの?」
「考えていることが読めるわけではありませんよ。大変わかりやすい表情をしていらっしゃるので」
「まぁ隠す気もないけどね」
「そういう正直なところもサラお嬢様の美点ですが…。話を戻しますと、私から離れれば、この者たちはただの魔素へと還ります。ですが、サラお嬢様がこの者たちに魔力を注げば、存在していられる距離や時間を延ばすことが可能なのです」
「そうなの?」
「私では彼らに与えるための魔力が足りないのです。隣国に派遣するほどの魔力を与えてしまえば、私自身が存在できなくなります」
要するに足りない魔力を貰いに来たということだ。今朝と言ってることは変わらないといえば変わらない。だが、可愛い男の子に魔力を渡すのはやぶさかではない。
『え、待って、私ってショタコンじゃないよね? だって好みのタイプはジェフリー卿みたいな人だもん!』
サラはしばし考えて気付いた。
『あれ、もしかしてお母さんが息子にご飯をいっぱい食べさせたい的な?』
そこまで考えたところで、サラは少しばかり落ち込んだ。
「それでどうやって魔力を受け渡せばいいの?」
「私のどこかに触れていただいて、魔力を注いでいただければ大丈夫です」
「そうなのね」
『ってあれ? キスじゃなくてもいいんじゃないの! セドリックめ!!』
「サラお嬢様、それは私の敬愛の表現です」
「あら、表情を読んでくれてありがとう。でも、敬愛は心の中だけで結構よ。変な様式美もいらないわ」
「そんな味気ない…」
「結局あなたの趣味じゃない!」
ひとまずサラはセドリックの眷属の頭を撫でてロイセンに送り出した。彼が受け取れる魔力にも限界があるため、目一杯の魔力を受け取っても5日ほどしか存在することはできないため、3日に1回のペースで報告を受け取るついでに魔力を渡すことにした。
「ロイセン王宮か…どんなとこなんだろう。武を重んじる国とは聞いているけど」
するとセドリックの眷属が恭しく答えた。
「そうですね。王族は全員幼い頃から剣術をはじめ、さまざまな武術を学びます。王太子の父親は王弟ですが、騎士団の総帥だそうです」
「現王には正室が産んだ実子がいるのに、どうしてわざわざ甥を王太子にしたのかしら。健康上の理由とかあるの?」
「まだロイセンの王宮に行ってないので確かな情報とは言えないのですが、現王は第三王子を王太子にするつもりだったそうですが、粛清後に第三王子が辞退したそうです。事件直前に第三王子妃が亡くなったことがショックだったとか」
「王子妃が亡くなった? 死因は?」
「病死と発表されていますが、粛清の時期と重なっているため、巻き込まれた可能性もあります」
「なるほど。随分とひどいお家騒動だったようね」
「詳しいことはあちらに行かなければわかりません」
「わかったわ」
セドリックの眷属は、丁寧に頭を下げた。
「すぐに行くの?」
「はい。そのつもりです」
「あなたにも名前がないと呼びにくいわね。セドリックの眷属だし、セドって呼んでいいかしら?」
「はい! なんか名前がもらえたみたいで嬉しいです」
「ふふっ。それじゃぁセド、頑張ってね」
虚空に消えていったセドを見送ったサラは、セドリックに向き直った。
「ところで王都のグランチェスター邸に潜伏している眷属もいるのよね?」
「はい。おります」
「その子には、毎晩私がベッドに入ったら報告にくるようにさせて」
「承知しました」
『まずは小侯爵一家の情報を掴んでおかないと。それにしても面倒だわ。他国の王族まで参加する狩猟大会で彼らに制裁を加えれば、グランチェスター家の評判に傷がつきかねない。上手なやり方を考えないと…』
相変わらず不穏なサラであった。




